第三十三話 【破壊王】
□■【■■】
【破壊王】。
王国に所属する四人の<超級>の一人であり、王国の討伐ランキングにおいて<Infinite Dendrogram>の時間で二年前から不動のトップに君臨している。
また、その名を伏せられていながらも彼に関する逸話は広く知れ渡っている。
王国の【三極竜 グローリア】討伐戦、<南海>の【屍要塞】事件、天地での【キムンカムイ】事件、カルディナでの……【
しかしそれら数多の事件において中心人物と目され、噂にも幾度も上りながら、【破壊王】の名前やどのような人物であるかなどの情報はほとんど存在しない。
巷の噂ではアバターが人間かそれ以外かも定かではないほどであり、「白かった」、「黒かった」、「毎回姿が違う」、「ふわふわもこもこ」など容姿に関しての情報は曖昧だ。……実物からすると噂も間違っていなかったが。
そんな巷に流れる情報の中で、確度の高いものが二つある。
その一つは、彼が壊屋系統の超級職だということ。
【
しかしAGIやENDが低く、前衛には出せないジョブ系統とされている。
さて、【破壊王】はと言えば……。
◇◆◇
□■<ジャンド草原>
それは何十年も前の少年漫画にも似た光景だった。
男が一体のモンスターを蹴り飛ばす。
すると、モンスターは真横に吹き飛び、他のモンスターに激突して諸共に木っ端微塵となる。
男の背後から一体のモンスターが飛び掛る。
するとそのモンスターの顎の下にはいつの間にか男の拳が添えられており、そのまま放たれたアッパーカットで大気圏を突き抜けたモンスターが比喩でなく星になった。
そうして一分経たぬうちに三百以上のモンスターが砕け散って……否、“破壊”されている。
それら全てが男――【破壊王】の所業だった。
「……冗談だろう」
その惨状を観る者――フランクリンがそう言葉を漏らすのも無理はない。
彼が今、無双ゲームのモブのように倒しているモンスターは決して雑兵ではないのだ。
一体一体が戦闘系上級職に匹敵する亜竜クラスのモンスターだ。
むしろ、己の命を投げ打つ躊躇の無さを加味すれば並の亜竜クラスより手ごわいはずだ。
それが足止めにもなっていない。
男が走るために踏み出した足がモンスターを粉砕。
男が無造作に振った腕がモンスターを爆砕。
指先が掠っただけで亜竜クラスのモンスターが即死する。
紙細工以下の脆さで数多のモンスターは“破壊”されていく。
それでも、それでもその惨状が何らかのスキル……例えば“触れたものを破壊する”などのスキルで起こされているならばまだ納得もできよう。
だが、そんなものは一切無い。
あれには何のスキルも使われていない。
ただ単に、【破壊王】の“力が強い”からあの惨状なのだ。
「…………は」
フランクリンの口から感心を通り越した呆れの息が漏れる。
それはフランクリンがこの場にいる誰よりもあの惨状の理由と意味を理解しているからだ。
その理解の所以を示すように、フランクリンの右目が青く光っている。
上級職や超級職にはジョブごとの奥義や固有スキルが存在し、フランクリンの就いた超級職【大教授】にも当然ある。
その固有スキルの一つが《叡智の解析眼》。
対象の生物を見続けることで、対象のステータスや保有スキル、成長性、状態異常、落とす素材などを詳らかにするスキル。
たとえ《隠蔽》や《偽装》の類のスキルを持っていようと、見続ければそれも剥がれていく。
映像にするならば、スキルの説明文は少しずつ靄が晴れていくように見えるようになるし、ステータスは0から秒速2000程度で上昇し、相手のステータスの正解に辿りついた所で止まるといった具合だ。
実例をあげるなら、隠密性に特化した【絶影】のマリーでも十秒程度でステータスを全て看破されてしまうほど。
ゆえに、今もフランクリンには【破壊王】のステータスと保有スキルが見えてきていた。
そう、見えてしまっていた。
【破壊王】
――十万を超えても停止せずに上昇し続けるSTR(筋力)の数値が。
「これはひどい……」
《叡智の解析眼》によるステータス看破は、相手のステータスに達したところで止まる。つまりは【破壊王】のSTRは十万を優に超え、まだまだ上ということだ。
特化型超級職でようやく一万を超えるステータスの、桁が違う。
