拾話 【邪神】と眷属
(=ↀωↀ=)<22巻の店舗特典SSにしようかと思ったけれど
(=ↀωↀ=)<店舗特典SS向きではない話なので投稿用にして
(=ↀωↀ=)<さらには七章終盤に関わるので拾話としてここに置きます
(=ↀωↀ=)<……あ。22巻は発売が夏以降になりました
(=ↀωↀ=)<私や編集部に何かあった訳ではありませんが書籍作業上の理由です
(=ↀωↀ=)<今しばらくお待ちください……
□■“邪神眷属”モーター・コルタナ
うさぎとカメ。
有名な童話だ。
<マスター>由来の童話らしいが、ティアンの間にも絵本として広がっていた。
こうした物語はストーリー・キャットなる歴史上の偉人が数多く遺したらしい。そう、農業やらスポーツやら手を出す分野に節操がないキャット一族の一人だ。かつてコルタナ家もキャット一族の作った商品で商売をしていた時期もあるので、良く知っている。
さて、かの童話の内容をかい摘んで述べれば、『どれほど性能で優ったものだろうと、それに胡座をかいて怠ければ勤勉なものに敗北する』という話だ。
逆を言えばこれは……才あるものが勤勉であり続ければ生来の性能差は覆せないという非情な話でもある。
この童話は
個々人が就けるジョブもレベル限界も違う。生来生まれ持った才能は不平等。
だが、リソースによるレベルアップや転職条件については公正だ。
自身の才能の範囲内ならば、鍛えれば必ず先に進める。
場合によっては超級職を得て限界をも超えられる。
ジョブシステムを作った存在は、『個々人の努力と他者との競争』を前提としたのだろう。
そしてどれほどの才能を持っていようと、怠けていればウサギの如く追い抜かれる。
それが分かっていたからこそ、俺もそうしてきた。
両親を亡くし、妹と生き別れ、頼れる者は自身の才一つ。
だからこそ鍛え、極め、超級職に至り、強者として他者から奪い、弱肉強食を生きた。
……まぁ、より強い相手に完敗して改造されて駒にされて最終的に人間をやめることになったが。
それでも自らの未来のために戦い抜いたからこそ、得た力がある。
「…………」
さて、そんな俺の前にいるのは寝ているだけで世界最強……むしろ世界最凶の道を進む上司、テレジア・C・アルター。
魔獣の背中をベッドに寝ている上司は伝説に謳われる【邪神】であり、放っておくだけで際限なく強くなり……最終的には世界を滅ぼす時限爆弾だという。
無理やり童話に例えれば、寝ながら空飛ぶ絨毯でゴールするふざけた存在だ。
そんな上司は、この城の結界と魔獣型ベッド……もといドーマウスの二重セーフティでレベルアップに繋がるリソース供給をセーブしているらしい。
強くならないために対策を取り続ける。かつての俺からすれば……いや、今の俺からしても判断に困る生き方だ。
「なぁ、二つ聞いていいか?」
さて、【邪神】の眷属である俺だが、その立場から上司に聞かねばならないことがある。
単純な興味と、今後の動きに関わることとして。
「何かしら?」
上司はドーマウスの背に寝転がりながら、俺に応対する。
「あんたの今のジョブレベル。そしてあんたが世界を滅ぼすレベルについてだ」
自動的に育ち、最終的には世界を滅ぼす存在。
ならば、現在値と最終値を知ることは重要だ。タイムリミットの目安にもなる。
が、上司は【邪神】なのでかつての俺のように余人には正確なレベルを見ることすら叶わない。そのあたりも隠された時限爆弾を思わせる。
ゆえに、本人に聞かねば分からない。
「ああ……」
俺の質問の意図が分かったのか、上司は息を一つ吐いて答え始める。
「私のジョブレベルはまだ一〇〇程度よ。リミットは……分からないけど恐らくは一〇〇〇ね」
「分からない?」
「先々期文明が滅んで以降、<終焉>が起動したことがないわ。それに記憶を持ち越すとはいえ、古い記憶ほど薄れる上、<終焉>起動の時点でそこに私の意思はないもの」
「それなら、なぜ一〇〇〇と?」
「起動直前まで行った前回は、一〇〇〇レベルに近づくほど<終焉>の鼓動を感じたから」
「なるほどな……」
一〇〇〇レベルがリミット、というのは分かり易くはある。
「しかし<終焉>の鼓動ってなんだ……?」
「心拍数が上がって心音が聞こえるようなものよ。【邪神】のレベルアップに応じて<終焉>の生命活動が活発化するの」
上司の言葉に、俺は目を見開く。
「……生きてるのか?」
「生きてるわよ。今は休眠状態だけれど」
「そもそも、<終焉>とは何なんだ?」
「死体よ」
「……オイ、秒で一つ前の説明と矛盾したぞ」
「フフフフ……」
俺のツッコミに笑いながら、上司は説明を続ける。
「この世界最初のモンスターが【海竜王】なら、この世界がこの世界になる
