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3 思い付きの苺アイス

 アルメは早速、一階カウンター奥の小さな調理室へと移動した。


 ほぼ物置と化している一階だけれど、調理室はそこそこ使える程度に手入れしてある。


 店舗用の大きな冷蔵の魔道具――冷蔵庫が現役で稼働しているので、時々料理の仕込みを一階で済ませることがあるのだ。



 この世界では、冷蔵庫は飲食店しか有していない。さらに高性能の冷凍庫ともなると、大きなレストランか富裕層しか持っていない、と思う。


 冷蔵・冷凍の魔道具には氷の魔石が必要で、魔石の魔力が減ってきたら、新しい魔力満タンの魔石に取り換えるか、氷魔法士が魔力を足す、という方法で稼働させている。


 魔道具の維持には金がかかるので、一般家庭は食材を水で冷やしたり、保存の場所には涼しい地下室を利用したりしている。冷蔵庫がなくても、それほど生活に不便はない。


 とはいえ、やはり冷蔵庫も冷凍庫も、あるととても便利だ。アルメは氷魔法を使えるので、自分で魔石に魔力を補充して、冷蔵冷凍庫を実質タダで使えている。



 エプロンを身に着けて、大型冷蔵庫の扉を開ける。保存してあったフルーツを取り出して、調理机の上に広げた。


「傷みかけの苺が安かったから、ついたくさん買っちゃったのよね! 良いタイミングだったわ! ジャムにするつもりだったけれど、ジュースにしちゃいましょう」


 これから作るジュースは試作を兼ねた、自分への景気づけだ。今日は散々なことがあったので、苺も砂糖もケチらずにガッツリ甘く濃厚なものを作ってやろうと思う。


 苺を軽く水で洗い、包丁でヘタと傷んだ箇所を取り除く。ザクザク切ってボウルに放り込み、山盛りになったところでマッシャーで潰していく。


 冷蔵庫から小さなレモンを取り出して、半分に切って果汁を絞る。その後たっぷりの砂糖を加えた。


 砂糖が偏らないよう丁寧にヘラで混ぜ合わせたら、フレッシュジュースの完成だ。あとはグラスに注ぐだけ。


 棚からグラスを取り出そう――と、手を伸ばした時、ふと思いついた。 


「これ、いっそアイスにしちゃおうかしら」


 先ほど日差しの下を歩いてきたので、今はキンと冷たいものを食べたい気分だ。


 昔、祖母に作ってもらったジュースを自分で凍らせて、アイスにして食べたりしていた。

 当時は自分だけが楽しむアレンジだったけれど、これから店を開くのなら、これを新商品として売り出しても良い気がする。


「前世では当たり前のように店にも家にもアイスがあったけれど、この街ではアイス専門店って見かけないわね……上手く宣伝できれば、結構集客できるかも」


 前世のアイス専門店を思い浮かべて、ムフフと笑った。――なんだか楽しくなってきた。


 先ほど婚約破棄でどん底に落とされたので、その反動でテンションがハイになってきたみたいだ。


 浮き立つ気持ちのままに、ヘラを握る手に力を込めた。集中して手先に氷魔法を発動する。


 ヘラを伝うように魔法の冷気を流し、苺果肉たっぷりのジュースを凍らせていく。ガチガチにならないようやんわりと固めつつ、かき混ぜて空気を入れる。


 ミキサーの魔道具があれば、より口当たりの良いなめらかなアイスを作れるのだけれど、あいにくジュース屋を畳む時に売ってしまった。


「本格的にアイス屋をやるのなら、料理の魔道具類も買い戻さないといけないわね。……毎日この作業をしていたら、腱鞘炎になりそう」


 ひたすらシャリシャリとかき混ぜながら、新しい予定をあれこれ考える。


 お菓子作りは、結構手に負担がかかるのだ。前世も趣味でよく作っていたので、便利な道具類の大切さは身に染みている。


 ……前世のお菓子作りは趣味というより、ほとんどストレス解消の発作のようなものだったのだけれど……。今世では、なるべく明るく楽しく作りたいものだ。



 ちょうど良い具合に固まってきたところで、スプーンでガラスの器に丸く盛りつける。

 

