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拾話 餓竜事件③ 白き魔獣

(=ↀωↀ=)<不意打ち連続更新で本日二話目


(=ↀωↀ=)<まだの方は前話から


(=ↀωↀ=)<何とか今日中に間に合わせたくて23時にはぎりぎりセーフ


(=ↀωↀ=)<前話とこの話で合わせて3~4話分


(=ↀωↀ=)<……ストック枯れたので次回更新なかったらお察しください

 □■<厳冬山脈>・地下空洞


『『『――■■■■■■ッ!!』』』


 地下空洞に、魔獣の咆哮が木霊する。

 傷だらけの白き体皮に生じた無数の顎の全てが、自らの殺意を吼え猛る。

 その尋常ならざる異形に、三体の竜王は最大の注意を払う。

 しかし逆に、魔獣に続いてこの地下空洞に雪崩れ込んだ地竜達は動き出した。

 自分達の警備を破られてここまでの侵入を許してしまったこと、相手が傷だらけの死に体であること。

 そして、これまでただの一度も攻撃らしい攻撃をしてこなかったゆえに、地竜達は魔獣を侮っていたこともある。

 だが、それは魔獣(カタ)が未来を考えていたが故のこと。


 ――今の魔獣に、未来を視る心などない。


 視えているのは過去の悲哀と今の憎悪。

 ゆえに一切の呵責なく、自身に近づいた地竜達を鏖殺した。

 何をすることもない。

 万物を噛み砕く牙を立てて、巨体を振り回せば、有象無象は食い千切られて死ぬ。

 魔獣は牙持つ嵐となって吹き荒れ、地竜の血肉をバラまいていく。


『下がれ! お前達の相手取れる存在ではない!!』


 【恐竜王】が命を下し、地竜達が地下空洞から脱出しようとする。


 ――それを逃がす優しさも甘さも魔獣には既に亡い。


 意味のある思考を今の魔獣(カタ)が可能であるかは不明だが、過去を視る心には一つの思いがある。


 ――こいつら(地竜)が邪魔をしなければ間に合ったかもしれない、と。


 ゆえに、逃がすことはない。

 地面を砕くSTR式移動と時間加速のAGI式移動を併用し、魔獣は弾丸の如く跳ねる。

 軌道上にいた地竜達が抉られて、絶命していく。

 脱出のための道が、処刑台へと早変わり。


『■■■……』


 魔獣は地上へと繋がる唯一の道に陣取り、恐怖を煽るように一つの口で喉を鳴らす。

 それ以外の全ての口は、地竜の肉を咀嚼している。

 地竜にとっての死が、絶望が、獣の形でそこに立つ。

 その威容は、三体の竜王にすら一抹の不安を抱かせる。


『……恐ろしい。まるで【餓竜公】じゃ』

『【恐竜王(サウロヴェリオ)】殿、これは……!』

『何という怪物……。だが、怪物でありながら……人間範疇外生物(モンスター)ではない』


 白き魔獣の頭上には銘がない。

 それが意味することを、【恐竜王】は理解していた。


(人間? もしや<マスター>か……!? だが、だとしてもなぜ……まさか!)


