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17 イメチェン街歩き

 調理室のテーブルに椅子を二つ並べて、アルメとエーナは気楽なランチを楽しむ。

 食事の供となる話題は、やはり先ほどのキャンベリナについてであった。


 具だくさんのサンドイッチを堪能しながら、二人で遠慮なく、キャンベリナに対して言いたいことを言わせてもらう。


「それにしても、気位の高そうなご令嬢って感じだったわね。さすが、白昼堂々と浮気をするだけあるわ」

「私も驚いたわ。二人きりで喋ったのは今日が初めてだったから……あんなに気の強い人だとは思わなかった。ベアトスさんの前ではもう少し、可憐な雰囲気だったのだけれど」

「猫かぶってるのねぇ……。でもそういうのって、すぐボロが出るものよ。彼もそのうち気付くんじゃない? 後から『やっぱり復縁を~』なんてアルメに泣きついてきたりして」

「ふふっ、まさか。きっと浮気な彼のことだから、私に泣きついてくる前に、また新しい別の女性を作るに決まっているわ」

「確かに。そうなったらキャンベリナさんとやらもご愁傷様ね」


 軽口を交わしていると、ふいにエーナが真面目な顔を向けた。同時に話題も切り替わる。


「というかアルメ、さっき色々と失礼なことを言われていたじゃない? もう少し言い返してやればよかったのに」


 エーナはムッとした顔で言う。

 先ほどのキャンベリナの悪口のことを言っているのだろう。髪型や服がダサいだの、見た目がパッとしないだのと。


 会話内容を思い返しながらつい苦笑してしまった。


「あぁ、まぁ、揉めるのも面倒だったし。それに的を射ているような気もしたし、言い返すに言い返せない図星を突かれたと言うか……」

「ちょっと、認めちゃってどうするのよ」

「だって強がったって仕方ないじゃない……見た目は変わらないのだし。張り合ったら余計に散々なことを言われてしまいそうだわ」 


 残念ながらアルメは、『ダサい』との悪口を突っぱねられるような容姿をしていないのだ。


 長い黒髪は真ん中でざっくり分けて、頭の後ろでお団子にしているだけ。ドレスは褪せたグレーで、飾り気のないシンプルなものである。


 フリオに『冴えない中年家庭教師』と呼ばれた見目は、今も変わらず健在である。一般的に見て、自分の姿はダサいのだろうという自覚はある。


 エーナはじとりとした目でこちらを見て、拗ねた声を出した。


「なんだか私が悔しくなってきた……」

「ご、ごめん。でもこればかりは仕方ないでしょう?」

「仕方ない、とか当たり前に言っちゃうところが悔しいわ。……――ねぇ、アルメ。午後に予定はある?」

「え? ないけれど……」


 何か思いついた様子のエーナに、ちょっと身をすくめる。

 エーナは構うことなく、にんまりと圧の強い笑顔を浮かべた。


「じゃあ、午後からは街に繰り出しましょう」

「う、うん。いいわよ」

「帰ってくる頃には別人になっている、という覚悟でいてね」

「う……うん?」


 一体街で何をされるのだろうか……不安に思いながらも、コクリと頷いてしまった。







 ランチを食べてから、エーナに引っ張られるようにして、街の美容室へと足を運んだ。


 エーナの行きつけだという美容室は、ふくよかな婦人が店主を務めるお洒落な店だった。


 通りに面していて、小さな店舗ながら周囲に引けをとらない華やかな外観だ。大きな窓は花で飾られ、店内にも綺麗な花瓶がたくさん並んでいる。


 店主はおおらか且つ上品な声音で、来店したアルメとエーナに声をかけた。


「あら、いらっしゃいませ。予約のご相談? それとも今からの施術をご希望かしら?」

「友達の髪型の相談なんですが、今大丈夫ですか?」

「えぇ、もちろんよ。さぁ、ソファーへどうぞ」

「ええと、お邪魔します……」


 案内されるまま、店内入り口近くのラタンのソファーへと腰を下ろした。


 隣に座ったエーナにコソリと話しかける。


「ちょ、ちょっとエーナ。別人になる覚悟って、髪を切るってこと?」

「まぁ、ひとまず相談だけ。ここのお店、友達紹介だと無料で相談に乗ってくれるの! せっかくだから、お洒落のプロから意見を聞いてみましょうよ。本当に髪型を変えるかどうかは後で考えるとして。――でもきっと、話を聞いたら変えたくなると思うわよ」