 果肉たっぷり、苺アイスの完成だ。


「器に盛り付けると、なかなか見た目も良い感じね! うん、アイス屋さん、結構いけるんじゃない? さて、お味のほうは――」


 苺アイスをスプーンですくって、口に運ぶ。舌に乗せるとやわらかく溶けて、苺の酸味と甘さが口いっぱいに広がった。


 日差しを浴びて火照った体には冷たさが心地良く、とても美味しい。


「美味しい……はぁ……生き返るわ……」


 自画自賛だけれど、絶品だ。つい目をつぶり、天井を仰いで美味しさにひたってしまった。


 諸々のストレスが、スゥと溶けていく心地がする。暑い日に食べるアイスは心を救う……。


 しみじみと味わいながらも、あっという間に一皿を平らげてしまった。


 残りは容器に移して冷凍庫に入れておく。これからしばらくは、このアイスが毎日の癒しになりそうだ。



 道具類を洗って片付けながら、改めて心を決めた。天にいる祖母に向けて決意表明しておく。


「おばあちゃん、私アイスを作ってみるわ。『アルメ・ティティーのアイス屋さん』、どうかしら? 上手くいくかわからないけれど頑張ってみるから、応援してね」



 よし、そうと決まれば早速動き出さなければ、と、物置と化している一階を見まわした。


 一階の壁際にはジュース屋時代のテーブルや椅子が無造作に積まれている。これらを綺麗に掃除して、配置し直さなければ。


「ひとまず、一階をまるっと掃除しなくちゃね。片付けが終わったら、メニュー案と材料の仕入れ計画と――……ふふっ、もう落ち込んでいる暇なんてないわ」


 掃除用具を取り出しながら、ニコッと大きく笑ってみる。


 フリオが浮気相手とイチャイチャ楽しくやっているのなら、こちらだって楽しいことを全力でやってやろうじゃないか。――なんだかそういう、振り切れた元気が出てきた。


 一階の窓と玄関扉を大きく開け放ち、外の空気を入れる。


 カラリとした日差しと爽やかな風が入って、店舗となる家の中が一気に明るくなった。


 バケツに水を張って、雑巾でひとつひとつ窓を拭いていく。外側は土埃が酷くて、なかなか手間がかかりそうだ。




 そうして窓拭き掃除をしていると、近所の人たちが声をかけてきた。


「おや、張り切ってるねぇ。もしかしてアルメちゃん、いよいよ引っ越しかい?」

「え? あ、いえ、ええと……」

「お相手の家はここから遠いの? あなたのことは子供の頃から見てるから、いなくなったら寂しくなるねぇ」

「あぁ、その~……」


 そうだった、まずはご近所さんに破談の報告するべきであった――と、ハッと我に返った。

 既に結婚に伴う引っ越しの挨拶を済ませているので、報告せずにいる、というわけにもいかない。


 変に誤魔化さず、この際すっぱりと言ってしまおう。


「その、実は破談になってしまいまして……。それで、お相手の家に入る予定がなくなってしまったので、祖母の後を継いで、この場所でまたお店を開こうかなと。恥ずかしながら、またお世話になりますので、よろしくお願いします」

「ありゃ!? なんと!」

「まぁまぁまぁ……!」


 苦笑いをしつつ頭を下げると、近所の人たちはひとしきり驚いた後、各々家から果物や野菜を持ち寄ってくれた。


「ほら、これ食べて元気出して!」

「アルメちゃんが店を頑張るってんなら、きっとおばあちゃんも喜ぶよ。また一緒にこの広場を盛り上げようね!」

「ありがとうございます、いただきます」


 なんだか色々ともらってしまって、両手いっぱいに食べ物を抱えることになってしまった。傍から見たら、不幸があったというより、逆に祝われているみたいだ。




 とりあえずもらったものを家の中に置き、窓掃除を再開する。


 ――すると、またすぐに誰かに声をかけられた。


「あの、お嬢さん。先ほどはありがとうございました」

「え?」


 お嬢さん、と呼ばれて目をまるくして振り向いた。


 なんだかムズムズする呼び方だ。

 元婚約者に『冴えない中年家庭教師』などと呼ばれる見た目をしている自分を、お嬢さんなんて呼び方をする人が、知り合いにいただろうか。


 そう思ったけれど、声をかけてきた相手を見て、あぁ、と納得した。


 アルメの背後には、先ほど道案内した茶髪の男性が立っていた。


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