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拾話 餓竜事件④ 罪の形

(=ↀωↀ=)<前話との間にAEを二話分更新しております


(=ↀωↀ=)<そちらもご覧いただけると幸いです

 ■二〇四四年十一月


 【餓竜公 スターヴ(飢餓を)ランチ(放つモノ)】。

 餓竜にして臥龍は長き雌伏の時を経て、ここに至福の時間を迎える。

 行先は凍てつく山々ではなく、地平線の先まで続く荒野。

 多くの好物(人間)を載せた、至上の皿である。

 そして【餓竜公】は最初のメニュー……皇国東方の辺境都市に目をつけ、食事を始める。


 ◆


 その日、皇国の民は二つの恐怖を知った。

 一つ目は、内戦の勃発。

 身内殺しの血の戴冠によって皇王の座に就いた新たな皇王に有力貴族が異を唱え、自らの指揮下にある戦力によってクーデターを起こした。

 皇国人同士の血で血を洗う戦いに、民は怯えた。


 二つ目は、餓竜と呼ばれる生物災害。

 何処からか皇国辺境に出現したそれは、手当たり次第に都市を食い尽くした。

 まるで蝗害の如き勢いでありながら、農作物ではなく人を喰う大災害。

 各国を襲った<SUBM>を思わせるその脅威――実際に初期は皇国に襲来した<SUBM>と誤認されていた――は凄まじい。対処しなければ国は滅ぶだろう。


 だが、国の戦力は動かない。

 貴族達は内戦という権力闘争を、皇国の民の生存闘争よりも上に置いた。

 皇王はジュバなど親交ある<マスター>に対応を依頼したが、最強戦力の【獣王】と最多戦力の【無将軍】は貴族達との防衛戦に投入せざるを得なかった。

 相手側に特務兵や<超級>がおり、最低でもその二人を抱えていなければ自分の敗戦が確実だったからだ。そうなれば元も子もなくなる。

 結果として、餓竜という恐るべき脅威に対し、皇国は駒をいくつも落として挑まざるを得なかった。

 <フルメタルウルヴス>などの有志が防衛に従事していたが、迫る餓竜を迎撃することで手一杯であり、本丸である【餓竜公】にまでは手が届かない。

 内戦と餓竜。解決の目処が立たない二つの恐怖が皇国を苛んだ。


 そんな中、一方の原因(・・)である人物の姿は……皇国の辺境より彼方にあった。


 ◆


 <厳冬山脈>の山中にあった小さな村の跡。

 今はもう全てが雪に埋もれた地に、カタの姿があった。


「…………」


 彼は自らの手で雪を掻き、凍傷に掛かりながらも、何かを掘り起こそうとしていた。

 彼が探しているのは、彼が愛した少女の家。

 そこに残された思い出の残り香を求めて、それ以外にすることが何も分からなくて、ずっとそうしている。

 時折、村人の死体を掘り当てては、遺体用のアイテムボックスに放り込んでいる。


「…………」


 そんな作業を繰り返すカタの目は、掘り起こした死体以上に死んでいる。

 しかし彼は、死ぬことを許されていない。

 だから生きて、動き続けている。


「…………」


 そんな彼の傍らにはニーズが寄り添い、しかし何も言えずにいる。

 掛ける言葉が見つからないからだ。

 もはや彼には何もない。

 そのことを、誰よりも理解できてしまうのがニーズヘッグ(<エンブリオ>)なのだ。

 管理AIの精神保護も、<マスター>自身の内より生じた心にまで手は出せない。

 生きながらにして、心が死んでいる。


「……ぁ」


 やがて、糸が切れたようにカタの手が止まる。

 肉体の限界か、それとも身体を動かす最低限の意思すら尽きたのか。


「…………」


 吹雪に閉ざされた……今はもうあの温かい日々が見る影もない空を仰ぐ。

 このまま何もかも忘れ、死んだ心に蓋をして、埋葬してしまおうか。

 カタの本能そのものがそれを選択しようとしたとき……。


「やれやれ、まだこんなところにいたでやんすか」


 いつの間にか、彼の隣に立って声を掛ける男がいた。

 特徴的な髪形とゴーグルをしたパンクファッションの男だった。


「…………ぁ」


 悪ふざけのようにしか思えない様相の彼を、カタは知っている。

 モヒカン・エリート。二の山の村で、自身の通った村と同様に……自分のせいで滅んでしまっただろう村で出会った男だ。


「こっちは大変だったでやんすよ。アンタの動きを観測(・・)してたら、あちこちぶっ壊れちまったんですから。ティアンも大勢死にやした」

「……ぅ……」


 それはきっと……カタが愛した少女と同じ名前の少女もだろう。

 ならば、彼女と交流があっただろう彼が、カタの下を訪れた理由は……。


「俺に、復讐に来たの……?」

「…………」


 カタの声には悔いと罪悪感と、ほんの僅かな期待があった。

 贖えない罪を、少しでも裁いて軽くしてくれる人物が現れたのではないか、と。


「――甘えないでください」


 だが、エリートはそれまでと口調をガラリと変えてそう切り捨てた。


「自らの行いを罪と認識しているのなら、それは受動的な罰で済まされるものではないでしょう」


 見た目とそぐわない口調で、エリートは諭す。


「そもそも、そこまで思い詰めているあなたが自裁していないことが意外なくらいです。少なくとも、かの【剣王】のように<Infinite Dendrogram>から去るかと思っていました」