ジョブのステータスだけでなく<エンブリオ>や装備の補正も加わっているのだろうが、尋常ではない。
また、《叡智の解析眼》は相手がスキルを使用すればそれの表示が発光して見える。
しかし、【破壊王】が戦場に現れてから一度として、スキルは発光していない。
それこそが【破壊王】がただ力のみで無数のモンスターを“破壊”していることの証左だった。
【破壊王】が今行っている破壊は全て……スキルを伴わない
「……STRだけなら【獣王】に匹敵するかもしれないねぇ」
自身の知る最強の<マスター>と比較して、そんなことを呟いた。
STRだけなら、【破壊王】は全ての<マスター>の中で最強かもしれない、と。
「そう、STRだけだ」
それ以外のステータスは、高くはない。
STRが突き抜けているから低く見えるのではなく、六桁のSTRと五桁のHP以外は全て四桁のステータス。
特にAGIなどギリギリで四桁になっているようなものだ。明らかにバランスが悪い。
超音速で動くAGI型や、その連続攻撃に耐えるEND型。
前衛ならばそのどちらかに偏るのが正解だ。
前衛の超級職ならば少なくともどちらかは五千程度はあるだろう。
だが、【破壊王】は違う。
【破壊王】は、STR極振りと呼ばれるビルドだった。
STRの一点のみに特化し、他の一切を切り捨てている。
それは攻撃力はあるだろう。
<超級エンブリオ>や装備の補正もあってか、今もバケモノ以上にバケモノじみた力を発揮している。
だが、普通ならば生き残れない。
亜竜クラスとはいえ、速度特化ならば【破壊王】の五倍以上のAGIを持つモンスターも相当数いる。
STR以外を捨てたビルドならば、それらAGI特化の攻撃を浴び続け、一方的にHPを損なって消えるのが普通だ。
事実、今も亜音速で稼動するモンスターが死角から【破壊王】の喉笛を噛み千切ろうとして、
いつの間にか眼前に
「理屈に合わない、ねぇ……」
見えているスペックと目の前の惨状が一致しているようでズレている。
きっと【破壊王】のスペックが見えているフランクリン以外には、【破壊王】がただ強いだけに見えている。
だが、見えてしまっているフランクリンにだけ、その齟齬の存在が理解できるのだ。
そして、その齟齬がスキルによって起きたものでないこともフランクリンには分かっている。
ゆえに、答えが薄っすらと分かりかけて……理解できなかった。
答えは一つしかないが、まるで納得がいかないものしかないからだ。
その答えとは、
「……“リアルから持ってきた戦闘技術”、とか言わないだろうねぇ」
◇◇◇
□決闘都市ギデオン 中央大闘技場
「“相手が十倍早いなら、十倍先読みすればいい”」
「なんだそりャ」
「何でも、相手の動きを読んで、相手が軌道を変えられないだろうポイントに予め攻撃を
「うへァ……なんだそりャ」
今宵のメインイベントだったはずの<超級激突>が行われた中央大闘技場。
その舞台の上では二人の<マスター>が肩を並べ、中継映像を眺めていた。
一人は【超闘士】フィガロ。
もう一人は【尸解仙】迅羽。
<超級激突>で戦った二人であり、フランクリンの策略で時間停止した結界に閉じ込められ、解放された今は本日二度目の<超級激突>を眺めているだけの二人だ。
もちろん闘技場にいた他の<マスター>、特に彼らを救出しようとしていた者達には「二人にあの戦場への増援に向かってほしい」という心算があった。
が、フィガロには既に開いた戦端に参加する意思がなく、迅羽も完全に観戦モードとなって参加する気はなかった。
こうなると、言っても聞かない。
<超級>という……最上位プレイヤーにして変わり者達の厄介なところだ。
舞台付近にいた<マスター>らは渋々二人の助力を諦めて戦場に向かった。
内心で「闘技場に何かあったときには動いてくれるだろう」という心算と「闘技場にいるティアンの安全は確保された」という思いがあり、それは事実であった。
今の二人は世間話に興じているだけだが。
「しかシ、よく知ってたナ」
「シュウが【破壊王】になってから手合わせしたことがあって、そのときに聞いたんだ。「AGIで言えば格段に上回る僕の攻撃をどうして防げるんだい?」って尋ねたらそう返された」
