<< 前へ  次へ >>  更新
650/650

第一二一話 閉ざされた籠

 □<遺跡>・プラント


『――【喰王】カタが<超級>に進化した』


 防衛部隊から繋がったその通信は、プラント内に衝撃を齎した。


「……ここで、ですか」


 混乱するプラントの中で、ルークが僅かに表情を歪める。

 このタイミングで、まさかの敵陣営の<超級>増加。

 その意味を、幾度も<超級>と交戦したレイとルークは理解している。

 数度の勝利を掴んでは来たが、勝率が五割を上回る戦いは一度としてない薄氷の勝利。

 恐らくはカタも同レベルの手合い。レイとルーク、アット――ついでにパレード――と複数の準<超級>クラスがいるとしても、あまりにリスクが高い相手だ。

 ここで戦うには……<命>のレイを戦わせるにはあまりにもリスクが大きい。


「超級進化ぁ!? も、ももも、もう無理ですよぅ!? さっさと逃げましょ!?」

「……そうですね」


 パレードの見苦しい泣き言を、しかしルークも認める。

 それほどに、状況は悪化したのだ。

 まして、先だっての放送設備のジャック。

 施設を押さえられたか、この<遺跡>の設備に干渉する手段があるか。

 どちらにしても、<遺跡>の防衛機構に大穴が開いたも同然だ。

 もはや一刻の猶予もない。


「技術者の皆さん! この<遺跡>の防衛は困難です! すぐに彼の<エンブリオ>で王都まで撤退してください!」


 ルークがまずすべきは、この場にいるティアン技術者の避難。

 なぜなら……この場に彼らの一人でも残っていれば、レイは逃げない。

 王国の<マスター>達に庇われ、彼ら彼女らの犠牲と引き換えに生き残ったことすら、悔いている。

 そんな彼が、死ねばもう戻らないティアンを見捨てられるはずもない。

 ここで自分が、<命>が落ちることが戦争の趨勢を決めるとしても、目の前の彼らが無事に脱出するまでは殿となって戦うだろう。

 ならば、パレードのビフロストでまずは彼らを逃がす。


「あなたはすぐにビフロストを!」

「言われなくても分かってますよぉ! こんなところにいられるか!? 私は王都に帰らせてもらう!」


 パレードが巨大な城門……ビフロストを呼び出す。

 予め出しておかなかったのは、連日の使用で戦争前まで貯めていたビフロストの展開時間が目減りしていたからだ。

 残りは五分から一〇分。出し続けていれば移動する前にその力を失うかもしれないため、移動の直前までは仕舞っていたのである。


「すぐに王都の固定門と繋ぎますんで、技術者はさっさと持つもの持って避難準備してくださいねぇ!」


 パレードに言われるまでもなく、【セカンドモデル】を扱っていた技術者達は完成した機体や生産途中のパーツをアイテムボックスに仕舞い、迅速に避難の準備を進めている。

 しかし、一部はまだ自分の作業を続行していた。


「アナタ達もすぐに避難の準備を!」


 ルークがまだ作業を続けている技術者に呼びかける。


「もう少しなんです! 続けさせてください!」

「あと五分も掛かりません!」


 ルークにそう返答した技術者は……シルバーを修理に関わっている者達だ。


「……もうここは危険です。シルバーはそのままでいいので、避難してください」

「いいえ! この機体が万全の力を発揮できるかどうかで王国の未来が変わるかもしれない! だったら、最後まで自分の仕事を果たしたいんです!」


 その返答に、作業に当たっていたグループの全員が頷く。

 彼らもまた王国の一員。王国の未来のため、この戦争で自分達にできることに全力を尽くしている者達だ。

 何より、彼らの訴えはルークも心の一部で考えていたこと。

 ルークはレイからシルバーの第三スキルの詳細を聞いている。

 その力の有無は、レイ……<命>の結果を大きく左右する。

 それゆえに、考えるのだ。彼らの命を危険に晒すとしても、シルバーの完全修復がなされた方が後の展開では有利になるのではないか、と。


「…………ッ」


 しかしシルバーの所有者であるレイは違う。

 レイからすれば、自分の戦力のためにティアンにリスクを背負わせるに等しい。

 それはレイにも受け入れ難く、もはや脱出すべきタイミングに達した今は何より彼らの生命を優先してほしかった。


「内部配線、チェック完了!」

「フレーム、修復完了! 外装の装着に移ります!」

