第一〇七話 二択と妖怪
(=ↀωↀ=)<漫画版最新56話更新されました
( ̄(エ) ̄)<いよいよ俺の出番クマ
(=ↀωↀ=)<予告すると次回57話はクマニーサン無双です
□【聖騎士】レイ・スターリング
<遺跡>内部の食堂は、まだ夜明け前だというのに朝食を摂る<マスター>で席が埋まっていた。
それはこの夜……<月世の会>に主導権がある時間帯が過ぎれば、皇国が攻勢を掛けてくると予想されているからだ。俺も含め、その前に準備を整えておこうと考えた人が多いのだろう。
なお、プラント以外はティアン職員不在であるため、給仕を担当しているのは<月世の会>の<マスター>達だ。人数が多いので戦闘員以外にも人員が揃っているクランである。
ランキングでは一位二位と並んでいても、少人数のうちではこうした部分には手が回らない。
ネメシスから「
「ん?」
朝食を受け取って席を探していると、食堂の一角に知り合いを見つけた。
髭メガネの執事達を後ろに侍らせ、支給されたものではない食器で心なしか優雅に食事を摂っているのは……。
「
「あら? レイさんじゃありませんの。おはようございますわ!」
椅子に座っていたドレスの女性は【闇姫】、曼殊沙華死音。
全ランキングで十三位という異色のランカーであり、自称ジュリエットのライバルである。
いやまぁ、自称でもない気はするけどそこは判断が分かれるのだ。
「ライバルはチェルシーだ」という人もいるし、「ランキングが近い狼桜だ」という人もいる。
他にも候補はおり、王国の女性決闘ランカー最強であるジュリエットのライバル枠は中々に渋滞している。
「おはよう。そっちも早いな」
「ええ! もちろん!
胸を張ってそういう彼女だが、口元にはパンの食べかすがついていた。
目元に少しクマもあるので、早起きではなく今まで起きていたのだろう。言及はしないが。
ちょっとポンコツ感ある面白キャラの彼女だが、戦闘能力は折り紙付きだ。
どんなものかといえば、彼女が必殺スキルを使うと自動追尾する闇属性魔法に解呪不能の【死呪宣告】が付与される。
うん。ほとんどの手段でガー不な死亡確定スキルとかバランス崩壊している。今更だけど。
俺達が参加したイベント<アニバーサリー>では、【獣王】の<超級エンブリオ>よりも巨大なガーディアンを倒し、この戦争の一日目に教会で俺を追い詰めたジュバも撃破したという実力者だ。
そんな訳で、彼女は対【獣王】要員としてここに配されていた。
「レイさんが今回の戦争の<命>だそうですわね!」
「ああ」
「ご安心なさいな!
深夜テンションなのか、死音はそう言って自信満々に高笑いする。
……あれ? なんかまたパレード感が漂ってきたな?
「……そういえばジュリエット達はいないんだな」
「ええ! ここには私だけ召集されましたの! 私が一番頼りになるということですわ!」
まぁ、<遺跡>内部の戦闘だとジュリエットの機動力を活かせないし、チェルシーの得意な水場もないし、マックスが剣を展開するのも難儀する。
半面、狭い戦場で相手が避けにくかったり、【紫水晶】の罠を設置しやすかったりと、死音は屋内戦の方が有利に戦える。
ジュリエット達は他の場所でアクティブに動き、死音はここで待ち構える。適材適所と言える。
「ああ。期待してる」
「お任せですわ!」
頼りになる仲間には違いないので、彼女の活躍には期待したい。
「ところで小耳に挟んだのですけど、<
小耳に挟むというか、警戒するよう告知されていたが……。
「……ああ。サブオーナーが、な」
「だからちょっと食堂もピリピリしてるんですわね。まったく! 裏切り者なんて最低ですわよ!」
死音の<エンブリオ>、
「もしもここにやってきたら私がブッ倒しますわ!」
「そうか。でも気をつけろよ。ヴォイニッチは“
「即死技とか卑怯ですわよ!?」
死音の<エンブリオ>、似たような効果じゃないか?
「けれど、誰も裏切りに気づかないなんてそんなに怪しくない人物でしたの? 見た目は?」
「見た目は関係ないと思うが、トランプのジョーカーの服装で鎌を担いでいたな」
「それは怪しさ一二〇〇%じゃありませんこと!?」
死音の服装、蜘蛛の巣模様のドレスで結構怪しくないか?