「…………それはできない」


 『どうして自殺や引退をしてないんだ?』と煽りでもなく疑問としてエリートは尋ねるが、カタはその言葉に首を振る。


「ウルの手紙に、あったんだ。生き続けてほしい、って」


 彼女がいたこの世界で、彼女を忘れずに、彼女の分まで。


「それがウルの……最後の願い(呪い)だから……」


 だから、身体は死ねない。

 死んだような心で彷徨っている。


「…………」


 死んだ目で話すカタを、エリートはジッと観察(・・)する。

 やがて得心がいったように、「なるほど」と零した。


「分かりました。あなたの中では、ウルファリア(彼女)比重(・・)が重すぎたんですね」


 エリートはまるで研究者か医者のように、そう述べる。


私達で調べた(・・・・・・)あなたの来歴を見れば分かる。あなたの中で大切と言えるものは自分と<エンブリオ>と食事しかなかった」

「…………」

「あなたはリアルにないものを求めてここに来た世界派だった。私の知人に同じタイプがいるからよく分かります。恐らくですが、リアルでは消化器官か味覚に問題を抱えているのでは? だからこそ、初期のあなたは食事を楽しみ、メイデンもまたそれを助けるカタチに成長した」


 捕食対象の拡大。

 何も食べられない彼にとっては、この世界に来たことそのものが……。


「あなたは食事を楽しむだけのエンジョイ勢だった。ですが、あなたはリアルでは叶わない食事よりもなお得難く、自身や半身より比重の重い存在を得てしまった。そう、愛する唯一人の相手を」


 それが誰かは、言うまでもない。


「…………」


 俯くカタの傍で、ニーズが表情を歪める。

 それはカタ以上に、ニーズが自覚していたことだからだ。


「だからこそ、彼女が失われた瞬間のあなたは暴走した。後も先もなく、何よりも大切なものが消えてしまった喪失感。その原因に、何を代償としても噛み付かずにはいられなかった」


 彼女を喪ってしまった自身の心のための復讐。

 そうして復讐を終え、何もかもなくなって、茫然自失となり……その後に自分のしでかした(・・・・・)ことの結果を見た。


「復讐の末、あなたは悲しみ絶望した。それは自らの行いによって多くのティアンが死んでしまったから……じゃない(・・・・)


 エリートは首を振り、カタを指差す。


「自らの行いで、最も大切な女性の死を無駄死に(・・・・)にしてしまったためだ」

「…………!」


 その言葉は、既に死んでいるはずの、死んだと思っていたはずのカタの心に刺さる。

 そう。カタはあの村のティアンの死を、滅びを、それ自体は何とも思っていなかった。

 多少の関わりがあっても、それだけならば受け入れ、あるいは受け流しただろう。


 カタが絶望したのは――ウルファリアの死の意味を失くしたことだけだ。

 彼女が命を擲ってまで守ろうとした何もかもを、自分がぶち壊したと知ったからだ。


「あなたの動機は一から十まで『ウルファリア』だ。あらゆる面で囚われている。今ログインしたままそうしているのも、もはやいなくなってしまった彼女の最期の言葉に縋っているからでしょう。願いや呪い以前に、もう彼女にまつわるものがそれしかない(・・・・・・)からです。彼女の生前も死後も、彼女以外に価値基準がない。いや、なくなってしまった……というべきですか」

「……っ」


 エリートは分析結果を述べる学者のようにそう述べる。

 対してカタ自身は微かに呼吸を荒くし、傍らのニーズはエリートを睨む。


「……随分と好き放題に言ってくれるじゃない。アナタ、学者か何か?」

「医者ですよ。精神神経科のね」


 エリートはゴーグルを眼鏡のように押し上げながら、ニーズの視線に臆することなく答える。


「病状……というのはやめましょうか。あなたの心の置き場は分かりました。それで、これからどうするんです? ここで世界の終わりまで雪を掘っていますか? 無益ですがね」

