前へ次へ   更新
67/661

第八話 セミイベント

 □【聖騎士】レイ・スターリング


 オペラなどを鑑賞する際、座席にはボックス席あるいはバルコニー席と呼ばれる席がある。

 壁に埋め込まれた半個室半開放の空間であり、普通の席より高級だが最も舞台を見やすい席だ。

 そして俺達が陣取る中央大闘技場のボックス席は少し違う。

 個室だが壁の一面が全てガラスになっており、そこから闘技場の舞台を一望できる。

 ちなみに通常の観客席はサッカースタジアムのような形である。

 内装もまるで違い、観客席は石造りの通路やベンチなのだが、こちらは絨毯とアンティーク椅子(この世界では普通の椅子か)が使われている。

 間取りも広く取られており、闘技場の一角だというのにリラックスできてしまう。

 さらに空調なども備え付けられていて至れり尽くせりだ。

 何という高級志向。ダフ屋経由とはいえ、一人頭10万リルかかっても無理はない。

 しかしこれ、スポーツ観戦で一度に100万円使うに等しい。

 ……リアルならやれないくらいの大盤振る舞いだ。


「6000万リルもの大金を入手しておきながら貧乏性だのぅ」


 大金を持っていることと気楽に大金を使えるかは別問題だと思う。


「ガチャ」

「ぐぬぬ……」


 思わず呻いてしまう。反論のしようがない。

 でもガチャには抗えない魅力が……。


「レイさん、試合見ないんですか?」

「あ、見る見る」


 隣席のマリーに促され、俺は試合に視線を移す。

 と、その前にボックス席の中の様子をもう一度確認する。

 俺達のボックス席Lには既に俺とネメシス、ルークとバビ、それにマリーの姿がある。

 ちなみに、ネメシスとバビの分の料金は<エンブリオ>なので無料だ。

 ……最初それ知らなくて、ネメシスを紋章に戻したまま入ろうとしたけど。


「自分で言うことでもないが、ケージに入れられて持ち運ばれる犬の気分だったのぅ」


 その例えはどうなのだろう?


「そうだな。犬と言えば御主の方だしの」

「忘れかけてたことを掘り起こさないでくれるか!?」


 あのイヌミミは今朝消えてたんだから、もう綺麗さっぱり忘れたいんだよ!


「似合ってはおったがのぅ」

「……そんな話はいいとして、だ」


 話をボックス席に戻す。

 今この席にいるのはさっきも確認したように俺達五人だけ。

 そう、俺達と同じボックス席であるはずの兄の姿がまだないのだ。

 どこかで寄り道でもしているのだろうか?


「まぁ、いいか。今は試合観戦だな」


 眼下の戦闘フィールドでは先刻から幾つかの決闘が行われている。

 現在はセミイベントの真っ最中だ。


 なお、決闘の仕組みは以下の通り。


 舞台に立ったら決闘の開始前に戦闘条件を設定、両者共に了承する。

 その後、決闘都市特有の結界を展開して、戦闘を開始する。

 結界を展開すると、結界内での戦闘で負った負傷は致命傷やデスペナルティも含め、戦闘終了時にはなかったことになる。

 “安全な死闘”が出来るというわけだ。


 見る側の安全も考慮されており、舞台と観客席の間には五重に結界が張られている。

 内部と外部は遮断され、通るものは音と光、あとは選手達の熱気くらいのものだろう。

 音と光にしても超音波やレーザーといった危ないものは通らないらしい。

 なお、俺達のいるボックス席には他にも色々な設備がある。

 遠視の魔法を使ったモニターが複数基設置されており、色々な角度で試合を見ることも出来るようになっている。

 音についても同様で、選手達の言葉――主に宣言したスキル名なども知ることが出来る。

 観戦する側としてはこれらの機能は非常に分かりやすい。

 裕福なティアンの貴族や大商人以外では、<マスター>分析のために<マスター>がこのボックス席で観戦するらしい。


「決闘を楽しむ、か……」


 命が掛からない決闘都市での決闘は参加者が多い。

 それは<マスター>もティアンも関係ない。

 ティアンの武芸者も数多く参加している。

 しかしそれでも、この闘技場の華は<マスター>VS<マスター>の決闘と言われているそうだ。

 俺も実際に決闘を観戦してみて、納得した。

 なぜならば――レベルが違う。


『疾ッ……!』


 対戦する<マスター>の一方である少女――堕天使に似た黒い翼を生やし黒い長剣を携えたゴシック系――が黒羽を舞い散らせながら、結界で遮られた空間を縦横無尽に飛翔する。


