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27 祭りといえばかき氷

 ベアトス家の面々が去った後、アルメは静けさが訪れた店内で、一人じっくりと考え込む。

 祭りで出店することは決定事項として、問題はメニューをどうするかだ。


 店内をウロウロしながら、ぶつぶつ独り言をこぼして思案する。


「現状のアイスをそのまま外で売る、って形でもいいとは思うけど……人目を集めるには、もう一工夫欲しいところよね。その場で調理するとか」


 屋台の料理店の魅力と言えば、なんといっても調理風景が見えるところだ。


 店先で肉の塊を火であぶったり、鉄板で豪快に食材を焼いたり、そういう風景を見せることで、客の食欲と購買意欲をあおるのだ。


 アイスの販売だと容器からすくって盛るだけなので、もう少し目を引く華やかさが欲しいところである。


 ルオーリオの街の祭り風景に加えて、前世の祭りの風景も思い浮かべてみる。使えそうなヒントを探して。


「お祭りと言えば、前世ではたこ焼きとか、綿あめとか、かき氷とか――。……かき氷、か。氷を店先でガリガリ削って山盛りにしてみせたら、この街の人たちに興味を持ってもらえるかしら」


 前世の祭りと言えば、かき氷は外せない屋台だ。この街の祭りでは見たことがないから、珍しさで客を寄せることができるかもしれない。


 なにより、キンと冷えた氷は見た目にも体にも涼しくて、ルオーリオの温暖な気候と相性が良いように思う。


「屋台のかき氷といえば紙コップとストロースプーンだけど……この世界にはないから、普通のグラスとスプーンを使うしかないわね」


 店のカウンターへと歩を進めて、棚を大きく開け放つ。元ジュース屋だけあって、手頃な大きさのグラスは充分な数そろっている。


 紙コップのように使い捨てにはできないので、グラスとスプーンを返却してくれたら、いくらか代金が戻る仕組みにしよう。


「グラスは手持ちのものを使うとして、スプーンは持ち手の長いものを買わないと。……あと一番の問題は、かき氷機だけど……今から道具屋に発注しても間に合わないわ」


 この世界にかき氷というものはないので、かき氷機なんてものも、当然出まわってはいない。


 そうなると特注で作ってもらうことになるが、用途と仕組みを説明して、設計して――となると、今からでは間に合わないだろう。


「ミキサーで氷を削る、っていうのはミキサーが壊れてしまったら嫌だし……包丁で自力でいけるかしら」


 ふと、前世で見たものを思い出してみる。料理人が氷の塊に包丁をあてて、氷を削りだしていくシーンを――。

 確か料理番組かなにかで見たのだと思う。

 

 氷の塊に包丁の刃を滑らせると、そこから雪のような細かい氷がシャバシャバと削り出されていくのだ。見た目にも楽しいので、店頭で再現できたら良い客寄せになるかもしれない。


 物は試しだ。早速調理室に移動して、挑戦してみることにした。



 適当な容器に水を張って、氷魔法を発動する。強めの魔法を使ったら、あっという間に四角い容器に氷の塊ができあがった。


 容器を軽くコンロの火に充てて、少し溶かす。つるんと氷を取り出して、まな板の上に置いた。両手のひらをいっぱいに広げたくらいの、大きな塊だ。


 刃が厚めのしっかりとした包丁を選んで、氷に当ててみた。刃を斜めに軽く当て、氷の側面を上から下へと削ぐように滑らせる。


 すると、削がれた氷がシャラリと舞った。思っていたより多くの量を一度に削ぎ落すことができる。このペースならば、自力でもいけそうだ。


 シャバシャバと包丁を動かして、削り出しを何度か繰り返すと、まな板の上にはふわふわな氷の山ができあがった。ばっちり、前世のかき氷と同じ質感だ。


 ふわふわ氷を器へと盛って、冷蔵庫からジャムを出す。

 シロップ代わりにいちごジャムをたっぷりかけたら、ひとまずかき氷の完成である。


 スプーンで氷をすくって頬張ると、キンとした冷たさが懐かしくて、つい頬が緩んだ。


「うん、この冷たさ! やっぱり暑い日にはかき氷よね! きっとルオーリオの人たちにも気に入ってもらえるはずだわ」


 ふわふわのやわらかい氷は甘いジャムと絡んで、口の中で軽く溶ける。イメージ通りの食感と味に、気持ちが弾む。


 ――かき氷を売ると決めたら、後はシロップを試作しなければ。

 

 前世では赤、緑、黄色、青あたりが定番の色だったので、同じようにカラフルな色を用意したいところだ。


 ガラス瓶に入れて店頭に並べておけば、色合いの鮮やかさも客寄せに貢献してくれるはず。



 アルメはかき氷をパクパクと口に収めて、頭にキンとくる冷たさをやり過ごした。

 

