第十七話 クラブ
□【絶影】マリー・アドラー
フランクリンがエリちゃんを攫った直後のことです。
エリちゃんとフランクリンが闘技場から姿を消したとき、私はすぐにボックス席を飛び出しました。
理由はもちろん、フランクリンを追いかけるため。
そしてエリちゃんを助け出すためです。
私の……AGI型の超級職であるマリー・アドラーの全速力、超音速機動で闘技場内の通路を駆け抜けました。
瞬く間に出口まで辿りつき、外へと出ようとしたとき……結界に道を阻まれました。
結界が闘技場の外周にまで張られていること自体は不思議ではありません。
フィガロと迅羽の二人を閉じ込めたあの工作が出来たなら、こういったこともできるでしょう。
何よりあのフランクリンは、特殊極まるモンスター製造を始めとして、常識に喧嘩を売るのが得意な類ですからね。
……まぁ、<超級>は大なり小なり常識を張り倒すような人達ですが。
兎に角、闘技場からの出入りを制限するこの結界がフランクリンによる工作である以上、奴が何を狙っているかもすぐに予想がつきました。
王国の<マスター>の無力さを知らしめる。
エリちゃんもまた、そのシチュエーションを造る材料の一つとしているのかもしれません。
それがどのような“使い方”なのかは予想しきれませんが、いずれにしろろくなことではないでしょう。
そう、こんな檻の中で座しているうちにエリちゃんに何かあれば、目も当てられません。
だから私はさっさと中央大闘技場を抜けだしました。
どうやって抜け出したかですか?
理屈としては<超級激突>で迅羽の《真火真灯爆龍覇》が天井部分の結界を破ったのと同じことです。
《真火真灯爆龍覇》は超級職【尸解仙】の奥義。
そのことから、超級職の奥義ならば結界の性能を超えられるだろうと予想は出来ました。
ですので、私も隠密系統超級職【絶影】の奥義で結界を抜けてきたわけです。
【絶影】の奥義はあの《真火真灯爆龍覇》と違って火力に秀でる奥義ではありませんが、こういった状況にはむしろ向いています。
流石にコストの支払いでSPが半分くらいなくなりましたけどね。
市街に出た私は自身に《隠蔽》スキルをふんだんに使い、同時に《隠蔽感知》スキルを全開で使ってフランクリンを探しました。
そうしている内に空をプカプカ浮いている怪しげなエイモドキを見つけたので、奇襲を仕掛けました。
建造物の屋上から跳び上がり、空中で出した自分の影分身を踏み台にして、上空のエイモドキに奇襲を仕掛けました。
案の定、フランクリンがいたので首を切り裂いた後にアルカンシェルの爆裂貫通弾を確実に致死量で叩き込みました。
次いで、乗り物のエイモドキにも爆裂弾を叩き込み、エリちゃん抱えて飛び降りました。
そうして現在、エリちゃんを背負って……私はギデオンの街を駆け抜けています。
◇◆
□決闘都市ギデオン九番街
エリザベートは身に伝わる微かな振動で目を覚ました。
どこか懐かしく、昨日も感じた揺れ。
それは誰かの背中に背負われながら移動する感触であり、感じる柔らかさや鼻腔をくすぐる匂いも昨日と同じものだった。
「ま、リー?」
「はい。ボクですよ、エリちゃん」
まだ少し呂律の回らない口で尋ねると、彼女を背負った人物――マリー・アドラーが応えた。
「またあえてうれしいのじゃ。でもどうして……」
「ひとまず今は安全なところまで逃げている最中なので、お話は後ほどー!」
そう言いながらマリーは駆け続ける。
背負われているエリザベートは自分の感じる振動の少なさから気づいていないが、その速度は時速数百キロを優に超えている。
マリー――隠密系統超級職【絶影】である<超級殺し>はAGIと隠蔽スキルに特化したビルドだ。
ゆえに、背負った人間に配慮したとしてもその程度の速さで走るのは容易い。
現在彼女が目指しているのは中央闘技場。
今のあそこならば上級の<マスター>が多く残っている。
それに結界があることで外部から高レベルの者が入ることは出来ない。
マリーが【絶影】の奥義で中央闘技場を抜け出したタイミングでは、まだ内部で暴れるモンスターもいた。
だが、中央闘技場にいるのは<マスター>の集まり。