 魔獣がこの場に現れた際に発した名前と、その後の反応の変化で一つの事実を察する。

 だが、【恐竜王】が魔獣について一つの答えを得たとき、【豊竜王】もあることに気づく。


『……? これは、どうなっておる』

『どうなされました、【豊竜王(トータルム)】殿?』

『……消えておらぬ』


 【鎮竜王】に真名で問われ、【豊竜王】は自身の気付いた事実を口にする。

 その事実とは……。


『――【地竜王】の配下の死体が消えておらぬのよ』

 ――魔獣の犠牲者達の亡骸そのもの


 頭を、首を、心臓を、腸を、食いちぎられて絶命したはずの地竜達の死体が遺っている。

 それは、あり得ない。モンスターは、死ねば光の塵となる。

 二〇〇〇年前に“化身”が敷いた新たなルールにより、その身を構成していたリソースは経験値となり、アイテムとなり、自然魔力となって世界に還る。

 だというのに、今死んだ地竜達の遺骸は遺り続けている。

 まるで【餓竜】の死体のように。


『『『■■■ッ!』』』


 疾走する白き魔獣が、地に落ちた地竜の遺骸を広げた顎で片っ端から喰らって回る。

 喰らう度に、喰らうほどに、白き魔獣の傷は癒え、疾走は加速し、体躯が肥大化する。

 素材アイテム……モンスターの遺した残骸を捕食するよりも遥かに劇的な効果。

 そう、これらの現象を起こしたのもまた魔獣――ニーズヘッグである。


 ニーズヘッグの特性は捕食範囲の拡大とリソース貯蔵。

 その必殺スキルである《黄泉竈食(ニーズヘッグ)》の効果は、『捕食対象のリソース完全吸収』。

 必殺スキル発動中に殺されたもののリソースは自然界に還ることすらなく、完全遺骸となって残り、捕食を経て全て吸収される。


 黄泉の国(根の国)の食物を食らうことを黄泉竈食(よもつへぐい)と言う。

 そして、ニーズヘッグとは北欧神話における根を喰らうもの。

 黄泉の国(根の国)そのものを、全ての死を食らって糧とする。

 それがニーズヘッグという<エンブリオ>の必殺スキル。


『■■■■……』


 数多の地竜のリソースを喰らい、全てを腹に収めたとき……魔獣の力はここに現れたときとは比較にならないほど爆発的に膨れていた。

 ステータスも再生強度も、それはもはや準<超級>の域すらも逸脱し……。


【感情トリガー:作動――確認】

【必要リソース:閾値――――】


『…………』


 百体目の地竜を喰らったタイミングで、ニーズは自身の内側で動き出した機能を察する。


(……今はダメね)


 だが、自らの意思でそれにブレーキを掛ける。

 自らの特性によって体内のリソースをコントロールし、動き出した機能から遮断する。


【必要リソース:閾値――――未達】


 そうしてニーズヘッグの中で動き出した機能は、一時の眠りについた。

 ニーズがその操作をする間に、状況はさらに動く。


『待たれよ!』


 生き残りの地竜を喰らい尽くそうと動く魔獣の前に、【恐竜王】が立ちはだかる。

 全身から《竜王気》を漲らせ、地竜でも屈指の屈強な体を奮い立たせる。


『落ち着け!! マスターよ!!』


 しかし【恐竜王】はその身の爪牙による攻撃ではなく、まずは言葉を発する。

 自らの同胞を喰い殺されながらも、それでもこの場を収めるための……システムそのものの危機を避けるために最善の選択をせんとする。


『お前はあのウルファリアと関わり深き者なのだろう! 怒りと憎悪は理解できる! だが、納得していただきたい! ウルファリア達は必要な犠牲(・・・・・)なのだ!


『…………』


 【恐竜王】の発した言葉に、魔獣の動きが止まる。


『我らが欠ければ、ウルファリアを捧げねば、封印が綻ぶ! 恐ろしい事態になる! 世界が滅びかねんのだ!!』

『…………』


 竜王の発言は正しいのかもしれない。


 ――私は未来を繋ぐために生まれて、送られる……正しい生贄です。


 他ならぬウルの遺した言葉にもそう書かれていた。

 竜王達は本当に世界のために、人間を護り、育て、殺しているのかもしれない。

 その正しさを、天秤の傾きを第三者が見れば、竜王達に賛同するかもしれない。


『彼女はこの山々の平和のために、その身を捧げた! 死者は還らない! だからこそ、死者の意思を尊重してくれ!!』


 正しいように聞こえる。

 復讐などしても得るものはなく、むしろ更なる悲劇の引鉄になる。

 これほどまでにそれが顕著な事態はない。

 道理で言えば、失うばかりの虚しい行為はやめるべきだ。


『――――■■■■(知るかよ)

