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第十六話 盤上

 □【聖騎士】レイ・スターリング


「まずは第一関門突破、だな」

『そのようだのぅ』


 中央闘技場からの脱出と広場に待ち構えていたPKとの戦闘。

 事前にルークが提案した戦術で、総力でこちらに勝る相手を少ない被害で倒すことが出来た。

 《地獄瘴気》を使う際には、広場周辺に一般人がいないかが気がかりだった。

 けれど、闘技場の上級の人の中にレーダーに似た<エンブリオ>の<マスター>がいたから、安全確認の上で攻撃を実行できた。

 その後もルークが入手していた【断詠手套 ヴァルトブール】による敵魔法のキャンセルや、ゴブリン集団との戦闘と同じく【魅了】を用いた戦術で終始こちらが優位に戦闘できた。


 途中、相手の不意討ちで死ぬかと思ったが、闘技場から出る前に兄に手渡されていた【身代わり竜鱗】のお陰で生き永らえている。

 《カウンターアブソープション》でも防げたかもしれないが、ストックが少ない。昨日の【ゴゥズメイズ】戦からはまだ一回分しか回復していないので温存できたのは何よりだ。 

 しかし……さっきの戦闘や<超級激突>が始まる前の迅羽との遭遇でも分かったけれど、あれも決して無敵のスキルじゃない。相手の攻撃に気づかず発動しなかったり、そもそも発動が間に合わなければどうしようもない。

 自分のスキルの欠点は、これからの闘いでも考えておいたほうがいい。


 しかし、そんな問題はあったにしても、俺達は闘技場前の広場にいたPKを殲滅できた。

 大体はルークの目論見どおりに。

 ……こうして振り返ってもルーク凄いわー。非常識だわー。


「僕からすると、レイさんも相当常識はずれですよ?」

「ナチュラルに心の声に返答しないでくれ」

「ああ、すみません。でもレイさんって考えていることがわかりやすいから」


 そうなの!?


