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77 知名度アップの策


 カウンター席の端に座って、アルメとファルクもコーヒーフロートを注文した。

 

 フロート用のスプーンストローも、早々と店に定着したようだ。他の客たちもごく普通に使っている。


 冷たいコーヒーフロートにホッと一息ついた後、アルメは本題を話し始めた。


「あの、お仕事中に押しかけてしまって申し訳ないのですが……ウィルさんとアリッサさんに、ちょっとご相談がありまして」

「構わないよ。お店のことかい?」

「はい。中央地区の通り沿いに、私のアイス屋と同じお店ができてしまって、どう対処したらよいものかと」

「同じ店?」

「名前と看板が一緒で、提供する商品もアイスだそうで。来月オープン予定だとか」

「まぁ、なんてこと! お相手は大きいお店なのかしら?」

「うちよりずっと大きいお店です」

「それは厄介だな」


 レシピを保護する法はないので、同じ料理店が並ぶこと自体はよくあることである。


 が、お相手が大きくて強い店となると、そちらにすべて持っていかれてしまう。客もネームバリューも、売上も。……加えて店の名前まで一緒となると、さすがに困ってしまう。


 ウィルは渋い顔をした。


「とりあえず組合に相談を――……いや、界隈ではよくある話だから、自分たちで解決してくれって放り出されることが多いからなぁ……。結局、戦って力でねじ伏せるのが一番なんだけれど」

「私の店に戦う力があるでしょうか……。通り沿いに大きな看板を出されてしまったら、もうネームバリューでは勝ち目がないかと……」


 みんなで悩み込んでいると、ファルクがコソリと耳打ちしてきた。


「いっそ、俺が店先に立っていましょうか? 客寄せ看板として」

「友達を晒しものにしたくはありません、却下です」


 ファルクの提案に、前世のファストフード店が頭をよぎった。店の前にインパクトのある、大きなマスコット人形が置かれていたなぁと。


 それを白鷹本人でやれば、それは客が来るだろうけれど……友達をマネキンのように店先に置いておくのは複雑だ。


 なるべくなら、別の戦略で戦いたいところ。――なんて、ぬるいことを言っているうちに、あっさり負けてしまったらざまぁないが。


 悩みながら、ウィルがとりあえずのアドバイスをくれた。


「オープンしたら偵察に行くのは必須として……向こうのオープン前に、できる限りアルメさんの店の知名度を上げておいた方がいい。世間に『こちらが先にオープンしていた、本物のティティーの店だ』って認知されていないと、向こうに取って代わられてしまうし、最悪、逆にアルメさんの店が複製店あつかいされてしまう」

「それは避けたいです……! でも、う~ん、知名度ですか……難しいですね」

「うちのお店も協力するわ。提携先は路地奥のアイス屋です、って、メニュー表に書いておくから」

「ありがとうございます。お願いします」


 ヘストン夫婦に向かって、アルメは深々と頭を下げた。

 

 これまで、店はそれなりの賑わいを保てていればそれでいい、という気持ちだったが。ここにきて知名度を上げる必要性が出てくるとは思わなかった。


(通り沿いの店と戦えるほどの知名度……路地奥の店にはなかなか厳しい課題ね。客入りを増やして話題にならないといけないわ)


