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12 おばさまたちの愚痴

 ファルクが店を出た後、午前中は小広場の近所の人たちが店を訪れてくれた。


 改めてオープンの挨拶をして、宣伝のお願いをして、販売の対応をして――ということをしているうちに、日は空の真上へと昇っていた。


 お昼時となり、小広場にチラホラと散策する人々が姿を見せるようになってきた。



 早速女性のグループが店を覗いて、楽しげに喋りながら、冷気の漂うアイスカウンターの前へと寄って来た。


「わぁ、涼しい」

「美味しそうじゃない? 食べてく?」

「私白いのが良い! 今日のラッキーカラーだし」

「あんたそれ毎日言ってるじゃん!」


 ケラケラと笑う女性たちの会話を聞いて、アルメは心の内でガッツポーズをした。


(やっぱり世の中には白色がきてるのね……! ミルクアイスを作っておいて良かったわ!)


 接客に出て女性たちに白鷹ちゃんアイスを紹介すると、彼女たちは全員ミルクアイスと別のアイスをセットで注文していった。


 会計を済ませてアイスの器を渡すと、女性たちは外のパラソル席へと座った。聞こえてくる笑い声に耳を傾ける。


「見て! 顔ついてて可愛い!」

「白鷹ヒヨコちゃんだね」

「これ食べるの可哀想……あ、美味しい!」

「冷た~い! ベリーの方も美味しいよ、一口あげようか? オレンジも食べてみていい?」


 女性グループはキャッキャとアイスで盛り上がっていた。どうやら気に入ってもらえたようだ。


 しめしめと笑っていると、小広場の案内板のあたりに溜まっていた観光客たちが、店先の女性グループの様子をチラチラと見ていることに気が付いた。


 店の外で食べてもらえると、それだけで他の人への広告になる。心の中で女性グループに感謝して、アルメは腕まくりをし直した。


 さぁ、ここからが今日の本番だ。


 観光客たちが店に歩み寄ってくるのを見ながら、接客スマイルに気合いを入れた。




 



 ルオーリオ観光の人々。散歩中の老夫婦。近所の子供たち。――初日にしては、まずまずの客入りだ。


 前の職場――図書館の元同僚も来てくれた。お喋り好きのおばさま二人組。


 仕事で関わりのあった人たちには、アイス屋のオープン日とメッセージを書いたポストカードを送っておいたのだ。……もちろん、フリオを除いて。


 おばさまたちは元同僚といえど、そこまで親密な間柄ではないのだけれど、オープン当日に来てくれるとは思わなかった。嬉しい限りである。


 ――と、思ったのだけれど。今アルメの前では、少々苦笑いしてしまうような会話が繰り広げられている。


 元同僚のおばさまたちは、仕事の愚痴をこぼしがてらアイスを食べに来たらしい。店内のカウンター近くの席に座って、アイスを頬張りながら、アルメにペラペラ話しかけてきた。


 話題はもっぱら、元婚約者フリオ・ベアトスに関することである。



「――でね、ベアトスさんったら、ついに館長から大目玉をくらったのよ」

「ベアトスさん、一応助手っていう名目でキャンベリナさんを側に置いてたのに、キャンベリナさんは全然仕事をしないし、ただイチャついてただけだったからねぇ。そりゃあ怒られるわ」

「はぁ、まぁ、そうですよねぇ」


 苦い笑いをこぼしつつ、適当に相槌を打っておく。

 おばさまたちがアルメに話を振るのは、『一緒に愚痴って憂さ晴らししましょう!』という意図があるのだろう。


 一応今は仕事中なので、深入りしすぎないようにかわしつつ、やんわりと会話に参加させてもらうことにする。


「フリオは館長に怒られて、ちゃんと反省していました? まさかまだ館内で、イチャイチャしているなんてことは……」

「それはもう大丈夫よ! なんとベアトスさん、個人作業室を取り上げられちゃったみたいなの」

「どうせ仕事をサボって、部屋の中でやらしいことでもしてたんでしょうね。みんなそう噂してるわ」


 話を聞いて、つい渋い顔で深く頷いてしまった。実際、その現場に遭遇しかけたことがあるので……。これは完全にフリオの自業自得である。


 おばさまたちはウダウダと愚痴を続ける。


「今は見習いの修復師さんたちと、同室で作業をしてるみたい」

「なんでも、見習いより仕事が遅いって話よ」

「遅い、ですか? フリオは結構仕事が早いように思いますが」

「さぁ、実際はどうなんだか。私たち、修復の仕事をよく知らないからアレだけど、見習いさんたちがコソコソ話してるのが聞こえてきたから」


 あらまぁ、と聞き流しながら、フリオの仕事ぶりを思い出してみる。


 アルメの記憶では、彼はわりかしさっさと仕事をこなしていたように思える。その日の作業目標は、いつもしっかりとクリアしていた。


(……けれど、そうねぇ。作業中の事務的なことには手間取っていたかも)


