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56 コーヒーフロートの試作

 カフェ・ヘストンに着くと、ウィルとアリッサが笑顔で出迎えてくれた。既にウキウキとした様子だ。


 今日はカフェは閉めているので、試作会と今後の打ち合わせに時間をたっぷり使えるそう。


 カウンターテーブルに集まって、まずは挨拶を交わす。


「こんにちは、ウィルさん、アリッサさん。こちらは私の友人のファルクさんです」

「ファルクと申します。仲間に入れていただき光栄です。よろしくお願いします」

「僕はウィル。こっちは妻のアリッサ。こちらこそどうぞよろしく」

「アルメさん、ファルクさん、ようこそカフェ・ヘストンへ。――さて、親睦会は試食の時にするとして、アイスが溶ける前に始めましょう!」


 アリッサはパンと手を叩いて場を締めると、早速動き始めた。


 棚から数種類のグラスを出して、カウンターの上に並べる。細長く背の高いグラス、持ち手の付いたグラス、底が丸く膨らんで足の付いたグラス――などなど。


「コーヒーフロートに使うグラスはどれがいいかしら? 女性客や富裕層を狙うなら、洒落た飾りグラスがいいと思うのだけど」

「そうですね、お洒落なグラスだと可愛く仕上がりそうです。冷たい飲み物なので、あまり大きすぎない方がいいと思います」

「お洒落なグラスだと、こういうのもあるわ。ちょっと数は少ないのだけれど」


 そう言いながらアリッサが取り出したグラスは、美しいカッティングが施された、装飾グラスだった。


 レースのような繊細なカットは、光を反射してキラキラしている。前世で言うところの、切子グラスだ。


 上等な装飾グラスを見て、ファルクとウィルも意見を言う。


「美しいグラスですね。貴族のご婦人方が好みそうです」

「最初のうちはこのグラスで出して客を寄せて、商品の評判が出てきたら別のグラスも使う、っていうのはどうだろう?」

「目に留まりやすいので、華やかなグラスはいいですね! このグラスだと量もちょうど良さそうなので、ひとまずこちらに決めましょうか」


 グラスを決めたら、アリッサが同じものを人数分取り出した。


 並ぶ装飾グラスを見ているうちに、アルメの頭の中には別のメニューも浮かんできた。そういえば前世には、こういうグラスで食べる華やかなアイスがあったなぁ、と。


(このグラス、パフェに使ってもすごく映えそう。ファルクさんの言うように、貴族のご婦人方がこういう華やかなものを好むのなら、パフェも人気が出るかしら?)