……まぁ、どっちも着ぐるみや白衣よりは普通か。
「そんなに怪しくても怪しまれないなんて、よほど人柄が良かったんですのね」
「……そうだな。話したことはあるけど、良い人だったよ」
戦争前の集会や、レベルアップツアー。
どちらもパトリオットさんの傍にヴォイニッチがいた。
サブオーナーとしてオーナーを立てながら、俺達とも気さくに話していた。
それにパトリオットさんが落ちた後も独りで奮戦し、ルークの窮地も救ってくれた。
だからこそ、彼がカルディナの内通者だという連絡が来て、俺達も戸惑った。
しかし、<AETL連合>のメンバー達が彼に連絡を取ろうとしても取れなくなり、弁明もなく姿を晦ましたため……内通者であることがほぼ確実となった。
そのことに、俺自身もショックを受けなかったわけじゃない。
ただ、それ以上に考えたのはパトリオットさんのことだ。
パートナーとして共にクランを支えてきた二人。
そんな相方が内通者で、この戦争中にも何かを画策している。
パトリオットさんがそのことをどう思うのか……それが心配だった。
「…………」
パトリオットさんは……今はいない。
あの<墓標迷宮>で身を挺して俺を護ってくれて……消えてしまった。
そんな彼に、俺は『勝ちます』と約束した。
その決意は変わらない。
誓ったからこそ、俺は自分にできる限りを尽くして可能性を掴む。
◇
死音との話と朝食を終えた後、俺は再びジョブクリスタルのある広間に戻ってきた。
何度もここに来るのは、ここでできることがあるから。
しかし俺は、それをすべきかどうかで昨日から迷い続けている。
広間にあるクリスタルは俺が以前【煌騎兵】に就いたときに触れたもの。
そして今は、上級職である【煌玉騎】が解禁されているクリスタルだ。
「…………」
俺が今悩んでいるのは、現状でステータス以外は活かしているとは言えない【暗黒騎士】を外して【煌玉騎】に就くかどうかだ。
転職のメリットはスキル。
【煌玉騎】になれば十中八九【煌騎兵】で取得した《煌玉権限》のスキルレベルが上がり、スキルレベルによってロックされていたシルバーの隠しスキルが使用できる可能性がある。
これまでカルチェラタンでの鯨との戦い、それとジュリエット達と参加した参加権方式イベントで発動し、勝負の決め手ともなった隠しスキル。
特典武具という手札が尽きかけている現状、シルバーの切り札を任意で発動可能にできるのは大きなメリットだ。
デメリットは、ステータスとレベル。
上級職の【暗黒騎士】を消せば一〇〇ものレベルダウンが発生し、ステータスも落ちる。
しかも今は、【煌玉騎】のレベルを上げ直す時間も場所もない。
俺が<命>だと割れている現状、ここから出ることは危険でレベリングなどできるはずもない。
そして、レベルを上げなければ……《煌玉権限》のスキルレベルも上がらないだろう。
上級職に就くだけで二には上がったとしても、シルバーの隠しスキルを任意発動するには三のスキルレベルが必要となる。
一から二になるだけで好転する可能性もあるが、三と違って明記されている訳でもない。
何より、シルバーの修理が間に合わなければ……この戦争においては単にレベルとステータスを下げるだけになる。
だから今は、その可否を待っている。
「……落ち着かないな」
何かすべきと考えても、できることが今は少ない。
こうしたときにまず相談相手となるネメシスも、今は眠っている。
朝食にも起きてこない。
いや、昨日ここに辿り着いてから……
その時点で、俺の中にも薄っすらとした予感がある。
恐らくネメシスは今……次のステップを踏もうとしているのだ、と。
数々の戦いを経て、戦争での経験を加えて、最後の戦いを前にネメシスは一つの答えに辿り着こうとしている。
だからそれも、俺は待つしかない。
「待つしかないことばっかりだ……」
これなら、再び斧の試練に挑んだ方が気は紛れるかもしれない。
それに【覇王】と再生力がヤバすぎるトロールさん以外なら、
まぁ……その準備がここじゃできないんだけど。
……斧の試練をしようにも、じきに夜も明けるか。
「レイさん」
そんなことを考えていると、後ろからルークに声を掛けられた。
「ルーク、おはよう」
