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第一三四話 眷属器 後編

(=ↀωↀ=)<連続更新六日目


(=ↀωↀ=)<久しぶりにこんな連続更新してるなと思いながら投稿

 □眷属について


 眷属化スキル《制限昇華》は一分につき一〇レベルを失うため、軽々に試すことすらできない。

 特に戦いが待ち受けている時期ならば、安易に戦力を落とすべきではない。

 ルークも時間があれば本拠地の第八闘技場の結界で従魔達の眷属器を確認し、研鑽もできただろう。

 しかしルークが帰還した時点で戦争が始まっていたためギデオンに帰還する余裕がなく、<墓標迷宮>で即実戦投入する形になった。

 マリリン以外の従魔がどんな眷属器を得るかは、未だ不明。


 しかしルークは……マリリンが【衝神】を得た時点で、他の眷属についてもある程度の予測は立てていた。


 確信とまでは言えないが眷属器の傾向を把握した。

 それはマリリンの得た眷属器が、本人の性質と無関係ではなかったからだ。

 <マスター>のパーソナルを読み取って生まれる<エンブリオ>のように、眷属の性質に大きく左右される。

 だからこそ自らの従魔を知り、一心同体となってきたルークにはその先の予想もつけられた。


 例えばオードリーは【炎姫】やそれに近い攻撃的な眷属器だと容易に想像がついた。

 性格的にもだが、飛ぶことよりも燃やすことの方が行動割合としては多かった。

 ルーク達の移動手段として用いられてこそいたが、本人はルークの配下として敵を倒す方を好み、誇っていたからだ。


 次に、タルラーなどは生き汚い眷属になるだろうと分かっていた。

 そも、アンデッドになった後も自我を欠片も損なっていない。ルークとの初対面の時点で周囲の状況を把握し、自らの生存を優先して即座に従魔となっていたのが彼女だ。

 過去に何があったかはルークも知らないが、『生きる』ことにかけてはルークの知る誰よりも執着している。

 だからこそ、相当に死に難い眷属器を得るだろうとは考えていた。

 流石に【龍帝】はルークの推理からも斜め上だったが。


 では、残るリズはどうか。

 液体金属系スライム種、【オリハルコン・アーモリー・スライム】。

 常にルークの装備品に擬態し、様々な武器に変わって敵を討ち、搦手や索敵にも活躍する。

 ある意味では、ルークのメインウェポンとも言える存在。

 そんなリズは、如何なる眷属器を得るか。

 金属操作魔法の超級職、【鋼姫】か。

 武器生産の超級職のいずれかか。

 あるいは、擬態や工作に秀でたものか。

 できることもやってきたことも多すぎる。

 眷属の中で最も未知数。リズ自身にもまるで自分の眷属器の予想がつかなかった。

 悩んだリズは、ルークに自分がどうなると思うかを尋ねた。

 そんな彼女を撫でながら、ルークは穏やかに微笑みながら答える。


 ――リズは……。


 ◇◆◇


 □■アルター王国・<サウダ山道>・南部


 ルークの視線の先で、タルラーの傷からは光の塵が漏れ続けている。

 生物であれば出血が止まらないところが、霊体ゆえにそうなっているのだろう。

 自傷を伴う再生すら許さぬ、復元の否定。

 【龍帝】を得たタルラーですらこの有様。スライムの《液状生命体》ならばどうか。

 相手の斬撃に合わせて形状変化で避けられればともかく、刃に触れて裂かれれば……恐らくその変形が治ることはない。傷は傷として、目溢しはされない。

 そう予感させるだけの威圧感が、あの青い妖刀にはある。

 手札を封じられ、有効打がなくなった状況に投入された形勢逆転の武器と言える。


(救いは……あの刀では必殺剣を使ってこないこと)


 出し惜しみしないのが影法師。

 使うならば、たった今……《大蛇》でタルラーの首を刎ねていただろう。

 それをしない、あるいはできない。

 影法師を送り込んだ存在に禁じられているのか、単純に武器の性能が高すぎて影法師の金属操作スキルの対象外なのか。

 いずれにしろ、それ自体はルーク達にとっては助かる要素でもある。

 だが……。


(けれどもう……ただの剣技でこちらを殺せる)