 二人掛けの小さなソファーに腰かけて、戸惑いつつも、ふむ、と考える。


(まぁ、無料のカウンセリングを受けるだけなら……。こんなお洒落な美容室、自分から来ることもないだろうし、良い機会と言えば良い機会だものね)


 エーナに連れられなければ、自ら足を運ぶことなどなかっただろうと思う。


 今まで髪は自分で切るか、カットが得意な近所のおばさまに頼んでいた。――庶民では自分で切るのも一般的なので、美容室に縁のない人々も多いのだ。


 アルメはソワソワしながら、美容室の洒落たインテリアを見まわした。なんだかこういう空間にいると、柄にもなく、心の奥深くに眠る乙女心が浮き上がってくる心地がする。


 それもまた店の戦略なのだろう。同じ商売人として、是非参考にしたいところである。家に帰ったら、店のインテリアを見直してみることにしよう。


 店主はアルメの向かいに椅子を引っ張ってきて座ると、ふんわりと笑った。


「改めまして、美容師のデュリエと申します。どんなご相談にもお乗りしますので、どうぞなんなりと」

「アルメと申します。ええと、相談内容は――……」


 返事に困り、エーナをチラリと見る。美容室に引っ張ってきたのはエーナなので、まずは彼女の意図を聞きたいところ。


 エーナは迷わずにペラペラと話し始めた。


「彼女は新しくお菓子を売るお店をオープンしたのですが、仕事をするにあたって、おすすめの髪型とかを教えてもらえたらなぁと」

「お客さんを相手にするお店なら、華やかさと清潔感があったほうがいいわ。派手でも地味でも印象が良くないから、バランスが大事。今のまとめ髪だと、清潔感はあるけれど堅い印象ね。高級店の裏方だったら良いスタイルだと思うけれど、表に出るならもう少し華を添えて。カジュアルなお店だったら、もっと元気な華やかさがあったほうが良いわ。店員の見目の親しみやすさは集客に繋がるから」

「な、なるほど……」


 エーナの相談内容と店主のアドバイスに、思わず感心してしまった。


 仕事が変われば、仕事をする時の格好も変わる――ということに、今まで全く頓着せずに過ごしていた。


 客が良い印象を抱く姿で仕事に臨む、というのは理にかなっている。より良い集客を望むのなら、考えておいて損はない事柄である。


 感心し、上向いてきた気持ちに任せて、アルメも自分から質問をしてみた。


「あの、私のような黒髪でも、もう少し華やかな印象にできるものでしょうか? 店は庶民向けのカジュアルな菓子店なので」

「もちろんですよ。今の大人っぽい雰囲気を少し崩して――そうねぇ、前髪を作って、お団子を解いてサイドに流すアレンジで――……ちょっと失礼」


 店主は気持ちがのってきたのか、話しながらアルメのまとめ髪を解いた。サイドで緩くくくってふわりと崩す。


 それだけでやわらかな印象になり、鏡を見せてもらったアルメは目をまたたかせた。


「どう? 結構変わるものでしょう? 全体をもう少しカットして、前髪を切ったらもっと明るい印象になるわよ」

「う~ん、そうですか……そうですかぁ」


 ニコリと微笑む店主に、期待と迷いを込めた返事をした。


 思い切って、提案通りに髪型を変えてみたい気もする。けれど、今までの髪型に慣れきっているので、いまいち踏み切れない……。


 そんなアルメの肩を叩いて、エーナはケロッと言ってのけた。


「そんなにバッサリ切るわけじゃないんだし、いいんじゃない? 髪って結構すぐ伸びるし、元の髪型がよければ、またそのうち戻せばいいじゃない」

「……まぁ、そう言われればそうよね。うん。――よし!」


 エーナの言葉に背中を押されて、店主へと向き直った。


 ちょうど手切れ金という臨時収入も入ったところだ。お金の神様にも背中を押されている、ということにしよう。


「ご提案いただいた通りに、カットをお願いしてもいいですか?」


 店主はニッコリと大きく笑顔を浮かべ、流れるような動作でアルメをカット台へと案内した。



 『新しい仕事に向いた髪型に変える』というのも背中を押した理由だけれど、もう一つ、『フリオの婚約者時代の髪型をやめてさっぱりしたい』というのも、理由だったかもしれない。


 サクリと切り落とされていく髪の毛と共に、嫌な思い出もスッキリと落とされていくような心地がした。

 





 

 半刻後、美容室を出たアルメは、サラリと長い黒髪をなびかせて街中を歩いていた。

 

