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第一一三話 再戦

(=ↀωↀ=)<ゴールデンウィークにポケカのCL新潟出たけど三連敗で終わったマン!


(=ↀωↀ=)<……次の機会は素直に環境デッキ使おう


(=ↀωↀ=)<あとキリの良いところまで入れたら今回は約二話分でした

 □数十分前


 それは、月夜がレイとルークとの取引を終え、ホクホク顔で持ち場に戻った時のこと。

 彼女の持ち場には、腐れ縁とも言える相手が立っていた。

 即ち、フィガロである。


「こんばんは月夜。それとももうおはようかな」

「おはようでええんちゃう? ……けどもまぁ、随分とイケメン(・・・・)になっとるやないの」


 月夜は少しの皮肉を交えながら、久しぶりに会う彼の容姿を評した。

 皇国<砦>を蹂躙し、イライジャとの死闘を繰り広げ、最終的には自らが生み出した溶岩の中に沈んだ後だ。

 体中に傷のない場所はなく、大火傷を負い、戦場の死体よりも悲惨な有り様である。

 が、本人は至って問題なく元気そうだ。

 どう見てもボロボロなのにピンピンしているという矛盾。……フィガロの通常運転である。


「そんな有り様でようここまで来られたもんやね」

「うん。途中で皇国の<マスター>と交戦していたから時間が掛かってしまった」


 脱出してから何をしていたんだと思ったら、この状態で敵を蹴散らしてきたらしい。

人間を辞めている疑惑が出てきた。


「で? わざわざうちのところに来たってことは治療目的やろ?」

「そうだね。ここにいると聞いていたのにいないからどうしようかと思ったよ。……あと君、随分と機嫌が良さそうだね」

「ええ取引をしたばかりなんよ。それにしても……あんたのことだから戦いの途中だから治療とかせんのかと思うたわ」


 決闘での必殺スキル不使用といい、【グローリア】の時といい、妙なことに拘りを持つフィガロにしては随分と理性的な判断だと月夜は思った。


「決闘や個人的な戦いならそうするけど、今は違うから」


 自覚もあったのか、フィガロは月夜の言葉にそう返した。


「それに……僕はこれまで何もできないことばかりだったからね。けれど……」


 その言葉には、彼のこれまでを知る者にしか分からない重みがあった。

 【グローリア】、第一次騎鋼戦争、【疫病王】、フランクリン、講和会議。

 王国最強と呼ばれながら、国を揺るがす危機には出遅れるか、触れられないことばかり。

 そこには彼自身の抱えた問題が多分に関わってきていた。

 けれど今の彼は……。


「今は……みんなと戦えるからね」


 自分の領域の外へと、一歩を踏み出している。


「…………へぇ。ぼっちの欠点が治ったん?」

「ハンニャのお陰で、少しは」

「ふんふん……なるほどなるほど……」


 フィガロの言葉を受け、月夜は思案するように口元を手で隠す。

 そして少しして手を口元から外し――ニヤリとした笑みを浮かべ――手を叩く。


「そういうことなら治療してもええけど、交換条件やね」

「交換条件?」

「治したるからうちらの迎撃プラン手伝ってえな」


 月夜はそうして、自身が考えている『対【獣王】クラス』を想定した迎撃案を説明した。


「信者を影やんに化けさせて本物が隙を突くプランやけど、そこにあんたが加われば二枚刃になるねん」

「…………」

「ちょっと手が足りんくて、多めに戦力割こうと思うとったけど。……あんたがこっちを手伝ってくれるなら、影やん以外の主力をプラントの防衛に回せるんよ」


 プラント。それは今この遺跡で唯一ティアンがいる場所。

 ある意味では、月夜や砦以上に取り返しがつかない。

 だからこそ、月夜はそちらこそを防衛したいと考えている。自分の身よりも、だ。

 そのために、部隊戦闘を得手とする者達はそちらに回したいのだと月夜は言った。

 ティアンの人命を優先した迎撃案である……が。


「……という話の切り出し方をすれば、僕が断りづらいって考えてないかい?」

「バレた?」


 月夜はテヘペロコツン……舌を出して自分の頭を小突く二〇四五年としては古い仕草をした。

 とはいえ、先ほどの言葉も本音ではあるのだろうと、フィガロも察する。

 彼女は悪辣で、強欲で、取引妖怪だが、取り返しのつかないものは理解している。


「まぁ、そんだけこっちにあんたが欲しいいうことやね。あの子ら(・・・・)をこっちに回しても、【獣王】が来たときは講和会議の二の舞やし」


 「あの耐性インチキやろ」と月夜はぼやく。

 月夜の意見に、フィガロも概ね同意する。

 手札の種類は強さだが、それを揃えてもどうしようもない相手はいる。

 種類の強さではなく、単純な強さで勝負するしかないような相手はたしかにいるのだ。


「せやから、砦の防衛に回すんはうちら以外は多少のバッファーと偽影やん部隊くらいや。あんまり複雑な能力持った子らと組み合わせるのも、慣れてへんぼっちには無理やろしな」

