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71 アイスキャンディー恋みくじ

 その後、ファルクはアルメの家でダラダラゴロゴロした後、神殿へと帰っていった。


 帰りたくない、なんてことを言い出したので、最終的にアルメが通りまで引っ張っていき、馬車に押し込んだのだった。


 翌日手紙が届いたが、彼は今週いっぱいは入院棟で療養するそう。今度こそ抜け出さずに、しっかり休んでもらいたいところだ。


 ――そしてもらったネックレスは、もうこの日のうちに、すっかりお気に入りになってしまった。

 これから毎日、首元を飾ってもらおうと思う。




 そうして数日が経った今日。


 シトラリー金物工房の見習い職人――カヤがアイス屋に来た。両手で布袋を抱えて、カウンターへと歩いてきた。


「ティティーさん、こんにちは! えっと、アイスキャンディーの型を納品に参りました!」

「あら? 納品日は来週じゃなかったかしら?」

「お父さんが――あ、いや、父が、『早く出来上がったから、早く届けよう!』って」


 カヤの父――工房長は、陽気なせっかちだ。


 日頃から『早く作り上げて、早く客に披露したい!』と、ソワソワしている人なので、納期が早まることがたまにある。今回もそうだったよう。


 彼の気分が乗れば乗るほど、注文の品は素晴らしい速度で納品される。そういう品は大抵、『見たことのない新しいもの』である。彼は新しいものを作るのが好きらしい。


「ありがとうございます。早い納品はとても助かるわ。早速アイスキャンディーを作ってみるわね。工房長にもお礼をお伝えください」

「はい。……あの、この『アイス棒』は私が作らせていただきました。それで、もしよければ……アイスキャンディーが出来上がったら、私も完成品を見てみたいといいますか」


 ごにょごにょ言いながら、カヤは顔を赤くした。自分の作った道具がどういう風に使われるのか、気になるらしい。


「材料もそろっているし、もうこの後すぐにでも作れるわよ。魔法を使えばあっという間だから、カヤちゃんに時間があるのなら、アイス作りを見学していく?」

「えっ、いいんですか! やったー!」


 カヤはパッと顔を上げて、年相応の元気な笑顔を見せた。

 彼女はまだ十四歳の少女だ。お喋りをしていると、なんだか妹ができたみたいで楽しい。


 今日はエーナも出勤しているので、店番は彼女にお願いする。


「それじゃあ、奥の調理室へどうぞ」

「ありがとうございます、お邪魔します!」

「エーナ、アイスキャンディー型を試してみるから、店番を頼んでもいいかしら?」

「えぇ、もちろん! アイスキャンディーって、子供用に出すって言ってた新作よね? 今、小広場で子供たちが遊んでるし、お試しのチャンスよ」


 今日はカラッとしたお出かけ日和なので、小広場には遊びの子供たちや、散歩の家族連れの姿がある。


 店内も賑わっていて、客入りが良い日だ。新作を出すには良いタイミングである。


「よし、アイスキャンディー、張り切って仕込みましょう!」


 調理室へ移動しながら、アルメは気合いを入れた。




「それじゃあ、まずは型を見せてもらうわね」

「はい! 型の方は、十個作れるものを二セット。アイス棒は予備を含めて二十五本になります。そのうち五本に『あたり』の文字が入っています」


 調理テーブルの上に品を並べて、カヤが説明する。


 アイス型は、円柱の管が十本並んだものが二セット。艶やかな金属でできている。形は前世の理科室で見た、試験管立てみたいだ。


 アイス棒は端が丸くて平たい。色は白っぽい銀色なので、アイスの色の邪魔にもならなそう。

 『あたり』の文字の位置もばっちりだ。


「素晴らしい仕上がりです! 『あたり』もばっちり!」

「えへへ、ありがとうございます」

「それじゃあ、早速作っていきましょうか。カヤちゃんはこちらの椅子にどうぞ」

「失礼します。見学させていただきます!」


 カヤに座ってもらって、アルメはアイスキャンディー作りを始めた。


 まずはアイス型と棒を綺麗に洗って、乾かしておく。専用のブラシも作ってもらったのだが、こちらもばっちりだ。

 

 続いて冷蔵庫からフルーツを取り出して、テーブルに並べた。ブドウ、オレンジ、メロン、苺。とりあえず、この四つで作ってみよう。


 フルーツをテキパキとむいて、切り分けていく。ミキサーへと放り込んで、四種類のジュースを一気に作り上げた。


 そのジュースを、スープレードルを使って、慎重にアイスキャンディー型に流し込んでいく。


 型の円柱管部分は取り外しができるので、使いやすい。試験管に液を流し込むように、ジュースを注いでいく。――なんだか理科の実験をしている気分だ。


 全部の型――二十個分に流し込んだ。そこへアイス棒を差し込む。『あたり』棒は五本すべて使うことにした。四分の一の確率であたりが出ることになる。


 カヤが興味深そうに見つめる中、アルメは型に両手を向けて氷魔法を使った。


 ひんやりとした冷気に包まれて、型がキンキンに冷えていく。アイスキャンディーはあっという間に固まった。


「わぁ! 氷魔法は涼しくていいですねぇ! これで完成ですか?」

「えぇ、あとは型から外して――」


 アイスキャンディーの型のくぼみ――魔石をはめ込む部分に、火魔石をセットする。


 このアイス型は魔導具でもある。火魔石の魔力の熱が、刻まれた呪文を伝わって、アイスの入った円柱管まで届く。

 