 前世のパフェはバリエーションに富んでいて、見ているだけで楽しかった。この街の人々にも気に入ってもらえそうな気がする。


 思いついたことを頭のメモに書き加えておく。そのうち試作でも作ってみよう。


 アリッサがグラスを洗って、ウィルがコーヒーの準備を始めた。


 ファルクはカウンターの上にアイスの入った鞄を置いて、アルメに言う。


「こちらの容器がミルクアイスで、この小さな容器の方には何が入っているんです?」

「こっちは飾りのサクランボとミントです。あとは白鷹ちゃんの飾り用に、レモンの皮の欠片を持ってきました」

「俺も飾りのお手伝いをしてもいいでしょうか? ただ食べるだけというのは申し訳ないので」

「もちろんです。では、アイスを盛った後にお願いしますね」


 手伝いをお願いすると、ファルクは顔をほころばせた。白鷹が白鷹ちゃんアイスを作るという、なんだか面白い光景が見られそうだ。



 ウィルは事前にブレンドしておいたというコーヒー豆に、ゆっくりと湯を注いでいく。


 大きなガラス容器――サーバーに、たらたらとコーヒーが落ちていく。サーバーの中には氷が入っていて、熱いコーヒーはすぐさま冷やされていく。


 湯を継ぎ足しながら注ぎ、サーバーの中にはたっぷりとコーヒーが溜まった。


 アリッサが装飾グラスに氷を入れて、ウィルへと渡す。サーバーからグラスへとコーヒーを注ぎ入れ、ひとまずアイスコーヒーが出来上がった。


 店内に満ちる良い香りと、カランと鳴る氷。もう既に美味しそうな仕上がりだけれど、さらに、これをフロートにしていく。


 カウンターに出されたアイスコーヒーに、アルメはミルクアイスを乗せていく。アイススプーンで容器からすくい、グラスにまんまるく浮かべる。


 それを隣のファルクに流して、飾り付けをお願いした。


 ファルクはピンセットを使ってテキパキと飾りを付けた。レモンの皮でミルクアイスに目とくちばしを付けていく。


「ファルクさん、器用なんですね。初めてとは思えない手際の良さ」

「細かい作業は得意なんです。――日頃の手術で鍛えた腕が、こんなところで役に立つとは思いませんでしたが」

「それはちょっと、今聞きたくはなかったですね」

「……すみません」


 口を滑らせてしまったファルクに、アルメはじとりとした目を向けた。食べ物を装飾している時に、神官の仕事の話はやめてほしい……。想像すると食欲が失せそうなので。


 横目に作業を見つつ、アルメはサクランボとミントの葉を取り出した。白鷹ちゃんの隣にそっと添える。


 これでコーヒーフロートの完成だ。


 アリッサがキャラメルシロップを小さなミルクピッチャーに入れて、フロートに添えてくれた。


「キャラメルをかけたら、もっと美味しくなると思うわ。試してみて」

「商品名は『キャラメル白鷹ちゃんコーヒーフロート』って感じでどうだろう」

「キャラメル白鷹ちゃん……ふふっ、面白いですね。新種の白鷹様みたいで」


 ウィルが提案した名前に、ちょっと笑ってしまった。そのうち苺白鷹とか、チョコ白鷹とか、白鷹に種類が増えていくのだろうか。


 隣のファルクを見ると、照れたような困ったような、なんとも言えない表情をしていた。



 人数分の試作品が完成したところで、出来上がりを評価する。四人でカウンターを囲って、まじまじとフロートを見つめて感想を言い合う。


「これがコーヒーフロート。飲み物の上にデザートが乗っているなんて、面白いわね。よく思いついたこと」

「もっと派手に食用花を飾ってもいいかもしれないな」

「花屋の友人が言っていたのですが、今は白いお花が人気だそうですよ」

「俺は白い花にこだわらず、色とりどりの花が添えてあった方が良いように思いますが……」

 

 困り顔のファルクに笑いつつ、アルメはスプーンに手を伸ばした。


「では、溶ける前に試食を。いただきます」


 各々グラスを手に取って、アイスをすくってパクリと頬張った。


 香り高いコーヒーと甘いアイスが合わさって絶妙だ。コーヒーにひたっている部分のアイスを削って食べると、両方の味を楽しめる。


 さらにミルクピッチャーのキャラメルシロップをかけると、また味が変わって美味しい。


 あっという間に半分ほどを胃に収めたファルクが、目を輝かせてしみじみと言う。


「美味しい……俺はこれまで、アイスコーヒー自体飲まずに生きてきたのですが……この爽やかな冷たさと味わいを楽しめるのなら、ルオーリオの暑さにも感謝をしたくなりますね。北の地ではこの感動は味わえない……」