 慌ただしく二階へとあがって、出掛ける支度をする。今日はもうこの勢いのまま、シロップの材料を買ってきてしまおうと思う。


 準備をしながら、この後の段取りを考える。


「市場に寄った後、出店の申し込みもしてこなきゃね。良い場所が空いてるといいけれど……出遅れちゃったから、あまり期待はできないかなぁ」


 元々出店するつもりはなかったのだが、こんなことなら最初から申し込みをしておけばよかった。


 祭りの日は路地奥の店でもそれなりに客が増えるので、わざわざ表通りに出店する必要はないだろう、とのんびり構えていたのだけれど。……今更出遅れを後悔しても仕方のないことなので、ここから巻き返しをはかるしかない。


 やれやれ、と苦笑をこぼしながら、アルメは市場へ向かうために家を出た。


 





 人で賑わう市場通りを進み、まっすぐにフルーツ屋を目指す。


 馴染みの店の前で山と盛られているフルーツを見まわして、ふむ、と考え込んだ。


(赤色シロップは苺を使って、黄色はマンゴー、緑はメロンでいけるわね。桃も淡い色合いが綺麗かも)


 使えそうなフルーツをヒョイとカゴに取っていく。


 ルオーリオ周辺では気候柄、限られた果物しか生産されていないけれど、地方と交易が盛んな都市なので、市には多くの品目が出ている。


 そのありがたさを享受して、数種類のフルーツを少量ずつ購入した。

 家に帰ったら小鍋で煮詰めて、シロップを試作してみようと思う。


 苺と桃はそっと巾着袋に入れて、マンゴーと小ぶりなメロンはそのままゴロンと布鞄に収めた。



 さっと買い物を済ませて、次の目的地を目指す。向かう場所は祭りの管理組合だ。


 市場通りを抜けた先に地区の窓口があるので、そこで出店の手続きを済ませるつもりだ。――けれど、その前に少し寄り道をすることにした。


 店の連なる通りの一角にある、花屋へと歩を向ける。この花屋はエーナの家の店だ。


 美しい花で埋もれんばかりの店先を覗き込んで、中へと声をかけた。


「こんにちは、アルメです。今エーナはいますか?」

「あら、アルメちゃん! ――エーナ、アルメちゃん来たわよ。出れる?」


 店番をしていたのはエーナの叔母だった。エーナと同じように朗らかなご夫人だ。

 エーナの家は一族で花屋を生業としていて、本店の他にもこうして各地区の市場にも出店している。


 タイミングが合えば売り子をしているエーナと会えるので、ちょっと挨拶でもと寄ってみたのだ。


 すぐに取り次いでもらい、奥で作業していたエーナが出てきた。


「アルメ! 今日はお休み?」

「えぇ、そうなの。――と、仕事中にごめんね、ちょっと報告だけしておこうかなと。実は今度のお祭りに、私も出店しようかなと思ってて。これから申し込みに行くところ」

「え、本当に? なんだ、もっと早く言ってくれたら、うちの花屋と近くの場所をとれたかもしれないのに」


 エーナの家の花屋は祭りの露店の常連である。祭りで浮き立つ人々の髪や帽子、服を飾る花を売り、街の賑やかしに貢献している。


 申し込みが早ければ店同士近くの場所をお願いできたかもしれないが、今回はそうもいかなそうだ。

 店が近ければ、お互いの準備や店番で協力し合えたかもしれないのだけれど。


「本当に、出遅れたことが惜しいわ……。実はついさっき決めたことなの。なんだかベアトスさんとのお金の話がこじれちゃって……こうなったら稼げる時に稼いでおこうかな、と」

「待って、今更こじれたってどういうこと!?」


 アルメがペラっと話を口にしたら、エーナが前のめりに食いついてきた。


「ええと、帳消しにしてもらったはずのおばあちゃんの医療費を、返してくれって話になっちゃって」

「それ浮気の慰謝料としてチャラになったんじゃなかった?」

「そのはずだったんだけど……。浮気の原因は私にもあったから、っていう話になって……――と、まぁ、ちょっと揉めたんだけど、それはもういいの。よくよく考えてみたんだけど、いつまでもお金の援助のことを話に出されるのも癪だから、この際きっかり返済しちゃおうかなって思ったのよ。それが済んだら、もう本当に何の関係も残さずに縁を切れるから」