「急げ! 三分で済ませろ!」


 だが、他ならぬ彼ら自身が、自らの生命のリスクより望む未来への可能性を高めることを選んでいる。

 だからこそ、レイには何も言えなかった。


「…………」


 レイの横顔を見て、ルークは周囲に次の指示を下す。

 視線は、レイからこの場にいる他の<マスター>へと移っている。


「……アットさん、ラングさん」

「皆まで言うな。我々の役割(ロール)は理解している」

「へっ……。任せろよ」


 プラント内部の防衛についていた<マスター>達が、ルークの声に応じる。

 彼らもまた、すべきことを理解していた。


「……リスト確認。アユーシと死胎蛋は生存しているな。なら、例のコンボはまだ使える」

準備時間(・・・・)は俺が稼ぐ。こちとらキャッスル……時間稼ぎならお手の物だぜ」


 二人は話しながらプラントに繋がる扉へと歩き、他の<マスター>もそれに続く。

 その途中で二人はレイの横を通り……。


「後のことは頼む。……うちのバカ(パレード)もついでにな」

「【モノクローム】も倒したアンタだ。今回も上手くやってくれるだろうって信じてるぜ」


 肩を叩きながら、言葉と共にこの先の運命を託して……死地へと向かった。

 二人だけではなく、続く者達も思い思いの言葉をレイに遺す。

 そんな彼らに対し、レイは……。


「…………」


 頷き、拳を握りしめた。

 皮膚を破り、血が滲むほどに。

 誰よりも前に出て護りたいという気持ちを、彼らしさを、抑え込んで。


 そして彼らが通路へと去った一分後。

 プラント内で巨大な城門――ビフロストが光を帯びる。


 門の前には既に【セカンドモデル】の機材を持った技術者達が待機している。

 脱出準備は整い、《開門》すればすぐにでも王都に脱出できるだろう。


「じゃあ私から行きますのでね!? 出しっぱなしにするけどあと五分くらいしか展開できないんでみなさんも早く来てくださいよ!? 《開門》!」


 パレードの宣言と共にビフロストのスキルが起動する。

 そして発言通り、パレードはいの一番にビフロストを潜り……。



 ――弾かれた(・・・・)



「……へ?」


 何が起きたか分からない顔で、パレードは呆然と自分の<エンブリオ>を見る。


「ッ!」


 ルークでさえも、その光景に目を見開く。


「……え? あれ? 嘘、うそうそうそ!?」


 そして潜ろうとした門の、何もないはずの空間をペタペタと触れる。

 パントマイムのようで……しかし確かな手応えがあった。

 悪ふざけでもなんでもなく、誰よりも逃げたい彼が、本当に逃げられない。

 つまりは……。


通れない(・・・・)!? 何で!? もうとっくに日付変わってますよねぇ!?」


 自らの<エンブリオ>が起こした不具合に、パレードが絶叫する。

 その有様にルークは『まさか……』と思考し、最悪の予想を呟く。


「転移そのものを、禁止するスキル?」


 ビフロストの転移スキルに、対策がされている。

 この世界でも稀有な能力への、完全なメタである。


 ◆◆◆


 ■???


 転移スキル。

 ビフロストのように門の設置を必要とするもの。

 テナガ・アシナガのように身体の一部部位のみを跳ばすもの。

 様々あるが……近年のこの世界で最も転移スキルを使いこなしていたのは誰か。

 それは、フラグマンの名を継ぐ者達である。

 単独での転移を使いこなしてすらいた歴代のフラグマン。

 しかし、彼らは理由なくそれを身につけたわけではない。

 彼らもまた、空間を扱う技術を教えられていたからだ。

 誰からか。

 歴代のフラグマンの傍でサポートを続けてきた【水晶】達からである。


『“鳥籠の化身”がいる時点で、我々には空間干渉への対策が必須だった』


 <遺跡>の放送設備をバックドアから操作してカタを焚き付け、今もこの地での戦い全てを監視している【水晶】……クリス・フラグメントはモルド・マシーネに語る。


『我々にとって、最も警戒すべき化身は鳥籠。高い空間干渉能力を持つ個体。それゆえに、こちらの基本戦術を瓦解させる恐れがあった』

『…………』

『遺憾ながら、決戦兵器一号(【アルガス・マグナ】)を除く決戦兵器のスペックは化身に及ばない。だからこそ、相性差で有利に立てる組み合わせで勝利することが前提だった』