「おはようございます。プラントのスタッフからの伝言です。シルバーの修理、あと二時間ほどで完了する見込みだそうです」
「ッ! マジか!」
思ったよりも早い。技術者の人達が頑張ってくれたんだろう。
これなら、今日の戦いにも間に合う。
「となると、いよいよジョブをどうするか考えないとな……」
「【煌玉騎】への転職ですか?」
「ああ。シルバーが間に合うなら、選択肢に入る。……正直、準<超級>以上の相手だと【暗黒騎士】分のステータスが誤差だ。けど逆に、その誤差で明暗が分かれることも十分考えられるからさ」
ここで【煌玉騎】のレベルを一〇〇にできれば、悩むこともないんだが……。
「レベルですか……。僕もそれで悩んでいます」
「ああ、そっか。超級職に就いたばかりだもんな」
「はい。レベル上げの期間もろくに取れていません。それに【色欲魔王】の《
<墓標迷宮>で俺を助けてくれたマリリン……彼女をパワーアップさせたスキルか。
ルークの従魔達が一斉にパワーアップすれば大戦力だが、そうそう美味い話はない。
やっぱりレベル上げがネックで時間も手段もない……か。
「俺と違って、ルークなら出られるんじゃないか?」
「……ここでレイさんを放っていくことなんてできませんよ。<超級>の皆さんも今はいませんし、先に脱落した人達の分も僕がレイさんを護ります」
ルークはそう言って俺を真っすぐに見る。
イゴーロナクの追撃戦に参加したルーク以外のメンバー……マリー達がデスペナルティとなったことに責任を感じているのかもしれない。
そして、そんな強い決意のこもった視線を向けるルークに、否とは言えない。
「分かった。頼むぜ、
「はい、
そうして俺達は言葉を交わして……。
「友情やねぇ……。<
「「!?」」
……いつの間にか扶桑先輩が俺達の横に立っていた。
「…………。どこから……って聞くまでもないな」
「そうですね」
俺とルークの視線が、扶桑先輩の足元に向けられる。
まぁ、例の如く、そこに月影先輩が潜んでいるのだろう。
この人、こういう悪戯にも付き合わされるんだから大変だよな。
俺はそれで誘拐されたけど。
「どうしたんですか? 貴女は<砦>の防衛から動けないはずでしょう? 貴女の超級武具はフラッグ防衛の要ですよ。勝手に動かれると困ります」
どこか温度の低い声音で、ルークが扶桑先輩に質問する。
ここに来て気づいたが、ルークって扶桑先輩への当たりが強い。
性格的に合わない部分もあるのだろうか?
とはいえ、ルークが言っていることは正論だ。
扶桑先輩の【グローリアβ】は『範囲内のレベル一〇〇以下の人間範疇生物即死』(カグヤとのコンボでレベル六〇〇以下即死)という物騒な殺傷性能に加え、結界外から放たれた攻撃を無効化する鉄壁の防御性能も持つ。
数多の<エンブリオ>の初見殺しを防ぎ、さらに超級職以外は侵入すらできない。
厳重な警戒をした<遺跡>の奥の最終防衛ラインとしてはこの上ない性能だ。
それを見込んだからこそ、アズライトも苦渋の決断で扶桑先輩にフラッグを預けたのだろう。
転じて、扶桑先輩がこんなところにいる今、<砦>は無防備と言っていい。
ルークでなくとも「なにやってんの?」とは言いたくなる。
「大丈夫やって。敵さんも夜の間はうちと影やんを怖がって来ぉへんよ。せやから、今のうちに話を済ませよぉ思てな」
「話?」
「聞いたで? レイやんの馬、直るの間に合うんやってな。せやからここで転職するか悩んどるんやろ。レベルがネックで踏ん切りつかへんのよな?」
「……はい」
情報が早いが、それも当然か。
この人、今はこの<遺跡>防衛の責任者だもんな。
「でぇ、そっちの美少年も超級職なり立てでレベル上げに悩んどるんやろ?」
「……ええ、まぁ」
俺とルークがどちらも自身の問いを肯定したのを見て、扶桑先輩はニンマリと笑う。
そして化かす相手を見つけた狐のような顔のまま、口を開く。
「――その問題、うちなら簡単に解決できる言うたらどうする?」
なんかもう妖怪通り越して契約持ちかける悪魔みたいだ。
To be continued
(=`ω´=)<♪~
○死音
(=ↀωↀ=)<WEB版のみの方には馴染みが薄いかもしれませんが
(=ↀωↀ=)<彼女の活躍はクロウ・レコード全4巻と書き下ろし書籍17巻でね!(ダイマ)