拾話 餓竜事件⑤ 贖罪
(=ↀωↀ=)<本日二話目
(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から
(=ↀωↀ=)<二話分のボリュームなので実質三話更新
■???
荒野にて、死闘の火蓋が切って落とされる少し前のこと。
「…………」
カタは言葉なく、地平線の先を見つめていた。
彼の目に映るのは、地平線より湧き上がる土煙。
死んだ皇国の大地を蹴立てながら、新たな獲物を求めて走る飢餓の群れ。
その進路の先に彼はいて、遠からずぶつかるだろう。
万を超える餓竜が、彼を喰い殺すために牙を剥くはずだ。
此処に立つ理由は、エリートの言葉。
否定はしない。あの言葉は、それほどにカタの心に刺さった。
だが、煽られた結果であろうと……『愛した少女を世界が滅んだ理由にはできない』からカタは来た。
愛した人にできることが、もうそれしかないから。
カタは、この死地に立っている。
『カタ』
そんな彼に、融合したニーズが告げる。
『伝えるのが遅れたけれど、私はいま完璧なコンディションじゃないわ』
「…………」
『私が捕食したリソースについて直後のスキルの消費や貯蔵には回せるけれど、貯蔵した分を
ニーズヘッグの基本スキルである《渇望の牙》は、喰らう度に強化されて今では古代伝説級金属も食えるし、生命ある非実体存在……エレメンタルも食える。
代わりに食いづらさに応じたリソース消費があり、それは普段ニーズヘッグの貯蔵したリソースによって賄ってきた。
大抵の場合、捕食困難なものを喰らえば消費よりも多くのリソースを得られるため、問題なく回せていた。
しかし、今はもうそれができないと彼女は言う。
それは不可解だった。
貯蔵してもいざというときに取り出せないのでは、開かずの金庫も同然だ。
「分かった。スキルの消費は俺が賄う」
だが、カタはそれに何故とは聞かない。
半身の不調の理由など、自身にあるに決まっていると考えた。
そうなるだけの変化が自分にはあったのだから、と。
『…………』
カタの考えは正しく、そして誤りでもある。
ニーズヘッグがそう告げたのはカタの心の変化が理由であるが、使えないのではなく
貯蔵したリソースを自身の機能と繋げてしまえば、その時点で……彼女は
自分で分かるのだ。既に引き鉄は引かれており、あとは弾を込めるだけだ、と。
メイデンやアポストルの中には進化するほど『
『エンブリオの基本情報』……本当の意味で<マスター>を亡くした<エンブリオ>がどうなるかや、<超級エンブリオ>への進化後に起き得ることへの知識。その知識量には個体差が出るものの、彼女は
そして、自らが到達してしまえば、いよいよカタは生き地獄から逃れる術を失う。
だから今は、その道を確定させないために自ら縛りを課している。
「大丈夫だよ。やれるさ」
それに対して、カタは何も言わない。
縛られた手札で、果たすべき責に向かい合う決意を固めている。
「それに、ニーズの貯蔵分が使えなくても……俺の分を今増やす」
そう言って彼が取り出したのは、三体の竜王の【完全遺骸】。
特典として遺ったそれら、いつの間にかカタの所有物としてアイテムボックスに収まっていたものを……カタは喰らう。
これからの決戦に、少しでも多くの力で望むために。
一度には食い尽くさず、何があってもいいように複数のアイテムボックスに分けて体中の口に分散配置し、戦闘中に都度喰えるようにする。
いつも通りの戦闘準備。瞬殺できずとも、再生を繰り返して最後には粘り勝つカタのスタイル。
それは同時に、長期戦になるとカタが自覚している証左でもある。
「それ以外は、
そして彼の視線の先には、【餓竜公】に率いられた群れの姿があった。
◆◆◆
■二〇四四年十一月 皇国辺境
荒野で繰り広げられるのは、不毛な争い。
喰らい、再生し、喰らい、再生する。
単調で冗長で悍ましい戦い。
相手の肉を食えば、再生する。
相手に肉を食われれば、再生される。
