第一二四話 霊魔人
(=ↀωↀ=)<昨日漫画版59話が更新されました
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(=ↀωↀ=)<フランクリン戦のクライマックスを48ページの大ボリュームで描いていただきました
(=ↀωↀ=)<是非ご確認ください
■【喰王】カタ・ルーカン・エウアンジェリオン
それは――初めての感情だった。
憎悪じゃない。
怒りじゃない。
その二つは、
でも、どちらでもないんだ。
直接何かをされたわけじゃない。
大切なものを失ったわけでもない。
なのに、心が落ち着かない。
あのときとは異なる強い感情が胸の中で渦巻いている。
レイ・スターリングを見て、その言葉を聞いてから。
『ああ、そうか』
けれどすぐに、答えは出た。
自分と同じ、メイデンの<マスター>。
自分と同じ、大切なティアンがいる。
だけど、違う。まるで違う。
自分と彼とは違う。
俺は以前、レイ・スターリングを『失敗しなかった自分』だと捉えていた。
俺は大切な人の死の刻限にも気づかず、間に合わず、むざむざ死なせ、その死すらも無意味にした。
だから、レイ・スターリングはそうならなかった自分だ、と。
だが、それは大間違いだ。
俺とあいつは前提が違う。まるで違う。
俺は大切な一人を護れなくて、その一人が護りたかった大勢の人々を死なせた。
あいつは大切な一人を護って、その一人が護りたい大勢の人々も護ってきた。
俺はもう、自分自身だって終わらせたくて……。
あいつは、これからも自分自身を貫くつもりだ。
澱むことのない両目と、折れることのない心で。
だから、俺とあいつが同じである……訳がない。
『は、は、ハハハハ……』
あんまりにも皮肉で、あんまりにも違いすぎて、笑うしかない。
腹の中で感情が渦巻く。
憎悪じゃない。
怒りじゃない。
あいつにそれを向ける理由はない。
ただ只管に、あいつの
恐ろしい。妬ましい。羨ましい。悍ましい。忌わしい。
その全てを含んだ……一言に言語化できない負の混沌。
レイ・スターリングの存在自体が受け入れられない。
あいつの存在自体が俺の全否定。
何で俺は一つも守れなかったのか。
何であいつは何でも守れたのか。
何で俺は、自分の心に蓋をせずには生きられないのか。
何であいつは真っすぐに、裏表なく、生きていられるのか。
疑問の果てに、思う。
思ってしまう。
――同じ状況で、あの絶望の中で、お前ならもっと良い未来を選べていたのか?
その昏い問いを……叩きつけたくてたまらない。
胸に渦巻く感情が、俺に目的以外の……いいや、目的に更なる理由を載せる。
『――溢れろ、餓竜』
毒によって体から零した血肉から、一気に餓竜を生成する。
既に狩りの範囲は指定している。
対象は――このプラント全域。
『行け』
『GIGIGI!』
数百の餓竜達が一斉に駆け出す。
発生させた餓竜の多くは、レイ・スターリングには向かわない。
狩場以外は、俺がコントロールしている訳じゃないから。
最も多く餓竜が向かう先は他の準<超級>である【魔王】、パレード……じゃない。
数が多いティアン達だ。きっと、喰いやすいからだろう。
それを見て、レイ・スターリングが表情を変える。
「止めろ!? この人達を狙う理由なんてないはずだ! <
レイ・スターリングは溢れた餓竜を止めるために武具のスキルを使い、大剣を振るう。
それでも取りこぼしが発生し、それを【魔王】とその従魔らしき幽霊と淫魔が懸命にカバーしようとしている。
だが、餓竜は尽きない。俺の身体から零れた血で生成を繰り返す。
【
『餓竜は俺にだってコントロールできない。それに、餓竜が使えなくても俺が全員殺す』
「何でそんなことをする!?」
『放送、聞こえてただろ? 俺は<遺跡>の王国戦力を全滅させる』
俺の言葉に、レイ・スターリングが怒りを見せる。
少しだけ、胸に渦巻く感情が軽くなった。
「あの人達は戦力じゃないだろ!!」
『皇国だと技術者も戦力の内だよ。それに声の主の考えは分からないけど、可能性が少しでも変わるなら――俺は殺す』
あの声の主、嘘でもいいから俺が聞きたかった言葉を述べた何処かの誰か。
あいつは多分、ティアンを省けとは言わないだろう。そんな気がした。
「お前も、メイデンの<マスター>だろう! だったら……!」
この世界を世界と思っているだろう、って?