 それは必殺剣が予測不可能な斬撃軌道にならないというだけ。

 上級奥義の重ね掛けまでなら、影法師は使える。

 《大蛇》に組み込まれていた上級奥義は四つ。

 切断力を上げる【一刀武者】の《一刀両断》。

 攻撃を視認されなければ威力が上がる【刃心】の《霞の太刀》。

 威力と引き換えに回避されれば行動不能になるデメリットを持つ【荒武者】の《雲耀》。

 自らに致命ダメージが迫ったときにのみ使える【法衣武者】の《剣禅一致》……はルークとの戦いでは元より使用していない。

 《雲鷹》を伸長しない刃で放つリスクは大きいが、逆に言えばそれだけだ。

 相手が避けられないと判断すれば、クールタイムがあけたタイミングで使ってくる。

 そのときは、妖刀で両断されることになるだろう。


「…………」


 『この身体の場合は両断された時点で死ぬのだろうか?』とルークは考える。

 それとも半分になった身体のどちらかだけ機能するのだろうか?

 首を斬られれば首から上だけか?

 受けてみなければ分からないが、受ける訳にはいかない。

 『どうだとしても《ユニオン・ジャック》が解けた時点で絶命必至、そもそもあのお嬢さん(ユーゴー)との戦いのようにダメージで解ける恐れもある』と結論付ける。

 つまりは、あの妖刀で斬られた時点でルークは詰みだ。


(有効な手札を得たならば、それを打ち込むために動いてくる)


 影法師の動きはシンプルだ。

 シンプルゆえに……対応できなければルーク達が死ぬ。


『…………』


 タルラーを斬りつけ、効力を確認した後……影法師は動きを止めている。

 否、動いていないように見える(・・・・・・)だけだとルークは判断する。

 様子見、読み合いは影法師にはない。

 だからこそ逆に、ルークには予想できている。

 既に《化狸》によって自身の位置を欺瞞しているのだ。

 このまま忍び寄り、ルークかタルラーを斬り殺す。

 それが影法師の狙う詰みであり……。


『――――』

 ――いま(・・)、正に仕掛けられた。


 視認不可のステルス状態からの奇襲である。


「っ!」


 だが、ルークはそれに対応した。

 相手の攻撃方向を掴み、回避するために跳ぶ。

 しかしそれでも、影法師は疾く、刃は届く。

 咄嗟に左腕を掲げ、肉体を構成する液体金属の比重を増やし、盾のカタチに形成する。

 金属と金属のぶつかる音は……ない。

 代わりに、硬質なものが圧し曲げられるような不快な音が響く。

 左腕の盾に、青い妖刀の刃が食い込み、なおもその刃を押し進めている。

 左腕を断ち切り、その先にある首を落とさん……と。


『させんよ!』


 だが、それを阻んだのはタルラーだ。

 彼女は《竜王気》を圧縮し、弾丸の如く影法師に向けて発射する。

 それを察知した影法師は空中を蹴り、ルークから距離をとり……また姿を消す。


『無事か?』

「タルラー、助かりました。……無事ではないですが」


 ルークは左手をタルラーに見せる。

 刃を前腕で受け止めたが、人間であれば骨の位置まで刃が食い込んだ。

 スライムであればその程度、すぐに埋めて成型できる。

 しかし今は、それができない。

 刃の刻まれたカタチのまま、左腕がまともに動かない。


「……やはり、スライムにも有効なようです」


 あの妖刀が刻んだ傷の強制力は極めて高い。

 【龍帝】やスライムであることの性質よりも上位に、あの妖刀の法則が適用されている。

 スライムの場合、傷のカタチを変える行い自体が『復元』として封じられてしまう。


 両断されれば、両断されたカタチで状態が固まる。

 そうなれば……ルークもリズも死ぬだろう。


 とはいえ、運が良かったとも言える。

 影法師は【龍帝】になった直後のタルラー相手に《大蛇》を使い、今はまだクールタイム中だった。

 それゆえ、今の斬撃には奥義が噛んでおらず、致命的な損傷を防ぐことができた。

 しかし恐らく……次はそうもいかないだろう。


『厄介な。……しかしるぅくよ。よく奴の攻撃する方向が分かったな』

「……まぁ、見えない相手(・・・・・・)との戦いは経験済みですので」


 そう苦笑するルークの身体からは……容易には視認できないほどに細い()が周囲に伸びていた。

 それは今の自身を構成する液体金属の幾らかを糸状にして張り巡らせたもの。

 かつて見えざる<超級>……ガーベラとの戦いで用いた感知の為の糸状結界。

 気配や音、匂いまで欺瞞する複合技術の幻影も、糸の切れる感覚までは欺瞞できない。


(……とはいえ、今のでこれも学習されましたね。次に打ってくるだろう手は……)


