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78 白鷹のブレスレット

 カフェを出て、アルメとファルクはブレスレットを作った革細工の工房へと向かった。


 路地の奥の奥。前回はジェイラの案内があったので難なくたどり着けたが、今回は大いに迷った。


 途中、他にもウロウロしている人たちとすれ違ったが、もしかしたら彼らも、この迷路の中で迷っている人々だったのかもしれない。

 ……申し訳ないがアルメもその一人なので、道案内はできなかった。

 

 さまよい歩いてしまったことをファルクに謝ると、彼は子供のような顔で笑っていた。『友達と一緒だと、迷うのも冒険みたいで楽しい』なんて言いながら。


 

 そうしてしばらくウロウロして、ようやく工房へとたどり着いたのだった。


 蔦に覆われた建物の扉をノックすると、すぐに店主が出てきた。が、扉はほんのわずかに開かれただけだった。


 もさもさした白い髭のおじいさん――店主が顔を半分だけ覗かせた。


「こんにちは。ご相談がありまして、おうかがいしたのですが」

「すまない! 青い革は今準備中なんだ! ブレスレット作りなら他の店をあたってくれ……! すまないっ!!」


 用件を話す前に、店主は早口でまくし立ててきた。なにやら様子がおかしい。

 アルメとファルクは顔を見合わせてパチクリとまばたきをした。


「ええと、その青いブレスレットの件なのですが――」

「いや! ワシは何もわからん! ワシは作っていない! すまんな! たぶん他の店のブレスレットだと思う!」

「あの、落ち着いてください」

「何かあったのですか?」

「何かあったもなにも――って、あら? お嬢さん、見たことがある顔だな」


 あわあわしていた店主は、ふと、アルメの顔にまじまじと視線を向けた。落ち着いた隙を見て、アルメが話を滑り込ませた。


「この前お世話になりました、アルメと申します。ジェイラさんに紹介いただいて、一緒にブレスレットを作った」

「あぁ、ジェイラちゃんのお友達の! なんだなんだ、てっきり『白鷹様のブレスレット』を求めて来たお客さんかと思ったよ。どうしたんだい? ブレスレットが壊れちまったかい? とりあえずお入りなさい」

「突然押しかけてしまってすみません。お邪魔します」


 店主はどこかホッとした表情を浮かべて、店内へと案内してくれた。


 店内には壁一面に革細工がズラリと並んで――いなかった。すっかり商品がなくなっていて、驚いた。


「あら! 失礼ですが、もしかして閉店のご予定でも……!?」

「いやいや、ここ最近急に客入りが増えてね、全部売れてしまったのさ。今は革とビーズの入荷待ち。もう届く頃だが、お客を待たせてしまって申し訳なくてなぁ」

「そうでしたか……って、それはもしや、白鷹様効果でしょうか?」

「そう! そうなんだよ! 聞いてくれよお二人さん!」


 店主はアルメとファルクを相手にして、ここ最近のことをペラペラと話し始めた。誰かに話したくて仕方なかったらしい。


「いやぁ、驚いたことに、ある日を境にどっと客がなだれ込んできてね! なんでも、白鷹様が青い革のビーズブレスレットを着けていたとかで。みんな『ここが本物の店か?』とか『白鷹様と同じものを作ってくれ!』とか言ってきて。しまいには『あれは誰かの贈り物なのか!?』なんて泣き崩れるお嬢さんたちなんかも来るようになってしまってなぁ」

「す、すみません……大変なご迷惑を……」

「いや、俺の軽率な行動が招いた結果です……申し訳ございませんでした」

「うん? どうして二人が謝るんだい?」


 アルメとファルクは思い切り渋い顔で背中を丸めた。

 二人はコソリと小声を交わす。


「……やっぱり、俺がアイス屋の店先で看板を務める案は、やめておくのが正解ですね……」

「そうしてください……心を乱した女性たちが押しかけて、店の前で戦がおきそうです」


 前世のファストフード店のようなマスコット設置案は、即却下で正解だったようだ。


 店主はやれやれ、と息を吐きながら話を続ける。


「お客さんに詳しく聞いたら、白鷹様はうちのブレスレットとよく似たものを着けていたらしい。ワシはこれっぽっちも知らんし、作っていない、と言っているのに……。まぁ、でも、その噂のお陰で、この売れ行きだ。訪ねてきてくれたお客さんたちが、他の革細工を気に入って買っていってくれたよ」


 話の締めで、ようやく店主は笑顔を見せた。笑い声に合わせて、フサフサの髭が揺れた。


 未だ渋い顔をしていたアルメとファルクに、店主は別の話題を切り出した。


「――と、長々と近況話をしてしまってすまないね。話を変えよう。それで、お二人さんは何の用事かな?」

「あの……あまり話が変わらなくて申し訳ないのですが……この前作っていただいた青色のブレスレットの追加の制作を、お仕事として依頼できないかな、と。私はアイス屋をやっているのですが、店で展開しているくじの景品に、白鷹様とおそろいのブレスレットを、という企画を立てていまして」