 ――――だが、カタは止まらない。


 彼の天秤は……彼の最も大切でかけがえのないものは既にない。

 たとえ世界が滅んでも彼が止まる理由にはならない。

 虫食いだらけになった彼の思考は、悲哀と憎悪で満ちている。

 過去と未来のあらゆる全てが胸に空いた底無しの穴に落ちていく。

 道理など、今の彼の心からは消え失せている。

 それは飢餓の極限にも似た、理性と知性を喪失した本能の暴走。

 肉体の餓えを上回る心の餓えが、彼を獣へと変えていた。

 ゆえに、最大の仇である竜王達へとその牙を剥ける。


『くっ……! もはや言葉を交わすことすら……』

『下がってください【恐竜王】殿! 私が止めます!』

『【鎮竜王(レクイエ)】!』


 自身に振るわれた牙持つ腕を【恐竜王】が辛うじて回避したとき、後方に控えていた【鎮竜王】が動く。


『コォォォォオ!!』


 【鎮竜王】が触腕の先の鐘を鳴らし、呼気と共に自らの《竜王気》――赤ではなく青色のオーラを魔獣に浴びせかける。

 【鎮竜王 ドラグアレイ】はエネルギーを抑え込むことに特化した竜王。

 その対象は吹雪く風などに限らず、生物の精神にも干渉可能。

 怒りを鎮める(アレイ)の名のままに、荒ぶる精神を抑え込まんとする。

 精神の動きを抑え込んでしまえば、肉体もまた動けない。

 荒れ狂い、暴走する魔獣でも……最大出力ならば短時間は止められると踏んだ。


『――――』

 それは正しく、魔獣の動きが止まる。


『今です! 【恐竜王】殿!』


 <マスター>には、精神保護がある。

 【魅了】などで肉体を操られるとしても、思考は影響を受けない。

 今回も、カタの精神までは影響を受けず、鎮まってなどいない。

 それでも、【鎮竜王】の効果で怒りのままに動かされる身体は怒れるカタの精神との繋がりを断たれ、その動きを静止した。


『……すまぬ!』


 その間隙を突くように、【恐竜王】が全力の突撃を敢行し、



『――――』

 ――直後、跳ねるように再動して【鎮竜王】の頸を食い千切った。



『……………………ぇ?』


 自らの胴体を見下ろしながら、【鎮竜王】は末期の思考は『理解不能』の疑問で埋め尽くされた。

 完全に動きを止めていたはずなのに、と。

 それこそ、神話級の【餓竜公】の封印にすら通じていたものがなぜ、と。


 結論を言えば、カタに対して彼女の能力は完全に機能していた。

 カタの精神は肉体との繋がりを断たれていた。

 だが、カタの肉体を動かすのはカタだけではない(・・・・・・・・)