ああ、思っているとも。
思っているから、決めている。
『俺は
この世界の全部が滅んだって、俺はウルに会えればそれでいい。
ウルが俺に『
だから……さぁ!!
『犠牲が嫌なら止めてみなよ――
生まれて初めて誰かを呪いながら、吼えた。
◇◇◇
□■<遺跡>・プラント内部
餓竜の群れがこの場で最も弱い技術者達に向かっている。
「……!」
ルークも対応しているが【喰王】が全力で生み出した餓竜の数は余りにも多く、倒しても途切れることなく増産され続けている。
タルラーの呪いや魔法もその勢いを留め切れず、さらにバビの【魅了】をはじめとしたスキルも機能している様子がない。
その理由を、ルークはすぐに察した。
(恐らく、生物として【魅了】の入る余地がない)
見ての通り、餓竜は胎生でも卵生でもなくカタの血肉から生じた一代生物。
生きてはいても命繋ぐ存在ではなく、雌雄すらない。
さらにはカタ自身の制御下にすらなく、ただ食欲のままに獲物を襲っている。
ティアンやモンスター相手ならば価値観の最上位の対象をルークやバビに置き換えるのが【魅了】だが、そもそも餓竜には置き換える価値観が存在しない。
ただ、喰えるものを喰う本能しか存在せず、【魅了】は不発となっている。
(それでも――
喰いやすい獲物を狙っているし、自らの発生源であるカタは捕食の対象外。
攻撃の優先順位は確かにある。
ならば……。
「どうするどうするどうしよう!? 例の件の犯人がカタ!? これ殿下に……いやでも犯人が人間って最悪のパターンじゃないですか!? 王国皇国の戦争の後に地竜との戦争になりませんか!? そしたら私の薔薇色の未来も……よし! このことは引退までお口チャックで……」
「パレードさん、仕事です」
長々と独り言を呟いていたパレードに、ルークはやや温度の低い声を掛ける。
「ひぇ!? で、でもビフロストはまだ使えませんよぉ!?」
「貴方、自分のジョブを忘れましたか?」
「………………えーっと、あ! そっかあ!」
『本当に忘れてましたね?』と言いたげな目でルークに見られながら、パレードは表情を変える。
それは思い詰めた顔から一転して、打開策を見つけたと言わんばかりのものだ。
「いきますよぉ! ――《ルアーオーラ》!!」
その瞬間、全ての餓竜が捕食対象の矛先を一斉にパレードへと向ける。
それこそは囮系統の有するジョブスキル、モンスターを自分に引き寄せるヘイト誘因。
そして、【扇動王】であるパレードは……。
「――《
――そのヘイトを他人に押し付けることができる。
パレードが押し付けた相手は――モンスターを生み出したカタ自身。
『GIGIGIGI!!』
理性なきモンスター達は、自らを生み出したものであろうと関係なく襲い掛かる。
最低限のターゲット除外すら、今はもう機能していない。
餓竜が完全にコントロールされた存在ならば違ったのだろうが、そうではないとカタ自身が述べている。
「よぉし! これで戦力は一気にこっちが優勢! 勝ったな!」
勝ち誇るパレードの声と共に餓竜はカタへと飛び掛かり、
『――邪魔!!』
――片っ端から獣の全身に形成された口に捕食された。
「はぇ?」
(近接物理攻撃しかできないなら、相性的にも逆に食われるでしょうね。実際、過去に餓竜の<UBM>と交戦したときもそうして戦ったのでしょうし。とはいえ……)
「パレードさん、《ルアーオーラ》と《
「え? でも食べられちゃいますよ?」
「……こちらに餓竜の矛先が向かないだけで充分でしょう? あちらも回復を優先しているせいでステータスは増えていません。それにここの設備の捕食で回復されるより寝返らせたモンスターを共食いさせた方がマシです」
「あ、そっかぁ!」
動転しすぎて頭の回りが危うくなっているパレードを不安に思いながらも、餓竜への対処を彼に一任する。
これで、ようやくルークも【喰王】との戦いに専念できる。
(相手の能力は大きく削がれている。捕食回復は必殺毒によってほぼ相殺されて、ステータスも落ちた。増え続ける餓竜も彼のスキルによってカタの敵となる。残ったのは……防御困難な牙を自由に生やし、未だ膨大な生命力を持つ巨体の<超級>)
