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第二十四話 《ユニオン・ジャック》

( ̄(エ) ̄)<投稿開始から二ヶ月クマー!


(=ↀωↀ=)<皆様応援ありがとうございますー!

 □過去 ルシウス・ホームズ


 父の書斎から<Infinite Dendrogram>にログインした僕は、なぜかまた書斎にいた。

 この書斎は、父の書斎よりも幾分古めかしい。

 どちらかと言えば、曽祖父が住んでいたという古い屋敷の書斎に似ていた。


「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」


 書斎には、一匹の喋る猫がいた。


「管理AIのチェシャですよー……どうしましたー?」


 僕はその猫――チェシャをジッと見て、露骨な不自然さを感じていた。


 両親の教育の結果、僕の世界は普通の人とも、そして両親のどちらとも違う見え方をしていた。

 人を観察すれば、心に秘めた真実も言葉の裏に隠した秘密も見透かすことが出来る。

 目の前の人物が表に出す言葉の裏で何事を考えているかもわかる。

 正確に読むにはある程度顔を合わせる必要があるけれど、その精度には自信がある。

 熟知した相手ならば百回中九十九回は思考を読める。

 初対面の相手や動物であっても、ある程度の気持ちを察することは可能だ。


 けれども、眼前のチェシャからはまるで読み取れない。

 それは人や猫以前の問題。

 まるで生物ですらないもの――人智の及ばないもの(・・・・・・・・・)が猫のフリをしているような、そんな印象を受けた。


「……けれど、管理AIというならそれで普通なのか、な?」

「あのーどうしたんですー?」

「大丈夫。僕はルシウス・ホームズ。よろしくね」


 僕はチェシャからチュートリアルを受けた。

 そうしてキャラクターメイキングの段になって……、


「お名前はルシウス・ホームズのままなんですかー?」

「駄目かな?」

「可能ですけどおすすめはできませんー」


 じゃあ他の名前を……と考えていると、書斎に置かれているあるものが目に入った。

 それはチェス盤。

 まるで打っている途中で競技者が消えたような盤面には、一つだけチェックをかけている駒があった。

 それは城兵ルークの駒だった。


「じゃあ、ルーク・ホームズで」


 チェスは父との思い出。

 そこから名前をもらうのならば、悪くはないと思った。


「はいはーい。じゃあ次は容姿ですー」


 容姿はそのままにした。

 長年、この容姿で動くことを前提に訓練を受けてきたから、変えることに違和感がある。

 ただ、髪の色だけは父さん譲りの金髪から母さんと同じ銀色へと変更した。


 そうして僕はゲームを始める。

 チェシャは最後にこの世界で僕は自由だといった。何をしても自由だと。

 このゲームの真相を明らかにするのか、あるいは秘密を盗むのか。

 それともただ遊ぶのか、生きるのか。

 それは人生を選ぶには良い練習だと思った。


 ◇


 <Infinite Dendrogram>に入った初日。

 僕の左腕に移植された<エンブリオ>が孵化して、バビが生まれた。


「やっほー。よろしくねールークー」


 バビは最初の最初から今と同じだった。

 ただ、一つ疑問に感じたのは、僕の<エンブリオ>としてバビが生まれたこと。

 僕のパーソナリティや経験に応じて<エンブリオ>は生まれ、変化すると聞いていた。

 そうして生まれた結果がバビだったのはなぜなのか、と今でも答えが出ない疑問は最初の時点で生じていた。


 ◇


 <Infinite Dendrogram>に入って二日目。

 スキルについてあることに気づいた。

 この世界で僕はまだスキルを持ち合わせていない。

 けれど、僕が現実で持ち合わせ、常に使っている技術は、<Infinite Dendrogram>の世界でもスキルなしに使用できる。


 後から知ったけれど、僕の技術は《心理分析》等のセンススキルが該当するそうだ。

 けれど、それらのセンススキルは“現実で本当にその技術を持っている人間”のそれよりは劣るように思える。

 何にせよ、<Infinite Dendrogram>でも同じようにわかる。

 画面越しのゲームではなく、本人が生の体と同様に動かすこの<Infinite Dendrogram>のアバターなら、僕の技術の範疇だ。

 だから現実と同様に、これで人を判断できる。


 僕は人を信用するかどうかを、この技術で裏表を観察して決めている。

 表の顔と、心の裏。

 表の顔で明るく見せていても、心の裏では暗い人は多い。

 それくらいはいい。

 表と裏で違うのは当然だ。

 ただ、表に好意を出しながら裏で悪意を抱いている人は別。

 稀に僕を罠に嵌めようとしている人もいる。

 そんな相手を信用しないために、まずは技術で人を判断するのが僕の常だった。

 だから、レイさんに初めて会ったときは正直に言って驚いた。


 始まりはレイさんの辻ヒール。

 当時、<Infinite Dendrogram>のルールを知らないままに入り、ジョブにも就いていなかった僕は苦戦していた。

 けれど、レイさんのお陰で助かった。

 戦闘を終えた後でレイさんと話をしていたとき、表には出せなかったけど、実はとても驚いていた。


 レイさんには表と裏の差異がなかった(・・・・)