 彼と二心同体の存在、ニーズヘッグ。

 彼女が怒れるカタの意志に沿い、【鎮竜王】の影響下にあった彼の代わりに肉体を動かしたのだ。


『【鎮竜王】ッ!? ……クッ、オォォオオ!!』


 仲間の死を、その悲しみを受け止め、叫びながら……【恐竜王】は動く。

 もはや取り返しはつかない(・・・・・・・・・)が、それでも動かずにはいられない。

 純粋なフィジカルでは<厳冬山脈>でも五指に入るその力で、同胞と仲間の仇を討たんとする。


 だが、もう遅いのだ。


『GAAAAAA!!』


 【恐竜王】は魔獣の喉笛に喰らいつき――その首を噛みちぎる。


 魔獣の頸が宙を舞い、



 ――残った胴体が巨大な顎に変じて【恐竜王】へと喰らいつく。



『な!?』


 絶命必至の一撃を受けてなお、魔獣は命を繋ぎ、全身を武器()に変えて捕食する。

 あまりにも怪物、あまりにもバケモノ。


『こ、こんな、ことが……!?』


 ――直後、【恐竜王】の全身が噛み砕かれた。


 その身に纏う《竜王気》も、強靭な肉体も、意味をなさず。

 ただ圧倒的な力によって、【恐竜王】は絶命した。


『…………』


 【恐竜王】が死した後、胴体は失った首を探して動き、拾って断面に押し当てる。

 ただそれだけで、魔獣の欠損は修復された。

 これまでに喰らった地竜の全リソース、【鎮竜王】のリソース。

 それら全てで増強された再生力とステータスは、既に古代伝説級の竜王を一蹴するレベルにまで魔獣の力を高めていた。


『…………』


 魔獣の視線はこの場にいる魔獣以外の唯一の生存者……【豊竜王】へと向けられる。


『……やれやれ』


 【豊竜王】は逃げない。戦って抗う様子もない。

 元より生産・供給特化の竜王であるがゆえに戦闘力はないが……あっても戦ったかどうか。

 今の【豊竜王】は悔やんでも悲しんでもいない。

 ただ、『こうなってしまったか』という達観があった。

 あるいは感情持つ命をシステムに組み込んだ時点で、いつかはこんなことが起きたのかもしれないと考える。


『報われぬのぅ……』


 それが何に……()に対しての言葉であったのか。

 いずれにしろ、魔獣がその意味を知ることはなく。

 【豊竜王】もまた、食い千切られて絶命した。


『……………………』


 そうして衝動のままに、『復讐』のために、魔獣は全てを終わらせた。

 全てを。


 ◆


 三体の竜王の絶命と無数の地竜の死。

 元より地下空洞の外側にいたお陰で逃げられた少数の地竜から、事の次第は他の竜王に伝えられた。

 亡くなった竜王達は古くから<厳冬山脈>にいた者達であったがゆえに慕われ、悼まれた。

 だが、<厳冬山脈>に住まう多くの地竜にとっては、そこで事件が終わっている。

 後に【凍竜王】が犯人捜しを命じられる白き魔獣の事件である。


 しかし地竜以外の生命にとっては、より凄惨な悲劇の始まりだった。


 ◆◆◆


 五つある<スターヴ・ランチ>の住民達が最初に気づいたのは、肌寒さだった。

 もう日も落ちたので気温が下がるのは当たり前だが、あまりにも寒すぎる。


「え? 雪……?」


 奉納祭ゆえに外で食事をとっていた一の山の者達は、それに気づく。

 吹雪を阻む結界に囲まれたはずの村で、彼らの肌に雪が一粒触れたのだ。


 ――その一瞬の後、極寒の猛吹雪が村を襲う。


 それはこの<厳冬山脈>にあって然るべきもの。

 軟弱な生命の生存を拒む極限の寒さ。

 温暖な村から一瞬で零下数十度の冷気に放り込まれた者の中には温度差のショックで心臓を止めた者もいる。

 急いで屋内に逃げ込むが、それで逃げられる冷気ではない。

 一年を通して温暖であったがゆえに、防寒の準備も万全ではない。

 彼らは、これからもずっと今のような日々が続くと思っていたのだから。

 そして一向に勢いを緩めぬ吹雪は瞬く間に家屋の外側を埋め尽くし、人々を閉じ込める。


「な、何でこんなことに……!?」


 村人達が悲鳴を上げるが、変化はそれだけに留まらない。