 そうしてほのかな熱によってアイスの表面が溶けて、するりと取り出せる仕組みだ。


 棒を持って、アイスを一本、すぽっと抜いてみた。あわい緑色が綺麗な、メロンアイスキャンディーが出来上がった。


「これで完成! うん、すごく綺麗にできたわ」

「おもしろいデザートですね! ソーセージの串焼きみたい」

「確かに、形が似ているわね」


 アルメは一旦アイスを戻すと、冷凍庫を開けた。製氷容器を取り出して、大きなガラスのボウルに氷のブロックを出す。


 氷のブロックを山盛りにして、そこにアイスキャンディー棒をざくざくと刺していく。ひとまず、今日はこういう形で店に出してみようと思う。


 もう少しお洒落にディスプレイしたいところだけれど……そのあたりは、後でエーナに相談してみよう。


 カヤは立ち上がって、アルメにペコリと頭を下げた。


「見学させていただき、ありがとうございました!」

「こちらこそ、よい道具を作っていただき、ありがとうございました」


 二人で挨拶を交わして、調理室を出た。

 アイスキャンディーの刺さったボウルをカウンターに持って行く。


 エーナがボウルを覗き込んだ。


「あっはっは、氷に突っ込むなんて、豪快な飾り方ね。でも、アイスの色を選んで、自分で引き抜くっていうのは楽しいかも」

「そうだ、カヤちゃん。もしよければ、品を届けに来てくれたお礼にご馳走するけれど、食べていく?」

「いいんですか!? わぁい、いただきます! ――どれにしようかなぁ」


 氷に刺さった二十本のアイスキャンディー。カヤは伸ばした手をうろうろと迷わせた後、赤い苺のアイスを引き抜いた。


「これに決めた! いただきまーす!」

「どうぞ、召し上がれ」


 彼女は手に取ったアイスキャンディーを、シャリっとかじった。


「冷たくて美味しいです! これは毎日食べたくなっちゃいそう――……あ!」


 食べ進めていくうちに、ふいに大きな声が上がった。出てきたアイスの棒を見て、カヤは顔をほころばせた。


「見てください! 当たった!」

「わぁ、早速!? 二十本もあるのに、カヤちゃんすごい」

「おめでとう! きっといいことが起きるわね!」


 初っ端の一本目からあたりが出て、女子三人で盛り上がってしまった。


「いいことが起きる、かぁ。それなら、恋が叶ってほしいなぁ。あたりも出たことだし、今日は運勢が良さそうだから、好きな人に話しかけてみようかな……!」


 ――と、カヤが無邪気な声を上げた時。店内の客から声がかかった。


 若い女性グループの客は、カウンターに寄ってアイスキャンディーを覗き込んできた。


「それ、『恋みくじ』なんですか?」

「楽しそう。あたしも引いてみようかなぁ」

「あら、結構お安い。私いってみるわ!」


 恋みくじとは、その名の通り恋愛運のおみくじだ。彼女たちはカヤの声を聞いて、恋みくじだと思ったらしい。……特に、そういうわけではないのだけれど。


 女性グループはキャッキャと喋りながら、アイスキャンディーのお代を寄越した。それぞれ一本ずつ引き抜いて食べ始める。


 その様子を見ていた別の女性客も寄ってきて、一本引いていった。さらに好奇心に目を輝かせた二人組の少女たちが、それぞれ引いていく。


 その賑わいに興味を引かれた客が、また覗き込んできて――。


 ――カウンター周りには若い娘の集まりができて、なんとも賑やかな景色ができあがってしまったのだった。


 エーナはアルメの耳元でコソリと言う。


「あの、アルメ。アイスキャンディーって子供向けの商品じゃなかったの……?」

「ええと……そのつもりだったんだけど」


 色とりどりのアイスキャンディーは、恋愛運を試す乙女たちのデザートになってしまった。


 この世界は占いが盛んなので、みんな、基本的にこういうものが大好きである。特に恋愛事の占いとなると、女性たちは目がない。


 ……想定していた客層とは違うところに火がついてしまったようだ。


(ま、まぁ……みんな楽しそうだし、こういう商品ということにしておきましょう)


 斜め上の方向に走り出したアイスキャンディーを見て、アルメは半笑いの顔になった。

 アイスはあっという間に、乙女たちに引っこ抜かれて空になった。


 明日からは量産が必要だ。おもしろい占いは、すぐに広まる街なので。




 アルメは女性客の群れを抜けて、カヤを店の玄関先まで見送る。


「アイスまでご馳走になってしまって、すみません。ありがとうございました! 美味しかったです!」

「また食べにいらしてください。それから、好きな人とのお喋りも頑張ってね」

「はい、頑張ります……!」

「あぁ、あと、工房への注文とは別の話で、一つ聞きたいことがあるのだけれど」


 そういえば、聞いておきたいことがあったのだった。次の企画に使いたいものがあるので、情報を仕入れておきたくて。


「シトラリー金物工房の通りには、物作りの職人さんたちが多いでしょう? その中に、『花火』を特注で作ってくれる職人さんはいないかしら?」

「花火、ですか? ――確か、うちの工房から東の方に歩いて行った先に、あったような……。すみません、父ならよく知っているかも。ティティーさん、何か大きなパーティーでもするんです?」 

「ふふっ、まだ内緒。形になったら披露するわ」


 先日ファルクと小さなお祝いパーティーをした時に、ふと思いついた。お祝い用の、思い切り華やかなパフェを作ってみようかな、と。


 上手くいくかはわからないので、まだ秘密にしておくけれど。上手くいったなら、きっと楽しいものが出来上がるはずだ。


 キョトンとするカヤに向かって、アルメは人差し指を口に当てて、ニッコリと笑った。


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