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第一二五話 問い

(=ↀωↀ=)<本日二話更新


(=ↀωↀ=)<次は22:00です


(=ↀωↀ=)<ちなみに二話更新だけど合計文字数は三話分以上

 □■<遺跡>・プラント内部


 生物と死霊の融合が齎す負荷は、二度目といえどルークを烈しく苛む。

 触覚は自らが存在する実感すら掴めず、聴覚は聞こえぬはずの音を音量調節の壊れたスピーカーのように伝え、嗅覚はこの場にないはずの腐臭を捉え、舌の味覚は既に亡く周囲に満ちる自然魔力に触れた皮膚が形容し難い味を伝えてくる。

 何より、視覚が問題だ。

 自然魔力を含めたリソースの流れが、奇怪な色彩となって見えてしまう。

 それどころか幻覚のような揺らぎすら、幾つも幾つも見えている。

 こんな場所にいるはずのない、どこかの民族衣装を着た少女の幻までも。

 自らのものとなった身体が伝える制御不能の感覚に、ルークは膝をつく。

 感覚がブラックアウトしかけるが、それでも辛うじて意識を保ち、行動しようとする。

 しかしそれは未だ叶わず、彼にできたのは僅かに顔を上げることだけだ。

 そうして混迷した視界で前を見る。


 そこには――混沌の中でも未だ抗い続ける一人の【聖騎士】が立っている。


 ◇◆


 溢れ出す餓竜、殺意を漲らせる白き獣。

 死に至る要因に満ちたプラント内部で、脱出手段を封じられた技術者達は怯えていた。

 しかし、その一部は<マスター>達の激戦に背を向け……自分の仕事を続けていた。


「動力炉から全身への魔力バイパス……オールグリーン!」

「フレーム修復率99.2%! 微小部位の自動修復が始まっています!」


 彼らの前にあるのは、白銀の騎馬。

 作業台に固定された機体は、まるで荒馬の嘶きのように機関音を発している。

 騎馬の頭部は今も、最前線で獣の猛攻に晒される自らの主へと向けられている。


 その戦場へと参じる時を、スタート前のランナーのように……騎馬は待つ。


 ◇◆


 レイとカタの激突。

 先刻までは大幅に能力を落としたカタの動きを見切り、レイが回避していた。

 しかし今、激情を含んだカタの挙動は先刻までの獣同然の動きから変化している。

 獣の凶暴性を保ちながら、確かに人の意思と悪意が混ざりはじめる。


「ッ……!」


 明らかに殺意が増した動きにレイは何とか対応するが、その圧は徐々に増していく。

 その殺意は、言葉と共に。


『何もかも救い続けたお前には、上手く護り続けたお前には分からないだろうさ! 自分の至らなさも! 間に合わなかった無念さも! 終わっていた絶望も!!』


 カタはレイへの殺意を漲らせて、獣の牙と言葉の刃を振るう。

 それはレイ個人ではなく、両者の比較によって生じた殺意。

 もはや動きも言葉も滅裂しかけているが、その暴威は物理的な危険となって荒れ狂う。


「…………」


 しかし比較の恨み言が暴力と共に吹き荒れる中、レイはその攻撃を回避し続ける。

 奇襲じみた牙の形成さえも、相手の意図を読んで紙一重で対応する。


『俺は何も護れなかった! 大切な人を……ウルを!』

「……お前が今こうしている(・・・・・・)のも、その人のためか?」


 回避に集中しながら、レイは恨み言に問い返す。


 レイは、問いかける。

 取り返しのつかない悲劇を起こそうとする敵に対し、言葉が通じれば問いかける。

 ある【大死霊】は嬉々として子供の殺し方について笑いながら語った。

 ある【大教授】は自らが負けないためならばリアルでも同じことをすると述べた。