 突如として、大地からも温かさが消えた。

 この地の土にリソースを流し、地熱と栄養を与えていた存在が消えたのだ。

 温度低下は加速し、さらには地盤そのものが揺らぎ、地崩れも起き始める。

 竜王の庇護が失われ、楽園の囲いは消えて、人は人が生きていけない環境に置かれ、


 死んでいった。


 三体の竜王。

 無数の地竜。

 そして、五つの山が滅んだ。


 ◆◆◆


 祭祀場の全てを喰い殺した後、魔獣……カタはその姿を人間に戻していた。


「…………」


 殺し切った後、ただ茫然とその立ち尽くしている。

 悲哀と憎悪の衝動のままに殺戮を行い、それが終わって……何もない。

 この後にどうすればいいのか、生きるべきかすらも分からない。


「…………」


 半身であるニーズは、彼の隣に立つだけだ。

 何も言わない。彼の意に沿い、見守るだけだ。

 戦いの最中に自らの内で動いた機能すら、今のカタには重荷になると考えて黙っている。

 ただ、そんなニーズでも一つだけ、彼に伝えることがあるとすれば……。


「……手紙、読まないの?」

「…………あ」


 ウルからの……カタが愛した少女からの最期の言葉が書かれた手紙について思い出させること。

 それを読むことこそ、カタが今できる唯一のことだと考えた。

 あるいは、その中に彼を動かすに足る理由が……この終わりを肯定できるものがあればと考えてのアドバイス。


 ――結論から言えば、ニーズはカタにどう思われようとも手紙を焼き捨てるべきだった。

 ――ニーズにとって本当に取り返しがつかない失敗があるとすれば、ここだった。


「……ウル」


 カタは仕舞っていた手紙を取り出し、再び読み始める。

 一枚目は彼女が生贄であり、彼女がそれを肯定していたことについて書かれていた。

 ならば、二枚目と三枚目には何が書かれているのか。

 カタは二枚目を読み始め……。



『……けれど、実はあなたと出会ったあの日、私は山を下りるつもりでした』

「――――え?」

 冒頭の一文で、心臓が止まる感覚を覚えた。



『聖者の役割は名誉だと今でも思っています。

 でも、それと同じくらいに……外の世界が見たいという気持ちは強かったからです。

 きっと歴代のウルファリアで一番、私が外の世界に焦がれていたんだと思います』


 どうしてあの日、ウルが村の外を独りで歩いていたのか。

 その理由は、彼女が自らの運命の檻から出ようとしていたからだ。

 けれど、その試みは……。


『でも、私はあの日に抜け出せなくて(・・・・・・・)良かった(・・・・)

 そのお陰で(・・・・・)カタさんと出会うことができましたから』


「ぅぁ……」


 カタは「違う」と叫びたかった。

 君が助けてくれた自分の命は、君の未来と引き換えにするようなものじゃない。

 ほんの三日で戻ってくる命なのだ、と。

 けれど、ウルはそれを知らなかった。

 閉じた村で生きてきた彼女は、<マスター>がどういう存在かも知らなかった。

 だから、カタの命を繋ぐために村へと引き返した。

 彼女の結末が生贄のままだったのは、他ならぬ自分のせいだった。


「あ……ぁああ……ああああ!」


 カタは思ってしまう。

 彼女が逃れる可能性を閉ざすくらいなら、彼女と出会う前に死んでおけばよかった、と。


『カタさんとの日々は、私の人生で最高の時間でした。

 私は、カタさんを通して外の世界を感じられました。

 きっと、この村にいたままでも外の世界で生きるより楽しかったはずです』


 ――あなたのせいで、私の人生は短いままだった。

 ――あなたのせいで、本当の自由を知らなかった。

 ――あなたのせいで、閉じ込められたままだった。


 ウルの遺した手紙に、カタの心の罪悪感が副音声を当てる。

 彼女が言うはずもない言葉を、彼の心が作り出す。

 そうして、震える指が三枚目に手を掛ける。


『一つだけ心残りなのは、旅立つ前にカタさんに最後の料理を振舞えなかったことです。

 あの蜂蜜、ちゃんと美味しい料理にできたんですよ?