終わらない。終わらない。餓鬼地獄が終わらない。
地獄を織り成すのは一つの生態系と……それに抗する一人の個人。
【餓竜公 スターヴ・ランチ】。
神話級のステータスを有し、捕食によるリソース吸収とリソースを消費した再生、そして餓竜の生産を能力とする。
体から零れ落ちた血や鱗が餓竜へと変じ、それらが食らったリソースは共食いも含めて【餓竜公】へと流される。
そのリソースによって【餓竜公】は傷を癒やしながら新たな餓竜を生産する。
他者を喰らう限りは尽きることなく拡大する生態系。
それこそが【餓竜公】。
対するは、【喰王】カタ・ルーカン・エウアンジェリオン。
彼を形作るのは、二種の力。
【喰王】、餓鬼系統超級職。
リソースを含んだオブジェクトや生物を食らうことで、自己強化や自己再生を可能とするジョブ。
欠点は、二つ。『喰えるものしか喰えないこと』と『捕食の最大容量が胃袋に依存すること』。物理的に食えなくなれば、強化も再生も打ち止めになる。
【捕食雌龍 ニーズヘッグ】、メイデンwithフュージョンガーディアン。
自らのリソースを消費することで対象の強度や耐性を無視して捕食するスキル《渇望の牙》と、喰らって溜め込んだリソースに応じてガーディアン体が巨大化する《膨張する命》を有する。
欠点は二つ。『喰えるだけであること』と『巨大化してもステータスは増えず、最終的に自重で動けなくなること』。
それぞれが二つの欠点を持つ二つの力。
これを組み合わせた結果が、カタ。
あらゆる生命を喰らい、リソースを得て膨張し、捕食の容量を増やし、その身体に見合うステータスを得て、際限ない再生と強化を繰り返す。
パズルのピースが合わさるが如き、完全シナジー型。
即ち、人界の【餓竜公】。
この地獄は――相似形の如き両者だからこそ起こり得るものだった。
◆
『■■■!』
自身に迫る餓竜の群れを、巨腕に幾つもの顎を形成したカタが平らげる。
だが、そのモーションの隙に、他の数百の餓竜が白き獣の背中へと飛び掛かる。
それらは自らの牙を白き獣の皮膚に突き立て、噛み千切り――直後に傷が変じた口によって逆に捕食される。
『GI!?』
本来であれば餓竜にとって獲物は巨大であればあるほど良い。
どんな巨大生物でも食らいつき、噛みちぎり、リソースを啜れば、いつかは群れに食い殺される。
過程でどれほど死のうが関係はない。
象に集る蟻のように、餓竜という生態系は獲物を食い尽くす。
リソース争奪戦において、餓竜公は完成系の一つである。
だが、
喰らいつかれた直後に顎を形成し、逆に餓竜を喰らい、リソースを根こそぎ奪い、傷を癒す。
餓竜の死体を他の餓竜が喰らってリソースを回収することすらできない。
本来はリソース争奪戦において絶対有利であるはずの餓竜公と、同じ土俵で戦えている。
広域制圧型の捕食者である餓竜公に対し、個人戦闘型の捕食者がカタ。
飛んで火に入る夏の虫の如く、餓竜はカタに喰われていく。
どれだけの数を差し向けたところで、餓竜ではカタを獲れない。
それこそ、エリート達が勝機ありと見た理由。
同じ能力特性でありながら、戦闘スタイルの違いゆえに対決すればカタが優位に立つ。
それを証明するかのようにカタは餓竜を突破して【餓竜公】に飛び掛かり、その頭部を自らの顎で食い千切り、噛み砕く。
首の断面から、血が噴き出し――。
――半秒後、【餓竜公】の首が
飛び散った血すらも、地に落ちる前に餓竜に変わる。
『……!』
致命部位の瞬間完全回復すらも可能とする超再生力。
それが可能なほどに、【餓竜公】はリソースを持っている。
『GIGI…………』
同じ能力特性ならば、直接対決すれば個人戦闘型のカタが優位に立つ。
しかしそれは、
リソースの動きは【餓竜公】とカタの間だけで起きているわけではない。
それを示すかのように、カタにリソースを喰われ続けているはずの【餓竜公】は次々に餓竜を生産し、自らにつけられた傷も再生する。
まだまだ溜め込んだリソースに余裕があるのか?