 仮にルークが影法師ならば、姿を消して襲うと見せかけて一度退く。

 それから監視を続け、相手が戦闘は終わったと気を抜いたタイミングで背中から斬る。

 勝つためならば、そうした手段もルークは使う。

 だが、影法師はそんな回りくどい真似はしない。

 今ここで、愚直に、最短距離の有効打で……ルークを殺しに来る。


(あの刀では射程の長い抜刀術が使えない以上、相手は接近するしかない。その状態で、こちらが糸を張り巡らせたのならば……)


 どのような手で対処してくるか。

 答えは、すぐに示された。


『――《ウィンド・ブレス》――』


 直後に吹き荒れたのは、下級の風属性魔法。

 上級奥義のように物理的破壊力を持つものではなく、一般的な強風が渦巻く程度のもの。

 攻撃力は森の木々の枝や葉が飛び交う程度。

 だが、それが今の状況では効果的だった。


 ルークが張り巡らせた糸に、飛来する枝葉が掛かり続けている。


 接近を感知する糸へと物理的なジャミング。

 これで糸を介して影法師の位置を探ることは不可能になった。

 だが、これは諸刃の剣だ。

 こんな不純物だらけの風の中、動いてしまえば幻影魔法で姿を隠していても綻びが生じる。

 ゆえにそれを見逃さないようにルークとタルラーは目を凝らす。


 すると間もなく、視界の端に何かが映る。


 それは、文字の書きつけられた紙片。

 先刻タルラーに使用した風属性魔法と奥義の合わせ技を再び狙っているのかとルークは思考し……。


(……違う!)


 それが、道士系統の用いる符ではないと気づく。

 似ているが、文字や様式が異なるそれが何であるかを記憶から呼び起こそうとしたとき……。


『――《土遁・底無沼(そこなしぬま)》』

 ――ルークの視界が数十センチほど下にズレた。


「……!」


 一瞬の内にルークの下半身が地面……液状化した土の中に沈み込んでいる。

 それもまた、影法師の手札。《雷龍》との相性が悪いためにこれまでは使っていなかった術……忍者系統と風水師系統を併せ持つことでアンロックされるレアスキル。

 それを今使用し、ルークを沈めて動きを封じた。

 風属性魔法による攪乱は、相手の動きを妨害してこの術に落とし込むまでの囮。

 影法師にしては回りくどいが、恐らくこの組み合わせ自体が【勇者】によって生前に用いられた手札(パターン)


『るぅ』

『――《掃霊結界》』

『くッ……!?』


 浮遊する幽体であるタルラーに《土遁・底無沼》は通じない。

 しかし彼女にもまた、別のスキルが襲い掛かる。

 空中にバラまかれていた紙片――御札(・・)が輝き、死霊(タルラー)が不可視の力で弾き飛ばされる。

 御札のまかれた範囲への幽体の侵入を阻み、範囲内にいる幽体を外へと追い出す僧侶系統の結界スキル。

 自らの身を覆う《竜王気》によってダメージを減衰するタルラーも、その《竜王気》ごとノックバックされてしまうことには抗えない。


「――――、――」


 タルラーが弾き飛ばされる中でルークが発した言葉は、今も吹き荒れる風に紛れ……。


 そうして結界の中には……身動きのとれぬルークと影法師のみが残される。


 移動制限、戦力の分断。

 それこそ、敵を減らすために影法師が選択したパターンだった。

 しかし、眷属となったタルラーの力は凄まじい。

 不意打ちの《掃霊結界》で弾かれたとしても、数秒と掛からずに結界を破って再侵入してくるだろう。

 だが、数秒あれば影法師には十分。

 既に、クールタイムはあけている。


『《一刀両断》――』


 影法師は泥沼化した地面の上を《虎歩》で疾走し、足を取られることなく背後からルークに迫る。


『――《霞の太刀》――』


 その手に握るは青い妖刀。


『――《雲鷹》』


 我流魔剣は使えずとも、既に三つの上級奥義は発動体勢。

 今度こそ防ぐ猶予もなく金属の身体を断つ、剣技の累ね。

 一瞬後には復元不能の一斬を以てルークを脳天から両断するだろう。


「――――」


 ルークは泥沼から抜け出せない。

 背後から迫る敵に対し、身を捻ることしかできない。

 そうして、影法師はルークまであと二メテルの距離へと迫り……。

 


