拾話 餓竜事件① 温かい夢
(=ↀωↀ=)<前話で王国<砦>戦というか今回のエピソードの前半終わったのでこの話から後半です
(=ↀωↀ=)<と言っても過去編からですが
□過ぎし日
ウルに助けられた日から、カタは<スターヴ・ランチ>を頻繁に訪れるようになった。
助けてもらった御礼に、村では手に入りにくい嗜好品の食料を届けに行くのだ。
皇国は飢えた国ではあったが、貴族絡みの仕事をして伝手を得ればその限りではない。
超級職であったカタは各地で厄介なモンスターを討伐しては、その地の領主から金銭と王国産の食料を報酬として受け取り、それをウルの村に届けに行く日々を送っていた。
それは恩返しというだけでなく、彼自身がウルに会いに行くのが楽しくなっていたからでもある。
この日もカタは王国産の蜂蜜を持ち込み、ウルが作ったパンケーキにかけている。
カタ、ウル、それとニーズヘッグの三人で食卓を囲んだ回数も十回を超えた。最初の頃はカタの左手から突然出てきたニーズヘッグにウルが驚く一幕もあったが、今ではウルも慣れたものだ。
ウルは「<ますたあ>って
「オウコクの蜂蜜っておいしいんですね! ほっぺたが幸せです!」
「この村は温暖だけど、さすがに養蜂は難しいだろうからね。ただ、この蜂蜜はもう食べられないみたいだ」
「え!? どうして!?」
「数ヶ月前に作っていたルニングス領が滅んだからね。蜂蜜自体は他の地方でも作ってるけど、産地が変われば味も違うもの」
「そうなんですか……。カタさんが来るまでこの村の物しか食べてなかったけど、同じ食べ物でも育てる場所で違うんですね……」
「…………」
ウルをはじめ、この村で生きる人々は生まれてから今までこの村の周囲でのみ生きてきた。
<厳冬山脈>の地竜達の庇護の下、人々の年齢以外に食も風景も変化のない生活。
そんな中で、見知らぬ外の世界からやって来るカタのお土産はこの村に住む者達にとって刺激的だ。
最初はカタのことを訝しんでいた他の村人達も、お土産を分ける彼のことは村の一員と見るようになっていった。
「ところでこっちのお味はどうですか? なんだか不思議な味になってしまって……」
「俺は美味しく食べられるけどパンケーキの方が好きかな」
「やっぱりぃ……」
ウルはカタの持ち込んだ見慣れぬ食材をそのまま食べるのではなく、創作料理を作る形で楽しんでいた。
ちゃんと自分で味見もしているので食べられる範囲のものしか出さないが、毎回ぶっつけ本番でもあるのでまだ当たりはない。今晩もパンケーキの横にはその産物である蜂蜜スープがあり、決して一般受けしない味の代物になっている。
「ごちそうさま」
「…………」
土でも食えるカタにとっては美味しいごはんであるが、隣で食べていたニーズは嫌な顔をしていた。食べられるものが同じ二人でも好みは別らしい。
ニーズは食べ終わった後はさっさとカタの体内に戻ってしまった。
しかしながら、気に入らない食事でも残さなかったのは彼女なりのポリシーであろうか。
「お粗末様です。カタさん、お皿を片付けたら、今日もお話聞かせてください」
「うん、いいよ」
また、ウルへの土産は食料だけではない。
カタが他に持ち込んでいるのは、ウルが見たこともない外の世界の様々な物語だ。
ウルは村の外に強い興味を持っているらしく、それこそ最初に出会った日から外の世界の住人であるカタに話をせがんでいた。
それゆえ、カタは自分の体験談や、周囲の国々を震撼させた大事件などを毎回ウルに語って聞かせている。
前回は白鯨の話をしたので、今回は王国に現れた大魔竜の話だった。
「……と、三人の<マスター>によって【グローリア】は倒され、王国の平和は守られましたとさ」
「ふわぁ……。想像もつかないくらいスケールの大きな話でした。それに<厳冬山脈>の外にいるドラゴン様達って怖いんですね……」
「まぁ、普通はここの地竜が一番怖いんだけどね」
「え? どうしてですか?」
「歴史上の問題らしいよ」
なにせ、過去に大陸中央の国家を滅ぼした実績がある。