 それはおかしい、と。

 この<Infinite Dendrogram>において、表の顔(アバター)心の裏(プレイヤー)に差異がないわけがないのだから。

 だって、この<Infinite Dendrogram>はゲームという前提なのだから。

 演じるアバターと動かすプレイヤーには差異があって当然。

 なのに、自分を良く見せようとすることも、キャラクターを演じることも、あるいはリアルのコンプレックスを隠すことも、レイさんにはなかった。

 最初は、僕の技術が<Infinite Dendrogram>の中にいる影響で落ちたとさえ考えた。

 だから僕は……レイさんという謎を解きたいと思った。


 けれどその謎は存外早く解けた。

 レイさんと話し、再会し、共に戦って。

 【ゴブリン】の集団や【ガルドランダ】と戦ったときにはもう解った。


 レイさんは、レイさんだった。


 真っ直ぐで、裏も表もない。

 こちらとあちらを、二つの世界を心の奥で区別していない。

 【ゴブリン】の群れや【ガルドランダ】と戦うときに見せた決意は本物。

 ゴゥズメイズ山賊団との戦いで、犠牲になっていた子供について話したときの憂いと悲しみも本物。

 今、フランクリンに抱いているであろう怒りも……本物。

 レイさんはゲームの中で「レイ・スターリング」をロールプレイをしているんじゃない。

 レイさんはレイさんとしてここにいて……全身全霊でぶつかっている。

 その時に、その場で、自分の成すべきことを選んで立ち向かっている。

 どれほど苦難があろうと、どれほど可能性が薄かろうと関係なく。

 誰よりも真っ直ぐに、誰よりも真剣に……あの人は生きている。

 迷う僕とは違って、レイさんはいつも己の心の答えに真っ直ぐだった。


 ――だって、後味悪いだろ


 常に後悔しないために選び、動き続けてきた。

 僕はそんなレイさんを支えたい。

 自分の将来すらも選べない僕だけれど、己の心の全てで困難に立ち向かうあの人を……支えてあげたいと心が訴える。

 そう、今は……レイさんのために、レイさんと一緒にこの<Infinite Dendrogram>で戦っていたい。

 だから……。


 ◇◇◇


 □【女衒】ルーク・ホームズ



「あなたはここで……僕が倒します」



 瞬きする間に脳裏を流れた回想は終わり。

 今このときの僕は崩れた外壁から身を起こして、眼前の<マジンギア>――ユーゴー・レセップスとその<エンブリオ>コキュートス――に宣言した。


『……【女衒】にしては頑丈に過ぎる。あの一撃を受けて尚、五体満足に立てるとは予想外だ』


 そうですね。

 僕も生きる確率を三割と算定しましたが、それでもここまでダメージが少ないのは予想外でした。

 その原因は恐らく……あの<マジンギア>の右腕。

 見れば分かる。氷の装甲の内側のフレームが歪んでいる。

 それはレイさんの《復讐するは我にあり》によって受けたダメージ。

 その影響で本来の威力から落ちて、僕が受けるダメージ量が減っていた。


「……負けてられませんね」

『フッ、運良く一合を凌いでも次はない。それに……』


 ええ、分かっていますよ。

 件の【凍結】は既に僕の肩口にまで届いている。

 今の一撃で砕けていなかったのは僥倖ですね。