 それこそ、この地の遺跡に眠っていた|決戦兵器三号《【アクラ・ヴァスター】》や【エデルバルサ】が、“獣の化身”対策を前提としていたように。

 能力同士の相性差で、単純な性能・出力差を埋める。そういう算段だ。


『だが、鳥籠の空間干渉はその前提を破綻させる。奴の空間転移で後出しも同然に組み合わせの優位を潰される。それどころか、複数の“化身”を相手取る形になるだろう』


 実際、かつての時代は、空間転移によって大陸の各地に送り込まれた“化身”によって世界が滅んだ。


『だからこそ、戦闘空間への出入りを禁じる仕組みを講じることは必須だった。空間そのものを武器や防具とする“化身”に対抗するため、同じ力が必要だったこともある。鳥籠の力を研究し、転用可能とするまで創造主様は力を尽くした』


 それこそ、初代フラグマンが最も研究に力を割いた“化身”だろう。

 副産物として、複数の決戦兵器が空間干渉能力を搭載することとなった。


『そうして、空間転移を封じる技術は完成した。我々が幾つか所持しているが、決戦兵器の工場であり、戦場になり得るだろう<遺跡>にも遮断結界の発生器は設置されている。我々の操作で起動できる形でな』


 ――今回のように。


『事前の準備が功を奏した、と』

『肯定。“化身”と劣化“化身”。同じ能力ならば、原理も似通るというもの。これで、プラントは籠の中だ。進捗は順調。貴機は【超闘士】の足止めを継続せよ』

『了解』


 クリスの見ている映像の一つで、モルドは数多の<UBM>のスキルを矢継ぎ早に展開し、フィガロ以上の手札の数で攻め立てている。

 同時に、それを少ない手札で凌いでいるフィガロの姿も見えている。

 人ならざる領域に立つ機械と、人間離れした人間の争いだ。

 あそこはもうそれでいいと、クリスは判断した。


『だが、王国の<命>の離脱を防ぐ意図は? 加えて、【喰王】への指示。【セカンドモデル】プラントの破壊はリスクがあるのでは?』


 今回の戦い、王国と皇国のどちらが勝とうとフラグマン陣営は構わない。

 だが、インテグラが王国の重鎮である以上、どちらかと言えば王国が勝った方が都合はいい。

 何より、【セカンドモデル】は【煌騎兵】や【煌玉騎】への転職を促すため、かつてフラグマンが(・・・・・・)用意したもの(・・・・・・)

 その先にある超級職にしてフラグマン陣営の計画の要――【煌帝】の解禁に必要な条件、『世界全体での《煌玉権限》の総スキルレベル量』を満たすために。

 ここでプラントが破壊されれば、その流れを澱ませることになりかねない。


『後者について先に述べるが、問題はない。代替案……否、改善案が既に準備できている』


 クリスは『仮にプラントが破壊されても問題はない』と述べる。


『そして前者については、テストのためだ』

『【喰王】は目論見通りに<超級>への進化を遂げた。動機から今後の誘導も可能だと確認した。それで十分では?』

『【喰王】に対してではない。試すのは――別のモノだ』


 モルドの疑問に、クリスは否定で返す。

 だが、それこそ分からない。

 最も新たな<超級>……陣営の戦力として制御下に置く者以外に何を試すというのか。


『…………』


 だが、モルドの分析力は、他のことには気づいていた。

 クリスの発言に何か……『機械的でない』感情が含まれている、と。


 ◇◇◇


 □<遺跡>・プラント内


(いったい、誰が? <超級>になったカタのスキル……いや、あまりにも能力特性が違いすぎる……。なら、他にも皇国側の戦力が、あるいはさっきの放送の……)


 ルークは思考を巡らせるが、どうあっても結果は変わらない。

 <遺跡>の最奥。このプラントから出る手段はなくなった。

 誰もここから、<超級>と餓竜の群れが迫る状況から逃げられない。


「ど、どどどどどうすれば!? これどうすればいいんです!?」


 その動揺はパレードだけではない。

 脱出手段が失われたことへの絶望は、多くの者が抱いていた。

 閉ざされたプラントの中に、混乱と恐怖が渦を巻く。

 それはまるで……あの夜の大闘技場のようだった。


「…………」


 だから、だろうか。

 彼は既に立って、歩き出していた。

 プラントと通路を隔てる扉へと向かって、歩を進める。

 間もなく最も新たな<超級>が襲撃してくるだろう空間を見据えて、退かず。

 彼の相棒は、既に大剣の姿で彼の手の中にある。

 何も言わずとも、自らの半身がするだろうことを理解しているから。


「…………」


 彼が立つのは、扉の前。

 護るために戦う者達の防衛線の後ろであり、このプラントの最前線。


「――来やがれ」

 ――そしてレイは言葉を発した直後、


『――■■■■』

 ――機械式の扉を喰い破った(・・・・・)白い獣と相対した。


 To be continued

<< 前へ目次  次へ >>  更新