 いつもの所にしまってあります。

 カタさんの感想が聞けなかったのは残念ですけど、ちゃんと食べてくださいね?』


 ――最後の約束も守ってくれなかった。


『カタさんに会えて、本当に良かったです。

 カタさんがいた私の人生は、きっとウルファリアの中で一番幸せなものでした』


 ――ウルファリア(生贄)じゃない人生は奪われた。


『……最期に、とてもご迷惑なお願いをします』


 もはや絶望がカタの心を占めて、リアルで自らの命を絶つことすらも考える

 だが、そんな彼の心に、ウルの最期の言葉が突き刺さる。


『――私のことを覚えていてください』

 ――忘れるな。


『――大好きなカタさんに、私を覚えているあなたに……生き続けていてほしい』

 ――この世界から逃げる(死ぬ)ことなんて許さない。


『――それが、私の最期の願いです』


 手紙の最後はそんな祈り(呪い)で締めくくられていた。


 ◆


 手紙を読み終えて、もはやボロボロの心で、カタは村への帰路についた。

 けれど、夜が明けて村に戻ったころには……村はなかった。

 【鎮竜王】が死んだことで村はこれまで無縁であった吹雪と極寒に襲われ、突如として急変した環境は人の生命力を容易く奪う。土地のリソースも【豊竜王】の死で失せた。

 そして死滅した環境の中、引き起こされた山頂からの大雪崩が村を覆い隠していた。

 もう、ウルの家も、彼女が最後に作った料理さえも、どこにあるか分からない。


「あ……ぇ……あ……」


 ウルファリアの死……彼女が生まれたときから決まっていた運命は、竜によるもの。

 だが、彼女が命を捧げてまで繋いだはずの村が滅んだのは誰のせいか。

 何もかもを台無しにしたのは、誰か。

 ……問うまでもない。

 そして、同じことは他の四つの山でも起きているだろう。

 愛する者を殺されて、復讐をした。

 その衝動に、正しい感情の動きにカタは従った。


 しかし、彼女の死を無意味にしたのは他ならぬカタの正しさである。


「……あァァアあ! あぁあああああ……!」


 その現実を認識して、彼の心は折れて、負けた。

 彼は泣いた。

 比較しようのない喪失の悲しみに、カタは年相応の子供のように……それ以前の赤子のように泣きながら、吹雪の中を歩き去った。

 死ぬことすらできず、許されず。

 ログアウトやログインという言葉を思考する余裕などあるはずもなく、彷徨い……迷う。


 ◆◆◆


 これで、話は終わりだ。

 封印を守るためにシステムを築いた竜王達。

 自分が生贄になることを知りながら、悪感情なく最愛の人の幸せを願ったウルファリア。

 愛する人を失った悲しみと怒りのままに、仇を討ったカタ。

 そんな半身を支えて共に復讐を果たしたニーズヘッグ。

 いずれも自らの正しさに動き、結果として誰も幸せにならずに一つの閉じた世界が終わった。

 だが、世界が終わっても、終わりたくても、終われないモノもいる。

 これは、そういう話だ。


 そして、次の悲劇の呼び水でもある。















 ◆◆◆


 ■???


 ソレは、自身の現状をよく理解していた。

 ソレの舌は今、満足している。

 時折、ソレの口に入る贄の中でも今回は上質だった。

 だが、味以前の問題が起きている。

 これまで常にソレに注がれ続けてきたエネルギーが断たれた。

 言うなれば、眠る患者の点滴が失われたようなもの。

 ならば、そのまま息絶えるのか。


『――GIGIGIGIGI――』


 ……否。

 嗜好ではなく、生きるために餌を求めて……ソレは封印から覚醒する。

 もはや精神の起こりを押し留める【鎮竜王】はいない。


 動き出そうとした身体の表面は、【金竜王】によって金属化している。

 言うなれば、身体と同じ大きさの檻。

 だが、問題ない。

 覚醒した意識で、強引に、力によって封印を砕く。

 かつての皮膚が剥がれ落ち、晒された肉が夥しい血を大地に流す。


 その血が、泡立つ。

 落ちた血が、剥がれた皮膚が、個別の命へと変わる。

 ソレのための、生まれながらの奴隷となって、動き出す。

 【地竜王】が、多くの『仔』を……ソレの兄弟を生み出したときのように。

 次いで、剥がれ落ちた金属の皮膚を喰らえば、本来の皮膚が再生して蘇る。


『――GIGIGIGIGI――』


 そうしてソレ――【餓竜公】は目覚めた。

 封印を担っていた竜王達の死が、飢餓を忌避する本能が最悪の怪物を呼び起こした。

 間もなく、【餓竜公】とその仔の群れは自らの餌を求めて動き出す。

 向かう先は既に人がいない<厳冬山脈>ではなく、人間のいる世界。


 ――皇国へと、進路を取る。


 To be continued

○カタ


 メイデンの<マスター>であり、バッドエンド。

 間に合わず、助けられず、失って、愛する人の死の代償すらも台無しにして、何も得られなかった。

 その上で、バッドエンド後を生きなければならない。


○ニーズヘッグ


(=ↀωↀ=)<Bボタン押す系メイデン


(=ↀωↀ=)<押せるのと押せないのがいるけどニーズは押せる

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