地竜の報復という実例があったがために、いずれの国も三大竜王の生息域への立ち入りを禁じていると言ってもいい。
(……この村は禁足地に近いけど、例外かな)
ウルに聞いた話が確かならば、この村はかの地竜の報復
いくつかの文献に伝わる<厳冬山脈>に住まう秘境の民とは、かつて在った国家が侵攻した際に見つかったこの村のことかもしれない。
あるいは、<厳冬山脈>には同じような村が他にもあるのか……。
「それにしても、カタさんのお話だと外の世界はいつも大変なんですね」
「怪物も事件も多いからね」
一体でも大事件を起こす<UBM>が、この世に何百何千……あるいはそれ以上にいる。
世界が滅んでいないのが不思議な事案さえも、カタが知るだけで複数ある。
「まぁ、この辺りは竜王の縄張りらしいから変なモンスターは湧かないだろうけど、もしもおかしなことがあったら手を出さずに逃げた方がいいよ」
「そうですね……。わたしも
「…………」
『村で一番強い』というウルの言葉は、冗談ではない。
彼女のレベルは500レベルをカンストしており、才能にバラツキのあるティアンの中では一握りのエリートだ。
そんな彼女だからこそ、初めてカタと会ったときには雪中行軍などしていたのだろう。
「そういえば、ウルはどこでレベリングなんてしたの?」
「レベ……? ああ、強くなったのは地竜様達のお陰です。時々地竜様が捕まえているピカピカうにょうにょしたものを倒すように言われるんです」
「ピカピカうにょうにょ?」
「地面の深い場所から掘ってきてると仰っていました」
そこまで聞いて、カタは何のことか理解できた。
「……あー。金属スライムの一種か。ここの地下って鉱脈あるんだね」
恐らく、本来は若い地竜のレベリングのために地下深くから掘り出すのだろう。
その一部が村のレベリングに提供されているのだとカタは納得した。
庇護下にある人間達に農産物を捧げさせるにしても、それらのジョブレベルを上げさせておくに越したことはない。
(……その割にウル以外はレベル低いけど、まぁ才能差なのかな)
また、金属スライムの鉱脈があるなら地下深くは栄養価リソースが皆無という訳ではないのだと当たりをつける。
「……けど、この環境以外にレベリングまで面倒を見てるのか。前から聞きたかったんだけど、ここを庇護してるのってどんな竜王?」
カタとしては少し気になっていた部分だ。
『竜王様達』ということは複数いるが、地竜王とその配下に連なる<厳冬山脈>の竜王達という意味なのか。それとも配下の中の数体で独自に運営しているのか。
似ているようで違うことだ。
「この山を含めた五つの山々は、【恐竜王 ドラグダイノス】様と【鎮竜王 ドラグアレイ】様、それと【豊竜王 ドラグハーベスト】様が管理されています。この村の周りの吹雪を鎮めているのが【鎮竜王】様の結界で、村の土壌を豊かにしてくださっているのが【豊竜王】様の加護です。【恐竜王】様は最も強くて、守り神のような方ですね」
「へー……。それってその三体が勝手にやってるの?」
「いいえ、【地竜王】様のご命令だと伝わってますよ?」
実態は予想の合いの子だったらしい。
【地竜王】の指示の下、三体の竜王が協力して管理している。
カタはその説明を聞いて、納得しつつも疑問を抱く。
<厳冬山脈>どころか今の皇国と比べてもこの村が豊かな理由は、二体の竜王による相乗効果だと納得できた。
だが、それほどまでに有効な竜王をこの地の管理に充てている理由が分からない。
この<厳冬山脈>の厳しい環境を考えれば、最も重要な地域に配するべき力だ。
それこそ、【地竜王】の王統の傍に侍らせてもいい。
なぜ、人の村を護らせ、育んでいるのか。
(それとも……この村が<厳冬山脈>で
この村に初めて来たときから抱いていた疑問が、カタの中で再び頭をもたげる。
あるいは、<マスター>の誰も辿り着いたことのない<厳冬山脈>や地竜の重大な秘密、その一歩前にカタはいるのかもしれない。
だが……。
(……いや、これ以上探るのはやめよう)