どうとでも退治しているだろうと踏んでいた。
……何より、容易にそれが可能である人物が、あの中にはいたのだから。
「マリー、にげるならばこれを」
エリザベートはそう言って、自身が気絶している間も抱えたままだった端末を差し出す。
「これは……ああ、便利ですね」
マリーはすぐにマップの意味を察して、赤い光点を避けるように動く。
先ほど奇襲を仕掛けたときと同様に、隠蔽系のスキルを複数使用しているためマップにはマリーの光点は映っていない。
しかし、それでもマップの街並みと景色を比較して現在位置を掴むくらいは容易い。
「ちなみにこのトランプみたいなマークの意味分かります」
「うむ、ダイヤがフランクリン、ハートとクラブはあやつのふくしんであるらしい」
「なるほど……」
それを聞いた瞬間、マリーは舌打ちをしたい衝動に駆られた。
「……まーだ生きていやがりますね」
小声で、憎々しげにそう呟く。
マリーが《看破》したフランクリンの最大HPの十倍近いダメージで確実に致命傷を負わせ、身代わり系のアクセサリーが発動していないことも確認したというのに、ダイヤのマークは消えていない。
(これは、《キャスリング》だけじゃなくて《ライフリンク》も使っていますかね。そうなると、キャパシティ内のモンスターを潰しきらないと殺せない)
《ライフリンク》。
自身の所有するモンスターとHPを“共有”するスキルである。
理屈の上では全滅寸前まで数を減らさずに戦闘を続行できる有力なスキルではあるが、制限も多い。
自身の従属キャパシティに収めたモンスターのみに有効であり、パーティ枠を使う形式のモンスター使役では使用できないこと。
何よりモンスターと深い絆で結ばれ、モンスターが自分よりも所有者を優先する精神状態であることが条件だ。
モンスターが自分よりも所有者を第一に考える、それは本来ならば長い時間を掛けて絆を紡がなければならない。
ゆえに、《ライフリンク》の使い手はあまり多くはなかったが……。
(達成条件の厳しいスキルではありますが、そもそもあのフランクリンにはあってないようなものですね)
フランクリンはモンスターを創造する。
“最初から自身への忠誠度を極限まで高めたモンスター”を作っておけば、増設HPタンクとして幾らでも保持できる。
加えて、そのモンスターが戦闘能力はなくHPばかり過剰に多い作りならば、要するキャパシティから考えても無駄がない。
(しかし、生きているとなると……不味いですね)
相手は<超級>、同じ手は二度通じないと見た方が良い。
そして生きて敵対している限り、予想もつかない手で潰しに来る恐れもある。
そのことを<超級>と敵対し、撃破せしめたマリーは知っている。
(今は一刻も早く、エリちゃんを中央闘技場に連れて行かなければ……!)
現在の中央闘技場は、闘技場から出られなくなった王国側の<マスター>が集まっている安全地帯。
しかしマリーが中央闘技場を目指している何よりも大きな理由は……。
(あそこには……
一人の人物に関する算段を頭に浮かべながら、マリーは中央闘技場を目指した。
道中、出会い事故のようにモンスターが飛び出してくることもあったが、難なく急所を爆裂追尾弾で吹き飛ばして突破する。
そうして駆け抜け続け、中央闘技場の外観が僅かに見えた。
「よし、あと一息ですよ。エリちゃん!」
「うん、マ」
『――とりあえず、王女様を返してもらいますよぉ』
端末から、そんな声が聞こえた。
直後、マリーの背中からエリザベートの重みと息遣いが消えうせる。
マリーが背後を確かめれば、そこには闘技場で見たのと同じ小鳥に似たモンスターがいた。
そして、エリザベートはどこにもいない。
何が起きたかを理解し、マリーは小鳥を切り捨てると同時に舌打つ。
「《キャスリング》の有効射程よりも、ずっと距離はとっていたはずですけどね……」
『ああ。監視用に街中に置いたモンスターがいてね。そいつらと《キャスリング》を続けて追いつかせたんだ。バケツリレーだねぇ』
マリーにしてみればリキャストタイムと消費MPはどうなっているんだと言いたいところだが、相手はモンスター作成に関して<マスター>はおろかティアンを含めても最高峰にいる相手。