 ある【光王】は自分の作品の取材のために騒動を起こしたと答えた。

 そして今、カタにも問いかける。

 これがただ戦争の一部であれば、問うことはしなかっただろう。

 だが、今のカタは違う。

 戦争のためではなく、自らの望みのために多くの人間(ティアン)を犠牲にしようとしている。

 ゆえに、レイは問う。


「何を犠牲にしてもいいほどに、そのウルって人が大切か?」

『大切だとも! 何よりもティアンの命より……俺なんかの命より!』


 睨むように目を細めたレイに問われながら、その視線に籠もる感情に気づかない。

 ただ、溢れ出した感情のままに叫んでいる。


『ウルと過ごした日々が、俺の生きてきた中で最も暖かく輝いた日々だった! 一緒にご飯を食べて、俺の話で笑うウルを見るのが、何よりも幸せだった……!』


 レイの問いかけに、吐血交じりにカタは吼える。

 毒が自らを蝕もうとも、黒く重く灼ける熱が彼の中で燃え上がっている。


『けれど、ウルは生贄にされて死んでしまった!! ウルは何も言わなくて、手紙だけで、俺は……何も気づかなくて……! 知ったときには何もかも手遅れだった!!』


 それは、記憶が齎す絶望によって発せられる叫び。


『俺は彼女を生贄にした竜王達は滅ぼした。けれど、それをきっかけにして……ウルが生贄になってまで守ろうとしたものは全部なくなった……! 全部、全部……!!』


 蓋をして押し込め続けたそれは今、心の傷跡から出血のように溢れ出して、声と共に心を壊さんばかりに流されている。


「…………」


 その叫びを、レイは聞いて。

 黒き大剣を握りしめる手に……力が籠った。


 ◇◆


『ぬ、ぅ……』


 二人のやり取りを聞きながら、ネメシスもまた思考する。


(……ライザー達から事前に聞いた話と印象が違うと思ったが、例の声にその人物に関して発破をかけられたせいか?)


 最も大切なものを喪った彼は心を閉ざし、上辺の欲求と指示に従い、<LotJ>のオーナーとして動いていた。

 掛け替えのないものなどもはや彼にはなく、勝敗や情勢に頓着せず、ただぶつかり、勝利し、敗れ、退場するだけだった。

 『生きなければならない』という最後の一線のために、仮初の自分を演じていた(ロールしていた)とさえ言えるだろう。

 だが、彼を再び戦場に引き戻すためにヘルダインが発した言葉が意図せず本当の彼を封じていた心の蓋を外し、時間が心の底から当時の記憶と感情を溢れさせ、【水晶】の持ち出した交換条件が決壊させた。

 このプラントに現れた時点で、彼は唯一つのために狂奔する一匹の獣だった。


(メイデンの<マスター>は現実と此処を同じように受け止める……)


 <Infinite Dendrogram>を現実と同じならば、人の死に溢れた世界にいることがメイデンの<マスター>によって良いか悪いか。

 まして、それが自分にとってどちらの世界でも最も大切なものであれば……。


 カタの傷はあまりにも深く、歪だ。

 メイデンの<マスター>は世界を現実と同一視すると言われている。

 けれどカタの場合は、違う。現実よりも、<Infinite Dendrogram>の価値が重い。

 生まれ持った身体ゆえまともに生きることもできない現実には価値を見出すものが然程なく、<Infinite Dendrogram>には彼にとって最も重い価値と言うべき存在があった。


(私がかつて危惧したケースが、最悪のカタチで発生した実例が此奴か……)


 今のカタの有り様はあまりにも痛々しい。

 ゆえに、ネメシスは考えてしまう。


(……此奴のパートナーは、メイデンは何をしている……?)