「ああ、あのクマはオレの攻撃も弾いていたナ。…………でモ、“十倍先読み”って普通できないよナ?」
「彼にはできるらしいよ。昔格闘技を
「へぇー格闘技すげぇナ。オレもジュニアハイに上がったら選択するカ。アー、でモ、ああいうのは男子しかできないんだっけカ?」
「授業でなくても、ある程度の文化圏ならジムや道場は探せば町中にあると思うよ」
「いっそ秘境の方がすっげー武術とかあるかモ。こっちではそうだったしナ」
「ああ、黄河で見つかった超級職【
「つーか
「僕はシュウの友人だけどそれは否定できない」
ほんの一時間少々前までは凄絶な死闘を繰り広げていたはずであるが、今はまるで友人同士のように話をしながら<ジャンド草原>からの中継を眺めていた。
「一度本気で拳を交わせばダチだぜ」という大昔の不良じみた考えではないが、決闘のランカー同士似たような感性なのかもしれない。
実際に、彼らの話す様子は友人同士のそれだ。
「しっかシ、あいつ着ぐるみじゃなかったカ? 何だあの格好、クマだけド」
「あの装備は
「……オレはそんなレトロゲーの魔王みたいなボスにはあったことないゾ」
「そうなんだ。<墓標迷宮>を潜っていると終盤のボスラッシュで1%くらいの確率で出てくるよ」
「……え? 試行回数100回超えてるのカ?」
「普通じゃないかな。ちなみに214回だよ。まだあそこに辿りついて日が浅くてね」
「多いゾ。道理でバリエーション豊富な装備が充実していやがると思っタ」
「装備を入れるアイテムボックスだけでも数が多くて困るけどね。さておき、可変装備は面白いけれど、性能は癖がありすぎるんだ。シュウのあれは<UBM>の特典武具だけあってアジャストしてるようだけど」
「ほウ?」
「【着ぐるみ】の時点で隠蔽に特化した装備のようだったから……真の姿のスキルも恐らくは隠蔽。戦場への出方からすると……“自分が戦闘に入るまで気配と姿を消す”スキルでも付いているんじゃないかな。他にも使用条件がありそうだけど」
「…………あの攻撃力で不意打ちが成立するって無理ゲーじゃないカ?」
「君の必殺スキルも似たようなものだと思うけど」
「ゲェァハハハハハッ! こいつぁ一本とられたナ!」
そう、話す様子は友人同士であり、話している内容はほぼゲーマーのそれであった。
が、それを遠巻きに眺める観客達からしてみれば、<超級>の二人がギデオンを襲う災禍への対策を相談しているように見えていた。
そのため、現在の中央闘技場の観客は、緊張と興奮と共に中継を眺める者と祈るような気持ちで二人を見る者が半々といった具合だ。
もっとも祈られる二人が話す内容の大半は世間話なのが困りどころだ。
「ところでサ」
「何かな」
だが……、
「あのクソ白衣、“下の奴”をいつごろ動かすつもりだろうナ」
「多分、戦術級の自爆型モンスターだろうから、このプランCとやらで負けてからだろう。そう遠くはないと思うけどね」
――世間話が全てでもない。
「じゃア、“下の奴”はオレが必殺スキルで始末すル。フィガロの方ハ」
「観客席にいる
「ゲハッ、そっちの方が厄介だろうニ!」
「けど、楽しそうだろう?」
「同意ダ」
中継映像で暴れる
◆◆◆
■中央大闘技場観客席 膝に小動物を乗せた観客
中継を見ていて、気づいたことがある。
それは中継そのものではなく、それを見る……私の膝の上の愛しいベヘモットのこと。
“彼女”はとても喜んでいる。
心を躍らせている。
それは、中継映像の向こうで暴れまわる一人の男の姿。
あれは“彼女”が気に入っていたあのクマ道化の中身でしょうね。
しかし、道化であっても……認めなければならない評価がある。
強い。
あれは強い。
小手先の技も使っている。
しかし主は技でなく、あくまで力。
それがいい。芯に響く。
殴られてみたいし叩き潰したい。
戦うなら舞台の上の連中よりもあちらがいい。
ただ、“彼女”が喜んでいる理由は少し違うでしょうけど。
――まるでヒーローみたい
そんな心が、彼女から伝わってくる。
見れば、迫ってくる数多のモンスターを一蹴りで蹴散らしていた。
幾多の醜悪な怪物に襲われても一歩も引かず、一撃で打倒している。
……ええそうですね、ヒーローです。
何分、相手をしているのが悪党に似合いの者ですから。