「だったら……どうしろって言うんだ」


 僅かな苛立ちが、死んでいたはずの心に灯る。

 彼の在り方を、彼女が何よりも大事だったことそのものを、否定された気がして。

 だが、エリートはその視線にも退かず、切り出す。


「私が言いたいのは、『そんなに大切なら最後まで彼女への責任を取れ』ということです」


 そう言って、エリートはカタに一枚の地図と、それに添付した航空写真(・・・・)を放り投げた。

 地図には特定の地点にマーキングがされ、添付された写真は……地竜に似たモンスターのものだ。


「あなたが殺した竜王達が、ウルファリアを生贄にして封じていた存在です」

「…………!」

「【餓竜公 スターヴ・ランチ】。五つの村を贄として封じられ続けた怪物。解き放たれたこの怪物によって、皇国は危機に瀕している。かの<SUBM>にも近い脅威ですから、場合によっては皇国どころか世界も危うい」


 ありえない話ではない。

 【餓竜公】は餓竜達よりリソースを得ては、配下の餓竜を増やし続けている。

 かつて皇国と王国の国境に現れた神話級……【エデルバルサ】以上の脅威だ。

 やがては広域殲滅型でも殲滅困難な物量となり、この大陸の人間全てを喰い殺すだろう。


「しかし我々が算定した結果、あなたなら勝算があります。倒してください」

「……でも、俺は……」


 カタは、躊躇いを見せた。

 その理由は一種のトラウマだろう。

 自身が戦った結果、彼女の死を無駄死にしした。

 それ自体が、心の鎖となって動きを封じている。


「おや、いいのですか?」


 だが、そんな彼の内心を分かっていないかのように――見せかけて――エリートは言う。


「封印が解けたのはあなたのせいですが、あなたがそうしたのはウルファリアが原因です」

「……!」

「そも、ウルファリアがあなたと出会い、あなたの大切なものになっていなければ起きえなかった出来事でしょう」


 『出会ったことが間違いだった』と、カタ自身が思ってしまった一事。

 だが、なぜか……他者の口から出たその事実は、受け入れ難かった。


「それは……」

「彼女を発端とした事件は拡大を続けて、やがては世界を飲む」


 ゆえにカタは抗弁しようとするが、エリートはそれを意に介さないように――見せかけて――言葉を続ける。

 決定的な、一言を。



「――このまま世界が滅んだら彼女のせい(・・・・・)ですね」

「――――」



 それは、カタが無視できない言葉。

 ウルファリアという存在に何よりも重きを置いていたがゆえに、看過できない。

 沈み込み、死んでいた心に、暗い熱が灯る。


「ここまで既に積み重なった犠牲者も、ウルファリアとしての役目を果たせなかった彼女の……」


 エリートはなおも煽るように言葉を続けて……それ以上は何も言えなかった。


 言葉を発する頭部が――ニーズと融合したカタの右腕に食い千切られていたからだ。


 その攻撃自体は、無意識だった。

 既にカタの思考はエリートには、ない。

 自身のやるべきことを、理解させられていたから。


「…………」


 そしてカタは無言のまま、ニーズと共に何処かを目指して歩き始めた。

 その手には、エリートが放った地図が握られている。


 ◆


 カタが村の跡地を去って数分。

 現場には、雪に埋もれた死体だけが残されていた。

 不可思議なことに光の塵になることもなく、死体は消えない。

 やがて……。


「……やれやれ、予想以上の反応ですね」


 吹雪に紛れ、それまでとは違う声が流れる。

 その人物は頭部を失った死体の傍に立ち、自らの左手を掲げる。


「戻れ、ペルソナ」


 直後、死体はその人物の左手の甲……『仮面』の紋章の中に吸い込まれた。


「……マイペースどころか、特定の事柄に対してだけ恐ろしく沸点が低く暴走傾向。絶対に失いたくないものへの飢餓、とでも言うべきでしょうか。彼自身の動向のコントロールはしやすいかもしれませんが……効きすぎる。多少の挑発でここまで奮起するなら、今後付き合うときはウルファリアについては禁句ですね」


 その人物は死体になった男とはまるで違う容姿だが、同じ言葉遣いだった。


「とはいえ、火はつけました。あとは彼の働き次第です」


 そう述べて、手元に握り込んだ機械……録音装置のようなもののスイッチに触れる。


「音声記録終了。続きは、彼と【餓竜公】の戦いを観測しながらとなりますよ……ISBN(オーナー)