「そうだね」


 異論はない。自分の性質をフィガロは理解していた。


「構わないよ。まずは君のプランに乗ろう」

「交渉成立やね♪」


 本日二度目の取引成功に、月夜はほくそ笑む。

 フィガロという最強戦力を『駒』として使えれば自分達の損失は押さえられ、何よりもしものときは良い『目くらまし』になる、と。

 そうして契約通り、月夜は《聖者の慈悲》でフィガロの肉体を回復させた。


「ところで、このスキル封印を解除できたりはするかな?」


 フィガロは戦闘時間比例強化……《生命の舞踏》を封じているスキルをどうにかできるか聞いてみたが、それに対して月夜は首を振った。


「無理やね。<エンブリオ>由来の特殊状態異常は専門外や」

「そうか。なら今日はこのままやらせてもらうよ」


 自身の力を引き出すスキルを封じられながら、さほど気にした様子もなくフィガロは頷いた。

 なければないで、自分の手にあるものだけで、この男は戦う。

 それこそ、全裸に棒切れ一本でも戦うだろう。


「けど、具体的にどないするん? 【獣王】やあんたが皇国<砦>で戦ったっちゅうイライジャ何某が来たら……ウォーミングアップなしやとキツイやろ?」

「そのときは必殺スキルを使うよ。幾つか特典武具も使い潰せば……やりようはある」

「……ふーん」


 フィガロの言葉に月夜は『こいつならマジでやりかねへんし、勝ち筋もありそうやな』と思案する。

 だが、自分の安全にも関わるので一つ追加投資することにした。


「ところでこんなんあるんやけど」


 そう言って月夜はアイテムボックスから指輪を二つ取り出し、フィガロにパスする。

 受け取ったフィガロは細い目を開いて、少しだが驚いた表情を見せた。


「これは……」

「前にうちが治療した貴族の持ち物や。それがどういうもんか知っとる?」

STR版(・・・・)なら、<墓標迷宮>で一度だけドロップしたよ。今も手元にある」


 フィガロの回答に、月夜はフムフムとふむとわざとらしく頷く。


「あんたが一つしか持ってへんのなら、やっぱり貴重なんやねぇ」

「それで? 見せびらかすためだけに出したんじゃないやろ?」

「話が早いわぁ……」


 レイ達といい自分がどういう人間か理解されすぎているなと思いつつ、月夜はアイテムボックスからあるものを取り出してフィガロに差し出す。

 彼女が差し出したのは、要求欄が備考部分以外は白紙の【誓約書】。

 先だってレイやルークとの取引で使用したものと同じ様式であり、文面も似通っている。


「今は欲しいものあらへんからね。これにサインするいうならその指輪二つ、くれたるわ」

「分かった」


 フィガロはそう言って、受け取った【誓約書】にすぐさま署名した。

 レイ以上に躊躇いがない動きだった。


「…………」


 あまりにもあっさりと契約したフィガロに、月夜は内心で『脳みそマジで筋肉なんちゃうんか?』とツッコんだ。

 そしてフィガロは受け取った二つの指輪に加え、自分のアイテムボックスから取り出した一つを指に嵌める。