否、そうではない。
無論膨大な量の蓄積はあるが……ソレは
『――GIGI』
その上で、餓竜公は戦い方を変える。
無駄に喰われてばかりの餓竜の群れをカタから離し、四方八方に走らせる。
そしてカタに対しては……。
『GAGAGA!』
神話級に相応しい
容易く喰らえず、無尽蔵に再生する。一個の戦力としても強力な存在。
こうなってしまえば盤面は変わる。
『……!』
『相手を喰らうほどに再生する怪物』が二体。
されど、有利不利は存在する。
両者の差異を生み出すのは、捕食に用いる
カタはニーズヘッグの巨体に夥しい量の口を形成し、眼前の【餓竜公】の肉を喰らい続けている。
だが……それでも【餓竜公】には及ばない。
【餓竜公】の口とは即ち餓竜。
――皇国辺境を喰い荒らす
餓竜という生態系は元より此処には一割しかいない。
残りの九割は各地に散って他の生命を喰らい、リソースを【餓竜公】に流している。
カタが餓竜相手にどれほど捕食を繰り返したところで、【餓竜公】はいくらでも
餓竜に喰らわれた人間全てが、カタの引き起こした事態の被害者が【餓竜公】を癒やし、新たな餓竜を生産する土壌となる。
カタは単騎の個人戦闘型。広域制圧型から拠点を守る術はない。
餓竜からリソースを注がれ続ける【餓竜公】の傷は一瞬で治り、カタの傷は相手の肉を喰らうまで治らない。
カタの罪の重さが、徐々に両者の差を広げる。
『……ッ!』
まして、先ほどまでいた『
戦闘能力では《威喰同源》による強化と《渇望の牙》があるカタが勝っているが、逆にカタは相手の肉を喰い損ねれば一気に不利に陥る綱渡りを強いられる。
『カタ……!』
『■■■!!』
それでも、カタは退かない。
自分が倒さなければならない相手に……否、今の自分の価値基準の全てに背を向けることはできない。
――このまま世界が滅んだら彼女のせいですね。
『――■■■!!』
それだけは許容できないと、喪った愛に餓える男は吼えた。
絶望的なリソースの差に怯むことなく、餓獣は餓竜に牙を突き立てる。
彼の手に、もはや勝機が存在しないとしても。
◆
喰らわれようと喰らい尽くせぬ。
急所を抉られても即座に再生する。
どちらもがその状態。
二体の怪物による、終わりのない喰らい合い。
長く、長く……戦いは続いた。
当事者には時間の経過が分からなくなるほどに。
二体の怪物は無人の荒野で肉を喰らい、骨を齧り、血を飲み合う。
【餓竜公】の肉体に流れ込むリソースは尽きることなく、その肉体を喰らうカタのリソースも尽きない。
それはあたかも永久機関の如き有り様。
されど、永久などというものはない。
壊れないものも、ない。
『……!』
そして、最初に限界を迎えたのは……カタの脳。
壊れかけた心で、正常ではないメンタルで、自分が喰われる感覚と生きたものを喰らう感覚を味わい続けたカタ。
それでも彼は人間離れした精神力で耐えていたが、思考力の疲労は限界に達していた。
相手の攻撃への対応ミスが増え、捕食回復と被弾のバランスが崩れ始める。
対して、餓竜公に疲労はない。
いつしか餓竜の生産を止めて回復に専念するようになったが、その結果として今は傷一つない。
万全の身体で、機械的とすら言える迷いのなさで、捕食の本能のままに動き続けている。
両者の動きの精彩は、明確だった。
ここに趨勢は傾く。
ついに、カタがよろめき、白き獣の膝が地響きと共に地を打つ。
『GIGIGI!!』
そして【餓竜公】は自らと戦い続けた同種の敵の命を、ついに喰らわんとして……。
◆◆◆
■二〇四四年十一月 皇国辺境――とある辺境都市の防衛線
その日、その時。
<フルメタルウルヴス>は苦戦を強いられていた。
「オーナー! 敵の第……何波目か数え切れませんけど来ます!」
「クッ! 何なんだコイツらは……! <厳冬山脈>にこれほどの数がいたとでも……!」
「地竜の一種なのでしょうが……やはり異常に過ぎますね」
サブオーナーであるミレーユの言葉は、多くの<マスター>の共通認識だった。