 そこで、既視感(・・・)を覚えた。






 ◇◆◇


 ――リズは……臆病で人見知りだけれど一番優しいね。

 ――最初に会ったときもそうだった。

 ――怖がっていたけれど、近づかれるまでは誰も傷つけなかった。

 ――僕の従魔になった後は、ずっと僕を守ってくれた。


 ――けれど、従魔の誰よりも冷静で、鋭利な面もあるかな。

 ――敵に対して……僕や仲間を脅かす存在に対しては誰よりも鋭い刃になる。

 ――あのときの<墓標迷宮>のように。


 ――……ううん。怒ってないよ。

 ――リズは、それでいいんだ。


 ――えっと、そう。だからきっと……。

 ――リズの超級職は……『線』を引くんだと思う。


 ――うん。『線』。

 ――敵と味方の『線』。踏み越えてはならない一線。

 ――そして、その一線を越えた相手を断ち切る……優しくも鋭い刃。


 ――きっと……リズはそういうものになるんだろうね。


 ◇◆◇


 影法師の行動は読み通り(・・・・)だった。

 影法師はルークの動きを止め、邪魔なタルラーを除き、ルークを斬り殺しに来る。

 そこまで、ルークの読みの範疇。

 ゆえに、ルークに必要だったのはそれに対処する手札。

 そのためには、一つの賭けが必要だった。

 だからこそ、タルラーが弾き飛ばされる最中に……ルークはこう言ったのだ。


 『《制限昇華(ネオテニー)》、リズ』、と。


 それが、ルークの賭け。

 この戦争中、《ユニオン・ジャック》発動中に内なる従魔に対して《制限昇華》を使用できるかを試したことはなかった。

 <エンブリオ>を持たないティアンの【色欲魔王】達も試せなかった歴史上前例のない行為。

 だからそれが成功するかどうかは、ルークにとって大きな賭け。


 しかし、それが通った先は賭けではない。

 彼女(リズ)がどんなものになるかだけは、賭けではなかった。

 ルークはリズのことを理解し……信じていた。


 ◇◆◇



「《居合い()》――――――」

 ルークに近づいた影法師の脳裏に過ったのは既視感……既知のデータ。

 身を捻るルークを見た瞬間に想起された【勇者】草薙刀理の戦闘記録。



「――《霞の太刀()》――――」

 【勇者】草薙刀理が故郷の決闘で見た若く、才気溢れる少年の姿。

 記憶少年は身体を捻り、連動させ、ただ美しく。それは正に……。



「――――《神域抜刀()》――」

 刀を抜く神の似姿(ジ・アンシース)



「――――――《オリハルコン・ストレ()イン》」

 そして影法師の既視感は終わり――【魔王】の右腕が閃く。



 その剣の原理は、既に覚えた。

 我が身も含めて都合三度。

 目で見て、身体で受けて、理解する。

 条件を重ねた斬撃の強化、超加速。

 流動する液体金属によって放たれる蛇の如き斬撃軌道。

 一線を越えたものを許さぬ抜刀術(カウンター)

 その名は……。



「――《大蛇(オロチ)》」

 ――刹那の後、影法師の首に一筋の線が走った。



 ◇◆


 それが、決着の形。

 【勇者】の影法師は……【勇者】の遺した技によって討たれた。


 To be continued

○眷属リズ(秘匿眷属名(ジーナス・コード):境刃晶リズ)


超級職:【抜刀神】:《神域抜刀》

上級職:【刃心】:《霞の太刀》

下級職:【剣士】(東方):《居合い》


(=ↀωↀ=)<近づいた敵を超神速我流魔剣で両断する系スライム


(=ↀωↀ=)<ただカシミヤと違って抜刀中の加速状態で動き回ったりはできない


(=ↀωↀ=)<代わりに刀理みたいに抜刀する刃の方を伸ばすので、ある意味ハイブリッド


(=ↀωↀ=)<ただ、《剣速徹し》もないので物理防御する難易度はカシミヤより低い


( ꒪|勅|꒪)<急所に喰らっても弾ける防御力ならナ……



○眷属リズの余談


(=ↀωↀ=)<ちなみに今回はずっと合体してたので出なかったけど


(=ↀωↀ=)<単独での眷属状態だと基本の見た目も人化している


(=ↀωↀ=)<でも液体金属スライムでもある


(=ↀωↀ=)<やることは概ねT-1000(ターミネーター2)みたいな感じだけど


(=ↀωↀ=)<デフォルトの見た目は自分の一部を擬態させた刀持ってる洋装の目隠れ美少女


( ꒪|勅|꒪)<形変えられるのにデフォルトとかあんのカ


(=ↀωↀ=)<うん


(=ↀωↀ=)<ちなみに目隠れなのはルークと仲良い女子()が目隠れだからだよ


( ꒪|勅|꒪)<……うン?

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