「ファルクさんはルオーリオの出身じゃないのかい?」

「はい、極北の街ベレスレナから参りました」

「あら! それって白鷹様とご出身が一緒なんじゃない?」

「あぁっと、あの、すごい偶然ですよね……! 有名人と一緒なんて、ファルクさんが羨ましいです」


 アルメは会話に割り込んで、のほほんとした空気のままペラっと身分を明かしてしまいそうなファルクを制する。


 白鷹の名前が出たところで、ふいにウィルが神妙な顔をした。


「……しかしこのコーヒーフロート、仮にも白鷹様の分身にキャラメルをぶっかけるなんてことをして、不敬罪で捕まったりしないだろうか」

「いやぁ、ええと、たぶん大丈夫だと思いますよ」

「まったくもって問題ありませんよ。白鷹は甘いものが好きなので、キャラメルでも何でも、どんどんかけてしまって良いかと。――たぶん、そう言うと思います」

「白鷹様が甘いものがお好き、っていうのは、何だかあまりイメージできないわね。あのお方は霞とかを食べていそう」


 アリッサが冗談っぽく言うと、ファルクは複雑な顔をしてアルメの耳元に顔を寄せた。小声でぼそりと囁く。


「もしかして世間では、白鷹は人間扱いされていないのでしょうか……」

「何とも答えかねますね……どちらかというと、精霊に近い扱いかも」

「そんな……人間になるにはどうしたら……」


 人間に憧れる妖怪みたいなことを言い出して、アルメは吹き出しそうになってしまった。


 素は十分に人間らしいので、そんなに悲しげな顔をしないでほしい。





 カウンター席に着いて試食を楽しみながら、提携の話も進めていく。様子を見つつ、ひとまずは前向きにやってみよう、ということになった。


 最初のミルクアイスの納品は容器二つ分に決まった。容器一つの大きさは両手で軽く抱えられる程度だ。前世の感覚で言うと、大体二リットルくらいだろうか。

 減るペースを見つつ、都度追加で納品していくことになった。


 手帳にメモを取りつつ、アルメは手元でこっそりとお金の計算をする。


(容器一つ分を三千五百Gで提供するとして、二つ分で七千Gの売上。原料のミルクは一缶、二百六十G。これを四つくらい使うとして、さらに卵に二百Gかかるから、売上から原価を引くと利益は――)


 手帳に数字を書き出して、式を組み立てようとしたところでファルクが囁いた。


「五千七百六十Gです」

「電卓が隣に……」

「デンタク? 俺はファルクですが」


 思わず、前世の便利な機械の名前を呟いてしまった。ファルクは空気清浄機能の他に、電卓機能まで兼ね備えているようだ。


 さらに物知りなので『インターネット検索』のようなこともできる。……そのうちうっかり、パソコンと呼んでしまいそうだ。


 一家に一台――いや、一家に一ファルク、欲しいところである。



 手帳を見つつ、二人でひっそりと話していたら、ウィルが別の話題を出してきた。 

 

「今回の商品に関係ないところでも、何か困ったことがあったら相談してくれて構わないよ。一人で店をやっていくのは何かと大変だろう? 特に女の子だと、物騒なことに巻き込まれることも多いからね」

「ありがとうございます。一応、今は従業員も二人できましたし、縁探しが上手くいけば、そのうち夫のサポートも得られるようになるとは思います。ちょうど最近、お相手探しで食事会をしたところで――」

「お待ちなさい。その話は初めて聞くのですが」


 ウィルとの会話にファルクが割って入ってきた。そういえば話していなかったので、近況報告も兼ねて、場のネタとして披露しておく。


「ええと、実は私、最近婚活――縁探しを始めたんです。恥ずかしながら、最初の縁談が上手くいかなかったので……次こそは頑張ろうかと!」

「あらあら、苦労があったのね。何かお手伝いできることがあったら言ってちょうだい。アルメさんは息子夫婦と歳が近いし、縁探しの力になれるかもしれないわ」

「甘えさせていただく時が来たら、よろしくお願いします」


 ダネルに続いて、アリッサにも頭を下げておく。


 アルメは身寄りのない身なので、こうした縁はありがたい限りだ。婚活に行き詰って困った時には、支援をもらえたらと思う。


 砕けた空気の中、一人神妙な顔をして、ファルクが問いかけてきた。


「その食事会のお相手というのは、どういうお方だったんです?」

「なんというか、ゆるい雰囲気の方です。耳飾りがジャラジャラしてて、去り際に、こう、チャラっとキスを贈って寄越すような」

「キス……!? おやめなさい! そんなすぐに手を出すような男!」


 ファルクは思い切り声を裏返らせた。そんな声出せるのか、と驚いた。――と、同時に、可笑しくて笑ってしまった。父親みたいなことを言うな、と。


 今世アルメには父親がいないので、あくまでイメージだけれど。


 肩を揺らして笑いを堪えていると、ファルクが盛大なため息をついて頭を抱えた。アルメを睨むような眼で見つめながら、低い声を出す。


「笑い事じゃありませんよ。あなたの身を案じているというのに……。いっそ俺が面接官にでもなりましょうか? チャラい男など一次面接で弾いて差し上げます」

「何の採用試験ですか。やめてください。ファルクさんが面接官になったら、一生結婚できませんよ」


 上位神官の試験を突破できる人材など、この世に一握りだろう。エリートを射止めようだなんて高望みはしていないので、勘弁願いたい。


 ピシャリと断りを入れると、ファルクは顔をしかめて、また大きなため息を吐いた。


 そんなファルクの様子を見て、ヘストン夫婦は二人で顔を見合わせる。


「おやおや」

「まぁまぁ」


 二人で似たようなことを呟きながら、クスリと笑い合う。

 

 その後はなんだか妙にぬるい笑顔で、アルメとファルクのやり取りを見守っているのだった。


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