第一三五話 Result Ⅷ
(=ↀωↀ=)<連続投稿七日目
(=ↀωↀ=)<影法師編終了
□■アルター王国・<サウダ山道>南部
ルークが放ったのは《我流魔剣・大蛇》、その模倣。
使ったスキルも原理も違うが、放つモーションと技の要点は同じ。
ルークの右手は自身の左腰を掴んだ『鞘』と化し、右手首から先を刃として抜き放つ。
変則の抜刀だがそれで通ると、眷属として器を得たリズの感覚が告げていた。
そうして放たれた伸長する魔剣が――影法師の首を落とした。
影法師の首と胴が分かれ、頭部は刎ね飛び、胴体も斬撃の衝撃で転がっていく。
『るぅく!』
直後、展開されていた《掃霊結界》を破り、タルラーが近づく。
窮地を切り抜けた自らの主を驚きの目で見ながら、視線が一点に注がれる。
『……ふむ、右腕は何故そうなった?』
その問いは、腕が刃に変形したことに対して述べられたものではない。
無惨に砕け、破断した……今の状態に対してのものだ。
こうなった理由の一つは抜刀が速すぎたこと。
今の鋼魔人のAGIはバビのスキルによるセルフバフ込みで二万五千前後。
<月世の会>による多重バフを受けていた講和会議の頃には及ばないが、十分以上に速い。
その上で居合いの二倍加速と神域抜刀の百倍加速が乗った。
AGIにして五〇〇万にも届こうかという超神速の抜刀術。
《剣速徹し》も持たないため、激突による衝撃はルーク自身にも及ぶ。
しかし、それだけで《液状生命体》の身体が損壊したままということはない。
歪もうが、砕けようが、すぐに復元する。
ならばどうして、こうなっているか。
その最大の理由は……。
「相手が影法師……【勇者】草薙刀理の再現だったから、ですね」
あの瞬間、影法師は……模倣される我流魔剣に反応したのだ。
《剣禅一致》を含めた窮地でのみ発動するスキルや危険を察知する直感系のスキル。
それらに合わせ、抜刀術が来るという戦闘データからの学習。
その結果……影法師は【快覆殺し】による受け太刀を自身の首と敵刃の間に挟み込んだ。
戦闘データにある《神域抜刀》と《剣速徹し》のコンボを警戒した装備による防御態勢を、斬撃が放たれる直前の一瞬でとったのだ。
そんな抜刀術へのカウンターを認識し、それに対応して液体金属の軌道を引き直すことは……今のルークとリズにはまだできなかった。
そうして、斬撃は相手の受け太刀と接触。
結果はルークが押し切って首を落としたが、それでも食い込んだ【快覆殺し】によって右腕が失われた。
それすらも影法師の持つ【抜刀神】のデータより速度面で勝っていたからこその結果。
速度が足りていなければ、影法師の首より先にルークの腕が落ちていただろう。
「…………」
ルークは思う。
機械的なデータの再現でしかないだろう影法師ですらこの結果。
もしも【勇者】本人と相対していれば、【魔王】の勝利で終わったかは分からない。
しかしそれでも勝利し、レイとの約束を果たせたことに安堵したとき……。
『…………』
視界の端に、立ち上がる影法師の姿が見えた。
『な……!?』
「っ、【死兵】……!」
【勇者】の修めた多くのジョブの中には、【死兵】も含まれていた。
残された時間で飛んだはずの首を磁力のようなジョブスキルで身体と近づけ、何らかのスキルで再び身体と繋げている。
影法師は、まだ動く。
(けれど……!)