<厳冬山脈>の方角から大挙して襲来した肉食恐竜など、それ以外にありえない。
しかし……地竜とは高等生物の一種だ。
人と敵対することは多いが、思慮深さもある。
しかし今、彼らの眼前で暴れ狂うモンスターにはそれがない。
狂ったような奔走を続け、手当たり次第に喰らおうとしている。
「何だとしても、ここから先には行かせん!!」
『イエッサー!』
彼の<エンブリオ>であるフェンリルが列車砲形態で砲撃を続ける。
ヘルダイン自身と携行式の砲で応戦し、他のメンバーもそれぞれに応戦する。
「怯むな! 押し返すぞ!」
「オーナー! 弾薬もMPももたねえしスキルのクールタイムも……!」
「単発高火力型の必殺スキルは一斉に使わずにパターンDで持ち回りだ! 相手のWAVEを弱めるために使うんだ!」
「STGのボムみたいなもんっすね! 了解!」
連携によって可能な限り隙を潰しながら、<フルメタルウルヴス>は戦い続けた。
……だが、相手の勢いは一向に緩まない。
消耗する人間に対し、無尽蔵のように押し寄せてくる餓竜。
このままでは押し切られてしまうだろう。
「……まだ、まだだ!」
損害が大きくなる前に撤退する選択もあったが、ヘルダインはそれを選ばない。
なぜなら、彼の背後には未だ避難の叶わない村落が……皇国のティアン達がいるからだ。
皇国の民のために、立ち続ける彼ら。
そんな彼らを嘲笑うかのように、餓竜の新たな群れが襲来し……
――直後、地平を薙ぐように走った光の帯……
「これは【黄水晶】の……! ジュバか!」
ヘルダインが光の発生源に目をやれば、彼もよく知る機械の蠍が尾部の砲塔を餓竜へと向けている。
それこそは【流姫】ジュバの駆る煌玉蟲。
皇王の依頼を受けて動き、この<餓竜事件>において最も多くの餓竜を倒した存在だ。
『わたしの担当範囲は殲滅完了したから……こっちに移った……。バフ……要るよね?』
「助かる……!」
いつしか空には第二の恒星……ジュバのタジボーグが浮遊していた。
地上へ降り注ぐ光……タジボーグの回復バフによって、底を突き掛けていた彼らのMPが回復していく。
<フルメタルウルヴス>の防衛線が、支援砲撃と魔力バフによって一気に立て直されていく。
『他も、大分減ってきてる。だから……このまま押し返すよ』
「承知した!!」
そしてジュバと連携した<フルメタルウルヴス>が、餓竜の群れを逆に追うように前進する。
そのような動きはここだけではない。
大本である【餓竜公】が餓竜の生産ではなく、自らの再生にリソースを取られ始めた。
それによって餓竜の個体数の拡大が止まり……膨大であるが有限の集団となった。
その機を、皇国の<マスター>達は見逃さない。
己の爪で餓竜を裂く<マスター>がいた。
地雷によって餓竜を吹き飛ばす<マスター>がいた。
自ら作ったモンスターで餓竜の群れを掃討し、素材を得る<マスター>がいた。
乞われて呼んだ悪魔で餓竜を殲滅し、自己顕示欲を満たす<マスター>がいた。
数え切れぬ餓竜に対し、数え切れぬ<マスター>が戦った。
それが、鍵。
災害の如き存在に抗う多くの意思が――存在しなかった勝機を生む。
◆◆◆
■二〇四四年十一月 皇国辺境
自らに迫る牙に、抗うようにカタは腕を振るった。
彼の右腕は【餓竜公】の牙で切り飛ばされ、カタの腕の牙は【餓竜公】の頬にかすり傷をつけただけだった。
だが、彼は見た。
今、この瞬間にそれは起きた。
『――GI?』
かすり傷が――
無数の餓竜によって、常に生命を喰らい続けて回復しているはずの【餓竜公】が。
それが意味するものが、皇国辺境の全てが食い尽くされたのではないのならば……答えは一つ。
皇国の<マスター>によって、他の餓竜が駆逐されたのだ。
『■■■……!』
今この瞬間しかないと、カタは動く。
形成した口で全身のアイテムボックスを噛み砕き、【鎮竜王】と【豊竜王】の遺骸の残りを全て喰らい、リソースを自己強化に回す。