 ふと思い出した。本を修復する職人仕事の合間に、別の事務的な仕事が割り込んでくると、そこでペースが落ちるのだ。集中力が途切れてしまって、戻すのに時間がかかる質らしい。


 アルメはそんなフリオのサポートとして、彼の代わりに細々とした事務作業を受け持っていた。


 キャンベリナにもサポートを頼めばいいのに――と思ったけれど、もう自分の気にすることでもないか、と思い直す。


 おばさまたちには適当なコメントを返しておいた。


「――まぁ、お相手のキャンベリナさんと手を取り合って、フリオには頑張っていってもらいたいですね」


 言外に、私には関係ないですけれど、という言葉を含ませておいた。




 おばさまたちはひとしきり職場の愚痴話をし終えると、満足そうな表情で席を立った。


 アイスカウンターを見ながら、今度来た時はこれを食べましょう、なんて話をしている。

 また来てくれるようだ。嬉しいけれど、フリオ話は勘弁してほしい気もする……複雑だ。


 帰り際、彼女たちはふと、カウンターの奥に置いてある黄色いリボンのついた紙袋を見ると、アルメに別の話題を振った。


「あら! アルメちゃん、あのリボンの紙袋って、もしかして『妖精蜂の蜂蜜屋さん』のものかしら?」

「え? さぁ、どうなんでしょう。頂き物なので……そういえば店名を聞きそびれました。美味しい蜂蜜だそうですけれど」


 黄色いリボンの紙袋は、朝にファルクからもらったものだ。休憩中に開封しようと思って、カウンター奥の机にそのまま置いてあった。


「嘘、知らないの? 有名なお店よ! 中央神殿近くの大通りに面したところの」

「私、大通り沿いの店はあまり詳しくなくて……」


 近所の路地事情や地下街ならばそれなりに詳しいけれど、逆に大通りにはうといのだ。

 大通り沿いの一等地は富裕層向けの店が多いので、庶民の小娘が一人でふらっと寄れるような雰囲気ではないので。


 きっと店の前を通ったことはあるのだろうけれど、数えきれないほどある店々の名前まで覚えてはいられない。


 ――というのはほぼ建前で、知らないのは単純に、アルメが世の流行り物にうといというだけの話なのだろうけれど……。


 遠い目をしかけたところで、おばさまの言葉に仰天することになった。 


「あのお店の蜂蜜、なんと小瓶でも五万(ゴールド)よ? 前に姪っ子の結婚のお祝いに贈ろうかしら、と思って見に行ったんだけど、旦那と一緒に店内でびっくりしちゃったわ」

「ごごご五万!?」


 目をむいて、慌てて紙袋の元へすっ飛んで行った。


 袋から出して中を確認すると、美しい花々が描かれた化粧箱が入っていた。慎重に取り出して、箱を開けてみる。


 中に入っていた瓶をそっと取り出すと、手の中に金色の光が満ちた。蜂蜜の中にキラキラとした光の粒子が入っている。


「ひ……光ってる……蜂蜜が光ってる……」


 繊細なカッティングのほどこされたお洒落なガラス瓶に、蜂蜜の宿した光がキラキラと反射する。蜂蜜というより宝石のようだ。


 目をまるくしたまま、おばさまたちに聞いてみた。


「あの……これは、小瓶サイズでしょうか……?」

「それは中瓶くらいじゃない?」

「なんだか瓶も普通より綺麗だから、オプションも付いてそうね!」


 ――ということは、五万G以上は確実である。


 察した瞬間、アルメは震える両手で蜂蜜を抱えながら、心の中で盛大な呻き声を上げたのだった。


(この蜂蜜……もはや貴重品では? ……金庫にでも入れるべき?)


 これはもう、鍵をかけてしまっておくべきだろうか。――なんて、おかしな考えが頭をよぎってしまった。


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