「…………」
それは、俺には到底理解の及ばない話だった。
あまりにも古く、あまりにもスケールが大きい。
……何で俺は、こんな世界の秘密を知る立ち位置になってしまったのだろうか。
聞かなきゃならなかったが、聞くんじゃなかった。
「そして魂も権能も残ってない死体の中に、魂の代わりとして成長した【
「…………」
「だから起動してしまえば、あとは自動的にこの世界の全てを破壊し尽くすだけよ。元々そういう邪神だったそうだから。ああ、もちろん眷属も例外ではないわ」
「……勘弁しろよ」
途方もなく、何より絶望的な未来だ。そうならないことを心から願う。
「しかし、あんたが今現在レベル一〇〇ってことは……あと百年はもつか?」
他の超級職と同じ仕様なら、途中からレベルアップにも時間が掛かるはずだ。
「そうね。ドーとこのお城の結界のお陰で今回の人生は随分とゆっくりさせてもらえているわ。前の人生はこの時点で五〇〇前後にはなっていたから」
「前ってのは……【聖剣王】の時代か?」
「その手前ね。乱世だったせいで随分と早いペースで育ってしまったの」
【覇王】と【龍帝】が揃って消えた時代。
黄河は内乱、覇王の国も跡目争い。
……死人のリソースを吸収する【邪神】なら、実に景気良く成長したことだろう。
「折悪く、それまでの人生で【
「…………」
こんなにも恐ろしい『スクスク育つ』があるものだろうか。
眷属以前に一個の人間であったモーターとしては、そんな【邪神】を倒して世界を救ったかつての【聖剣王】に感謝しかない。
いや、子孫がこれなので差し引きゼロな気もするが。
「ともあれ、ね。今回の私が最強で……多分最後の私だけれど、このままなら暫く<終焉>が目覚めることはないわ」
「なるほどな。あんたが天寿を全うするまでレベルアップが牛歩なら世界は……少なくとも俺達の生涯くらいは安泰ってことか?」
「…………」
「…………オイ。そこで黙られると怖いんだが?」
俺の問いかけに、なぜか上司は悩むような顔をした。
「そうね。理屈としてはそうなのだけど……」
「何の懸念がある?」
「私、寿命で死ぬのか
「……なんだと?」
「これまでの【邪神】は例外なく殺されてきたわ。<終焉>に取り込まれる前か、後か。違いはそれだけ。一人として天寿を全うしたことがない。【邪神】の設計上、それ以外の結果が想定されていない。だから、そんな
あるいはゴールがあるとしても、龍帝のように何百年も先かもしれない。
「……仮にゴールがなかったら、どうなる?」
喉の渇く感触を覚えながら、俺は上司に尋ねる。
「牛歩でもレベルアップは続いている。もしも人並みの人生を送った段階で私にゴールがないとなれば……そのときには最強の【邪神】が育ちきっているでしょうね。そうなったとき、止められる人がいるのかしら?」
「…………」
最も安泰に思えた道が、最悪の手遅れ。
この世界にとって最も対処しようがない結末。
それはなんとも……救いようがない。
「だから、私を危険視している勢力は、私がまだ弱い今の内に確実に殺したいのよ。あなたの元上司に依頼した人間のようにね」
「……なるほど」
色々と、知らなかった情報が理解できた。
……知らなきゃよかった。
「【邪神】の早期抹殺。世界のためを思えばとても正しいわ。【天神】のようにね。……彼が今そうしていないのは、きっと私を見つけられていないからでしょうけど。あるいは、見つからないように誰かが手を打っているのかもね……」
上司はそう言って、なぜか東……カルディナの方を見ていた。
「……あんた自身は、将来についてどう思ってるんだ」
「ドーには前にも言ったのだけれど、個人としては『死にたくない』。けれど、それより大きな感情は『大事な人達を死なせたくない』。そんなところね」
自分の生存よりも、姉妹の未来。
要はそういうことなのだろう。
……俺にはできなかった選択だ。
「……とはいえ死ぬとしても、叶うなら介錯人くらいは選びたいのだけれど」
「自分を殺す相手を選びたい……ってのか?」
「ええ。今回は二人も候補がいるのよ。
そう言う上司の顔は、なぜか少し照れくさそうで……嬉しそうだ。
あるいはそれは……彼女にとって姉達の命の次に重要なことなのか。
「……その介錯人ってのは誰だ?」
「一人はシュウよ。この前、会ったでしょう? ほら、彼が姉さまに会いに城まで来たとき」
「あのクマか」
先日、上司の部屋で鉢合わせになった。
変身後の俺を見て『テレジア、お前いつの間に
眷属になって変身形態も改人のときより随分と人型に近くなったと思っているが、それでも客観的には悪魔呼ばわりされる外見なのか?