 自分のパートナーがこうなるまで、何をしていたのか。

 そして今、何をしているのか、と。

 結論を言えば……ニーズヘッグは止めずに委ねている。

 心に傷を受けた<マスター>に対するアプローチが、ネメシス達とは違う。

 ネメシスのように護り支えるのではなく、ペルセポネのように現実への帰還を諭すのでもなく、ネイリングのように思い悩んでもいない。

 『超級進化』という最後の一線で踏みとどまっていたことを彼に言わなかっただけで、あとは『しろ』も『するな』もなく、カタの思うようにやらせている。

 彼が何になろうと、地獄に落ちようと、一つの身体で寄り添い続ける。

 カタを見守り、導かず、自らの生死すらも含めて委ねている。

 そこまで悟っているから、彼女はカタの暴走を止めない。

 この行動の果てに本当にカタが死を選んだとしても、そのまま共に死ぬ覚悟もあった。

 それが彼の『姉』などと嘯きながら、彼の心を護れなかった自分の責と考えて。

 ある意味で……二人は姉弟のように似た<マスター>と<エンブリオ>だった。


 ◇◆


 レイの問いかけをきっかけに、カタの暴走が激しさを増す。

 感情のままに絶叫しながら、巨大な獣は暴れ狂う。


『全部俺のせいなんだよ! 俺は彼女を守れなくて、俺のせいで彼女の何もかもが無意味になった! 俺は全てに失敗した!!』


 その言葉には自らの無知と無為の罪への悔恨があり、


『だから、俺は、お前を認められない……! 俺と違って、何もかも護れた……上手くいったお前は……!』


 自らとあまりにも違うレイへの……言葉にできぬ混沌とした感情もあった。


「えぇ……負け組の八つ当たりじゃないですか」


 あまりにも空気を読まないパレードの言葉は、幸いにして誰の耳にも入らなかった。

 最も近くでそれを聞くルークも、今は霊魔人化の影響で膝を突いて微動だにしない。

常の彼ならば、何らかの言葉を……心を解体するような言葉を発していたかもしれない。


「…………そうかよ」

 しかし、カタの言葉に最も思うところがあったのは……レイだ。


 自分の言葉がカタの心の逆鱗に触れたのだろうとは、レイも察していた。

 先刻の自分の言葉が傷跡に触れるものだったのかもしれない、と。

 だが、カタの言葉もまた……レイの傷跡に触れている。


 自分の至らなさ?

 間に合わなかった無念さ?

 終わっていた絶望?


