幕間 レイズ(上乗せ)
(=ↀωↀ=)<実は本日二度目の更新
(=ↀωↀ=)<まだの方は0時更新の前話から
(=ↀωↀ=)<区切りの問題でちょっと短めですが今日二話投稿なのでご容赦を
□<王都アルテア>・講堂
王国では、医療に当たる人間の数が数年前と比べて大きく減じている。
最たる理由は【グローリア】……クレーミルでの戦いに派遣された国教の【司祭】・【司教】の壊滅だ。
あの悲劇で王国の医療体制の柱を担っていた国教の回復職は大きく数を減らした。
それでも急増した<マスター>……特に<月世の会>などが担うことで医療体制を維持していた。
しかし、この戦争中は事情が変わる。
<月世の会>に属する<マスター>の大半が<遺跡>の防衛に赴いたため、王都では大規模な回復職不足が生じた。
さらには各地での戦いで負傷・疲弊した<マスター>が治療と休息のために王都に戻ってくるという状況。
国教の教会だけでは医療施設が足りないため、王都内の講堂を臨時の救護所として活用している。
さらにティアンと<マスター>を問わず、司祭系統や医師系統のジョブに就いている者達が国の発布したクエストで集められていた。
「うぅ……腕……俺の腕……」
急患のティアンや戦争中に負傷を追った者が治療を受ける臨時の救護所。
そこに少し前から大量の患者が運び込まれている。
街中の<マスター>に突如として重傷を負う者が多発したからだ。
その原因はアザゼルの《飼の宣告》であり、教会での集中砲火のダメージを<マスター>が転嫁されるケースが街中で発生していた。
「痛くないけどグロいし気持ち悪いよぉ……」
その中には右腕が切断された<マスター>もいた。痛覚設定はオフになってるので痛みはないが、腕がない感覚と見た目はどうしようもない。
「早く治してくれよぉ……」
しかし、部位欠損の即時治療は上級職でも難しい。
無くなった腕をナメック星人並の気楽さで生やせるのは【女教皇】くらいのものだ。
腕を元通りにするには複数回の上級回復魔法と時間が必要だ。
あるいは……。
「お待たせしました。治療に当たります」
やってきた眼鏡の<マスター>は手指を消毒しながら腕のない患者の前に立つ。
同時に周囲を無菌化するアイテムを使い、さらに器具も並べていく。
その様子で、腕を失くした<マスター>は気づく。
「え? あんた【司教】じゃないの?」
「私は医者です」
「だ、大丈夫なのか?」
医師系統。<Infinite Dendrogram>においてはあまりメジャーではないジョブだ。
腫瘍の摘出など回復魔法では対応できない病気の治療も出来るが、施術には時間が掛かる。スキル一つで骨折等も直せる司祭系統と比べると使い道が少ないと思われていた。
「ご心配なく」
だが、今は違う。
「これから外科手術で腕を再接着し、その後に司祭系統の回復魔法で傷を閉じます」
医師系統と司祭系統の合わせ技。回復魔法だけでは時間と難易度が高い部位欠損を医師系統との連携によって比較的短時間での回復を実現する。
戦闘中にできることではないが、非戦闘中の治療の省時間化・低難易度化としてカルディナ方面から知られ始めた手法だ。どこかの暗黒……【聖騎士】のように腕が完全に【炭化】して崩れ去るなどの事例でなければ部位欠損の治療も可能となっている。
「わ、分かったよ、何でもいいから早く治してくれよ……」
「もちろんです」
説明を受けて患者は納得し、眼鏡医師に身を委ねる。
「――術式開始」
――瞬間、医師の腕が消えた。
否、それは物理的な消失ではなく、あまりにも早すぎる腕の動きで余人には視認ができなくなっているのだ。
元よりAGIの存在によりリアルよりも格段に肉体の行動時間を早められるデンドロだが、これはただステータスによるものではない。
医師系統上級職【執刀医】には《高速手術》というスキルがある。東方【剣士】の《居合》や【抜刀神】の《神域抜刀》と同じ特定行動中のAGIを引き上げるものだ。
結果、眼鏡医師は目にも留まらぬ速さで正確に傷口を整え、切断された腕の骨と神経と血管を繋いでいく。
そして三〇秒も経たず……。
「――術式完了」
――手術は終わっていた。
「……え? もう?」
「はい。あとは【司祭】の回復魔法を受けてください。お大事に」
そうして腕を失くした患者から離れ、眼鏡医師は次の患者へと向かう。
今のように異常とも言える速さで手術をこなし、限界ギリギリだった救護所の医療を支える眼鏡医師。