その手にもはや青い妖刀はない。激突の衝撃で何処かへと吹き飛んだ。
魔法攻撃では、ルークとタルラーを仕留めるに至らない。
もはや、影法師に使える手札はない。
『…………』
しかし、影法師はまだ動く。
二人に向かい合い、そして……。
「……え?」
そして影法師が手にしたのは……ただの刀だった。
左手で鞘を、右手で柄を。
抜刀術の構えを取った時点で、何をするつもりなのかは明白。
しかしだからこそ……ルークとタルラーはその意図が掴めなかった。
なぜならそれはもう……。
『《お、ろ、ち》』
そうして放たれた必殺剣。
しかしそれはもう……必殺ではなかった。
連動する奥義はなく、他のスキルも機能不全。
何より万全であっても鋼魔人と【龍帝】に通じるものではない。
蛇の如き軌道を描く刃の速度さえも遅い。
今のルークのAGIならば……動きを視認することも可能だった。
「――あ」
それは、本当に緩やかで。
これまで結果と体感から動作を推測するしかなかった我流魔剣が……今はよく見える。
我流魔剣を放つ上で、最適な動きのカタチまでもが……見える。
そして伸びる刃はルークの首に触れ、水面を揺らすように通り過ぎた。
それで、終わり。
《ラスト・コマンド》の効果時間が終わった影法師の身体が、塵になって崩れていく。
「…………」
影法師は残された時間で、何をしたかったのか。
もはや打つ手のない状況から、シルエットが苦し紛れに自らの最大の切り札を使おうとしたのか。
それとも、自らの技を模倣しようとした未熟な後継に……肉体の記憶が正しい形で技を遺そうとしたのか。
物言わぬ影法師は、何も語らない。
ただ、身体が崩れる中で面頬が外れ、露わになった表情は……。
『…………』
ほんの少しだけ、口の端が上がっているようにも見えた。
「……ぁ……」
【勇者】だったものが風の中に散っていく様を、ルークは見送る。
消えゆく者は、自分に確かな何かを伝えた強敵。
そして……それ以前の恩人でもある。
疫病王事件について調べたルークは知っていた。
かつて、【疫病王】が殺戮を始めたとき、最初に抗ったのは【勇者】草薙刀理だった。
結果として彼は敗れ、息絶えた。
しかし彼との戦いの後、たった一日だが【疫病王】の足は止まった。
その一日分の時間の猶予によって、【疫病王】は王国へと到達する前に倒された。
だから、恩人。
【勇者】が【疫病王】と戦ったから今の王国がある。
今の王国があるからルークとレイの出会いがあって、今の彼がある
それを知っていたからこそ、【魔王】は……。
「……ありがとう、ございました」
ただ一言……消えゆく【勇者】にそう伝えた。
◇◆
影法師の消滅を見送った後、ルークの両腕とタルラーの傷はすぐに治った。
《液状生命体》と《古龍細胞》、それぞれの復元・回復能力が機能し始めた証拠だ。
二人に傷を齎した件の妖刀……【快覆殺し】は飛んで行ってしまったため、タルラーに探しに行ってもらっている。
その間に、ルークにもすべきことがある。
「さてと……やっぱり残ったね」
それは、影法師の身体が塵になった後、残ったものが二つ。
一つは、最後に握っていた刀。変形し、既に本来の用途を為さなくなっている。
そして二つ目は……黒色の兜。
影法師が最初から最後まで身に着けていたそれは諸共に塵になることもなく、地面の上に転がっている。
「…………」
ルークは注意深く警戒しながら、兜に対して《鑑定眼》を使用する。
◇
【■■■■■■:影打】
詳細不明。
・装備補正
防御力 +一〇〇〇〇(装着部位限定)
・装備スキル
《奇醜殺し・改メ》:
半径一〇万メテル以内の敵の位置を把握する。
探知範囲内に敵が存在しない場合、探知範囲外で最も近い敵の方角を示す。
◇
自らの目に映る情報について、ルークはどう判断すべきかを考える。
見えているものと見えていないもの。どちらにも不審な点が多すぎる。
スキルを隠していないのに、名前の全文は隠されていること。
その名前も【影打】などという、他に【真打】がある前提の部分は見えていること。
態々、《改メ》などと銘打たれたスキル名。レーダーのような効果だが、名前が示す通りならば本来は別の効果だったものが今の効果に変わっている。
だが、それらよりもルークが不審に思っている点は……。
(――エネルギーや武器を供給していた能力、何より彼に関する記載がない)
戦闘に使用するMPやSPの供給。
妖刀をはじめとする戦闘に必要な物品の転送。
そして、ルークと死闘を繰り広げた【勇者】の影法師。
それらに関する記載が、この兜には一切ない。
文言が伏せられ、隠されている様子すらもない。
アイテムとして見えている情報は、これだけだ。
(特典武具の自動修復のように記載されていない効果もあるけれど、この兜はそういうレベルですらない……)
あまりにも不可解で、不気味。
かの<SUBM>……【ホロビマル】との関連も含めてあまりに謎が多い。