『《地獄門》は確実にその身を蝕んでいる』

「そうですね。僕はあなたのスキルに“王手チェック”を掛けられていると言えます」


 そうして言葉を切り、息を整えて。


「僕も中央広場でのPK撃退で――いくらか人間を倒してしまっていますからね」


 僕は答えの一端を口にする。


『……何を言っている?』


 ほんの少しだけユーゴーの返答に間が空いて……それで僕の推理はただの事実確認になった。


「これはそういうスキルでしょう?」


 そう、事実確認。

 僕はメニューを開いてユーゴーに見せながら確認する。

 この《地獄門》というスキル……その根幹を成す画面を。



「戦歴画面付記事項、種族別討伐カウント。《地獄門》は……“自分と同じ種族のカウント”に応じて効果を変動させるスキルですね?」



 種族別討伐カウント。

 そこには「アンデッド」、「魔獣」、「怪鳥」、「ドラゴン」、「悪魔」、「エレメンタル」、「鬼」、そして「人間」などの種族名と……これまでにそれらを倒した数が書かれている。


「自分と同じ種族を倒した数……それがあなたの氷結地獄コキュートスが示す“裏切り”であり、あなたの《地獄門》の威力を裁定しているものの正体です」

『…………』

「僕が「人間」を討伐した数は“7”。なるほど、“7”ですか。ああ、僕の体が一度に【凍結】するのも、“7”%くらいですね」


 オードリーの種族討伐カウント数も僕の戦歴から見ることができる。

 オードリーは「怪鳥」だけれど、昨日の狩りで同じく「怪鳥」を相当数倒している。

 その数は“58”、一度に半分以上凍ったのも納得できる。

 僕達はこれまで「悪魔」や「ドラゴン」と戦ったことはないから、バビとマリリンは“0”で……当然ながら凍る範囲は“0%”ということ。

 そして……。


 ――ここみたいな決闘都市の結界内で倒した分も入るので


 ――ここの常連の方々なら数百人は殺していますねー


 この決闘都市ギデオンに集い、日々闘技場の結界の中とはいえ「人間」を倒し続けてきたであろう熟練の<マスター>の皆さんは“100”を超えていたと考えられる。


「付け加えると、13秒間隔で起きる判定も同じですよね?」


 僕には凍るときと凍らないときがあって。

 他の<マスター>は最初の一回で完全に凍っている。


「《地獄門》のスキル説明は


『13秒毎にX%の確率で選択した対象の肉体をX%【凍結】させる。

 Xは対象の種族別討伐カウントにおける効果対象と同種族の値である』


 といったところでしょうか?」


 つまり僕の場合は13秒毎に7%の確率で体の7%が【凍結】する。

 同種族を倒したカウントが“100”を超えていれば……100%の確率で全身が【凍結】する。

 もっと言えば……相手の持っている耐性もある程度は無視しているのでしょうね。

 誰も彼も【凍結】の状態異常対策をしていなかったわけはないでしょうから。

 ひょっとすると、全身が炎に包まれていても凍るかもしれません。


「そういうスキルだから……あなたはここの門番を任された。この決闘都市ギデオンにいる王国の<マスター>の殆どは、闘技場目当て。あなたのスキルはそんな彼らにとって天敵以外の何者でもない。脱出経路に配されているのも納得です」