「渡しといてあれやけど、それを今日の戦いで使うんなら使い捨てることになるやろ? 決闘とちゃうし」

「そうなるね」

「惜しくないん?」

「今の僕じゃ、彼らと正面からぶつかるにはこれを使うしかないからね」


 フィガロは苦笑して……。


「宝を惜しみ――負けるつもりはないよ」

 その苦笑を――強者に向かう強者の笑みで塗り替える。


 ◇


 それから程なくして皇国の襲撃が始まり……フィガロは<月世の会>と共にそれを迎え撃った。


 ◇◆◇


 □■<遺跡>・格納庫


「フィ、ガロ」


 イライジャは、悪夢でも視ているような気分だった。

 <月世の会>の悪辣な戦術の中に、彼の昨日のトラウマそのものが混ざっていた。

 イライジャは『なぜ気づけなかったのか』と自分を罵り、『なぜ殺されていないのか』と疑問に思う。

 自分が月夜にAGIを下げられていたとはいえ、完全に隙を突かれたが……生きている。


(さっきの動きは、前と違った、……が)


 先ほど月影に偽装していたとき、イライジャは彼を準<超級>クラスと誤認した。

 それは昨日、ペールゼン姉妹にスキルを封じられたため……だけではない。

 フィガロ自身が持つ宿痾によるもの。

 ソロでしか戦えず……パーティ戦闘だと極端に動きが悪くなる。『特訓で前よりも随分とマシにはなった』と言っていたが、それは真実だろうとイライジャも理解している。

 しかし逆を言えば、強化スキルの一つを封じられても、ぎこちなくても、月影と同等の動きをしていたのだ、この超人は。

 つくづく規格外(バケモノ)

 しかも、ここからはいつものソロスタイルでやる心算らしく……動きも彼本来のものに戻るだろう。


(それでも……)


 だが、激闘を重ねたあのときとは違う。

 今のフィガロには戦闘時間比例強化がない。あったとしても強化する時間がない。

 彼我のステータス差など、勝負が成立しないレベルだ。

 速攻で、手刀を叩き込むべきなのだ。


(さっさと倒すべきなのは、分かっているのに……!)


 足が前に進まない。

 彼方を貫く特典武具を介した手刀も振るえない。

 ステータスとは無関係に、悪寒が走る。

 しかもそれは、フィガロから威圧されている訳でもなく……トラウマ(フィガロ)を前にしたイライジャ自身の内から生じている。


 ――『また何も為せずに敗れて去るのか?』、と。


「……ッ!」


 発作的だった。

 《ぺネンスドライブ:フィジカル》で先の戦いと同じだけのHPを捧げ、自らのステータス任せに左手で貫手を放つ。

 《見えざる猿の手》によって彼我の距離を零とし、フィガロの身体を貫ぬかんとして……。


「――《絶界》」


 先んじて発動していた結界によって、その攻撃を弾かれた。


「なっ!?」


 貫手を阻んだのは、【絶界布 クローザー】。

 フィガロの第一の特典武具にして、短時間の全周絶対防御を齎す外套。

 空間超越攻撃でもなければ越えられないこの護り、見えぬ手を伸ばすだけの特典武具では突破できない。


(……だが、フィガロは守りの切り札を切った!)