『……! 【恐竜王】の遺骸入れたボックスは右腕に……』
最もステータス上昇が見込めるアイテムボックスの喪失に、ニーズが焦る。
だが、カタは動じず、構わない。
この機を逃さない。
『……? ……?』
リソースが枯渇して再生しないという現状。
生まれて一度もなかっただろう惨状に【餓竜公】は気を取られている。
『――■■■!!』
白き獣は強化したステータスで、臣下を失った暴君への最後の猛攻を仕掛ける。
困惑する暴君の首筋に喰らいつかんとする。
『!』
だが、【餓竜公】は咄嗟に反応し、体勢を僅かに逸らす。
カタの牙は【餓竜公】の右肩に食らいつき――お返しのように食い千切った。
その傷も、癒えることはない。
『GII……!』
ゆえに初めて、【餓竜公】の目に
そう、怒っているのだ。
リソースの海で千年の微睡みに封じられていた時よりも、今この時に怒っている。
自らが傷ついたままであるという事実に、自らの飢餓を満たすはずの臣下の消失に。
今この時、足りぬ足りぬと訴え続ける
『――GIAAAAASS!!』
ゆえに、本能を超えた狂気で【餓竜公】は動く。
その身を赤熱させ、
それは、《竜王気》。竜王ならざる身でありながら、【餓竜公】はそれを纏う。
だが、おかしくはない。
最も【地竜王】に近いモンスター、それこそが【餓竜公】なのだから。
『GAAAA!!』
『■■■ッ!!』
暴威を増した【餓竜公】がカタに襲い掛かり、カタも応戦する。
共に右腕を欠いた怪物達が、自らの牙で以て相手の喉笛を食い千切らんとする。
共に再生に回すリソースはなく、先に相手の命を喰らった方が傷を癒やして永らえる。
そんな最後の攻防を制したのは――。
『――GIAAAOOO!!』
――【餓竜公】。
自らに喰らいつこうとしたカタに対し、《
そして白き獣の無防備な喉笛に、最も鋭く餓えた牙を喰い込ませる。
これで勝負は決まりだ、と【餓竜公】の目が嗤い――。
『――GI?』
――歯応えの違和感に、笑みが止まる。
【餓竜公】は餓えていたのだろう。
生まれてから、今が最も餓えていた。
だから、冷静ではなかった。
理性なき怪物が、理性の代わりであった本能以上の何かに突き動かされた。
飢餓ゆえに怒りという狂気に飲まれた。
だから、忘れたのだ。
――白き獣に喰らいついた餓竜がどうなったかを。
『――――』
喉笛に噛みつかれたカタに、言葉はない。
否、言葉を発するための器官が今はない。
喉に代わって――顎が形成されている。
新たな牙は、【餓竜公】の牙と噛み合っている。
喰らいついた相手を喰らい返す、
そして牙の比べ合いならば――。
『――――《
――――ニーズヘッグに勝るものなし。
相手の牙を噛み砕きながら、カタの牙が【餓竜公】の頭部を食い千切った。
断たれた頭部から血が噴き出し、荒野が赤色に染まる。
その血が……餓竜に変わることはない。
『……………………』
そして頭部を喪った身体がそれを再生することもなく……【餓竜公】は光の塵に還った。
皇国を襲った二つの災害の一つ、<餓竜事件>の終結だった。
◆◆◆
■<餓竜事件>終結翌日
【餓竜公】を倒した後、カタの姿は再びウルファリアのいた村の跡地にあった。
「…………」
戦いを終えた彼は、勝利の証として特典武具の大皿を得ていた。
恐らく彼がこれを手に入れたと知る者は少ないだろう。多くの<マスター>が餓竜と戦ったが、【餓竜公】と戦ったのは彼しかいないのだから。
「おつかれさまでした」
だから、彼にそう労いの言葉を掛けるのはそれを知る者。
彼をあの戦場に導いた……モヒカン・エリートを名乗る男だった。
「…………」
ニーズが不審そうに目を向ける。
殺してからもう三日も経っていただろうか、と。
カタの方は、喰い殺したことすら忘れているため、気にしていない。
「これで無事、事件は解決。
言外に『これまで沢山犠牲者が出ました』と言いながら、エリートは手を打つ。