カタはその秘密を究明してはいけないと考えた。
『藪をつついて蛇を出す』という言葉もある。今回は、まず竜が出てくるだろう。
何より、カタの行動でこの村を維持する仕組みが崩れれば被害を受けるのは村人であり、ウルだ。それは彼としても全く望むところではない。
(ウルと話すこの時間は……物を食べてるときより楽しいから)
『食べる』という
しかしウルとの交流は、本能の欲求を超える。
胃や脳の訴える空腹ではなく、胸の内のこれまで気付かなかった飢えが満たされる。
そんな不思議な感覚を、カタはウルとの交流で学んでいった。
彼女に助けられた日から、その感覚は強くなっていった。
だからこそ、それが失われることは……とても嫌だったのだ。
こうして言葉と食べ物をお土産に、彼女と触れ合う。
超級職という特別なプレイヤーの一人であれど、彼が望むのは今この時間だけだった。
それだけで十分で、それ以上に何を求めることもないと……カタは悟っていた。
「……さっきの話だけどさ」
「?」
「もしも竜王でも敵わないような怪物がこの村に出たら、俺を呼んでよ。絶対、そいつを倒して……ウルやウルの大事なものを俺が護るからさ」
「……はい! きっとですよ!」
そんな起こるはずもないと思えた『もしも』を口にして、カタは愛する人にそう約束した。
◇
その後、いつも通りにウルの家で一晩を過ごし、早朝にカタは山を下りて皇国に戻る。
「カタさん、次はいつ頃に来られますか?」
「今回はちょっと遅くなるかな。この山と反対……皇国の南の方に住んでる貴族から指名で依頼を受けてるからね。済ませて戻ってくるまで十日くらいかな」
先日皇王が崩御し、それに伴って以前から囁かれてきた継承者争いが表面化した。
暗闘ではなく政治的な、あるいは武力的な衝突が目立ちはじめている。
ゆえに、各派閥の貴族達は自陣営の強化のために多くのものを欲していた。
それには強大なモンスターの素材なども含まれ、それらを倒し、獲得しうる強力な<マスター>は引く手数多だった。
今回も自領内の不安要素解消と素材獲得のためにカタが呼ばれている。
「そうですか。でも、それなら間に合いますね」
カタが予定を告げると、ウルは安心したようにホッと息を吐いた。
「間に合う?」
「二週間後にこの村で奉納祭があるんです。その日はどうしてもカタさんに会いたくて」
「そっか。じゃあそのときまでには戻るよ。お祭りっていうなら、いつもより沢山食料も仕入れてこなくちゃね」
「はい! 今度こそは美味しい料理をカタさんに食べさせてみせますよ!」
「俺はいつも美味しく食べてるけどね」
カタは本心からそう言って……ウルに笑いかけた。
「けど、分かったよ。次の料理も楽しみにしてる」
「次も腕によりをかけて作りますね!」
そうして、いつものようにカタとウルは別れた。
◆◆◆
温かく、心を殺す夢を見る。
思い出したくない。
思い出せば、過ちが幾つも幾つも見えてくる。
いくらでも、何度でも、結末を変える機会はあったのに。
このときの
出会うべきでないのに出会い、踏み込むべきなのに踏み込まない。
連れ出すべきなのに、会いに行く。
今の俺から見れば、過去の俺は何度殺しても飽き足らない。
それでも
深く考えることはなく、思考と方針を
考えてしまえば、振り返ってしまえば、俺が俺を許さない。
記憶が心を殺してしまう。
けれど、餓竜事件の名を出されてしまえば、もう駄目だ。
記憶は知っている。覚えている。蓋をこじ開けて染み出してくる。
彼女と出会ってからの記憶が、温かさと過去の自分への殺意と共に蘇る。
だが、そうしていられる記憶もここまでだ。
自分の過ちに殺意を抱きながらも、思い出すだけで心が温まる記憶はここまでだ。
この後は、何もない。
何もかも、なくなっていく。
『竜の正しさ』で、温かさは消える。
『俺の正しさ』で、全てが壊れる。
温かな何もかもは、凍てつく山の中で消えてしまったのだから。
三体の竜王と五つの山、そこに生きる全てを……終わらせてしまったのだから。
To be continued