第一三〇話 影法師
(=ↀωↀ=)<今日もゴールデンウィークですね
(=ↀωↀ=)<という訳で今日も更新
□■アルター王国・上空
突如として表れた謎の襲撃者。
その全身は、墨で染めたような黒一色。
人型であれど、纏う気配は人のそれではない。
そも、命の気配がそこにはない。
『――――』
それこそは影法師。
この戦争の陰で数多の超級職を探し、殺してきた襲撃者。
盤面に駒を指すあらゆる陣営とも無縁の……徘徊する脅威。
「何、これ……」
「…………」
歴戦の猛者であるジュリエットをして、眼前の影法師はこれまでに相対したことのない謎の存在だった。
同様にルークもまた、その存在を計りかねている。
天竜の炎を散らすのに使われた《エメラルドバースト》は【翠風術師】の奥義。他にもジョブスキルと思しきものを複数発動していた。
だが、シナジーも何もないジョブを複数発動している時点でそもそもありえない。
では、人型であってもモンスターなのか?
ボスモンスターの中にはジョブスキルと同じスキルを使うものもいる。
だが……頭上にモンスターとしてのネームの表示もない。
人でもモンスターでもない、正体の塗り潰された影法師としか思えぬ存在だった。
『――――』
逆に、影法師が人間達の動揺や困惑で躊躇することはない。
空中を踏み込み、加速し、幻影魔法でその姿をブレさせながら戦闘を継続する。
『《虎鶫》』
空中を駆けながら再び放たれた式神が、ジュリエットへと飛翔する。
「っ!」
対して、ジュリエットは迫る式神を咄嗟に闇属性魔法で迎撃する。
擬似的な生物である式神に闇属性魔法は有効。
式神と魔法が激突し、式神は空中で内包した魔法を弾けさせながら砕け散る。
『…………』
魔法による攻防の最中にも、影法師本体は動く。
その向かう先は式神を阻んだジュリエット――ではない。
影法師が向かったのは……ジュリエット達に守られたシルバーだ。
「……!」
相手の狙いを読み取ったルークがリズを動かし、液体金属の刃を伸ばして影法師の行く手を阻まんとする。
リズは目に見える幻影に惑わされず、スライムの感覚器官によって敵手のいる位置を刃で貫いた。
貫いた――はずだった。
『!』
だが、リズの伸ばした刃には何の感触も返らず、空を裂くばかり。
それが意味することを、攻撃したリズ自身よりも先にルークが理解する。
単に光や音の位置をズラしているだけではなかったのだ、と。
(あれは幻術師の幻影魔法、だけじゃない。光や音だけでなく、熱量や生命の気配といったものまで含めて欺瞞し、自らの位置を誤魔化している)
それこそが影法師の告げた《化狸》というスキル……否、複合技術。
複数の感覚欺瞞スキルを併用し、それこそ【迷彩王】の《五感迷彩》と同等かそれ以上のステルス能力を獲得するに至っている。
それを為しているもの一つ一つはきっと、特殊なスキルではない。人間がジョブスキルとして獲得し得るものだ。
ただし、組み合わせることそのものが人間には本来不可能である。
(おかしい……)
だが、ルークの抱く疑問はその技術に対してではない。
(これほど高度なステルス能力を持っているのに、どうしてあんな近づき方を……?)