 白鷹の噂が流れてから、店の客入りはぐんと増えた。そしてアイスキャンディーの恋みくじを始めてから、さらに客入りは増えた。


 けれど、通り沿いの大看板の集客力には、まだまだ敵わない。もう一押し、大きな話題性が欲しい。……できれば、友達をマスコット人形にして、店先に晒し置く以外の方法で。



 ――と、悩み込んでいると、ふいにパタパタと足音が近づいてきた。


 ヘストン夫婦の孫――アークとアイラが寄ってきていた。


 二人はカウンター席に乗っかって、ヘストン夫婦にフロートのグラスを返した。


「ごちそうさまー! 美味しかった!」

「明日も来ていい? 明日は白鷹ちゃんアイス二個がいい!」


 モデルのように澄ました顔でフロートを飲んでいた二人だが、こうして見ると普通の子供だ。元気な高い声が可愛らしい。


 アリッサは二人にアルメを紹介してくれた。


「アーク、アイラ、あなたたちの大好きなアイス、お姉さんが氷魔法で作ってくれているのよ」

「こんにちは。美味しく食べてくれてありがとう」

「えっ! 氷魔法すごーい! 僕にも魔法が使えたらアイス作れるのにー」

「あたしも大人になったらお菓子屋さんになりたいわ! 自分で作れたら毎日食べれる!」


 はしゃぐ二人を見たら、今さっきまで浮かべていた渋い顔がゆるんでしまった。

 本当に可愛らしい兄妹だ。


 隣を見ると、ファルクもほっこりとした顔をしていた。


「お菓子を毎日食べるのなら、虫歯に気を付けてくださいね」

「それママにも言われるー。ちゃんと歯磨きしてるよ」

「それは偉いですね。――おや、アークさんとアイラさん、素敵な飾りを着けていますね」


 アークとアイラの手元を見て、ファルクが何かに気がついた。


 二人の手首にはブレスレットが巻かれていた。青色の細いブレスレットだ。


 話を振ると、二人は得意げに見せてきた。


「え、これ? 格好良いでしょ! 見て見てー!」

「白鷹様と一緒のやつなのー!」


 アルメとファルクは顔を見合わせた。二人はキャッキャと話を続ける。


「でもね、一緒だけど一緒じゃないんだよ。白鷹様のは、たぶんもっといいやつなの」

「本物はビーズが付いてるんだって! 黄色と、白と、水色と――あとなんか色々!」

「学院でみんな着けてるから、パパに頼んで買ってもらったんだー」

「これは偽物だから五百G(ゴールド)。本物は三十万くらいするって、クラスの子が言ってたー」


 アルメは思い切り目をそらした。本物は三千Gだ。ケタが違っていて申し訳ない……。


 話を聞いて、ファルクは驚いた顔をしていた。


「え、三十万G!?」

「……違います、ケタが二つずれてます」


 コソッと囁いて、訂正しておいた。子供たちの話は大袈裟になるものなのだ。真に受けないでほしい。


 ちなみに、ファルクは今そのブレスレットを着けていない。汗で汚れてしまうのが嫌なので、戦に向かう時だけ着けるらしい。部屋に飾ってくれているそうだ。


 アークとアイラが言うには、学院で白鷹の青いブレスレットが流行っているらしい。


 この前の行進イベントで、大々的にお披露目されたブレスレットは、やはり世間の人々の興味を引いたようだ。


 きっと学院だけでなく、世間的にも流行っていると思われる。


 その本物を作った人間と、本物を持っている人間が、目の前にそろっている。そうとは知らずに、二人は目を輝かせていた。


 ファルクはふと思いついた顔をして、二人に話しかける。


「もし、白鷹のブレスレットの本物をもらえたならば、嬉しいですか?」

「うん! 毎日着ける!」

「みんなに自慢するー!」


 答えを聞くと、ファルクはアルメの耳元に顔を寄せた。こそりと小声で提案する。


「アルメさん、もしあなたさえよければ、という一つの案ですが……白鷹のブレスレットを、アイスキャンディーの『あたり』の景品にしてみる、というのはどうでしょう? 頂き物の複製品を作ろう、なんて、失礼な案で申し訳ないのですが……でも、お客さんに喜んでもらえませんかね?」

「ブレスレットを? ……確かに話題にはなりそう」


 アルメはあのブレスレットに使ったビーズの色と、その並びまで、全部知っているのだ。刻印されている詩までも。


 本物を景品にしたならば、確かに話題にはなりそうだ。アイスキャンディーのくじ要素も相まって、街の人々に楽しんでもらえそう。


 ……でも、誰か知らない人がファルクとおそろいをつけるというのは、なんとなく複雑な思いもある。

 友達との思い出のアイテムを、他の人にも真似されてしまうような、もやもやする気持ちが……。


(って、子供みたいな気持ちにかまけている場合じゃないわよね……。せっかくファルクさんが提案してくれたんだから、やれることはやってみよう)


 背に腹は代えられない。アルメは気持ちを決めた。


「その案、乗ってもいいですか? ファルクさんがよければ、『ブレスレットで話題作り作戦』、やってみたいと思います」

「えぇ、アルメさんの力になれるのならば、俺は構いません。――けど、刻印の詩だけは、景品の方を変えてもらってもいいですか? あの詩は俺だけのものにしておきます」

「まだからかうつもりですか……もう……」

「別にからかっているわけではありませんよ。純粋に気に入っているんです。一人占めしたいくらいに」


 詩の話を蒸し返されて、アルメはじとりとした目を向けた。再び顔にのぼってきた熱は、氷魔法で冷やしておく。


 

 

 ひとまずカフェ・ヘストンでの会議は終了となった。課題はとにかく『知名度アップ』だ。


 世間の人々に、『アイスを売っているティティーの店といえば、路地奥のあの店』と印象付けておく。

 そうすることで、キャンベリナの店に名前を奪われることを阻止する。


 そして向こうがオープンしたら、乗り込んでメニューをチェックする。向こうのアイスを上回る素敵なアイスを用意して、取って代わられないようにする。


 直近でできることは、このくらいだ。


 まずは知名度アップ作戦のための、ブレスレットを用意しなければいけない。



 ヘストン一家と別れの挨拶を交わして、アルメとファルクはカフェを出た。

 

「ファルクさん、この後革細工の工房に寄ってもいいですか? ブレスレットの件を相談しに行きたくて」

「えぇ、もちろんです。行きましょう」


 ファルクはさっと手を取って歩き出した。


 もうすっかり手繋ぎが普通になってしまった。氷魔法の冷気を送ると、ファルクはニコニコした顔をしていた。


 アルメは街歩きにおいて、もう完全に彼の携帯冷却装置と化している。


 前にファルクのことをパソコンみたいだ、なんて考えたことがあったが、その例えでいくと、アルメはさながら、パソコンを冷やす冷却ファンである。


 ……彼が暑さにバテてしまうのも可哀想なので、まぁ、いいのだけれど。


 



 アルメとファルクは手を重ねて、カフェを出ていった。


 その二人の背中を、真っ赤な口紅の女性が見ていた。目を光らせ、ニヤリと口の端を上げて笑う。


「白鷹様(仮)の名前はファルク。黒髪の女性の名前はアルメ、ね。アルメ・ティティーのアイス屋って、彼女の名前をそのまま使っていたのね。ふむふむ。まさか近くに座ってくれるとは思わなかったわ。張り込んでいたかいがあった。お二人とも、ずいぶんと仲がよろしいこと」


 女性は小声で呟きながら、手帳にメモを書き加えた。


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