 ――レイはそれらを忘れた(・・・)ことなどない。


 至らなさを知っている。

 幼少の日、力不足を嘆いた。

 誰かを助けようとして動き出して、力が足りず、助けようとした子供と二人揃って死にかけて……兄に命懸けで助けてもらった。

 傷ついた兄を前に自分の至らなさに泣いて……それでも「間違いじゃない」と言ってもらえた日を。

 自分の力が及ばなかった幼少の日。

 己の原点を忘れたことはない。


 無念さを知っている。

 まるでレイが誰も彼も助けられたかのようにカタは言うが、それは違う。

 レイとて、取りこぼしてしまったものはある。

 この世界で、初めてティアンに目の前で死なれた日。

 ガルドランダ……その母体である大鬼にレイの目の前で殺された人物は、全てが終わった後で名前を聞いて弔った。

 フランクリンの事件でも、近衛騎士団や衛兵の多くが犠牲になっている。

 他にも、他にも、関わった事件の中で取り返しのつかない犠牲者は出ていた。

 ただ一人を求め、その有無にのみ価値を見出すカタとの違いはそこにもある。

 目の前の悲劇に手を伸ばし続けるレイの在り方は、ほんの少しの言葉を交わしただけでも……零れ落ちれば棘のように傷を残す。

 その記憶を忘れたことはない。


 絶望を知っている。

 あの日、廃砦で、腐臭の漂う地下通路で、レイは知った。

 悪徳によって命を奪われた多くの子供達の亡骸を。

 焼き払って弔うしかなかった……子供達の最期を。

 彼が間に合わなかった……知る前に、手を伸ばす前に、終わってしまっていた悲劇。

 この世界から去ってしまいたくなるほどの、悲しみ。

 その傷を忘れたことはない。


「……カタ・ルーカン・エウアンジェリオン」


 言いたいことはいくらでもあった。

 だが、レイはそれらを……自らの傷跡を反証に使いはしない。言葉にしない。

 不幸自慢(・・・・)など、意味がない。

 だからこそ、レイが投げかける言葉は……。


「お前は本当に何も守れていないのか?」

 やはり、問うことだった。


『……あ?』

「お前が、今、ここに立っている時点で……守れたものはあるんじゃないのか?」


 ここは戦争の最前線。

 二つの国の未来を賭けた、最も重要な闘争の場。

 カタは一日目も、今も、皇国の<マスター>としてこの地に立っている。


「皇国の<マスター>として戦ってきたお前は、皇国の人達を守ってきたはずじゃないのか?」


 この戦争でも、それ以前でも、皇国の<マスター>達はレイにとって恐るべき敵だった。

 だが、そんな彼らも……皇国では皇国の人々を、モンスターをはじめとする様々な危機から守っていた。

 それは、カタも同じだ。疲弊した皇国でモンスターを討伐していたならば……それは直接的にも、間接的にも、人を救い続けていた。


「お前は何も守れなかったんじゃない。失ってしまったものの価値しか見ていないから、自分の手で守れたものの価値を見ようとしていないだけだ」

『ウル以外の、ことなんて……!』


 感情的に、カタはレイの言葉を否定しようとする。

 そこに、言葉が重なる。


「そうだな。お前はそう思ってんだろう。お前が他の連中のように、皇国のためにあの人達も含めてここを襲ったというなら……俺は戦争の参加者として戦って、抗うだけだった(・・・)よ」


 それは、過去形の言葉。

 一日目や二日目と同じならば、戦争の一部でしかないのであれば、ただ陣営の違う敵同士だった。

 だが、今はそうではない。


「けど、お前が……大切だと言った人のためにこれ(・・)をするって言うなら、俺はお前に言わなきゃならないことがある」

『な……に?』


 ウルについて言及され、カタの足が止まる。


「正直、お前がどれだけの思いを抱えているかは、俺には想像だってできない。たしかに、俺はお前ほど大きなものを喪ってはいないのかもしれない」

『…………』

「それでも、お前の話だけで分かることもある」


 レイが、カタを指差す。


「お前の大切な人は生贄になることを知っていた。それでもお前に言わなかった。そうだな?」

『……ああ……! それがどうし……』

「じゃあ、その人はもう選んでいた(・・・・・)んだろう」

『何を……!』


「自分が助かるための、何もかもをしないことを選んでいた」

『……!』


『お前に助けを求めなかった。助けを求められたお前がその人を助けるために竜王と争うことも、その重責をお前に背負わせることも選ばなかった。……ただお前と一緒に最期まで笑って過ごす日々を選んでいたんだ」