『《黒死楽団ブラックウィング・葬送曲オーケストラ》!!』


 舞い散った黒羽は正に無数。

 しかしてその黒羽全てから同時に漆黒の風刃が放出される。

 総数は計りきれず、漆黒の格子は空気を切り鳴らしながら敵手を囲み、斬殺を試みる。

 しかし、敵手――巨大な黄金の斧を軽々と振り回す海賊帽子の少女――は自身の斧を強く握りなおし、舞台の石床に叩きつける。


『《天地逆転大瀑布》~!!』


 直後、何もなかったはずの舞台から、鉄砲水を上回る勢いで大量の水が噴き上がる。

 少女を囲んで噴出するそれは正に大瀑布が逆さまになったのを思わせる。

 黒い風刃は全て大瀑布によって消滅させられた。

 しかしその刹那、風刃の相殺によって薄くなった大瀑布の一点を黒羽の少女が突き破り、未だ斧が舞台に突き刺さったままの海賊少女に切りかかる。

 咄嗟に左手を掲げ、篭手で受ける少女。

 しかしそれでは防ぎきれず、防具越しに腕を裂かれHPダメージを負った。

 だが同時に、黒羽の少女も仰け反る。

 海賊少女は左腕を掲げて防ぐのと同時に、左手の防御と相手自身の攻撃により死角になった角度から右手で攻撃スキルを使用しており、放たれた水弾が黒羽の少女の腹部に命中したのだ。

 黒羽の少女は瞬時に後方へ飛んで距離をとり、同時に仰け反ったタイミングで追撃しようとしたのであろう海賊少女の斧が空振る。

 距離をとり、睨み合い、お互いの手を読んで、再度激突。


「……レベル高いな」


 今の俺と比べると基礎ステータスだけでなく、プレイスキルでも数段上だ。


「でも、見えるな」


 マリーの話ではAGI増加に伴って高速化するらしいのに。


「ああ、結界内の時間の進みが緩やかに設定されているんです。戦う人達の主観では実際の戦闘速度で動いていますけど、結界越しのこちらにしてみれば目で追える程度の速度になっているわけです。限度はありますけどね」

「へぇ、便利だな」

「この結界も昔の文明のロステクって設定らしいですからねー」


 この闘技場もシルバーの仲間みたいなもんか。


「結界さまさまだと思いますよ? 実際の速度になるとあの二人の戦闘を目で追える観客は一割もいないでしょうし」


 実際はそこまでの速さで戦っている、ということか。


「“黒鴉”のジュリエットと“流浪金海”のチェルシー。共に第六形態の<エンブリオ>の<マスター>で熟練の猛者同士ですから。ちなみにどちらもアルター王国の決闘ランキングにもランクインしてますよ。“黒鴉”が四位、“流浪金海”が八位です」


 なるほど、二人ともランカーだったのか。


「海賊帽子はさっきスイーツ食べてるときに見かけた気がするのぅ」


 あ、そういえば見たかもしれない。


「“黒鴉”と“流浪金海”というのが彼奴らの通り名かの?」

「はい。職業はそれぞれ騎士系統のうち暗黒騎士系統の超級職である【堕天ナイト・オブ・騎士フォールダウン】、それに海賊系統上級職の【大海賊グレイトパイレーツ】です」


 へぇ、“黒鴉”は超級職なのか。

 それも騎士系統。

 親近感が湧くようなそうでもないような。

 装備の見た目が若干怖いけど。


「多分、黒鴉某も御主には言われたくないと思うぞ?」


 どういう意味だろうか。


「超級職って結構いるのか?」

「全体数から見れば少ないですけどねー。それでも<超級>……<超級エンブリオ>の<マスター>よりはよっぽど多くて千人程度でしょうか。ティアンもなれますし」


 思ったよりも多かった。


「<上級エンブリオ>止まりでも強い人は超級職になれますからねー」

「あの“流浪金海”って人は強いけど超級職じゃないんですよね」

「ああ、海賊娘のチェルシーさんは転職のためのクエスト発見できてない口ですよ。同じように条件判明してない超級職もまだまだあるみたいですからねー」


 だからランカーで第六なのに超級職ではないわけか

 しかし海賊の超級職ってやっぱり【海■王】なんだろうか……。


「……条件分からないうちに自分のジョブ系統の超級職とられると悲惨だな」

「ああ、よくありますね、それ。条件が似ている超級職もありますから、根気よく探せば他のも見つかるかもしれませんけど。……中には超級職二つゲットした人もいますけどね」