 まぶたに被さるくらいに整えられた前髪に、良い香りのヘアオイルでふわりとまとめられた後ろ髪。

 せっかく姿が変わったので、今日は結わずに過ごして、新しい髪型を楽しもうと思う。


「ちょっと慣れないけど、久しぶりに髪型を変えるとやっぱりなんだかウキウキしちゃうわね。どうかしら? おかしくない?」

「とっても似合ってるよ! 前から思ってたけど、アルメはやっぱり髪を下ろしていたほうが素敵だわ。お団子が似合ってなかったってわけじゃないけど、髪がサラサラだからもったいないなぁって、ずっと思ってたの。前までは下ろしてることも多かったじゃない?」

「そういえば、そうだったわね」


 エーナに言われて思い返す。そういえば、昔は下ろしていたり、サイドで三つ編みにしたり、ポニーテールに結い上げたりと、地味ながらもちょこちょこと髪型を変えていたものだった。


 髪型をピシリとしたお団子に固定するようになったのは、フリオと婚約を結んでからだ。


(婚約してからはお義母様が厳しかったから、お団子一択になってたのよねぇ)


 フリオの母は厳しい人だった。――正しく言うと、小言の多い人だった。

 

 ベアトス家は前当主が早くに亡くなっていて、一応形としてはフリオが当主となっている。けれど実態は、ほとんど叔父が仕切っているようなものらしい。


 フリオの母はこの叔父と折り合いが悪いそう。彼女は夫が亡くなった後、自分がベアトス家を仕切る心積もりでいたそうだが、叔父に権限を持っていかれてしまったことに腹を立てているそうで。


 そんな叔父が決めたフリオの結婚相手がアルメであった。義母はこの婚約に反発していたようだ。


 そういう事情があったので、義母とは会うたびに、なにかと小言を言われるのであった。


『フリオの手伝いをするのなら、香水とかハンドクリームとかの香りものを付けるのはやめてちょうだい。フリオの気が散るでしょう?』

『化粧の粉で魔導書が汚れたらどうするの? 化粧は禁止よ』

『髪は結い上げてまとめなさい。邪魔になるから』

『ヒールの高い靴も控えて。音がうるさくてフリオの迷惑になるわ』

『ドレスも動きやすいシンプルなものにしなさい。もちろん派手な色は駄目よ。目がチカチカしてたまったものじゃないわ。共に過ごすフリオが可哀想』


 こういうような小言がチクチクと飛んできた。


 それを回避するために、目立たないグレーのドレスを数着買い込んで着まわすようにして、髪型も毎日お団子に固定することにしたのだ。


(私が毎日同じ姿で過ごすようになってから、ケチをつけることがなくなったお義母様、口をモゴモゴさせていたっけ)


 思い返して、心の内でちょっと笑った。今考えると本当にしょうもないことだ。


 新婚約者のキャンベリナに対しては、彼女はどういう態度をとっているのだろう。叔父が絡んでいない縁談だし、貴族令嬢という身分のお相手なので、喜んでいるだろうか。


(……いえ、考えるのはやめましょう。私にはもう関係のないことだわ)


 頭を振って、考えを振り払った。もう彼女は義母でもなんでもない他人なのだ。彼女の今の心境など、全くもってどうでもいいことだ。


(これからはお義母様ではなくて、ベアトス夫人、と呼ばなければね)



 ちょうど考えを振り払ったところで、次の目的地に到着した。

 古着を扱う、庶民向けの服屋だ。古着といってもボロは置いていなくて、なかなか綺麗でお洒落な掘り出し物が多い店。


 前にも何度か一緒に来たことのある店だけれど、ここ最近は来る機会がなくなっていた。


「髪型が変わると服も変えたくなるものじゃない? って思って来てみたんだけど」

「ありがとうエーナ。このお店久しぶりに来たわ! ――ねぇ、ちょっとお願いしてもいい?」


 色とりどりの服であふれる店舗の前で、アルメは力強くエーナの手をとった。


「今までの仕事用の服、もう全部売ってしまおうと思うから、代わりに良い服を見繕ってくれない?」

「もちろん任せて! アルメをばっちり可愛くする服を選んでみせるわ! 売り子が可愛いとそれだけでお店は繁盛するものだから、ガッツリ選ぶわよ!」


 さすが花屋の看板娘である。頼もしい限りだ。


 ……胸元がガッツリ開いた服を手に取るのは、ちょっと勘弁してほしいところだけれど。


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