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58 珍鳥ウォッチング

 中央神殿の奥、神官たちが休憩をとるラウンジの端っこで、ファルクは一人項垂れていた。


 ソファーに体を預けて、ガクリと頭を落とす。テーブルの上には、宝飾品店の紙袋がぽつんと置かれている。


 ――この買ってしまったアクセサリーセットをどうするべきか、と悩み込んでいるのだった。


 贈りたいけれど、贈ってしまったらアルメの縁探しの邪魔になる。どうしようもなく身勝手で重い、虫払いのアイテムだ。


 ファルクは頭を抱えて、もう何度目かになる深いため息を吐いた。



 その様子をラウンジの神官たちは遠巻きに見ている。声をひそめて、一体何事かと囁き合いながら。

 珍しい鳥を囲って観察する、バードウォッチング状態だ。


 そのうち、テーブルに置かれた紙袋に目を付けた神官たちが、あれこれと考察を始めた。


「もしかして、ラルトーゼ様はどなたかに振られてしまったのでは……? テーブルにある紙袋は、中央大通り沿いの宝飾品店のものですから……指輪を贈ろうとして断られてしまった、とか」

「いやいや、さすがにそんなわけないでしょう。あの白鷹様が振られるものですか」

「じゃあ、贈りたいけど贈れない、というお悩みを抱えていらっしゃるとか?」

「だとしたら、白鷹様がお悩みになるほどのお相手とは、一体……」


 考察が深まっていくと同時に、周囲の神官たちの、ひそひそ声のざわめきが増した。


 若くして上位神官の位まで登り詰めた白鷹ほどの男が悩む相手となると、限られてくる。


 彼以上に身分の高い、手の届かない貴人が相手か。はたまた、既に夫を持っている女性が相手か。もしくは、あまりにも年齢差のある相手、という可能性も――。


 見習い神官カイルも、酷く悩んでいる様子の大先輩――白鷹の姿を遠くから眺めつつ、小声をこぼした。

 話し相手は、同じように隣で見物しているルーグだ。


「ファルケルト様があれほどお悩みになるとは……お相手はどこかのお姫様でしょうか?」

「姫は姫でも、氷菓の姫じゃろうな。――どれ、このままラウンジの空気を暗くされても困るし、ワシが声をかけてやるとしよう」


 やれやれ、と苦笑しながら、ルーグは沈むファルクの元へと歩み寄った。


 ソファーの隣に腰をかけて、気安く声をかける。


「これ、ファルクよ。一体どうしたというのだ。また喧嘩でもしたのかい?」

「ファルクではなく、これからは俺のことを虫けらとお呼びください……」

「ふむ、重傷じゃな」


 ずいぶんとふさぎこんでいる様子である。これはどうにかして心に治癒魔法をかけてやりたいところだ。


 傷を癒してやりたいと思うのは神官の性か、それとも単純に親心か。


 肩にぽんと手を置くと、ファルクは自分から事情を話し始めた。


「アルメさんに寄る虫を払おうと、宝飾品を買い込んでしまいました……。俺はアルメさんの縁探しを邪魔しようとしています。人の人生を潰そうとしている……友達として最低です……」


 なるほど、とルーグは頷いた。

 彼は自分のわがままを通したい気持ちと、友人の未来を想う気持ちで葛藤しているらしい。


 そう深く悩まずにヒョイと渡してしまえばいいものを、と思うのだけれど、この男は存外臆病者なのだ。まさに、鷹が意外と繊細で臆病な生き物であるように。


 ――そんな鷹をなだめて、自由に飛ばせてやるのが自分の役目だ。


 ルーグはファルクの背を押してやることにした。ニヤリと笑みを浮かべて、悩みの解決に繋がるヒントを与えてやる。

 

「お前さんの抱える気持ちは、確かに、友人としては少々不道徳で重い気持ちだろう。でも、友人としての関係ではなく、別の関係であれば、その気持ちの重さも問題ないものになるのではないか?」

「別の関係、ですか……?」


 ヒントを与えると、ファルクは顔を上げた。沈んでいた金色の瞳に光が戻ってくる。


 別の関係とはすなわち、『友人を越えた関係』である。そういう関係になったなら、大手を振るって贈り物もできるし、虫払いだって何も問題がなくなる。


 ファルクは考え込む顔をしながら、ぽつりと答えを口にした。


「そうか、『店員と客』という関係ならば……問題がなくなるかもしれませんね」

「うん……?」


 想定していたものと違う答えが返ってきて、間の抜けた声が出てしまった。


 首を傾げていると、彼は導き出したらしい答えをペラペラと喋り始めた。


「確か、接客酒屋にはそういう文化があるそうですね。客が店員に対して重い気持ちを抱き、物を貢ぐという文化が。『店員と、店員に入れ込んでいる客』という関係であれば、高価な品も気安く貢げるし、多少不健全な重たい気持ちを一方的に抱いていたとしても、問題はない気がします。そういう文化の元では、むしろ逆に健全――」

「馬鹿者!」

「痛っ……」


 全て聞き終える前に、ルーグはファルクの頭をペシリと叩いてしまった。


 まったく、頭が良いはずなのに、どうして妙な方向に思考を飛ばしてしまうのか。……それがこの男の面白いところではあるのだけれど。


 渋い顔で叱りつけると、ファルクはポカンとしていた。


 けれど、一応の答えを得られたためか、先ほどまでの暗さは消えていた。とりあえず復調したようなので、まぁ、今回は良しとしておこうか。


 この麗しい白鷹は、事を急かしたところでまた変な方向に飛んで行ってしまうだろうから。しばらくはこのまま、のんびりと飛ぶところを見守ろうと思う。


 ファルクは表情を整えて、キリッとした声音で言う。


「このアクセサリーは折を見て、貢ぎに行こうと思います!」

「くれぐれも、接客酒屋のくだりまで説明せぬようにな」


 注意をしつつ、ぽんと背中を叩いてやった。応援しているぞ、という気持ちを込めて。 




 どんよりとしていたファルクには明るさが戻ってきた。


 ――が、二人のやり取りを遠目に見ていた面々は、未だにざわついていた。

 小声のヒソヒソ話がさらに盛り上がる。


「レイ様がラルトーゼ様の頭を叩いたぞ……!」

「白鷹様が想うお相手は、大神官様がお怒りになるようなお相手なのかしらね」

「そうなると、王族関係か、聖女様か……」


 また考察を始めた神官たちの中、カイルはポツリと独り言を呟いた。


「氷菓の姫……あ、もしかして」


 思い浮かんだ答えを、そっと飲み込んでおく。今ここでばらしてしまったら、また騒ぎになりそうなので。


 自分だけがたどり着いた答えに、ちょっと優越感を覚えながら、カイルはファルクの方に目を向けた。


 彼が宝飾品店で何を買ったのかはわからないけれど、無事にお相手に贈ることができたらいいな、と思う。


 尊敬する大先輩の恋路は、心から応援したい。


 

 ――と、この時は思ったのだけれど。


 後日カイルは、その尊敬する大先輩ファルクから、『店員に貢ぎ物を贈った』と聞かされる。

 接客酒屋の女性に入れ込んでいたのか……? と勘違いをして、ガクリと崩れ落ちるのは、もう少し先の話だ。


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