 《絶界》のクールタイムは十分間。再使用はもうできない。

 今展開している壁が消えれば、フィガロにイライジャの攻撃を防ぐ術はない。

 そして、『こんな護りの手を使ったということは、フィガロには自分への対抗策がやはりないのだ』とイライジャは考えようとした。


「イライジャ」


 そんな中、フィガロが言葉を発する。

 外界と遮断された結界の中、聞こえるはずもない。


「僕も君も決闘ランカーだからね。君とは、できれば決闘の舞台で戦いたかった」


 だからこれはイライジャの名を呼びながらも、彼に向けた言葉ではなく。


「けれどここは舞台の上じゃなくて、未来が掛かった戦場。だから――使わせてもらう」


 ただ――己への宣言なのだろう。


「《燃え上がれ(コル・)我が魂(レオニス)》――」

 そしてフィガロは諸刃の剣である必殺スキルを使用し――、


「――《《《ブースト・オン》》》」

 ――重ねて三つ(・・)の装備スキルを発動した。


 《絶界》が解けたとき、その内にいるフィガロの姿は様変わりしていた。

 いつかのように上半身裸で、下半身にはAGIを補正する装備のみをつけている。

 そして彼の指先で、三つの指輪が燃え尽きるように灰になる。


「ッ!」


 フィガロが《絶界》を使用したのは、ただ身を守るためではない。

 結界を展開して必殺スキルと装備スキルを発動するまでの時間を稼ぐためだと、イライジャも理解する。


「だとしてもぉ!!」


 再度、《見えざる猿の手》がフィガロを襲う。

 《薄明》による減速も掛かっていない、《絶界》によって防がれることもない一撃。


 しかしそれを――フィガロは身体を傾けて回避して見せた。


「!?」


 数十倍のAGI差があれば不可能な光景。

 それが意味するのは、両者のステータス差が縮まっているということだ。


 ◇◆


 フィガロにステータスを齎したのは、同系統三種のレアアイテム。

 【リング・オブ・ゴッドフォース】。

 【リング・オブ・ゴッドスピード】。

 【リング・オブ・ゴッドボディ】。

 共通効果は、『一日に一度、三〇秒のみの効果発動可能』。

 それぞれの【リング】がステータスのSTR、AGI、ENDを三〇秒のみプラス一万する短時間強化のアクセサリー。

 ほんの僅かな時間だけ超級職相当のステータスを加算し、【ブローチ】などと同様に使用時は一〇%の確率で破損して消滅する。

 そしてフィガロが《燃え上がれ、我が魂》と重ねれば、その効果は十倍以上に高まる代わりに消滅が確定する。

 どれほどのレアアイテムであろうとも、だ。

 問題は、アイテムの価値だけではない。

 使えるのは一日に一度、三〇秒だけだ。

 この戦争での後の戦い……仮に【獣王(・・)との戦い(・・・・)が同日に想定されているとしても使うことができなくなるため、先の皇国<砦>では【ゴッドフォース】を使わなかった。