『…………選、んだ……?』

「自分が生き存えるためにお前に難題を強いることではなく、限られた時間で、お前と一緒にいる幸福を選んだ」

『…………!』

「お前は何もかもを台無しにしてしまったと言ったな。そうかもしれない。彼女の死んだ後に、何もかもを砕いてしまったのかもしれない。それでも……」


 そうだとしても、唯一つ確かなのは……。


「自分の命よりも優先すべきものを……その人の幸せを守っていたのはお前だ。お前は失ったことだけを覚えて、与えたことを忘れてる」

『――――』


 ――カタさんに会えて、本当に良かったです。

 ――カタさんがいた私の人生は、きっとウルファリアの中で一番幸せなものでした


 かつて、自らが呪いとして受け取ってしまった言葉。

 それが今、第三者(レイ)の言葉によって……再びカタに刺さる。

 今度は、正しい意味で。


「そしてお前が誰かを守り、かつて共に笑い合えていた人間なら……今のお前はこれ(・・)でいいのか?」

『な、に……?』


 そうして、レイの言葉の温度が変わる。

 音は低く、しかし熱量が増していく。

 レイの視線に込められていた感情に――憤怒にカタも気づく。


「お前は、大切な人を『理由』にするのか?」

『え……?』


 ウルの生前の態度の意味は、カタの抱く大切な人への感情は、レイにも分かる。

 だからこそレイは、今のカタに問わねばならない。



「ウルって人を――『人殺しの理由(・・・・・・)』にするつもりなのかって聞いてんだよ!! カタ・ルーカン・エウアンジェリオンッ!!」

『――ァ――』



 怒りが激発したレイの一喝に、突きつけられた『現状』に、カタの身が硬直した。

 それはかつて【餓竜公】討伐への発破をかけられたときの言葉に近く、しかし今度は……彼を止めるための言葉。


「死んだ人に会わせる。ああ、できるのかもしれないさ! <エンブリオ>がある、ジョブがある、<UBM>がいる、SFみたいな技術だってある! この世界なら、あの声の言っていたことも嘘じゃないのかもしれない! だけど……そのためにお前は、その人を理由にして取り返しのつかないことをする気なのか!!」