ここまで見事に自らの本体の存在を隠せるならば、最初からこれを使って接近すればよかったはずだ。
そうすればボルヘッドの従魔に見つかることはなく、迎撃の炎に別の魔法で対処する必要もなく、初撃の奇襲で戦闘になる前に殺せた。
(けれど、そうはならなかった)
しなかったのか、できなかったのか。
そもそも、なぜボルヘッドを最初に攻撃したのか。
相手を読み解く上で、それらの情報は重要だとルークは思考する。
しかし、ルークが自前の高速思考で影法師への推理を重ねる間に、状況は動く。
自らの存在を欺瞞した影法師はシルバーとの距離を詰めている。
『…………』
そして、影法師は馬上の人物へと刀を振り下ろし……。
「――《てまねくカゲとシ》」
――次の瞬間、シルバーに映った影が起き上がり、その斬撃を迎撃した。
『…………』
影法師は牙を剥いた影によるカウンターを、空中を蹴って飛び退くことで回避する。
伸長する影を回避し、その『手』が届かない距離まで後退する。
「レイさん!」
「レイ!」
寸前の実体での攻防で幻影が途切れ、正確な位置が露出した影法師に対してルークとジュリエットが攻撃を仕掛ける。
迫る魔法とオードリーの炎。
しかしそれらを、影法師は海属性魔法と風属性魔法を重ねて弾く。
そして二人の攻撃をやり過ごしながら、影法師にとって未知の攻撃を仕掛けてきた馬上の相手を観察するように見る。
「やはり空中では、使える影の総量が少ないですね」
影を操る騎士姿の男はそう言って息を吐く。
それはシルバーの本来の持ち主と、姿は同じでも違う声。
そう、シルバーに騎乗していたのはレイ・スターリングではない。
『――【暗殺王】、確認候』
「――それも見破られていますか」
シルバーに跨った禍々しい装いの騎士は――レイに化けた月影だった。
『月影先輩……!』
『ひぃぃなんだかヤバげな戦闘音が聞こえるんですけどぉ!? 安全な空の旅はどこ? ここ? ここにないならないんですかねぇ!?』
次いで、彼の影の中から二人分の声が聞こえてる。
そう、本物のレイ――とパレード――は、馬上に映る彼の影の中にいた。
◇
それこそが、ルークの方策。
月影が【騎馬民族のお守り】を装備して《騎乗》スキルを獲得し、レイに変じた上で影の中に二人を隠す。
それは一つの懸念……いまだ生存していると思われていたガンドール等への対策。
敵の少ない空中を進んでも襲撃や狙撃を受けるリスクはある。
そうなった場合に<命>であるレイの囮として、月影がまず矢面に立ったのだ。
月影としてもこの作戦に否はなかった。既に万全とは言えない状態の彼が、月夜に託された後事を務めるためには良い手だと考えたからだ。
流石に……こんな襲撃者は想定外だったが。
◇
「さて……」
影法師とルーク達の戦いを見ながら、月影は寸前の攻防を思い返す。
(竜の首を落とした抜刀術を使われていれば、反撃することも叶わなかった。……使えなかったと見るべきですね)
ボルヘッドの天竜を一太刀で葬った《大蛇》という名の抜刀術。
確実に月影の首を獲れただろうタイミングでもそれを用いなかった理由を、月影はそう結論付けた。
(あれらはやはりジョブスキルの複合……クールタイムは従来通りですか)
月影は自らの戦闘経験からそう判断する。
そして自分と同様に戦闘経験を積んでいるジュリエットや、頭の回るルークも既にこのことには気づいているだろう、と。
あれは幾つものジョブスキルを使えるが、それぞれのジョブスキルが持つクールタイム迄は無視できていない。
大技の為に複数のジョブスキルを使っているならば、それら全てのクールタイムがあけるまでは大技としては再使用できない。
いま、複数のスキルを重ねた幻影が使われていないのもそのためだ。
しかしそれでも、未知の要素が多い。多すぎる。
総数でどれだけのジョブスキルを使えるのか見当もつかない。
まして、単純な身のこなしやステータスだけでも超一流と言っていい。
より最悪なのは、そんな驚異的な敵が……恐らくはこの戦争の趨勢とは関わりがないだろうということだ。
こいつは皇国に関連した存在ではない。
もしも皇国のコントロール下にあるならば、<命>と思しきレイの居所を掴んでおきながら単身で殴り込んで来る訳がないし、こちらへの襲撃方法そのものが戦闘技術と比べて雑すぎる。
レイを狙う刺客ならば幻影で姿を隠したまま接近し、馬上のレイ――これは月影の変装だったが――の首を抜刀術で落としていたはずだ。
だというのに姿を隠すことなく接近し、戦闘中に幻影を使い始めた。
これら一連の行動はまるで……『戦うために戦っている』かのようだった。
「…………」
それでも脅威であり、敵であることに変わりはない。
同時に、絶対に倒されてはいけない者……レイとパレードを抱えて戦うべき相手でもない。
それは月影を含めたこの場にいる護衛三人の共通認識だ。