 しかし使わなかった結果、<砦>ではイライジャと決着をつけられなかった。

 だからこそ、今は惜しまない。

 あの時に逃した……再戦を期した強敵に挑むために、ここで切る。


 ◇◆


 そして――極限まで引き延ばされた体感時間(三〇秒)が始まる。


 ◇◆


「――――」


 爆発的にステータスを高めたフィガロが、彼に迫る。

 月影と連携していたときとは比較にならない速さと――まるでデバフが解けたような身のこなしでイライジャを攻撃してくる。


「だが……!」


 その動きを、イライジャは視認していた。

 大幅に強化されたとはいえ、それでもステータスはイライジャが遥かに勝っているのだ。

 STRとENDは言うに及ばず、最も肉薄したAGIとてイライジャが倍は速い。

 その上で思考速度は彼の六倍で、複合スキルが齎す手刀の攻撃力は隔絶している。

 ステータス差が数十倍から数倍に縮まった程度で、勝敗は揺らがない。

 一撃当てて【ブローチ】砕き、二撃当てて命を絶つ。

 それで終わり……なのだから。


「アァッ!!」


 彼我の距離を踏破し、《見えざる猿の手》がフィガロの心臓目掛けて突き込まれる。


 ――直後、その手応えが消えた。


 貫かれるはずのフィガロは、健在。

 否、必殺スキルで自身の血液を燃え上がらせて自傷しながらも、イライジャに迫る。


「ッ!?」


 不可思議な感触と攻撃失敗の意味が分からぬままに、イライジャは二度目の攻撃を放つ。

 しかしそれも唐突な手応えの消失と共にフィガロに届かず……。


「――あ」

 ――二度目の攻撃失敗で、イライジャは何をされたのか理解した。


 フィガロの手には武器が二本握られている。

 一つは先ほどもイライジャを切りつけた超級武具、【グローリアα】。

 そしてもう一つは、光差さぬ夜のような黒い刀。


 その銘は――【夜行開斬 オオイミマル】。

 如何なる強度も、空間の隔たりさえも無関係に斬断する妖刀。


 この程度は断ってみせると、黒い刃が煌いた。


(バカな……!?)


 《見えざる猿の手》を介しても、イライジャの手刀の威力は変わらない。

 ほんの僅かでもタイミングがズレれば、刃筋が違えば、壊れるのは【オオイミマル】で、死ぬのはフィガロだ。

 それをフィガロは、燃えながらも涼しい顔で、見えない手(・・・・・)相手にやってみせる。

 理解不能な神業である。


(まさか、俺のモーションで!?)


 共に超々音速の域。倍速程度なら、イライジャの動きを見ることはできている。

 そして、《見えざる猿の手》の攻撃はあくまで手刀の延長線上であり、届くのはイライジャ本人の動きの後。

 だからイライジャ自身の動きを見て、先の<月世の会>を含めた戦闘から覚えた伸長のタイミングに沿い、見えない手の動きを予測している。

 極論、《見えざる猿の手》はただのテレフォンパンチ(・・・・・・・)。倍速不可視だろうとフィガロなら捌く。

 理解可能(?)な神業である。

 いずれにしろフィガロという男は常識の範疇になく、イライジャへと迫り続ける。


 その威圧に――イライジャの足が一歩下がる。


「……ッ」


 自らの無意識の動きを、意識で消し去って足を止める。

 もう逃げてはならないと心に戒め、心で身を縛り、迫る強敵と向かい合う。


(《見えざる猿の手》は、通じない。完全に見切られている。だったら……タイムラグのない肉弾戦をやるだけだ)


 それならば、問題はない。

 前の戦いよりもイライジャに有利な条件は複数ある。

 まず、単純に前回よりもステータスと装備の強化幅が共に低い。

 次に、これが必殺スキルによるごく限られた時間のみの強化であること。先の愛闘祭でのハンニャとの戦いの記録から、連続発動時間は三〇秒だと皇国にも割れている。


 そして、必殺スキル発動中ゆえに、アクティブスキルの使用に制限(・・)が掛かっている。


 使えはする。むしろ、使えば最大の威力を発揮するだろう。

 だが、アクティブスキルを使えば装備は消失する。

 彼に莫大なステータスを齎した三種の指輪が燃え尽きたように。

 【オオイミマル】を使えているのもあれの切断能力がパッシブであり、《燃え上がれ、我が魂》の強化が乗っていないだ。

 同様にもう一方の手に握られている【グローリアα】もアクティブスキルは使われておらず、先ほどのように白い輝き(【極竜光牙斬】)を宿すことすらない。


(超級武具も、今はただの剣……!)


 当然だ。今のフィガロがスキルを発動すれば、どれほど貴重な装備品だろうと消滅する。

 神話級武具や超級武具のアクティブスキル発動など、出来る訳がない。


(まさか自分相手に超級武具を犠牲にするなんて惜しい真似をするはずが……)


 ――『本当にそうか?』、と心が疑問を呈する。


 『この【超闘士】は本当にそんなバカげたことはしない常識的な男か?』、と皇国の<砦>で山を作った男の正気を、イライジャの正気が疑問視する。

 その疑念が……正気が生む恐怖がイライジャを竦ませる。

 皇国<砦>の戦いで、フィガロがイライジャに刻みつけたものの一つ。

 あの日、フィガロの狂気から逃げ出した感覚が、再度その身に降りかかる。

 イライジャに攻撃を当てるために山を作り、溶岩に身を沈めながら攻撃してきた異常者。

 本物の決闘王者の強さと恐ろしさを、今のイライジャは誰よりも感じている。

 刻みつけられてしまった理解できない恐怖に、イライジャの身体が震える。


「……ッ!」


 それでも、イライジャは歯を食いしばってフィガロと向かい合い続ける。

 『自分はここで戦わねばならないのだから』と、身体の訴える本能を意志の力でねじ伏せる。

 心身同一と程遠くとも、心で身体を動かしていく。


(今日の俺は違う! 逃げずに、自分の役割を全うする!)