不様とは言いませんけれどね。
――ねえ
はい、何でしょうか。
――
……そうですね。
「今度、試しましょうか」
私達の仕事を果たすときにでも。
「何にしても、来て良かった」
私と彼女の要望を兼ね備えた獲物がいるのは……とても嬉しいことですから。
◇◆◇
□■中央大闘技場観客席
絶望的な状況の中で、一人の希望が現れた。
その名も、【破壊王】。
<アルター王国三巨頭>の中で最も謎多き男が、この街の窮地に駆けつけた。
五万のモンスターを前にもうお終いかと思われたギデオンにも、一筋の希望の光が差している。
ゆえに、誰もが固唾を呑んで中継を見守っていた。
あるいは、舞台の上の残る二人の<超級>に視線を向けて祈っていた。
例外は、たったの二人。
一人は、膝に小動物を乗せた女性。
もう一人は……。
「《魔法射程延長》……《魔法威力拡大》……《魔法範囲指定拡大》……《魔法隠蔽》……」
地面を見ながらブツブツと呟いている――ターバンや肌を隠すゆったりとした衣服を着込んだ、アラビア風の男。
「各魔法拡張スキルにMPを……そうだね、
意味が分からないものには何かうわ言にしか聞こえず、意味が分かるものには妄言にしか聞こえない言葉を呟いている。
「――《マッドクラップ》」
彼が最後の一言を呟いた瞬間、中央闘技場が揺れた。
観客達はどよめくが、その揺れもすぐに収まった。
彼らは街の外の戦闘の衝撃がここまで伝わってきたのだろうと理解した。
真実としては、この中央闘技場の真下が震源だったが。
「あの子が使ったのと同じくらい込めてみたけれど……多すぎたね。三分の一で良かった」
アラビア風の男はそう言って溜息をつく。
「おう、どうした兄ちゃん! さっきからうつむいてよぉ!」
と、浮かない顔をしていた彼に、隣の席の中年の観客が声をかける。
アラビア風の男は困ったような顔を上げて、
「あ、はい。足元に
と答えた。
「はっはっは! この状況で虫が気になるとは弱気だか強気だかわかんねえ兄ちゃんだ! ま! 今は俺達にできることはなんもねえ! あの【破壊王】や<超級>に任せて応援するしかねえからな!」
「あはは、そうですね。あとは任せましょう」
アラビア風の男は笑って答え、あとは中年の観客と一緒に中継を眺めることにした。
彼らの足元、地下三千メートルでは――巨大なワームが一匹、身動きが取れないまま、異常なほど強力な土の
高度な地中潜行能力を有するそのワームですら足の一本も身動きできず、その様はまるで等身大の棺桶に納められたようでもあった。
それはフランクリンに
◇◆◇◆
□■<ジャンド草原>
一方的な“破壊”をばら撒く【破壊王】によって、さらに千のモンスターが撃破された。
また、【破壊王】の活躍によって態勢を立て直した十数人の<マスター>が、【破壊王】の蹂躙劇からあぶれたモンスターへの迎撃を行っている。
加えて、西門からは続々と中央闘技場に閉じ込められていた<マスター>が駆けつけている。
時間稼ぎは成り、状況はギデオンを守る王国の<マスター>に傾いた。
だが、フランクリンは再び笑みを深めていた。
「【破壊王】のスキルとステータスは読み切った。驚愕は尽きないねぇ」
【破壊王】のステータスと戦闘技術は驚くべきものだ。
拳の一撃が<上級エンブリオ>の必殺スキルに相当し、尚且つそれが熟練の格闘技術によって放たれるのだから恐ろしい。
加えて、《叡智の解析眼》が読み切った【破壊王】の固有スキルも脅威だ。
《
“自身の攻撃力以下の耐久力の破壊不能対象を破壊する”スキル。
スキルの説明はそれだけだった。
だがフランクリンは、「物理攻撃が無効である【スライム】や【スピリット】であろうと物理攻撃で破壊できるようにする」スキルなのだろうと当たりをつけた。
《物理攻撃無効》を有し、先刻攻撃を仕掛けた【
【破壊王】の破格の攻撃力を思えば、《破壊権限》はあらゆる《破壊無効》スキルを無効化するスキルと言い換えてもいい。
「本当に驚いたけど……問題はないねぇ、【破壊王】」
どれほど驚くべき力でも【破壊王】の強さは個の強さ。
フランクリンが警戒しつつも問題ないと判断していた二人の<超級>と同種であり、対応可能な力に過ぎない。
他の<マスター>が集結し始めても問題はない。