「でも、このまま放っておくわけにもいかないね」
放置していればまた何が送られてくるか分かったものではなく、再び影法師が出てくる恐れすらあった。
また、装備すると自分の影法師を作られてしまいそうな怖さもある。
かと言って、壊しても後々また同じような事件が起きるかもしれない。
ルークはどう扱うべきか思案した後……。
「……うん、こうしよう」
兜を何も入っていない予備の時間停止型アイテムボックスに仕舞い込んだ。
こうして保存しておけばリスポーンすることはもうないはず、と。
そして戦争が終わってから、より鑑定能力に特化した人やマジックアイテムに詳しい人に調査を頼む。
クランメンバーは顔が広いので、伝手を辿ればそうした人もいるだろうと考えた。
『るぅく……。見つけてきたぞ……はぁ……』
ルークが兜の処理を終えたタイミングで、ちょうど良くタルラーが戻ってきた。
彼女の傍には抜き身の青い妖刀とその鞘がプカプカと浮いている。
なお、探している間に眷属化が時間切れで解けてしまったのか、彼女のテンションは低い。
『余はもうジュエルに戻るとしよう……。しばらく休むが、必要ならば呼べ』
「うん。ありがとう、タルラー」
ルークはそう言ってジュエルに格納されるタルラーから妖刀と鞘を受け取る。
そうしてルークは手の中の妖刀を見る。
「これは……」
激突の衝撃で刀身に罅は入っていたが、折れてはいない。
ルークはそのまま、兜と同じように《鑑定眼》で詳細を確認する。
◇
【快覆殺し】
鍛冶師滅丸の作。
旧き聖剣を模倣した、癒しを許さぬ妖刀。
※(人間範疇生物)装備レベル制限:合計レベル五〇一以上。
※(非人間範疇生物)装備ステータス制限:MP及びSP一〇〇〇〇以上。
※(眷属)装備レベル・ステータス制限なし。
・装備補正
装備攻撃力+三〇〇〇
・装備スキル
《快覆殺し》:
スキルの発動中、この刀でつけた傷に対する一切の回復・復元行為を禁止する。
発動中は秒間一〇〇のMP及びSPを消費する。
◇
ルークは、ある意味では兜を見た時以上に驚いていた。
この刀の情報が、あまりにも普通だったからだ。
隠されたものもなく、テキストから装備制限、補正、効果まで詳らか。
作った者の名前さえも、眷属という文言さえも隠されていない。
一切の、隠蔽がない。
「鍛冶師、滅丸。……偶然の一致ではないよね」
かの<SUBM>が如何なる存在かは今でも謎が多いが、絶対に無関係ではない。
恐らくは製作者。<SUBM>として知られる個体は製作者の銘を刻まれた武具が動き出し、それがモンスターとしての銘にもなったのではないかと推測する。
そして、黒い兜も同じ作者の作品であると確信した。
(あれは【影打】だった。なら、<SUBM>が【真打】? それとも……)
一連の武具の背景について思考を巡らせるが、まだ答えが出せるほどの情報が揃っていない。
一先ず、眼前の武具についてさらに詳しく調べることにする。
(装備補正の数値は伝説級相当。でも……)
刀なので実際の攻撃力は扱い方次第といったところだが、問題はそこではない。
(戦ってるときは気づかなかったけど……この刀はミスリル製だ)
青い刀身のその刀はミスリル製。
正確には、逸話級金属を基にした何らかの合金だろう。
しかし、伝説級金属の鋼魔人と打ち合い、傷を刻み、さらには超神速状態の《大蛇》との激突でも罅が入るだけで折れていない。
装備補正も耐久力も、通常のミスリル武器の範囲を大きく超えている。
(それと、装備スキル……)
スキルにMPとSPを注いでいる間のみ、この刀が与えた傷の復元を禁止する。
強力であり、妖刀としては良くも悪くも制御が分かりやすい。
ただ、こちらには問題も一つ。
「燃費は……よくないね」
秒間一〇〇〇のMP消費を要する《瘴焔姫》を使うレイが身近にいるので麻痺しがちだが、本来秒間一〇〇という消費は軽くない。
真っ当な魔法職でも数分しかもたず、前衛なら一分ともつまい。
「…………」
装備補正や材質を考えれば、【快覆殺し】を打った鍛冶師滅丸……現時点で影法師の黒幕と目される存在は凄まじく腕が良い。
否、腕が良いなどという言葉では足りない。
むしろ、従来の鍛冶とは別のロジックで武器を作っているのではないかと思う程だ。
だからこそ、この刀の仕様がルークには引っかかる。
テキストに記された『旧き聖剣』が【元始聖剣】のことであろうことは、実物を知っているルークにも予想がつく。
たしかに、【快覆殺し】は【元始聖剣】と部分的に似ている。
しかし、その部分的な類似点も『スキルを解除すれば失われる』効果や使用時の燃費などでかなり劣化している。
何より回復を封じる力は普通に考えれば長期戦を見据えた効果なので、自ら長期戦を難しくする燃費の悪さが噛み合っていない。
あの影法師がそうだったように、消耗を無視できる方策が別にあったからこそこんな仕様にしたのだろうか?