 退くことなく、自らの手刀で最強の男の刃と向き合う。

 その攻防にフィガロは――少し残念そうに――目を伏せ、イライジャは吼える。

 やがて両者の距離はゼロとなり、各々の刃を敵手に振るった。


 そして、一方の身体からのみ血が噴き出す。


「――――」


 イライジャの身体に、剣閃の跡が一つ増えた。


「ヅッッ!」


 だが、その傷に構うことなく、イライジャは倍する速度と六倍する思考速度でフィガロに手刀を振るう。


 それをフィガロは白い剣で受け――逸らして――捌いて――済ます。

 同時に逆の手では黒い刀を流し――浅くとも――肉体を――裂いた。


 どれほどに肉体強度(ステータス)が高くとも、【オオイミマル】の刃は徹る。

 イライジャの速度で身を捻らねば、切り傷ではなく肉体を断たれているだろう。


(なん、でだ……!?)


 先の戦いよりも、フィガロは弱い筈なのに。

 先の戦いよりも、フィガロの剣は脆い筈なのに。

 されどフィガロの剣は折れない。

 今の【グローリアα】は輝きも纏わぬただの剣。

 必殺スキルの効果及ばず、《武の選定》の強化だけが乗っている。

 それでも、イライジャの手刀と折れずに渡り合う。

 超級武具とはそれほど出鱈目な強度なのかと言えば……違う。


 これは、フィガロが巧いのだ。


 手刀に触れる【グローリアα】が折れぬように力を逸らされ、捌かれ、対処される。

 その隙に、黒刀がイライジャを傷つける。


「……ッ!?」


 あの日、黒刀を使わなかったのは『強度が足りず側面を打たれれば折れる』ため。

 だが、その懸念は相手の動きを知らず、相手の武器が二本(・・)あればこそ。

 攻守を同時にこなし、あるいは二重の攻撃を仕掛けてきた変幻自在の両の手刀は脅威であり、フィガロさえも押されていた。

 そう……先の戦いでフィガロが苦戦した最大の理由はステータスではない。

 莫大なステータスで、イライジャが両の手刀を振るっていたからこそだ。


 だが、もはや違う(・・・・・)

 先の戦いを経てイライジャの変幻自在の手癖(・・)をいくらか見切られた。

 何より、彼の手刀二刀流は……既に一刀流(・・・)


 それが、皇国<砦>の戦いで最後にフィガロが打った布石。

 再戦した際にイライジャを倒すため……まずは彼の腕を奪っていた。


 一対の武器の片割れが失われれば、脅威は半減以下。

 癖も悟られたならば、変幻自在たりえない。

 逆に、フィガロが二刀流によって攻守を同時にこなしてみせる。


(これじゃ、状況が……真逆……!)


 今のイライジャは左腕しかない。

 だから、向かい合うフィガロの右腕の白い剣が彼の左腕を完璧に捌けば、黒刀に攻撃は届かない。

 そんな完璧な対応ができるのか?

 できている(・・・・・)


 <超級>とは『規格外』の代名詞。

 何を以て常人の域を超えるかはその者による。

 だが、フィガロの超越者たる由縁は明確だ。


 ――フィガロとは『規格外』の対応力(・・・)を持つ男。


 ステータスが低い?

 時間制限がある?

 必殺スキルゆえに装備使用のリスクが増している?