既に五千に続く五万のモンスターをパンデモニウムは間もなく吐き出し終える。
それら五万体は“スーサイド”シリーズではあったが、先触れとして出した五千体とはバージョンが異なる。
純竜クラスの性能を持つモンスターが三割ほど含まれているが、それだけではない。
改良点としてパンデモニウムから吐き出して放棄する際に、単純な指示を追加で植え込むことができる。
旧バージョンの五千体を先触れとして放ったのは、“スーサイド”シリーズがただ単に前進するしかないと思わせるため。
今回の指示は単純。
『パンデモニウムから全ての“スーサイド”シリーズを放出後、散開しつつギデオンに侵攻』
それのみだ。
だがこれの言い方を変えれば、“五万体のモンスターが一斉に、且つバラバラの動きでギデオンを攻める”ということ。
逐次投入ならばまだ対応できるだろう。
一塊になって動くならば、数多の<マスター>がいる現状ならば何とかできるかもしれない。
だが、五万のモンスターが一斉に分散して、まさに波濤の如く攻めれば数に劣る側は対処などできない。
桁違いのSTRを誇る【破壊王】がいようと、千の<マスター>の援軍があろうと、確実に何割かのモンスターはギデオンに突入する。
それで勝利条件は達成される。
そして正に今、パンデモニウムから最後のモンスターが排出される。
「よし、これで進軍は開始され――」
言葉を発しようとした瞬間、フランクリンの眼前で世界が変容する。
地面が捲り上がり、土塊が粉塵となって天を塞ぐ。
鼓膜も身も引き裂くのではないかという爆裂音の連続。
激しく鼻腔を突き刺す火薬と血の匂い。
そして数多のモンスターの阿鼻叫喚。
フランクリンは瞬く間に己の放とうとしていたモンスターが殲滅されていくのを知覚していた。
「砲撃!? 一体何が……ッ!!」
そうしてフランクリンは思い出す。
謎の<超級>、【破壊王】。
彼に関して確度の高い情報が二つあったことを。
一つは、壊屋系統の超級職であること。
そしてもう一つは…………。
「“
いつしか爆裂音は止み、戦場に一陣の風が吹く。
土煙の幕が風に流されて晴れた視界に、無事な“スーサイド”シリーズの姿は一体もない。
だが、その惨状の彼方に、
いつからそこにあったのか。
フランクリンのパンデモニウムと同様に《光学偽装》によって誰にも気づかれなかった
それは城壁よりも巨大な姿。
それは兵器。
それは乗物。
それは――巨大な無限軌道で大地を踏み締める“陸上戦艦”だった。
確度の高い情報の二つ目――【破壊王】の<エンブリオ>は“戦艦”である、が事実だと示すように。
『――《
陸上戦艦――【破壊王】の<超級エンブリオ>バルドルは機械音声を発しながら、艦体の両側にある五連装砲塔から生き残ったモンスターに向けて再び砲撃を放つ。
空中で燃料をばら撒きながら着弾と共に激しく炎上する焼夷弾によって無数のモンスターが火達磨に、あるいは直撃して消し炭となる。
『――《
砲撃だけではない。
戦車とも、船とも、男子向け玩具ともつかぬシルエットの陸上戦艦。その甲板の一部が開き無数の発射管が露出する。
それら発射管に一斉に点火の輝きが見えた瞬間、煙の尾を引きながら飛翔体が飛び立つ。
飛翔体は獲物を追う猛獣のようにモンスターを追尾し、接触、爆破して塵に変える。
『――《
装甲の各部がスライドし、セントリーガンの如き銃座が迫り出す。
それらは各々が独立して動きながら紅いレーザー光線を放ち、射程内のモンスターを瞬時に細切れにした。
圧倒的。圧倒的な殲滅だった。
バルドルから放たれる武装、その全てが一対多を想定した広範囲殲滅兵装。
脅威であるはず、恐怖の象徴となるはずのフランクリンの改造モンスターが、僅かな時間で既に万を超える数が屠られていた。
「あいつ……“広域殲滅型”か!?」
フランクリンがこの日初めて、激昂して声を荒らげた。
無理はない。
なぜなら、眼前にいるのはフランクリンの天敵だ。
フランクリンのパンデモニウムは数千数万の兵で対象拠点を攻め落とす広域制圧型。
対して、【破壊王】のバルドルは“単騎で数千数万を殺傷する”広域殲滅型なのだ。
<エンブリオ>にも相性は存在する。
数分前のフランクリンが、個の力であるフィガロや迅羽に“この条件ならば”勝てると確信していたように。