「あぁ、そういえばお嬢さんの作ったブレスレットも、白鷹様と同じ青色だったね。よく覚えているよ。しかしさっきも言ったが、おそろいといってもワシは本物を知らないし、この店はお客さん自身にパーツを選んでもらうシステムだから、まったく同じものは作れないんだよ。似せられるのは、せいぜい革の色くらいだね」

「それが、その……実は、私は本物を知っていまして」


 アルメが苦笑いで隣に視線を送る。視線を受けたファルクは、変姿の首飾りを外した。


 キラキラと光の粒子が舞って、白銀の髪と金色の目を持つ男が現れた。


 その姿を見て、店主は思い切りのけぞった。


「ふぁ――っ!?」

「申し遅れましたが、俺はファルケルト・ラルトーゼと申します。白鷹のブレスレット、俺の持っているものが、いわゆる『本物』なのですが……」

「本物、ワシが作ってたんか――い!!」


 店主はまるでコメディー劇の役者のように、大袈裟な動作で自分へとツッコミを入れた。


 アルメは依頼の説明をする。


「実は白鷹様とは友人でして……ビーズの色も並び順も覚えていますので、追加で発注できたら、と。友人への贈り物を量産する、というのは、複雑ではあるのですが……少々、事情がありまして」

「いやはや……驚いた。制作はかまわないが、納品数はどの程度だい? 見ての通り個人が趣味でやってるような工房だから、あまり大きな数は取り扱えないが」

「最短で可能な数はどのくらいになりますか?」

「今週中に材料の革とビーズが届くから、来週中に三十本はいけるかな」

「では、まずはその三十本をいただけないでしょうか。――それから、ご協力いただくので、白鷹様のブレスレットをこちらのお店で販売するのはいいのですが……できれば、他のお店への納入は、なるべくお控えいただきたくて……。もちろん、その契約に伴うお金もお支払いします。期間と契約金は、ご相談させていただきたく。……いかがでしょうか?」


 できることなら、『白鷹のブレスレット』を独占しておきたいのだが……それはさすがに身勝手が過ぎるので、短期間だけでも、というお願いをしておいた。


 契約金も高額になると厳しいので、あくまで相談だ。合意とならなかった場合は、諦めるしかない。


 ――と覚悟していたが、店主は思っていたより、ゆるりとしていた。


「あぁ、それなら心配いらないよ。うちの店はパーツをお客さんに選んでもらって、オーダーメイドで仕立てる、っていうのを大事にしているから。『白鷹様と同じものを』っていう曖昧な指定じゃ、そもそも品を作らないよ。革の色からビーズの一粒まで、楽しく選んでもらうっていうのが、ワシのこだわりだからね。たまたまお客さんが『正解』の組み合わせを選び当てたら、その時には作らせてもらうが」


 白鷹のブレスレットを大々的に売り出せば、言葉は悪いが、一儲けできそうだが……店主にはその気がないらしい。


 彼が言うには、この工房は、彼の人生においての気楽な遊びなのだとか。売上に関することには、あまり頓着していないとのこと。


 ひとまずブレスレット制作の契約を結ぶことができて、アルメはホッと胸をなでおろした。


 店主はニコッと大きく笑って、最後に付け加えた。


「と、まぁ、特に売上を気にするような店じゃないが、ここ最近の収入がよかったことには、素直に感謝しているよ。見てくれ、懐に余裕ができたもんだから、こんなものを作ってしまった。おかげですっかり歯抜けが治ったわ」


 わはは、と大きな口を開けて笑った店主の前歯には、銀色に輝く高級金属――ミスリルの義歯が入っていた。


 彼はずいぶんとよい歯を手に入れたらしい。キラキラと輝く義歯は、少々まぶしすぎる気もするが……まぁ、嬉しそうでなによりだ。


 アルメとファルクは、店主のまぶしい歯と笑顔に目を細めてしまった。





 そうして話を終えた後。

 帰りがけにアルメは店内を見回して、ファルクに一つ提案をした。


「工房でブレスレットの制作が再開されたら、もう一度二人で来てみませんか? その……白鷹様の青いブレスレットは、もう街の流行になっているようですし……。それとは別に、もう一つ、何かおそろいの物でも……作りたいなぁ、なんて……。子供っぽくて恥ずかしいのですが」


 胸のもやつきは引っ込めて、割り切ろう、と思っていたのだけれど。つい、ごにょごにょと気持ちがこぼれてしまった。


 友達の証として、自分たちだけのおそろいを持っていたい――なんて、幼くてしょうもない想いである。


 あきれられるだろうか……と、ファルクの顔色をうかがったら、彼は嬉しそうに乗ってきた。


「是非! おそろいの物を作りましょう! 今度は一緒にパーツを選んで、同じ言葉を刻みましょうね」


 彼はそう言って笑った。


 その笑顔を見て、胸のもやつきはさっと散っていってしまった。我ながら現金なものだ。


 新たに楽しみな予定ができたので、次に来店する時までに、革に刻印する言葉をじっくりと考えておくことにしよう。


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