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4 アイス屋のお客様第一号

 アルメは再び出会った茶髪の男に返事をした。


「あぁ、先ほどのお兄さん! 薬屋さんには、上手くたどり着けましたか?」

「はい、おかげさまで。それで、改めてお礼をしたく思いまして」


 相変わらず暑そうに汗を流しながら、男は鞄から財布を出した。おもむろに一番大きな額の紙幣を数枚取り出すと、流れるような所作で差し出してきた。


「お礼の品です。お受け取りください」

「えっ!? いえ、あの、道をお教えしただけですから、お金を頂くわけには……!」

「ですが、大きな働きには、相応の対価があってしかるべきかと」

「全然大きな働きじゃありませんよ! ちょっとしたことですから!」


 男の突然の動きに、ギョッとして声を上げてしまった。


 差し出されたのは五万G(ゴールド)だ。そこそこ給料の良い職場で、六日間みっちり働いたくらいの額である。ちょっと道を教えたくらいでもらって良い額ではない。


(いや、遠慮なくもらう人もいるんでしょうけど、私には無理……! なんだか逆に罪悪感が……)


 必死に拒否するアルメを見て、男はしばしキョトンとした顔で固まった後、すぐにしゅんとして金を財布にしまった。


「そうですか……すみません。先ほどはすごく助かったので、この気持ちを紙幣に換算したらこのくらいの額かな、と……」


(気持ちを直球でお金に換算する人、初めて見た)


 まじまじと男を見上げてしまった。


 美しく整った顔はまさに、『完璧』という言葉が似合うのに、人柄の方は少しズレているような……これは前世でいうところの天然というべきか。


 しょぼんとして財布を引っ込める男を見て、ちょっと笑ってしまった。容姿と人柄の差が、なんだかおかしくて。


「ええと、お気持ちだけ頂いておきますね。――あ、そうだ。もしお礼を頂けるのでしたら、ほんの少しだけお手伝いをお願いしてもいいですか?」

「手伝い、ですか?」


 しゅんとしていた男がパッと明るい顔を上げた。

 彼は自分より少し年上のように見えるが、素直な雰囲気は純粋な子供のようで、見ていて和む。


 店の中から、先ほど拭った木の看板を持ってきて、男に渡した。


「この看板を玄関扉の上にかけてもらえませんか? 看板の穴に、金具を通す感じで」

「わかりました」


 看板を掲げる場所は、椅子を用意すればアルメでも届く位置だけれど、この長身の男なら軽く手を伸ばしただけで設置できそうだ。


 思った通り、男は片手でヒョイと簡単に、看板を玄関扉の上にかけた。


「ありがとうございます、ばっちりです」

「『ティティーの店』……? お嬢さんはお店の方だったのですね。ここは何のお店なのでしょう?」

「元はジュース屋だったのですが、今度はアイス屋としてやってみようかなぁと。と言っても、まだオープン前ですが」

「アイス? 氷の魔石のお店ですか?」


 男はまたキョトンとした。


 どうやら『アイス屋』と言ってもピンと来ないようだ。――これは今後店の宣伝をする時にも、ちゃんと説明を用意した方が良さそうだ。この世界の人には、氷の魔石屋と勘違いされてしまいそう。


「魔石ではなく、氷のデザートを売る店です」

「あぁ、なるほど。凍らせたフルーツを売る店は、俺の地元にもありました。この街は酷く暑いので、良いお店になりそうですね」


 酷く暑い、という言葉が耳に引っかかり、男の方を見た。確かに、彼はものすごく暑そうだ。今もなお、可哀想なほど汗をかいている。


 アルメはというと、特に汗をかくほどではない、という感じだ。

 直射日光の下で長時間動けばそれなりに暑いけれど、今はそれほどでもない。今日の日和だと、きっと街の住民たちはみんな同じような感覚だろう。


(この人、暑がりなのね。気候に慣れないと具合を悪くする人がいるけれど、大丈夫かしら……)


 男の様子を見て不安がよぎった。


 なにせ前世のアルメは、まさに暑さに具合を悪くして人生を終えた人間なのだ。もしこの男も帰り道で、そういう不幸に遭ってしまったら……と考えると心配になってきた。


「あの、もしお時間がありましたら、少し涼んでいきませんか? まだ散らかっている店ですが、アイスの試作をお出しできます。あまり汗をかきすぎると、具合を悪くしてしまうので……」

「よろしいのですか?」

「はい、どうぞこちらへ。店内ごちゃごちゃしていてすみません」


 断ることもなく、男はすんなりと応じた。きっと心中、暑さに耐えかねていたのだろう。

 


 店の中に招き入れて、カウンター席に案内する。

 座って待っていてもらい、アルメは奥の調理室へと急いだ。


 冷凍庫からさっき作ったばかりの苺アイスを出して、透明なガラスの器に盛りつけて戻る。


 席で待つ男の前に器を置くと、彼はわかりやすく目を輝かせた。


「これがアイス……? 想像していたものと違いました。フルーツをただ凍らせるだけではないのですね」

「はい。果肉を潰して凍らせながら空気を混ぜたので、冷凍フルーツより口当たりがやわらかいですよ。どうぞ、溶けてしまう前に召し上がってください」

「いただきます」


 男はスプーンに一口を大きくすくって、パクリと頬張る。しばらくもぐもぐしてから、飲み込み、キラキラした顔を向けた。


「美味しい……! とても美味しいです!」

「ありがとうございます、お口に合って良かったです」

「はぁ……冷たくて本当に美味しい……生き返る……」


 男の口からこぼれた独り言のような感想に、軽く吹き出してしまった。さっきアルメも同じような感想をこぼしたばかりだったので。


 彼はアイスをパクパクと口に運んで、あっという間に完食してしまった。



「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


 礼を言いながら、男はまた鞄から財布を取りだそうとした。金を差し出される前に、断りをいれておく。


「あ、お代はいただきません。これは試作品なので、感想だけいただければ十分ですので」

「え……そうですか。七万Gはかたいかと思ったのですが」


(アイス一皿に七万……金銭感覚どうなってるの……)