それにしてはご丁寧にも『人間』、『モンスター』、『眷属』が区別なく使えるようにできている。
影法師のような存在だけが使うならば、そうする必要はない。
それも、チグハグだ。
(どういう意図で……)
この刀を……そして【影打】や【ホロビマル】を打てる鍛冶師なら、別の形でもっと扱いやすく性能の良い刀が打てただろう。
武器としては、そちらの方が良いはずだ。
試しだとしても、些か道理に合わない。
あるいは……。
(あるいは……この性能の刀が『手当たり次第に作った実験作の一つ』に過ぎない?)
素材が手に入りやすいミスリルだったことも含め、そんな可能性が思い浮かぶ。
(だとしたら、この刀を打った鍛冶師滅丸の本命は……、っ……)
そこまで考えたとき、ルークの身体がブレた。
鋼魔人としての肉体が消えて、その場にはルークとバビ、リズが出現する。
リズへの《制限昇華》が解除されると同時に、《ユニオン・ジャック》の効果が切れた。
眷属化した従魔と合体している場合、眷属化の解除と同時に合体も解けるのだと、ルークはここで知った。
「ぅ……」
合体解除と合計一〇〇レベルものレベルダウンで二重にステータスが激減している。
だが、それを踏まえても今のルークの身体は彼にとって重すぎた。
あるいは、眷属との《ユニオン・ジャック》は想定以上の負担を身体に強いるのか。
リズも同様の状態らしく、装備の擬態すら解けて水たまりのように地面に広がっている。
そのまま、身体の自由が利かないルークは仰向けに倒れ……。
「おつかれー。ルークー」
そんなルークを受け止めたのは、バビだった。
影法師との戦闘中、内側でスキルを回し、ルークをサポートしていたバビ。
バビの方も疲れている様子だったが笑顔は絶やしていない。
倒れそうなルークを受け止め、自らの膝の上に彼の頭を置いて寝かせる。
それから【快覆殺し】を鞘に納め、兜とは別のアイテムボックスに仕舞い込んだ。
そんな彼女の様子を、ルークは急速に重くなった身体と思考で見ていた。
「これで一件落着だね♪ ひとまず休もー?」
そう言うバビに、ルークは亀のような遅さで首を振る。
「いや、ダメだ……。これから、ギデオンに……」
影法師との戦いは終わったが、本当の戦いはこれからなのだ。
ギデオンでは王国と皇国……フランクリンとの決戦が始まる。
そして、レイはルークを待っているのだ。
だが、無理に身体を動かそうとするルークを、バビはそっと手で押さえる。
「ダメだよー。いま、ルークの身体が大変だもん。休まないと動けないってば」
バビは軽く手で押さえているだけだが、ルークはまるで動けない。
それほどに、限界だった。
「そう……、だね……」
自らがまともに動けず、今は何もできないことを悟り、ルークは力を抜く。
こうなれば少しでも早く回復し、向かうしかない。
(必ず向かいます……。だから、それまではどう……か……)
そこで、廻り続けたルークの思考が止まる。
限界を迎えたルークの意識はそこで落ちた。
「……うん、おやすみ、ルークー……」
バビはそれを見届けた後、ルークのジュエルを撫でて……「《喚起》」と呟き、マリリンとオードリーを呼び出す。
「二人とも、お願いね。バビ達は……ちょっと……ねむっちゃう……から……」
バビは現れた二体にそう頼み……。
既に限界を迎えていた彼女もまた……ルークの頭を抱えこんで、眠りについた。
そうして、戦いの中で疲れ果てた主と仲間達を、地竜と怪鳥は守り始める。
彼らが、再び目覚める時まで。
To be continued
(=ↀωↀ=)<しばらく、書き溜めと書籍版作業に移ります……
○影法師
( ꒪|勅|꒪)<皇国の準<超級>大量に倒しテ
( ꒪|勅|꒪)<ルークに兜と刀と我流魔剣プレゼントしテ
( ꒪|勅|꒪)<【ホロビマル】関連のヒントを送りつけタ
( ꒪|勅|꒪)<……月影とボルヘッドとルークの使ったレベル分差し引いても凄まじい功労者じゃねーカ?
(=ↀωↀ=)<一理ある
〇【快覆殺し】(追記)
(=ↀωↀ=)<あ、ついでに基準として言っておくと
(=ↀωↀ=)<ミスリル装備は+1000とかあったらとっても強い方です