今のフランクリンは、【破壊王】には勝てないと確信していた。
既に一万、攻撃が止むことなく更に一万。
残るモンスターは指示通り散り始めているが、あれだけの火力がある以上、殲滅されるのも時間の問題。
【破壊王】の名の下に、破壊しつくされるだろう。
王国最大戦力、【破壊王】。
それは、最大の力を有する<マスター>と最大の火力を有する<エンブリオ>。
数や半端な力に頼る相手に対し、遅れをとることはない。
「…………ここまで、か」
フランクリンはプランCの達成が不可能であることを悟った。
同時に、一つの疑問が生じる。
「しかし……なぜ、砲弾をこのパンデモニウムに撃ち込んでこない?」
あの火力と射程距離ならば、やろうと思えばパンデモニウムをすぐに破壊できていたはずだ。
フランクリンはそれをしない理由を考えて、すぐに思い至った。
それは第二王女。
そう、今のパンデモニウムにはフランクリンだけでなく、フランクリンが攫った第二王女もいる。
あの戦艦の砲撃では人質を避けて攻撃するなどという真似はできない。
だから【破壊王】の<エンブリオ>は撃ってこないのだとフランクリンは理解し……次の疑問に到達した。
「なぜ、最初からあの<エンブリオ>を出していなかった?」
最初の五千体を相手取るにしても、あの戦艦を出していれば一瞬だった。
なのに、態々「お前のモンスターを全て破壊する」と宣言してフランクリンを挑発し、自分の力を誇示するかのようにモンスター相手に無双し、時間を掛けて戦っていた。
そうして、五万体のモンスターが動き出そうとするギリギリになって戦艦での攻撃を開始した。
それは非合理的だった。
それこそ――
「
疑問を口にした瞬間、フランクリンの視界の端を“銀色の影”が掠めた。
それが何であるかを確認するよりも早く、蹄が着地する音が聞こえ、“銀色の影”はフランクリンの背後……パンデモニウムの頭部に降り立った。
「…………」
背後に生じた気配に対して、フランクリンは慌てて振り返るような無様は晒さなかった。
フランクリンには配下モンスターにダメージを肩代わりさせる《ライフリンク》があることも大きい。
【DGF】や【KOS】が撃破され、展開している配下モンスターはいなくなったが、それでもまだパンデモニウムが残っている。
巨大なモンスターでもあるこのパンデモニウムなら、【破壊王】はともかく背後に立つ人物の攻撃を浴びても早々死にはしないとフランクリンは踏んでいた。
それゆえの余裕を保ちながら、フランクリンはゆるりと振り返る。
「やあ、君は本当に前に出てくるねぇ……レイ君」
「まだ……やりのこしたことがあるんでね」
そこに立っていたのはフランクリンにとって予想通りの人物――レイ・スターリングだった。
To be continued
次回の更新は明日の21:00です。
余談。
【戦神艦 バルドル】
TYPE:?
【破壊王】シュウ・スターリングの<超級エンブリオ>。
王国の全ての<エンブリオ>の中で最大の火力・殲滅力を有し、マップごとモンスターを全滅させることすら可能な大戦艦。
<エンブリオ>の形態としては第五形態から艦の姿をしていた。
第五形態:軽巡洋艦サイズ。火力控えめ。オプション装備少なめ。無限軌道。
第六形態:重巡洋艦サイズ。火力増。ホバー追加で水上・海上対応。
第七形態:戦艦サイズ。火力極大。オプション過多。■■機能あり。
ホバーはオンオフが可能であり、ホバー使用状態では主砲等を使用できない欠点もある。
しかし、最大の欠点はそれではなく、弾薬そのもの。
バルドル内部での弾薬の生成には素材が必要であり、それは<マスター>が自分で購入なりして集める必要がある。
なお、今回の決戦では《光学偽装》状態で待機する前に「好きに撃っていい」とシュウにお墨付きをもらっていたバルドルが奮発。
数万のモンスターに向けて盛大にぶっ放した。
金額に直すと総額三十三億リル也。
( ̄(エ) ̄)<ぐはっ……(吐血)
(=ↀωↀ=)<フランクリンとクマニーサンが札束で殴り合ってる……
( ̄(エ) ̄)<財布どころか預金まで吹っ飛びそうで辛いクマ……
(=ↀωↀ=)<毎度のことだけど本編台無しですよクマニーサン