 どれほど強くても、多くの相手と戦った経験があっても……それらが仇となって氷漬けになる。

 “裏切り者(同属殺し)”を凍てつかせる、氷結地獄。


『……大した推理だが、状況証拠しかないな。偶々条件が重なっているだけにも思えるが?』

「ハハハ、あなたのその声音で確定です。あなた、嘘と誤魔化しが下手だ」


 顔が見えなくても理解できてしまうほどに。


「だから僕はあなたが嫌いだ」


 つくづく、そう思う。


『そんなことを言っていたな。しかし、“だから”とはどういう意味かな? 私が嘘と誤魔化しが下手なことが何の理由になる。君は嘘の上手い相手が好きなのか?』

「……フゥ」


 思わず溜息を吐いてしまう。

 まだ分かっていない。

 いや、分かってはいるのでしょう。


「嘘が上手い人が好きなわけではありませんが……あなたみたいに内心の迷いや誤魔化しが表に露出している人は嫌いです」

『……なに?』


 どうしようか。言ってしまおうか。

 あまり挑発すると時間が……いや、むしろ多少辛辣にかつ長々と言った方がいい。

 多分、聞き終えてから怒るタイプだろうから。


「あなたもレイさんと同じで“この世界”をゲームではなく“この世界”として捉えている口でしょう。なのに、その行動は……ああ、鬱陶しい」

『……鬱陶しい?』


 相手に対して抱いていた心中の若干の鬱屈も込めて、僕は言葉を発する。


「今回のフランクリンのゲームに加担して、悲劇の片棒を担いで……それでいて『仕方がない』、『こうするしかない』って誤魔化しが声と態度から溢れてきて鬱陶しい。やらなきゃならない理屈を捏ねて自己弁護しながら、『私は何てひどい奴だ』と前置きして、自己弁護にすら言い訳しているのが鬱陶しい。おまけにさっきのレイさんとのやり取りだ。自分で分からず迷ったままなのに、レイさんの足を引っ張って鬱陶しい。自分でもやってから罪悪感に苛まれて、でも『それも自分の罪』みたいに酔っているのも鬱陶しい。酔うと言えば自分に酔って演技過剰な台詞回しも鬱陶しい。ああ、もう、鬱陶しい」


 喋り始めて気づいたけど、思ったよりイライラしていたんだな、僕。

 立て板に水、言葉が止まらなかった。


「教会みたいなデザインがうっとうしいー! “おわってる”ー!」

『き、さ……!』

『ころ……ころ……』


 ……そうか、“終わった”んだね。

 じゃあもういいか。最後の一押しだ。


「まったくもう……行き先に迷って、誤魔化して、悲劇的な自分に酔って……“僕自身(どこかの誰か)”をさらに悪酔いさせたような態度が本当に鬱陶しくて大嫌いだ」


 突き詰めると相手に……彼女(・・)に言いたいのは次の一言だ。


迷酔まよいすぎだよ――“お嬢さん”」

『――――』


 僕の言葉を引き金に、蒼白の<マジンギア>が激発する。

 勢いのままに駆け抜けて、僕をブレードの射程距離に捉えるだろう。

 そのまま左のブレードを叩き潰すように振り下ろすのだろう。

 推定3秒で僕は脳天から真っ二つになるだろう。

 リズの防御で凌げる威力ではないだろうし、回避も間に合わないかもしれない。

 回避する必要もない。

 “チャージ”はもう終わっている(・・・・・・)


「《ユニオン・ジャック》」


 その言葉を唱えるのに、2秒も要らない。


 To be continued


次回の投稿は本日の22:00です。


( ̄(エ) ̄)<二ヶ月経ったしいいところだから二話投稿クマー!


(=ↀωↀ=)<イエーイ!

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