『だ、けど、俺は……もう、取り返しは……、ウルに、会うためなら……』


 無視しえない矛盾を、カタは自覚し始めてしまう。

 だが、それを踏み倒して動き出そうとするカタに、レイは問いかけ続ける。


「取り返しのつかない過去じゃなくて今のお前自身の行動が! 大切だった何もかもを呪いに変えてるって分からないのかよ!?」

『だ、まれ……!』

「今のお前は、本当にこれでいいのかよ!?」

『それ以上言うなあぁぁaaaaaaaAA■■■ッ!!』


 ルークのように否定の言葉で刺すのではない。

 レイは、問いかける。

 なぜ、そうしているのか。それでいいのか、と。

 かつて問われたフランクリンは自分の行動を肯定して、揺らがなかった。

 しかし今、カタは……揺らいだ。

 もはやこれ以上、レイの言葉を聞いてはいられない。

 聞いてしまえばもう望みのために動き出せない。


 ゆえにカタは、獣は、その発生源たるレイを噛み殺すべく――駆け出していた。


『■■■ォォォッ!!』


 もはや言葉を交わさず、思考を再び閉ざし、人間として抱いた悪意も遠く。

 再び一匹の獣に堕ち、一心不乱に全てを噛み殺そうとする。

 それはもはや、真の意味で狂気だった。

 彼の言葉を正気のまま受け止めてしまわぬために、完全な狂気に身を浸す暴走を選んだ。

 そして、暴走したカタはレイをその牙に捉えんとして、


 ――大きく体勢を崩した。


『!?』


 まるで底なし沼にでも踏み込んだかのように、その足を床に呑まれている。

 否、それは床ではなく……。


 ――まるで陥穽の如くカタを飲み込むカタ自身の巨大な影。


 次いで巨大な影は平面の世界から浮かび上がり、カタの全身を十重二十重に締めつけ始める。

 影そのものが別の法則を持ってそれを成す。

 その現象を、レイはよく知っていた。


「これは……月影先輩ッ!?」

『ええ、此処にいます』


 レイの傍にある影の中から一人の男が姿を現す。

 【暗殺王】月影永仕郎。月夜によって蘇生された後、彼女の指示でヘルダインによる<砦>破壊から逃れ、このプラントまで移動してきていた男。

 そして<命>のレイを守るべく、自らの動きが必要となるタイミングまで身を潜めていたのだ。


「ご無事ですか?」


 そう言ってレイに尋ねる月影の身は、逆に満身創痍だった。

 影の中を進んでいてもヘルダインによる破壊の衝撃は伝わり、蘇生された身体は既に半ば死体のようになっている。

 それでもなお、彼は役目を果たした。


「本当は、最終奥義で討ち取りたかったのですが……どうやらあそこまで姿が変わると種族自体がキメラと化しているようで」


 どこか冗談めかしてそう言うが、それは真実だ。

 人間と相討ちになるスキルでは、カタは討ち取れない。突入前に皇国勢がカタは最終奥義を警戒する必要がないと踏んでいたのはそのためだ。

 だからこそ、月影は自分が役立てるタイミングまで隠れていたのだ。


「戦闘行動は、そう長くはできませんが……支援ならば私が死ぬまでは果たしましょう」


 全身がボロボロであろうとも、自らの主である月夜から最期に命じられた任を果たすべく……月影はここにいる。


「月影先輩、……分かりました」


 そんな月影に、レイは一つの頼み事をする。


「それなら、あの人達を影で逃がせますか?」


 そう言ってレイが指し示したのは、ビフロストの傍にいる技術者達だ。

 かつて、レイは月影の影によってギデオンから誘拐されたことがある。

 あそこまで長距離ではなくとも、ここから彼らを連れて逃げることはできないかと問いかけた。


「……あの人数を入れたまま動くのは難しいですね。しかし少しの間、影の中に隠すだけならば可能です。ただ、今の状態では私自身が影の中に篭り、シェルターとしての機能を維持する必要があります。私が君を助勢することは叶わなくなるでしょう」

「構いません。それでお願いします」

「影を維持できなくなった時点でティアンはあれに喰われますよ?」


「その前に――俺がアイツを止めます」


 レイの視線の先には、牙で影を食い千切り、今にも拘束を脱しようとしている白き獣の姿がある。

 それを見るレイの目には、月影もこれまで幾度か見た……折れない意志が見えた。


「……一人でやれますか?」

「俺は一人じゃない」


 そしてレイはそう言って、不敵に笑い……。


「――仲間がいます」

 ――自分の信ずる者達を、確信と共に迎える。


 レイの言葉と同時に、動き出すものが二つ。

 道士服を纏い、紫紺のオーラで銀色の長髪を揺らめかせながら立ち上がる美青年。

 作業台のホールドを外し、自らの四足で歩きだした銀色の煌玉馬。


「……お待たせしました。ようやく……この身体を動かせます」

『…………』


 タルラーとの合体の影響による感覚の苦痛を自らの意志で抑え込みながら、ルークは自らもレイに笑みを向ける。

 完全修復を果たしたばかりのシルバーは、馬の嘶きのような機関音を鳴らしながら、レイの傍に歩み寄り、騎乗を促す。

 どちらにも、レイと共にこの地での最後の攻防に臨む決意がある。


「……ご武運を」


 その言葉と共に月影は影に沈み、同時にティアン技術者達も影に呑まれた。

 地上に残されたパレードが悲鳴を上げているが、もはやそれに構う者はここにはいない。


『■■■■!!』

 同時に、獣は自らを縛る影を食い千切った。


 未だ正気を閉ざした獣は、見失った殺すべき存在を探す。

 自らが呪いとしてしまった願いのために、無辜の人々を牙に掛けようとしている。


「カタ・ルーカン・エウアンジェリオン」

 そんな狂気に囚われた獣の名を、レイは三度(みたび)呼ぶ。


「俺は、お前を倒す。戦争に勝つため、守るため、そして……」

 それは、宣言。


「お前自身と、お前の大切な人のために――お前を止める!!」

 最も新しき<超級>を倒すという“不屈”の誓い。


「使うぞ、ネメシス!」

『うむ! 御主の望むままに……振るえ!』


 レイは自らの大剣を降り上げる。

 黒き大剣の柄から伸びて揺らめく、一条の帯。


 最上段には『カタ・ルーカン・エウアンジェリオン』の名があり、

 最下段には『アット・ウィキ 一五八六五〇』の名と数値が記されている。

 その間にも幾つもの名と数値が並び――数値の合計は一〇〇〇万を優に超える。


 そして何行もの文字列が連なった帯は端から燃えるように、光の塵へと変じる。

 帯が消えた瞬間、黒き刃の涙状のオーブの一つが白から黒へと変じ――そのまま砕け散って消える。

 記録(レコード)の読込と安全装置(ヒューズ)の消滅を果たしたとき、



『「――《女神は天()に在らず()我等の傍ら()で剣を執る()》!!」』

 ――彼と彼女の必殺スキルが発動した。



 To be continued

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