 世の中不公平である。


「お」


 マリーの説明を受けながらも試合は見ていたが、お互いのHPが五割を切ったタイミングで試合が大きく動いた。


 【堕天騎士】ジュリエットの背から翼が消失し、代わりに両腕に無数の黒羽が集う。

 膨大な量の黒羽が両腕を軸に渦を巻き――目視による識別が困難な速度に加速する。


 【大海賊】チェルシーが両腕で黄金の斧を振りかぶり、その刃ではなく横にした腹の部分を相手に向ける。

 すると黄金の斧が消失し、斧のあった空間にぽっかりと穴が開き――金色の海水が溢れ出す。


 両者共に魔力、技力を注ぎ込み、極大にまで力を高め――必殺の一撃を撃ち放った。


『《死喰鳥フレーズヴェルグ》――!!』

『――《金牛大海嘯ポセイドン》!!』


 闘技場の上で暗黒の竜巻と黄金の大海嘯が激突する。

 幾重にも張られた結界を介してもなお、凄まじい視覚的圧力と轟音を叩きつけてくる。

 竜巻と大海嘯――双方の切り札であろう攻撃スキルの激突はこの世のものと思えない光景だ。

 彼らの<エンブリオ>は第六形態。

 <エンブリオ>の進化度合いで言えば、今のネメシスよりさらに四段階先ということだ。

 その破壊力は凄まじい。

 どちらの攻撃も一撃で【ガルドランダ】の全身を粉砕できる威力があるだろう。

 しかし威力だけではない。

 この必殺に至るまでの攻防すべてが、彼女達の実力を物語っている。


「今の攻撃が昼に聞いた必殺スキルで、彼奴らの<エンブリオ>の名はフレーズヴェルグとポセイドンでいいのかの?」

「はい。彼女達が今使用しているものこそ<エンブリオ>自身の名を冠した必殺スキルです。<エンブリオ>の特性を発揮したスキルになりますから、フレーズヴェルグは闇と風の複合属性魔法攻撃、ポセイドンは液体の召喚が特性ですからああいう形になっているわけです」

「液体の召喚は水属性とは違うのかの?」

「簡単に言えば液体の召喚は物理で水属性は魔法です。ちなみにポセイドンの必殺スキルで放たれる液体は常温で黄金が溶けたもので、比重が普通の水より遥かに重いです。砦でも余裕でぺしゃんこになりますね」

「贅沢だ……そして恐ろしい」

「攻撃が終わったら消えるみたいですけどね」


 あんだけ大量の金を頻繁に出していたら、この世界の金相場が恐ろしいことになるだろうからなぁ……。


「しかし聞いていて思ったけど、あの二人について随分詳しいな」

「彼女達は決闘の常連ですからねー。情報も多いんですよ」

「ふむ」


 ギデオンでは闘技場での決闘に出場するマスターは勝敗に問わず、褒賞が与えられるらしい(もちろん勝った方が良い)。

 それはこの大闘技場での試合、それもメインイベントならば一試合で500万リルは硬いそうだ。

 この試合はセミイベントだが、それでも100万リルは出るという。

 なお、今回は特別でそこからさらに十倍の金額が褒賞となっているとのこと。

 かなりのハイリターンだが、それには観客……他のプレイヤーに自分の情報を晒すというハイリスクがある。

 現に、<DIN>に所属するマリーには職業から必殺スキルの詳細に至るまで把握されている。


「けれど、常連の中にも全く情報が掴めない人がいます」

「…………」

「だから、次の試合はとても楽しみですね」


 舞台の上では試合が決着し、“黒鴉”のジュリエットが勝ち名乗りを上げていた。

 そしていよいよ次が本日のメインイベント。

 この決闘都市ギデオンに君臨するアルター王国決闘ランキング第一位の絶対王者――【超闘士】フィガロさんの試合。

 対戦相手は黄河帝国の決闘ランキング第二位――【尸解仙】迅羽。


 いよいよ<超級激突>の幕が開く。


 To be continued


次回は明日の21:00に投稿です。


(=ↀωↀ=)<幕が開く(次回で試合が始まるとは言ってない)

 前へ次へ 目次  更新