「…………いや、あいつが介錯人でいいのか?」
「シュウとは友達だもの。それに、シュウなら……過去最強の【破壊王】である彼なら、きっと私にも通じるもの」
「…………」
上司を殺せるか否かという前提。
改人だった頃の俺の奥義もノーダメージだった上司を、どうやって殺すのか。
「ただ、そのせいでシュウは睨まれちゃってるのよね」
「誰に?」
「私に<終焉>を起動させたい人。前にちょっかいも掛けられたそうだし」
……人間関係と陰謀の数が俺の脳では処理しきれなくなってきたな。
「で、もう一人は?」
「あなたの元上司。いえ、正確にはそのさらに上司ね」
俺の元上司……ゼタか、ラ・クリマか。
いや、そのさらに上司と言えば……。
「【犯罪王】、ゼクス・ヴュルフェル……」
「そう。彼も私に手出しできる数少ない<マスター>の一人」
……よし、脳の処理限界だ!
「ただ、シュウとゼクスは二人とも別の理由で私を殺してくれないと思うのよ」
「…………少なくともクマの方は『友達』を殺したくはないだろうよ」
しかし逆に、元上司なら普通にやりそうな……。
「ゼクスも『【
「…………」
俺も大概犯罪行為はしてきたが、どうやら【犯罪王】は頭がおかしい奴じゃないとなれないらしい。
「そういう訳だから私の希望が通らない可能性が高いわ。その場合は……確実に私を殺せるなら他の誰かでもいいのかしら?」
「……それを聞いて眷属はどうすりゃいいんですかね?」
死にたがってるけど【邪神】死んだら
「あら、むしろあなたの役割はとても重要よ」
「……何?」
上司はどこか怖くなる笑みを浮かべながら、
「私を利用して<終焉>を動かそうとする者を排するのも、私を中途半端な力で殺しに来て殺せもしないのに防衛機能を刺激するモノを弾くのも、
「…………」
……そうか、俺の仕事って情報収集や物資集めのパシリだけじゃなかったのか。
「頑張ってね、私の眷属さん」
「…………転職してぇー」
To be continued
○【邪神】と<終焉>について
(=ↀωↀ=)<各勢力の見解まとめ
テレジア
・寿命で死ねるなら現状で問題ないが望み薄。
・姉達が天寿を全うされるまでもてばいいが、ダメならば……。
・本人にとっての最悪は先代と同じケース。
管理AI(穏健派)
・このままならばこちらの計画の成就が先なので、今の状態を続行。
・それまで行っていた【天神】などを誘導した早期殺傷も行わない。
管理AI(強硬派)
・リスクの塊なので殺せる内に殺しておきたい。
・起爆しようとする奴がいる状況で『このまま』は無理。
クラウディア
・どう足掻いても最終的には起動すると踏んでいる。
・なので、まだ対処できる内に対処する。管理AIの強硬派と同調。
・最悪はアルティミアが【聖剣姫】の最終奥義で対処すること。
……つまりはテレジアが最悪と思っているケースと同じ。
フラグマン
・<終焉>で世界が終わるのは望まない。
・しかし“化身”の支配を覆す手段が他にないならば……。
議長
・早く<終焉>を起動させたいので手を打ちまくる。
・「■■神の身体を返せ。私を自由にしろ」
( ꒪|勅|꒪)<…………うン?
(=ↀωↀ=)<これら各陣営の思惑も踏まえて、七章終盤をお待ちください