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76 変形ストローの迷走

 結局、アルメは十万G(ゴールド)のドレスを購入して店を出た。

 落ち着いた紺色のドレスだが、生地がふわりとしていて華やかだ。


 これからまた他の店を見て回るというのも大変なので、もう最初の店で決めさせてもらった。

 

 着せ替え人形にしたお詫びだと言って、ファルクが代金を払ってくれようとしたのだけれど。全力で遠慮させてもらった。……高額の貢ぎ物はさすがに受け取れない。


 が、私服に着替えて試着部屋から戻ってきたら、ドレスが半額程度に値引きされていた。ファルクと店員は、なんだか妙に涼しい顔をしていたような……。


 不審に思いながらも、思いの外安く購入できたことにはホッとした。とはいえ、服に五万Gというのは、アルメの感覚だとなかなかの出費だけれど……必要経費ということにしておく。



 そうして買い物を終えた後、アルメとファルクはカフェ・ヘストンへと向かっていた。


 ティティーの店の偽物ができてしまったことを、ヘストン夫婦に報告し、相談するためである。


 彼らは戦友――提携している店なので、何か助言をもらえたら、と。表通りに店を構えている大先輩に、アドバイスをもらえたらと思う。


 二人でお喋りをしながら通りを歩いて、カフェに向かう。


 見えてきたテラス席に目を向けて、ファルクは驚きの声を上げた。


「ずいぶんと賑わっていますね! コーヒーフロートの他にも、メニューが色々と増えているような。――それに、あのぐるぐるしたストローは何でしょう?」

「あれはこの前遊びで作ったストローです。おもしろそうだからカフェに導入してみようって話になったのですが、お客さん、使ってくれていますね!」


 カフェは今日もよい客入りのようだ。賑わうテラス席では、コーヒーフロートを楽しんでいる客も多い。


 そのグラスには、この前まではなかった変形ストローが刺さっている。ぐるんとループしたストローや、二本が絡み合った形のカップルストロー。


 この前、シトラリー金物工房に追加の注文をした分が、無事にカフェへと納品されたらしい。ヘストン夫婦は早速店に出してくれたみたいだ。

 

 カフェでのひと時を、より楽しく過ごすアイテムとして使ってもらえたら――と思っていたが、思いの外、使用率が高い。


 身なりの美しい女性――富裕層と思しき婦人たちまで使っている。


 一応、盛り上げ用のパーティーグッズなのだが……みんな澄ました顔をして、上品に使っている。


 なんだかちょっと、シュールな光景だ。



 カフェの中に入ると、カウンターに立つアリッサが声をかけてきた。


「アルメさん、ファルクさん、いらっしゃい!」

「こんにちは。お店、今日もいい調子ですね」

「色々と新しいメニューが増えていて驚きました」

「すっかりお客さんが戻ってきて、私もウィルもホッとしているわ。どんどん新メニューを出して、売上が落ちていた時の分を取り戻さないとね」

 

 アリッサはお茶目なウインクを飛ばした。奥からウィルも出てきて、弾んだ声で言う。


「お! 二人とも、こんにちは。見たかい? 店内のストロー人気。あっという間に馴染んでしまったよ」

「遊びで使ってもらうことを想定していたのですが。みなさん、普通に使っていますね」

「いやぁ、それが……ちょっと広め方を間違えたというか。最初のうちは身内に使ってもらって、そこから他のお客さんたちに広めていけたら、と思って、うちの孫たちに使ってもらったんだが。なんだかパーティーグッズが、『お洒落グッズ』になってしまって……――ほら、店の奥を見てごらん。あれがうちの孫たち」


 ウィルは店の奥に視線を向けた。そちらを見ると、十歳くらいの子供が二人、向かい合って座っていた。


 一人は短い金髪の男の子。もう一人は長い金髪の女の子。服装と髪型は違うが、顔も背もよく似ている。双子だろうか。

 二人ともぱっちりした綺麗な目をしていて、人形のように愛らしい。


(わ、キッズモデル……!?)


 思わず、そんなことを思ってしまった。二人とも愛らしい姿をした子供だが、どこか完成された雰囲気をまとっている。


 ストローの吸い口を持つ指先も、わずかに傾げた首の角度も完璧だ。絶対に、自分で可愛いポーズをわかってやっている。仕事人である……。


 ストローを使ってカフェラテフロートを飲んでいるだけなのだけれど、異様に絵になる。お洒落雑誌の表紙を飾れそう。


 彼らが使っていると、クルンと円を描いたループストローは、ふざけたパーティーグッズというより洒落たアクセサリーのようだ。


「孫のアークとアイラだよ。二人ともすっかりアイスの大ファンさ。――で、あの通り、澄ました顔でフロートを食べるものだから、ストローのイメージが変な方向にいってしまって……。お洒落を楽しむご婦人方や、貴族たちに人気になってしまったよ」

「とても可愛らしいお孫さんですね。ええと、一応導入は成功しましたし……二人にストローを広めてくれたお礼をしないと」


 遠目に子供たちを見ていると、今度はアリッサが別の方向に視線を向けた。少し声を落として、コソリと言う。


「でも、あのストローが広まったのは、あの子たちの力だけじゃないわ。見てちょうだい。使っているのは、特に女性客が多いでしょう? 金属製のストローは口紅が付きにくいし、さっと拭き取れる、っていうのがウケているみたい」

「あぁ、なるほど」


 近くに座っていた女性客をチラッと見て、納得した。


 女性客は美しい真っ赤な口紅をつけている。

 紙や植物の茎を使ったストローだと口紅が移ってしまいそうだが、つやつやした金属ストローならば拭き取りやすい。それに、リップメイクが大きく崩れる心配もなさそうだ。


 横目で見ていたら、その女性客と目が合った。女性客は赤い唇の端をニコッと上げた。

 ふいに向けられた微笑みに会釈を返して、アルメは慌てて視線を外した。

 


 このパーティーグッズの変形ストローの広まりは、洒落た見た目と実用性が、思いがけず客にウケたことが理由らしい。


 イチャイチャカップルストローを使っている男女の客もいたけれど、お洒落グッズとして見ると、そちらもなんだか絵になっているような気がしてきた。


 ――思わぬ方向での反響だけれど、これはこれでおもしろい景色なので、よしとしておこう。


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