 思わず顔をひきつらせた。

 この男、一体どういう身分の人なのだろう……。お忍びの貴族か、はたまたどこぞの高給取りか。


 でもこんな路地奥を一人でふらついているのだから、やっぱり庶民なのだろうか……謎である。


 返事の代わりに苦笑いを返しつつ、空になった器を下げた。



 立ち上がって帰り支度を始めた男に、ついでとばかりに思い付きを提案する。


「気休め程度にしかなりませんが、軽く氷魔法をおかけしましょうか。冷気を送って、ほんの少し涼しくなるくらいの弱い魔法ですが。帰りの道中もきっと暑いでしょうから」

「お嬢さんは氷魔法を使えるのですね……! お願いしたいです!」


 男はまたわかりやすく目を輝かせた。


 素直な反応に笑いながら、両手に氷魔法を発動させる。手のひらを男の方に向けて、やんわりと魔力を流した。冷気が彼の体を包んでいく。


「すぐに消えていってしまう魔法なので、本当に気休めですが」

「いえ、だいぶ涼しくなりました。ありがたい……」

「――あ、そうだ。あとはアレが使えるかも」


 カウンターの脇に置きっぱなしになっていた自分の鞄から、平たい箱を取り出した。中から例の水色のスカーフを取り出して、水に濡らして軽く絞る。


 氷魔法でスカーフを凍らせて、クシャクシャともみほぐす。細長く畳んでから、男に差し出した。


「お兄さんにこれを差し上げます。首に巻くと暑さが楽になるので、帰りのお供にどうぞ」

「……すみません、何から何まで」


 男はスカーフを受け取ると首に巻き、心地良い冷たさに息を吐いた。


 行く当てがなくなったスカーフだが、処分するにはもったいない上等品だ。人助けに使えるのならば、このスカーフも浮かばれることだろう。


「日差しの下で具合が悪くなったら、地下に入って休むことをおすすめします。道中水分補給もお忘れなく。あ、あと塩を舐めてください! 塩も一緒に摂らないと倒れてしまいますから」


 男を玄関まで送りながら、思いついたことをペラペラと口にしていく。これらの言葉は、前世の自分にも言ってやりたい言葉だ。


(――って、私、お節介おばさんみたいになってるわね……鬱陶しく思われたかしら)


 はたと気が付き、チラッと彼の表情を確認する。


 すると想像に反して、男はまた、あの不器用な笑みを浮かべて話しかけてきた。


「あなたはとてもお優しい方ですね。あの、俺は名をファルクと申します。どうぞ、そうお呼びください」

「あ、はい。ファルク、さん。私はアルメと申します。アルメ・ティティーです」


 そういえば、名前を言っていなかった。面と向かって名乗り合うと、なんだかムズ痒い心地がした。こういうちゃんとした名乗りは、縁談の顔合わせをした時以来だ。


「アルメさん、素敵な名ですね。『アルメ・ティティーのアイス屋』……良いお店にめぐり会えました。迷わぬよう、お店の場所をよく覚えておきます」

「ありがとうございます、是非またご来店ください」


 玄関を出た店先で別れの挨拶を交わす。

 続けて、会話の流れに乗せてぽろりと、気持ちを乗せた言葉がこぼれた。素直な雰囲気のファルクにつられたのかもしれない。


「私も今日、ファルクさんにめぐり会えて良かったです。ちょっと落ち込むことがあった後だったのですが、あなたとのお喋りで気が晴れました。本当にありがとうございました」

「そう、だったのですか。お役に立てたのなら光栄です。ではアルメさん、また……また、お喋りいたしましょう」


 最後にそう言い添えると、ファルクと名乗った男はまた不器用な笑みを浮かべた。


(――あ、この笑顔、)


 彼の三度目の笑顔を見た時、なんとなく気付いてしまった。


(この笑顔、もしかして堪えてる……? 笑顔を作るのが下手なんじゃなくて、思い切り笑顔を作りたいところを、無理に抑え込んで控えめな感じにしている、ような……)


 短い時間だったけれど、ファルクの人柄はそれなりに伝わってきた。


 感謝の気持ちで大金を出そうとしたり、子供のように素直な反応を見せたり、アイスを前にキラキラと目を輝かせたり……上品且つ綺麗に整った容姿に反して、中身は自然体な天然、という印象だ。


 そんな性格から察するに、きっと彼は、笑う時は満面の笑顔を浮かべるタイプの人間なのではないだろうか。と、思う。


 その全開の笑みを無理やり抑えて『控えめな微笑』程度にとどめている感じがする。


 ぎこちない笑顔の秘密に気が付いてしまって、思わず頬を緩めた。歩き去るファルクの背中を、ほんわかとした気持ちで見つめる。


 随分と背が高くて、まるで騎士のような体つきをしているのに、なんというかこう――……


(……――お客様第一号は、とても可愛らしい人だったわね)


 愛らしいヒヨコでも見守るかのような、ふにゃりとした顔をして、歩いていくファルクを見送ってしまった。


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