「けれど、あなたも本当は分かっているでしょう? どうして、あなたがアレに勝ち、自らの罪の一端を清算できたかは、ね」
「…………」
分かっている。理解している。
【餓竜公】を再生していた餓竜が尽きたからだ。
そして餓竜を殺し尽くしたのはカタではなく……皇国の<マスター>達に他ならない。
「積み重ねた犠牲者。勝利への助力。皇国への
「……それで、次は何をしろって?」
「話が早い。内戦終了後の皇国は荒れそうですからね。そこがあなたの
要するに、小規模だが今回のように皇国のために働けということだろう。
「……結局さ、君は誰なの? 何が目的のどこの誰?」
「おや、私が誰かを気にする余裕は出たようで。まぁ、誰かと言われれば……
エリートはロールしながら冗談めかして――しかし本心を口にしつつ――笑う。
「…………」
カタは笑わない。
だが、今はもうそれでいいかと考えている。
結局のところ、負い目がウルに起因するなどと言われれば、カタは無視できないのだから。
そして一つの贖罪が終わろうと、生きていなければならないのがカタだ。死んだように息をするだけの存在であるより、贖罪紛いのことをしていた方がマシだろう。
あるいはそうして心に蓋をしながら生きていれば、いつかは……心にぽっかりと空いた大穴を、食べても食べても埋まらないだろう大穴を……埋められるかもしれない。忘れられるのかもしれない。
「じゃあ行きやしょう。そろそろ皇国の内戦も終わりやすからね。仕事は多いでやんすよ」
「……ああ」
流されるように……カタはモヒカン・エリートを名乗る男についていく。
そんなカタに対し、ニーズも少し悩みながら……エリートに煽られる前よりはマシかと諦める。
そうして、三人で村の跡地から去ろうとしたとき……。
「…………あぁ」
カタはふと思いついて、懐に手を差し入れる。
取り出したのは……指輪の入った小箱。
ウルへのお土産で、もう二度と渡せなくなってしまった……愛の形。
「…………」
カタは小箱を雪の上にソッと置き、静かに雪を被せた。
そして踵を返し、二度と振り返らずに……村を去って行った。
◆◆◆
取り返しの失敗をしながらも生きなければならない男はその後も皇国で生きた。
実力者として皇国のために自らの力を使いながら、長い時間で自らの傷を癒やすように、忘れるように、心に蓋をして生き続けた。
やがて彼がかつてのように、自分と<エンブリオ>と本能のみで生きられるようになった頃。
――あの餓竜事件において、私やジュバと同様に人々を護ったお前を信頼している。
心の蓋は、あの日に自分を助けてくれた誰かの一人によって抉じ開けられた。
信頼に満ちた言葉自体が、罪悪感とかつての過ちを思い出させた。
だからもう、蓋はできない。忘れられない。
地竜王統が山を出て『犯人捜し』を始めた気配も含め、もうこのままではいられない。
だから彼は、<砦>の攻略を皇国での最後の
その地で、何を
To be continued
○【餓竜公】
(=ↀωↀ=)<広域制圧型<神話級UBM>
(=ↀωↀ=)<素材が自身の血肉なこと以外は【エデルバルサ】の上位互換
(=ↀωↀ=)<カタにほぼ勝っていたが
(=ↀωↀ=)<皇国の動ける<マスター>全員とレイドバトルやって負けた
(=ↀωↀ=)<数の暴力VS数の暴力
(=ↀωↀ=)<ちなみにフランクリンは素材サンプル集め目的で
(=ↀωↀ=)<閣下は「あ。これは流石にやばい」と遅れて気づいた大貴族に頼まれたのです
(=ↀωↀ=)<ちなみにこの貴族は比較的健全な運営してた上に目端が利く方だったので
(=ↀωↀ=)<内戦の途中から皇王に寝返りました
○もしも放っておいたら
(=ↀωↀ=)<皇国に収まらない騒ぎになってました
(=ↀωↀ=)<【餓竜公】は生まれてすぐに千年以上封印された成長途中個体だったので
(=ↀωↀ=)<放っておけば<SUBM>か<イレギュラー>当確だったのです
( ̄(エ) ̄)<……月刊世界の危機クマ
(=ↀωↀ=)<週刊じゃないだけマシじゃない?