聞くだけ無駄だと悟っていた。
『それにしてもやってくれたねぇ、<超級殺し>。死ぬかと思った』
フランクリンの喉は先ほどマリーが切り裂いたはずだったが、既にそんな傷などないように滑らかに喋っている。
それがマリーを苛立たせる。
「最低でもデスペナさせるつもりでしたので」
『最低でデスペナとはおっかないねぇ』
「今からまた殺しに行きますので。エリちゃんも返してもらいます」
『アッハッハッハ、本当におっかない』
フランクリンは声に若干ではあるが本当に怖がる様子を出しつつ、それでもまだヘラヘラとした笑い声は絶えない。
『怖いから……どうにかしてくれるかな、
その瞬間、マリーの保有する《危険感知》のスキルが最大限の警報を鳴らした。
【絶影】としての敏捷性を発揮し、超音速でその場から退避する。
辛うじて退避したマリーが見た者は、直前まで自分がいた空間が“崩れ去る”光景だった。
道も、建物も、樹木でさえも……形あるものは全て砕けて崩れて塵になっていた。
『君の相手は彼に任せるよ。元々君みたいな“例外”を相手してもらうために配置していたからねぇ』
それだけ告げて、フランクリンの声を伝えていた端末は自壊した。
第三者の手に渡ったときのために予めそういう機構を仕込んでいたのだろうが、マリーにしてみればそんな変化に構っている余裕はない。
「チッ……」
寸前まではギデオンの街角であり、今は砂漠の如き様相と化した景色の向こう。
そこには一組の異形の姿があった。
鳥の顔を模した帽子を被って指揮棒を振る男性。
弦楽器を弾き鳴らすケンタウロス。
管楽器を吹き鳴らすケットシー。
打楽器を打ち鳴らすコボルド。
マリーはその組み合わせをどこかで見た覚えがあると気づく。
どこで見たのかを思い出そうとして……昨日に中央広場にいた大道芸の楽団であると思い出した。
しかし違う。
どこが違うのかと問われれば……連れているケンタウロス、ケットシー、コボルドの姿だ。
マリーが見た彼らは愛らしい姿で多くの聴衆に囲まれ、演奏と共に好評を博していた。
だが、今はその
毛皮はなくなり、代わりに鋼鉄の表皮が全面を覆っている。
機械仕掛けの演奏者。
演奏者にして楽器そのもの。
マリーの目には、今の彼らは愛らしい楽団ではなく、殺人マシーンにしか見えない。
そして、今の彼らに聴衆などいない。
彼らの周囲では形あるもの全てが砕け、広がるのは粉砕の砂漠のみだ。
「腕のいい楽団だと思っていたのですけど……今ここでそうしているのなら、敵でよろしいんですね?」
最早確信と共にマリーは尋ねる。
感知系スキルと……熟練の<マスター>としての直感。
両面で相手が恐るべき強敵であると感じていた。
『肯定する』
それは声ではない。
彼らの演奏が、まるで言葉の如き音となってマリーの元まで流れてきているのだ。
「お名前をお聞きしても?」
『盤上のクラブ。
「そうですか」
クラブとは、このギデオンにフランクリンが配置した腹心の一人。
寝返り組などの現地徴用戦力ではない、純然たる<叡智の三角>の戦力。
そして【奏楽王】というジョブは……マリーの【絶影】と同じく超級職。
(……手強いでしょうね)
恐らくは、<エンブリオ>の位階も同程度であろうとマリーは推測した。
そして、この相手を避けてフランクリンに辿り着くことは出来ないだろうということも。
(仮に辿りつけても、それはこっちとあっちに挟み撃ちにされるのと同義ですからね。それは無理です。ああもう……邪魔ですね)
マリーは溜息を一つ吐いて――自身の<エンブリオ>であるアルカンシェルを構えた。
「――邪魔なのでとっとと死んでください」
『――急くな聴衆。ゆるりと鎮魂歌を聴いて逝け』
ベルドルベルもタクトを掲げて答え――爆音と破砕音が交差する。
この夜に幾多起こる戦いの中でも特に激しき戦いの一つ。
【絶影】マリー・アドラーと【奏楽王】ベルドルベルの戦いがここに始まった。
To be continued
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