『顔に出やすいからのぅ。私だってデフォルトの念話がなくてもある程度なら分かると思うぞ?』


 そんなに分かりやすいのか……。

 だったら俺も表情を隠すために着ぐるみを……いや流石にないな。


「レイさんは犬の着ぐるみとか似合いそうですよね」

『ここはハムスターでどうかのぅ。とっとこ?』

「ネズミ系はやめておきましょう。ここはやはり狼ですよ」

『いや、クマニーサンと合わせてパンダで……』

「やめてくださる!?」


 閑話休題。


 今の俺達はギデオンの西門へと向かっている。

 中央広場での戦闘の後に、俺達闘技場からの脱出組は四方に別れた。

 そして俺が選んだのが西であり、それにルークを含めた数人が同行している。

 今はシルバーに乗った俺が先頭を走っている形だ。

 ちなみにさっきの戦闘中は乱戦だからシルバーに乗っていなかった。乗っていたらあの攻撃魔法でシルバーだけ溶けてたかもしれない。

 話を戻すが、シルバーで走る俺の後ろにはマリリンに騎乗したルークとバビがいる。

 加えて三人、女性の<マスター>がルークの後ろについてきている。

 恐らくは超美少年のルークがいるからこちらに来たのだろう。

 無理もない。気持ちは分かる。


「それでレイさん。聞くのが遅れましたがなぜ僕達は西()に向かっているのでしょう?」

「…………」


 そう、ルークの言うように、俺はある考えをもって西に向かっている。

 より正確に言えば、何となく……ある言葉が引っかかっている。


 ――本命は西だ


 それはユーゴーとの別れ際に聞いた言葉。

 ドライフ皇国の<マスター>であるユーゴーから聞いた言葉。

 クラン<叡智の三角>に所属するユーゴーから聞いた言葉。

 ユーゴーは言った。

 <叡智の三角>はドライフ最大規模のクランだと。

 それは即ち、ドライフのクランランキングトップであるフランクリンがオーナーを務めるクランということ。

 あのときは誤魔化すように言葉を付け足されたが、その真意は恐らく……。


「西には何かある」


 俺がこう考えることをユーゴーが予想して嘘をついたのでなければ……何かがある。

 そして、ユーゴーはこういう嘘をつける奴じゃないと、俺は思っている。

 だから俺は一路、西へと向かっている。

 何か納得したのかルークは頷き、俺に併走する。

 そうして俺達は西の大門へと直進した。


 しかし、ユーゴーの言葉が正しく、真に西の大門に何かあるとするならば。


 そのときはきっと……あいつ自身も立ちふさがるのだろう。


 ◆◆◆


 ■決闘都市上空百メテル【ナイトラウンジ】上部


 夜空に溶け込みながら、一路西へと飛行する隠蔽型飛行モンスター【ナイトラウンジ】。

 その背中に腰を下ろしながら、フランクリンは手元の端末――2010年代に流行したタブレット端末に似たもの――を操作していた。


「中央広場の寝返り組は全滅。結果は想定の範囲内ですけど、想定より早すぎますねぇ」

「なにをみておるのだ?」

「どうぞー」


 フランクリンはアイテムボックスから自分が操作している端末と同じものを取り出し、エリザベートに手渡した。

 エリザベートが手渡された端末に視線を落とすと、そこにはギデオンの地図が表示されていた。

 同時に、千を優に越える光点も表示されている。

 だが、それらの八割方は中央の大闘技場の中にあった。


「このひかりは……<マスター>か?」


 光点の数は多いがギデオンにいる人間の総数としては少なすぎる。

 ならばギデオンにいる人間で、なおかつ<マスター>に絞ったものではないかとエリザベートは考えた。


「正解でぇす。馬鹿じゃないですねぇ。馬鹿じゃない人とは話が早いから好きですよぉ」

「ちちうえのかたきに、すきといわれてもこまるのじゃ」


 エリザベートがそう答えると、フランクリンは何がおかしいのか「ですよねぇ! それがあったりまえですよねぇ!」と言って大笑いした。

 その反応はエリザベートにとって不愉快であったが、それ以上になぜそんな反応をするかが不可思議だった。


「あの人はそんなことにもまだ気づいてないんですもんねぇ。ま、自分より年嵩の皇族を皆殺して皇王の座をもぎ取った人にはわっかんなくて当然かもしれませんけど」

「さっきからはなしのつなぎかたがいみふめいなのじゃ」

「それは私と貴女の持っている前提情報に差異があるからですねぇ。話を戻しますけど、お察しの通りにこれは現在ギデオンにいる<マスター>の所在地マップです。リアルタイム(・・・・・・)のね」


 端末上では千を越える光点が各々動いている。

 このマップはフランクリン手製の隠密監視モンスターにより送信される監視網の情報を、フランクリンのクラン<叡智の三角>が作成した受信端末が受け取り、図示したものだ。

 フランクリンはそれらを計画実行の数日前から少しずつ街中にばら撒いていた。

 ただし、高度な隠密能力と<マスター>を識別する能力を持たせた結果、情報として送信できるのは位置情報だけになってしまい、そこに誰がいるかはわからない代物になっている。

 しかしフランクリンにはそれで構わない。

 このマップはあくまで<マスター>位置と――敵味方の識別さえできればいいのだから。


「ひとつおしえてほしいのじゃ」

「何ですかねぇ?」

「このひかり、あかとあおのいろにわかれているがこれは」

「ええ。赤が我々の手の者。青が王国側です。ああ、赤だと敵っぽいですけど、私は赤が好きなのでねぇ」


 表示される丸い光点は赤と青の二色に分かれている。事前に登録しておいたフランクリン側の<マスター>は、赤色の光点で表示されているのだ。

 総数としてみれば赤は青よりもかなり少ない。

 しかし、青の殆どが中央大闘技場に収まっているため、ギデオンの市街で見れば赤と青の差はほとんどない。

 そしてさらに情報を付け加えるならば、


「この市街地の青ですが、戦闘に耐えうる<マスター>の数はこの半分もいないでしょうね。大半は決闘に興味のない非戦闘職か、決闘が見たくても今夜のメインイベントのチケットが手に入らなかった三流です」


 それゆえに、青い光点は赤い光点に近い順に次々と消えている。

 フランクリンの手勢は中央広場の寝返り組を除き、フランクリンとエリザベートの手の中にある端末を渡されている。

 それゆえに青い光点――王国の<マスター>を探し、順次撃破できる。

 数少ない例外は、つい先ほど大闘技場から飛び出した青い光点によって、瞬く間に中央広場の赤い光点が消滅したことくらいだ。

 それも当然。中央広場の寝返り組は、寝返り組の中でも戦力としては弱い部類なのだから。

 対して市街地を遊撃している寝返り組は彼らよりも強い。非戦闘職と三流相手に早々遅れはとらない。

 だが、


「けれど少しはいるんですよねぇ。別に弱くないのに今日のメインイベント観に行かなかった人」


 端末上で赤い光点がいくつも消えていく。

 見れば、赤い光点が消えた位置に青い光点がある。


「そういう“例外”を見つけやすくするために用意したのが、このマップなんですねぇ」


 フランクリンがそう呟くと、端末が震える。

 端末を操作すると、そこから声が聞こえてきた。


『た、助けてくれ、フランクリン! 決闘ランキング六位の“仮面騎兵”が……!?』

『《ライザァァァァ・キィィィィック》!!』


 その音声の直後、爆発音と共に通信は途切れ、あとはノイズ音だけが発せられている。

 フランクリンは端末のボタンを押して通信を切った。


「六位ですか。あー、この分だと他にもちらほらいそうですねぇ。彼とあの子の仕事がありそうで何よりですねぇ」


 フランクリンはニヤリと笑って、


「クラブ、C3」


 端末に対しそう告げた。


「?」


 エリザベートにはその言葉の意味がわからなかった。

 だが、少しして、ギデオンのどこかから衝撃音が激しく響いてくる。

 マップを見れば、先ほどフランクリンの手勢を倒したと思しき青い光点が消えていた。

 青い光点のあった場所には、赤い“クラブ”のマークがあった。


「クラブ?」


 それはトランプのスートの一つ。

 この<Infinite Dendrogram>の中にもトランプは存在し、カジノなどではポーカーやブラックジャックも楽しまれている。

 ゆえに、エリザベートもそれがトランプのクラブであることは理解できた。(クラブならば黒色ではないのかとは気になったが)