○カタ
(=ↀωↀ=)<心という器に大穴空いた<マスター>
(=ↀωↀ=)<皇国の
(=ↀωↀ=)<そのまま全てを忘れさせてくれるような展開にはならなかった
(=ↀωↀ=)<何割かはパレードのせい
○ニーズヘッグ
(=ↀωↀ=)<進化キャンセルのためにセルフ縛りプレイしているメイデン
(=ↀωↀ=)<ぶっちゃけ運営の想定外だしありえない前提のせいでルークの能力推理もズレてる
○モヒカン・エリート
(=ↀωↀ=)<善良な皇国<マスター>
(=ↀωↀ=)<いや本当に
(=ↀωↀ=)<情報蒐集メインなので普段は真面目に活動しています
(=ↀωↀ=)<ケイデンスが真面目に航空会社してたのと同じような感じですね
(=ↀωↀ=)<表向きは所属国家のために頑張るスパイの鑑
(=ↀωↀ=)<で、活動するうえで戦力として相方欲しかったのもあって
(=ↀωↀ=)<コントロール
○カグヤ
(=ↀωↀ=)<訳知りメイデン
(=ↀωↀ=)<訳知り過ぎてあまり出ない
(=ↀωↀ=)<……前振りしたの四章だからもう何年前なのかな
(=ↀωↀ=)<ちなみに三日目に月夜がやってるあれこれはカグヤ情報踏まえた行動です
(=`ω´=)<♪~
○半物質半情報共生体
(=ↀωↀ=)<詳細は後々。……というか僕ら時代の話なので大分後になると思います
(=ↀωↀ=)<ちなみに半物質半情報
○餓竜事件
(=ↀωↀ=)<これにて過去編は終了となります
(=ↀωↀ=)<次回から王国<砦>編クライマックス突入
( ꒪|勅|꒪)<ところで何でこの話本編でやったんダ?
( ꒪|勅|꒪)<終わってみるとかなりAEっぽくねーカ?
(=ↀωↀ=)<カタとニーズヘッグが
(=ↀωↀ=)<次からのクライマックスがスタートできないのです
( ꒪|勅|꒪)<……アー、つまりそういうことカ
(=ↀωↀ=)<そういうこと
(=ↀωↀ=)<ぶっちゃけ作者も餓竜事件は三日目やる前にAEでやりたかったけど
(=ↀωↀ=)<「丸一年蒼白&ESやった後に本編じゃなくてAEやるのもな……」
(=ↀωↀ=)<と思ったので本編入ってから本編の途中に挿しました
(=ↀωↀ=)<「まずは久しぶりにWEBでレイ君出しとかないとね!」ってなったのです
(=ↀωↀ=)<なので書籍にするときは多分色々変わる
(=ↀωↀ=)<書籍と言えば21巻の挿絵レース確定しましたが
(=ↀωↀ=)<多分新規キャラデザ三名は正答率0%だと思う
( ꒪|勅|꒪)<誰が挿絵貰ったんだヨ……
(=ↀωↀ=)<それは追々
(=ↀωↀ=)<あ。僕と迅羽はないよ
( ꒪|勅|꒪)<知ってタ