 ◆◆◆


 ■二〇四四年十一月 皇国辺境


 その日、その時。

 【餓竜公】は皇国辺境を進軍(・・)していた。

 【餓竜公】の周囲には万を優に超える餓竜が並走している。正に進軍というのが相応しい光景。

 餓竜らは【餓竜公】と歩調を合わせて動き続け、やがては餓死して、他の餓竜に喰われ、また新たな餓竜が【餓竜公】から零れ落ちる。

 生と死の循環が、彼らの間だけで完結している。

 しかし、それはこの軍団の全てではないのだ。

 ここにいるのは、餓竜全体の一割程度に過ぎない。

 残りの九割……十万を超える餓竜は此処にはいない。

 此処にいる個体も一定数を超えるたびに分遣隊として散っていくのだ。


 その度に……新たな餓竜の群れが皇国を襲う。


 皇国の辺境にはいくつもの村々があった。

 少しでも作物の採れる土地を、と各地を開拓する者達の村が。

 それらの村はその地に生息するモンスターを退けられる程度の力はあった。

 だが、それは……突如として雲霞の如く雪崩れ込んだ餓竜に抗しうるほどではない。

 幾つもの村々が、そこに生きた命が、餓竜の胃袋に消えていく。

そのようにして餓竜は皇国辺境に散り、村々を襲ってはそのリソースを【餓竜公】に捧げ、また新たな餓竜を生み出す源となる。

 次から次へと盛りつけられる命の晩餐。

 長きに亘る節制(・・)から解放された【餓竜公】は自らの舌を、リソースを溜め込む身体を満たしていく。

 だが、それが終わることはない。

 満ち足りることを知らぬ飢餓の怪物。

 理性なき【地竜王】と言える存在が、【餓竜公】なのだ。


 悪夢の連鎖は、【餓竜公】が倒されない限りは終わらない。

 だが、人は【餓竜公】を倒せない。届かない。

 折悪しく、この国では人と人が争っている。共通の敵に対して一致団結することが望めないくらいに、今のこの国はバラバラだ。

 数多の<マスター>は戦場か、あるいは辺境の村々を護るために動いている。

 それら以外に動く者はいたが、餓竜の根源を見つけられる者は少なく、餓竜の壁を超えて辿り着けた者はいない。

 それほどに、【餓竜公】の数の暴力は致命的だ。

 この時点の【魔将軍】や【大教授】が挑んでも、単独では押し負けると予測されるほどに。

 そして西方最強の【獣王】は、友を護るために動けない。

 ならば、【餓竜公】の脅威に打つ手はないのか。

 このまま徒に時を消費し、拡大するのを座視するしかないのか。


 ――否。

 ――進軍する餓竜の先には、一人の男が立っている。


『GIGIGIGIGI!!』


 新たな獲物を見つけた餓竜は一心不乱に駆けていく。

 相手が何かなど関係ない。

 自分達の創造主や生きた同類でない限り、餓竜にとっては全ての命は捕食対象。人間であればなお良し、程度の差だ。

 瞬く間に、餓竜と男の距離は縮まっていた。

 数えるのもバカらしいほどに数を増した餓竜の群れ。

 数え切れぬ……一人の男(・・・・)の罪の具現化。

 それは罰を与えるように一斉に男へと食らいつき、



『――始めよう(終わらせよう)

 巨大な白き獣へと変じた男――カタによって逆に食い尽くされる。



 命を喰らうはずの竜モドキは、獣の全身の口で逆に喰らわれて腹を満たす。

 強化に、再生に、あるいはこの戦いで使うためのリソースに昇華される。


『…………』


 その光景を見た【餓竜公】は理解する。

 眼前の相手もまた自らと同じ捕食者。

 そして鼻が捉えた臭いは、【餓竜公】が封じられた地で嗅いだ覚えがある。


『GIGI……』


 ならばこれは必然だと【餓竜公】は理解する。

 喰い続けていけば、いずれは幾度もぶつかるだろうと本能が理解していた壁の一つ。

 己のように実ではなく、【地竜王()】の胎から生まれた血統こそが最初の壁と想定していたが、違ったところで何も問題はない。

 何であろうと立ちはだかったものは全て喰らい、糧とし、喰らい続ける。

 それが【餓竜公】という存在なのだから。


『『――――』』


 【喰王】と【餓竜公】。

 喰らうもの達は見るもののいない荒野で向かい合い、そして……。



『――■■■■■■ッッ!』

『――GAGAAAAッ!』

 ――激突する。



 To be continued

(=ↀωↀ=)<この後の22:00か23:00に連続更新


( ꒪|勅|꒪)<何で二択なんだヨ


(=ↀωↀ=)<まだチェック終わってないのでー



○モヒカン・エリート(偽名)


(=ↀωↀ=)<“知識欲”ISBNの配下、<史折(ブックマーク)>の一人


(=ↀωↀ=)<自分で航空会社立ち上げて色々やってるケイデンスと違い


(=ↀωↀ=)<色んな場所に潜り込んで知識集めするタイプ


(=ↀωↀ=)<ちなみにISBNは<デザイア>ですが


(=ↀωↀ=)<それとは別に知識目当てでとある陣営ともつるんでる

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