 返済の契約書にサインすることを決めたのには、こういう理由もあった。


 ベアトス家への恩をそのままにしていたら、また何かの拍子に話を出されて、都合よく利用されてしまうかもしれない。

 そういうことは祖母だって本意ではないだろうと思ったのだ。


 エーナは難しい顔をしていたが、しばらく考え込んだ後、表情を緩めた。


「……まぁ、そうね。良くない縁はすっぱり切ってしまったほうがいいかも。アルメが決めたのなら、私は応援するわ。返済額はどれくらいなの? 私に協力できることはある?」

「額はまぁそこそこだけれど、とりあえず店の売り上げをやりくりして、こつこつ返していくつもりだから大丈夫よ」

「そう、何かあったら絶対相談してね。私もアイデンも力になるから」

「うん、ありがとう」


 笑顔で返事をして、気持ちだけありがたく受け取らせてもらう。――気持ちは受け取るけれど、実際に援助を受け取ることにはならないよう、頑張りたいところだ。


 エーナもアイデンも結婚を控えていて、これからが金のかかる時期なのだ。アルメへの援助なんかよりも、彼らは彼らの新生活に金をかけるべきなので。

 

 そういうわけで、金額の詳細は伝えなかった。額を聞いたら、人の良いエーナとアイデンは援助に乗り出してしまいそうだから。



 話に区切りがついたので、アルメは声音を明るく切り替えた。


「それじゃあ、私はこれから申し込みをしてくるわ。仕事中にお邪魔しました」

「規模の小さな屋台だったら、まだ場所の融通がきくかもしれないから、交渉してみるといいわよ。広場の近くはお客が多いから、狙うならそこね!」

「なるほど、頑張ってみるわ!」


 エーナのアドバイスを聞いて、心の中で気合を入れる。

 交渉次第でまだ良い場所をとれるかもしれない、とのことなので、気持ちが盛り上がってきた。


 ――さて、それじゃあそろそろ。と、体の向きを変えた時、ふと店先の青い花が目についた。


 先ほどのフルーツ屋では、青色のシロップを作れるような食材は見つからなかった。

 でも、フルーツでは難しそうだけれど、こういう花を使ってどうにか青色シロップを作り出せないだろうか、と思いつく。


 花を見つめて立ち止まったアルメに、エーナは不思議そうな顔をした。


「どうしたの? その花好きなの?」

「いや、このお花食べれるのかしら、と思って」

「ちょっと、大丈夫? ま、まさか食べ物に困って……?」

「違うわよ! 大丈夫! 青色のシロップを作れないかなぁって考えてたの!」


 エーナに心から心配そうな顔を向けられて、慌てて訂正した。金難とはいえ、まだ食に飢えているわけではない。


「青色のシロップ? もしかしてアイスにかけるの?」

「お祭りで出そうかなぁと思ってる新作に使いたくて。青色の食べ物ってあまりないから、お花から色を出せたらと思ったんだけど」

「残念ながら、この花は毒があるわ。舌が痺れてお腹が痛くなるわよ」

「ダメかぁ……お祭りで出したら事件になるわね」


 ばっさりと切られて、ガクリと肩を落とした。――が、エーナは明るく続ける。


「でも食用の花もあるわよ。この店には出してないけど、ハーブティーの店に卸してる花があるわ。お湯を入れると綺麗な青色が出るの。もらったハーブティーが家に結構あったはずだから、お裾分けしようか?」

「いいの!? ありがとう! とても助かるわ!」

  

 ハーブティーは盲点だった。思いがけない提案に、エーナの手を握ってぶんぶんと振り回してしまった。


「じゃあ今度、アルメの家に持っていくから。来週になっちゃうけれど、大丈夫?」

「全然大丈夫! 是非お願いします!」

「わかったわ。それじゃあ、来週の頭くらいに」

「うん、楽しみにしてる! じゃあ、私そろそろ行くわね。良い一日を」

「気をつけて。アルメも良い一日を」


 ウキウキとしながら別れの挨拶を交わして、花屋を離れた。


 ベアトス一家とのやり取りでげんなりとした気持ちはどこへやら。なんだか楽しくなってきた。青色シロップ作り、是非とも成功させたい。



 通りを歩き出しながら、一ヶ月後の祭りに思いをめぐらせる。


(ルオーリオのお祭り、ファルクさんも街を歩いて楽しむ予定があるかしら? お店の場所を伝えたら、来てくれたりするかなぁ)


 祭りのことを考えながら、ふと無意識に、そんなことまで思ってしまった。

 

 来てくれたら嬉しいなぁと思う。


 ファルクはアイスのことを随分と気に入ってくれているようだけれど、アルメもまた、思っている以上にファルクという客のことを気に入っているらしい。


 かき氷を食べたら、どんな感想をこぼして、どんな顔で笑うのだろうか。


 ついそんなことを考えて、ニコニコしてしまった。


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