 そんな些末事、――【超闘士】は超えていく。


 一度戦い、相手の手数(・・)はその時の半分。

 今、フィガロが優位に立つ理由などそれだけで十分だ。


(こんな、こんなにも……!?)


 イライジャの心が、起きている現実に悲鳴を上げる。

 こんなにも、自分とフィガロは違うのか。

 技巧のレベルが、桁が違う。

 ステータスで上回っても、どちらが格上かは自他共に認められるほど明白だった。

 最強クラスに手を掛けても尚……届かない。

 フィガロの六倍もの思考時間が……戦闘中の選択への猶予が与えられていても、導き出す答えはフィガロが勝っている。

 それが……フィガロとイライジャの差だった。


(なぜ、ここまで……)


 何が、これほどまでに二人の差を生んだのか。

 <超級>か否かか。

 才能の大小か。

 これまで潜った修羅場の数か。

 王国と皇国の決闘環境の違いか。

 愛する者の有無か。

 数多の偉業を為し遂げた本物と、力だけ得たモドキの差か。


(だ、が……! 耐えるだけで、耐えるだけでいいはず、だ……!)


 フィガロの必殺スキルは最大で三〇秒、強化もそれで切れる。

 そうなれば、今度こそステータスの暴力でイライジャが勝るはずだった。

 けれど、彼のAGIと《高速思索》で引き延ばされた時間は……あまりに永い。

 そして弱い思考に流れた彼を苛むように。


 打ち合う白き剣は未だ罅一つなく、――彼の左手は欠け始める。


「~~ッ!」


 考えれば考えるほどに違いすぎて、イライジャの心が窮していく。

 今まで手にしたことがないほどの力に振り回されている自分では、この本物の英雄には勝てないのではないか、と。


「――――ぁ」


 左腕の、特典武具を見る。

 今日の戦いで彼を利した、彼が運良く(・・・)得た力。

 失われた右腕をカバーして余りあるはずの……しかし眼前の男には一切通じなかった力。

 しかし、されど、もしも……。


(あのとき、あの瞬間……)


 ――この特典武具を容易に手に入れたりせずに、

 ――『これをどう使うか』をイメージしたりせずに、

 ――自分をデコレーションした力ではなく、


 ――自分自身(・・・・)と深く向き合えていたならば。


(この再戦も……もっと違う形、に……)


 自分の不甲斐なさに、気づかずに失ってしまった……失わされてしまった(・・・・・・・・・)何かに涙がこぼれて。

 滲む視界は、一瞬だけ反応を遅らせて。


 その一瞬で――黒い刃はイライジャの胴を袈裟懸けに斬り裂いた。


 To be continued

○フィガロ


 一度戦い、相手の手数(・・)はその時の半分。

 今、フィガロが優位に立つ理由などそれだけで十分だ。


(=`ω´=)<そうはならんやろ


(=ↀωↀ=)<なっとるやろがい!


≡・ェ・≡<イライジャが二刀流のままだったら危なかったよ


(=ↀωↀ=)<<フィガロ山>で隙作って右腕消し飛ばしたのあなたですよね?


( ꒪|勅|꒪)(ステータス半分以下でも普通に斬り合うだけで勝ちやがったなコイツ)



○【オオイミマル】


(=ↀωↀ=)<やっと戦闘で使われた名誉ツルハシ


(=ↀωↀ=)<パッシブで空間の隔たり斬ったり強度無視するのでシンプルに超強い神話級武具


≡・ェ・≡<攻撃性能は高いけど脆いから側面叩かれたらわりと折れるよ?


( ꒪|勅|꒪)<お前が持ってる時点でそれやる難易度たけーんだヨ



○イライジャ


(=ↀωↀ=)<敗因は三つ


(=ↀωↀ=)<一、左腕だけになってバトルスタイルの強みが激減していたこと


(=ↀωↀ=)<二、前の戦いでフィガロに戦い方を覚えられ、次戦用に布石打たれたこと


(=ↀωↀ=)<三は次回か次々回で出るけど、分かる人もいそう

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