「ああ、このマークは特別です。他の赤い光点は今回雇った連中なんですけどねぇ、マークの光点は自前で用意した戦力なんですよ」

「…………」


 端末に目を落とせば、マークで表示されている光点は三つある。

 一つ目は先ほどのクラブ。あちらこちらを移動しながら行った先で青い光点を消している。それも赤い光点を消せる戦力を持つ、“例外”の青い光点ばかりを。

 二つ目はハート。ギデオンの西門付近に位置して不動。しかし……西に近づいた青い光点が一つの例外もなく消滅している。

 そして三つ目はダイヤ。ゆっくりと西へと移動しているこれは……地図と周囲を見比べればわかるがフランクリン自身だろう。

 モンスターや寝返り組よりも恐ろしいものが三人、このギデオンの夜に蠢いているらしいとエリザベートは悟った。

 しかし同時に思う。


(クラブ、ハート、ダイヤ……はて)


 それは当然の疑問。


(スペードは……どこじゃ?)


 『剣』、あるいは『死』を意味する最も不吉なスートが、このマップには存在していなかった。


「スペードが気になりますか?」


 エリザベートの心を読んだかのように、フランクリンが言葉を発する。


「あれはこのマップには映りませんね。それに、プランD用なので出番もないでしょうからねぇ」

「プラン、D?」

「ええ、今がプランAとすれば、ね。もっとも、こちらもしくじるつもりでやっているわけではありませんが」


 フランクリンはそう言って……少し【ナイトラウンジ】の進路を変えた。

 何故かと思いエリザベートが端末を見てみると、ダイヤの進路上に二つの青い光点があったからだ。

 今は進路が僅かにずれて光点を避けている。


「このマップは<マスター>とのせっしょくをさけるためのものでもあるか」

「ええ。私は弱いので、自ら戦闘行為などしたくありませんからねぇ」


 フランクリンとしては【ナイトラウンジ】の下方隠蔽能力を看破できる者など早々いないとも踏んでいた。


「もっとも、戦ったとしても、モンスターの壁を越えて私を倒せるのは……それこそ私と同じ<超級>の皆さんくらいでしょうねぇ」


 フランクリンはクツクツと笑いながら再びマップに視線を落とす。

 ギデオンの街は相も変わらず混乱しており、そのマップの中でフランクリンを示すダイヤが悠々と無人の野を往くが如く進んでいる。

 何も問題はない。


 二秒後、自分を示すダイヤのマークの真後ろ(・・・)に青い光点が出現するまでは。


「?」


 その表示に驚き背後を振り返ろうとして、フランクリンは頚動脈を撫で切られた。

 続いて、弾丸の如き奇怪なモンスターがフランクリンの体のあちこちを貫きながら爆裂する。

 被害はフランクリンだけに留まらず、【ナイトラウンジ】の背中で無数の爆発が起こり――耐え切れなくなって高度を落とし、墜落していく。

 フランクリンは、目まぐるしく混沌と化す視界の中で目撃した。

 黒い靄に(・・・・)包まれた何者か(・・・・・・・)が、爆発のショックで気絶したエリザベートを抱きかかえて飛び降りる瞬間を。


(…………あー)


 フランクリンはその靄に包まれた姿に見覚えがあった。


(そういえばいましたね。<超級>でもないのに<超級>を倒した人が)


 <超級殺し>。


 そう呼ばれるPKの存在を思い出しながら、瀕死のフランクリンを乗せた【ナイトラウンジ】はギデオンの路地へと墜落した。

 

 To be continued


次回は明日の21:00に更新です。


( ̄(エ) ̄)<やったか!


余談


“仮面騎兵”マスクド・ライザー

騎兵系統上級職【疾風騎兵ゲイルライダー】。

アルター王国の決闘ランキング第六位。

ランカーの一人として<超級激突>は観戦したいと思っていたが、イベントのある夜はトラブルも増えるので自主的にパトロールをしていた。


クラブに破れはしたが、倒されるまでにフランクリン側の熟練PKを十数人デスペナルティに追い込んだ猛者。

決め技の《ライザー・キック》は彼の<エンブリオ>の固有スキルである。


某特撮シリーズの大ファン。

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