依然として、脅威大なり。
そしてあの生命力を削りきる手札は、超級職に至ったルークにもない。
(それでも……今回も、レイさんは全く諦めてなんかいない)
敵が強大など、当たり前。
かの<マスター>は、“不屈”は今日も守るべき者達の前に立って戦っている。
(レイさんにも何か考えがある。だったら、僕がすべきことも決まっている)
レイを援け、彼の勝利への道筋を作ること。
それが<デス・ピリオド>のサブオーナーであり、彼の最初の仲間である自分の役割だとルークは決めている。
そのためにまずは……。
「……それで、タルラー。貴女、先ほどから手を抜いていませんか?」
まずは、自分の従魔に問いただした。
古代伝説級にも相当すると自称する彼女にしては、餓竜相手に手間取っているように見えたからだ。
『抜いているが?』
そしてルークに問われたタルラーは、悪びれることもなくそう述べた。
「…………」
『そんな顔をするでない。余は本来、今の時代で言う広域殲滅型、それも無差別の類よ。巻き込むかもしれん味方のいる環境で全力は出せん』
タルラーの視線の先には、このプラントの中で少しでも端に寄っているティアンの姿があった。
『そして味方を巻き込まぬ尋常な呪術は餓竜とやらには通じても、あれほどの竜王気に鎧われたモノには通らん。出力が足りぬ』
「出力……」
スキルの出力を上げる。
そのための手段が、ルークにはある。
複数の存在を一体化させ、それらのスキルとステータスの全てを統合するスキル、《ユニオン・ジャック》。
魔法に類するスキルは使用者の最大MPに依存するため、特に合体の効果が大きい。
(今採るべき戦術は……タルラーとの合体)
耐久性に優れた鋼魔人はカタの牙の前では意味を成さず、近距離型の竜魔人も相性が悪い。
遠距離飛行型の炎魔人は有効だが、決め手にはならないだろう。
ならば、選ぶべきは現状最強の形態となるだろうタルラーとの合体だ。
ルークの従魔の中で最強であるタルラーは、それゆえに昨日まではルークの従属キャパシティには収まらず、パーティ枠を消費して使役されていた。
だが、月夜との取引で得た【リソース・チャージャー】によってルークのレベルは大きく引き上げられ、【色欲魔王】が元より従属キャパシティの伸びる超級職であったことからついにタルラーもその範疇に収まった。
今ならばやれる、……だが。
「…………」
『やめておけ。先刻
だが、ルークの考えを読んだかのようにタルラーは否を唱える。
その理由を、ルークも知っている。
レベルが上がった後に、一度だけタルラーとの《ユニオン・ジャック》を試しているからだ。
結果、ルークは
『たしかに三身合体はるぅくの切り札だ。が、余との合体はまりりんらとは意味合いが異なる』
「…………ええ」
『ドラゴン、怪鳥、スライム、そしてるぅくとばびは生きているものだ。対して、余は死せるもの。
「……断言しますね」
『余が
元は古龍人である彼女がなぜレイスとして封印されていたのか、その経緯は彼女が秘したためルークもまだ聞いていない。
しかし彼女がここまで言う以上、根拠はあるのだろう。
今は使わず、他の手段を講じた方がルーク自身の生存率は高い。
常ならばルークも、ここで引く。
「……それでも、このまま手を拱いている訳にはいきません」
だが現状が……レイが最前線の最も危険な場所にいる状況が、ルークにリスクを加味してもなお踏み込ませた。
「レイさんは、何かを狙って今も戦っている。だから一度でいい。合体した僕達のスキルを【喰王】に通して隙を作る。僕達の力でレイさんが勝つための道筋を作る可能性に……僕は賭ける」
『……ならば好きにするがいい我が主人。余は止めたぞ』
タルラーはやれやれと首を振り、決定権をルークに委ねた。
「バビ、準備は?」
「終わってるよー! いつでも大丈夫!」
自らの<エンブリオ>の言葉に頷いた後、――覚悟と共にルークは宣言する
「――《ユニオン・ジャック》――霊魔人」
――そして最も新しき【魔王】は此処に第四の変身を遂げる。
瞬間、ルークの五感に認識し難い感覚が溢れ……彼の意識は試行と同じように暗転した。
To be continued