彼は今回の救護所のクエストで集められた<マスター>の一人だが、救護所を担当するティアン役人は『こんなすごい人が来てくれたのは不幸中の幸いだなぁ』と安堵していた。
そして運び込まれた重傷者の治療が一段落した頃。
『すまない! 救護所の回復職で手が空いている者はいるか!?』
救護所に設置された通信機器から、そんな連絡が入った。
「何があったのです?」
その声から伝わる切羽詰まった様子に、ティアン役人が通信で尋ねる。
『王城が何者かに襲撃を受け、重傷者が多発している! 治療の手が足りないため、支援を願いたい……!』
「!」
王都で発生したばかりの突発的な重傷者に続き、王城でのこの騒動。
先の王都襲撃事件を連想し、ティアン役人は血の気が引く。
「命の危険がある現場ならば、<マスター>が行くべきでしょう」
騒然とする救護所で、真っ先にそう言葉を発したのは眼鏡医師だった。
「ティアンの皆様や<マスター>でも鉄火場が苦手な方々は引き続きここで治療を。行けるという人のみ、城に向かいましょう」
自分の診ていた患者の治療を終えた彼はそう進言し、率先して王城に向かおうとする。
「お、おう!」
迷うことなく危険地帯での治療に向かおうとする眼鏡医師に、何人かの司祭系統の<マスター>が彼の後に続く。
そんな彼らの姿に、ティアンや<マスター>が「頑張れよ!」、「頼むぞ!」と声援を送る。
「善い<マスター>とはああいう人達のことを言うのだろう……」
危険を顧みずに現場へと向かう彼らに、役人ティアンは感動したようにそう零した。
◇
「あの先生……すごく頼りになる人だったなぁ」
「ね。眼鏡が似合っててカッコいいし」
「でも、あんな人……王都でこれまで見かけたことないよね?」
「ギデオンとかキオーラから来た人なんじゃない?」
「あ、そっかぁ」
◇◆◇
□■<王都アルテア>・???
『そういう訳で、状況は切迫している』
「…………」
それは、どこか閉塞感のある部屋だった。
魔力式の照明で部屋は明るいものの、窓の一つもない。一通りの生活家具や設備は揃っているものの、ここに長期間滞在したいと思う者はあまりいないだろう。
そんな部屋の椅子には一人の男が腰かけ、通信機器から流れる声を聞いている。
『どこの陣営も戦争終盤に合わせて大きく動き出した。そして王都で駒を動かす勢力の一つ、皇国の狙いは第三王女テレジア……【邪神】の命だ。王都、そして皇都の状況からしても間違いない』
「…………」
どのような手段によってか、通信の声は現在の王都の状況をある程度把握している。
だが、伝えられる情報を聞いても、椅子に座る男は何も言葉を返さない。
『懸念点は、【邪神】の傍にいた“黒渦”が数日前から姿を消していることだ。連中に何かトラブルが起きたか、それとも方針を転換したのか。いずれにしろ、【邪神】の守りが薄い。先の王都襲撃よりも遥かにな』
「…………」
『しかし我々としても、彼女には保険として生きていて貰わねば困る。最善ならぬ次善の未来のために』
「…………」
命を狙われる王女の身を案じるのとは違うニュアンスを含んだ言葉に、しかし男は何も言うことはない。
『……この世界の人類の命を軽んじる神もどきを滅ぼせる、この世界の神。その存在の必要性は、そちらも分かるだろう?』
「ああだこうだ言われずとも……契約だ。従うとも」
自身に放られた言葉に、男がようやく言葉を返す。
「何をするのか、具体的に命じろ」
通信機に視線――暗く澱んだ光のない瞳――を向けながら、男は促す。
そして……。
『――【邪神】を弑そうとする全てを殺せ。それが初仕事だ』
「――了解」
通信機の指示に頷き、男は椅子から立ち上がる。
「行くぞ、ネイリング」
『……うん、マスター』
男の左手の紋章から一本の剣が現れ、その手に握られる。
男が部屋の壁に近づくと、扉も何もなかった場所が開き、男を外の世界に誘う。
そして男は、【大賢者】が設えた王城の隠し部屋から戦場に身を投じた。
To be continued
〇眼鏡医師
(=ↀωↀ=)<「医者が足りないんですか? それならこのクエスト請けます」
(=ↀωↀ=)<みたいな流れで救護所にいた通りすがりの医者
(=ↀωↀ=)<他のクエスト終わったから暇して王国回ってたらしい
〇水晶陣営
(=ↀωↀ=)<王城の防衛設備整えながら色々準備してた勢力
(=ↀωↀ=)<もしものためにスカウト済みの戦力を待機させてた