ましてやここで戦闘が続けば、動きを察知した皇国側の戦力が介入してくる恐れもある。
そうなればレイ達は……王国は詰む。
ゆえに、ここですべきは即時離脱。
だが、影法師はただで逃がしてくれる相手でもない。
「……頃合いですね」
月影は自らの身体を見下ろす。
肉薄した影法師に応戦はできたものの、それが今の彼にできる限界だった。
<遺跡>での戦いで一度死んで蘇生し、再び重傷を負った身体は満身創痍。
国教教会で治療を受けたものの、万全には程遠い。
加えて……その身体には出来たばかりの深い刀傷があった。
必殺スキルで迎撃したが、それを越えて刃は届いていたのだ。
そう長くはもちそうにない。
だからこそ、月影は自分が最後にすべきことを理解した。
「パレード」
『ぇ!? なんで私を名指し!?』
「《ルアー・オーラ》を使った後、私にヘイトを擦り付けてください」
『へ?』
『ッ! 月影先輩!』
月影の言葉にパレードは呆け、レイは理解して声を上げる。
「私の役目はここまでです。あとは、レイ君が手綱を」
『……!』
そう述べて、月影は影の中からレイを浮かばせ、シルバーの手綱を返す。
「ルーク君」
次いで、月影はルークの名を呼ぶ。
「……、はい。ジュリエットさん」
「心得たり! 《カース・コンバージョン》!」
意図を理解したルークが一時戦闘をジュリエットに任せ、シルバーに近づく。
そして単身での攻防を任されたジュリエットは漆黒の剣を握りしめ、強化スキルを発動させて影法師と切り結ぶ。
強化を得たジュリエットは部分的に影法師のステータスを上回った。
それはルークの抜けた穴を埋めるには十分。
『…………』
だが、影法師に優位を取るには至らない。
ステータスの一部で上回られてもなお、影法師はスキルならざる技量によって五分以上の戦闘を継続している。
ジュリエットは決闘ランカーの中でもフィガロに準ずるバトルセンスの持ち主。
しかし如何なる道理か……影法師のそれはジュリエットを上回っている。
「……行かせない!」
それでもなお、ジュリエットは自らの任された戦場で影法師を抑えていた。
「さて」
そうしている間にオードリーがシルバーに近づき、距離が縮まる。
月影は影の中からパレードをシルバーの後部へと浮上させ、同時に自分自身はオードリーに飛び移った。
「ひぇ!? 急にお空の上!?」
「シルバーに三人で乗るのは難しいので。それでは、先刻指示したようにスキルを」
「へ? ああ、はい、《ルアー・オーラ》……」
月影の言葉はパレードにはよく理解できなかったが、ともあれ《ルアー・オーラ》と《指名手配》を月影に対して使用する。
『――――』
直後、ジュリエットと交戦していた影法師の視線が月影に向く。
それは正しく、引き寄せられるように。
「それでは時間を稼いできます。ご安心を。時間稼ぎはそれなりに得意なので」
かつて最強の魔竜を相手に時間を稼いだ男は、軽い冗談を言うようにそう述べた。
「次を頼みます」
「……ご武運を」
そうして、月影とルークは各々がすべきことを理解していた男達は短く言葉を交わす。
「ではレイ君。この後も頑張ってください。月夜様と共に、あちらで応援しています」
「月影先輩……!」
爽やかにレイへとそう告げて、月影は――オードリーから飛び降りる。
地上一万メテルの空から、翼も持たない男が一人、落ちる。
『…………』
そして影法師もまた、落下する月影を追うように天から駆け下りていった。
囮系統のジョブスキル、《ルアー・オーラ》。
【扇動王】の放つスキルレベルEXの《ルアー・オーラ》ともなれば、モンスターでもティアンでも無関係に殺意を抱くレベルのヘイトを誘引する。
精神保護のある<マスター>には通じないが……影法師はそうではない。
ゆえに《ルアー・オーラ》の影響を受けた月影に引かれ、レイ達から離れていく。
やがて眼下で小さくなる二つの点が一つに交わる。
その姿は間もなく……雲に遮られて見えなくなった。
「月影先輩……」
「……行きましょう、レイさん」
そうして、レイが手綱を握るシルバーと護衛の二人は、この戦場を離れることに成功した。
◇◆◇
『――超級職【暗殺王】、討伐候』
To be continued
○月影
(=ↀωↀ=)<<遺跡>に引き続きサポートでめっちゃ頑張った人
(=ↀωↀ=)<【暗殺王】だけど暗殺以外の仕事ばかりこなしている
(=ↀωↀ=)<主がいなくなった後も残業頑張ってたけどここで退勤
○ジュリエットの特典武具
(=ↀωↀ=)<…………
(=ↀωↀ=)<本当は四月か五月あたりに発売予定だった22巻でお披露目予定の代物
(=ↀωↀ=)<なので今はあまり情報が出せぬ
(=ↀωↀ=)<待っててね夏以降(というか秋)
○パレード
(=ↀωↀ=)<緊迫した場面でも一人だけ台詞がギャグになる男
(=ↀωↀ=)<でも持ってるスキルが作者からしても有能すぎる……