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第一〇五話 夜明け前

(=ↀωↀ=)<更新&七章再開~


(=ↀωↀ=)<AEの方に20巻発売記念SSもあるのでよろしくー

 □【聖騎士】レイ・スターリング


 三日目の、夜明け前。

 かつて訪れたカルチェラタンの<遺跡>。ジョブクリスタルがある広間で俺は身体を動かしていた。

 一日目の戦いでズタボロだった体は、昨日ここに辿り着いてすぐに扶桑先輩の魔法によって完治している。「今回は野戦病院みたいなもんやしタダでええよー」と気前のいいことを言っていた。……アズライトからまとめて毟る気なのかもしれない。

 俺と同様、ルーク達の治療も完了している。胴体に穴が空いて瀕死状態だったマリリンは危うかったが、【女教皇】の《聖者の慈悲》で回復している。

 肉体の面で俺達は完全回復した。

 とはいえ、万全とは言えない。【紫怨走甲】の残量は《瘴焔姫》を使えるほどじゃないし、【光王】の助力で二発目を撃てた【黒纏套】も空っぽだ。

 斧はまたあの試練に挑戦していたが、やはり勝てる相手は少なく、制御可能となるまでまだまだ遠い。……一つ突破法らしいものを思いついたが、それを実行するには準備がいる。戦争中には達成できないだろう。


「あとはシルバーの修理状況次第……か」


 イゴーロナク戦で脚部を破損したシルバーも、今はこの<遺跡>のプラントで修復作業の真っ最中だ。

 【セカンドモデル】用の設備を流用したもので、アズライトの乗騎である【黄金之雷霆】の修復作業にも使用されたものらしい。

 急ピッチで直してもらっているが、どの程度で直るかは不明だ。

 すぐに直るかもしれないし、戦争中には直らないかもしれない。

 それに関してはプラントの技術者……ブルースクリーン氏の下で機械系技術者として腕を磨いたティアン達の活躍を祈るしかないだろう。

 なお、ブルースクリーン氏自身と彼の属する<ライジング・サン>は非ランカークランであるため不参加だ。『戦争終わったら俺の仕事場消えてたりしないよな……? 頼むからプラント壊さんでくれよ……?』と心配そうにしていた。


「…………」


 全三日の<トライ・フラッグス>も二日目が終わり、現時点での戦況は王国が優勢。

 夜の内に<遺跡>に帰り着いた月影先輩から、スプレンディダ戦の顛末も聞いている。

 皇国はフランクリンと【獣王】以外の<超級>が落ち、<砦>も失陥した。

 王国は<超級>のアルベルトさんが落ち、うちのメンバーも含めた多くの人員が脱落したものの……フラッグは三つとも健在だ。

 <()>も<砦>の無事を確認している。

 仮に俺達にも所在を知らされていない<宝>が落ちたとしても、フラッグの数は同点。

 そうなれば、落ちた時間が遅い王国の勝利となる。


「だから、皇国は確実にこの<砦>を全力で狙ってくる。……が」


 それが分かっているからこそ、王国はここに戦力を集めている。

 <砦>のブラフの一種でもあったのだろう<ウェルキン・アライアンス>の空中拠点が二日目に陥落したことで、皇国にもここが<砦>だとバレている。

 だからもう隠すことなく、残存戦力の多くをここに集中させている。

 その中には西方最大のステータスを持つ【獣王】にも有効な致死攻撃を持つ<マスター>……月影先輩や死音もいる。


「今までで一番戦力は整っている、か」


 扶桑先輩のデバフと《絶死結界》、対【獣王】戦力、多くの<マスター>、それに<遺跡>の防衛機構。

 ここは皇国にとって最大の攻撃目標だろうが、陥落させるのは難しいだろう。

 その上で、兄とフィガロさんとハンニャさん……扶桑先輩以外の<超級>達の動きは俺達にも伏せられている。

 特に、昨日の夜からは完全に情報が遮断された。

 理由は『内通者警戒のための情報規制』。

 昨日にエリザベートや迅羽を乗せて黄河に向かっていたラピュータがカルディナの襲撃を受けるという大事件が起きた。

 その際、<AETL連合>のサブオーナーであるヴォイニッチ氏……【鎌王】がカルディナのスパイであることも判明した。

 それゆえ、内通者への警戒が引き上げられたのだ。


「格好は怪しく恐ろしい雰囲気だったけど、そんな裏があるとは思わなかったな……」


 ともあれ、彼がこの戦争中に何事かを画策している恐れがあると判断され、俺を含めてフラッグ防衛に関わる主だった者にはその事実が周知された。

 元々スパイを警戒してある程度は伏せられていた情報が、より機密性を増した形だ。

 その判断は誤りではないだろう。


「グッモーニン! いやー! よく寝て爽快な気分ですよ! ここ国の設備だからか良いベッドと掛布団使ってますねぇ! シルクですか? こんなに気分よく起きた朝は外の空気を吸いたくなりますよ! 危ないから出ませんが!」


 ……機密情報バラしまくった裏切り者(・・・・)の実例がここにいるし。


「パレードさん……」

「やあレイ君! ついに最終日ですね! 王国の勝利目指して頑張りましょう!」


 アナタ、一応まだ籍は皇国ですよね……?


「……ご機嫌ですね」

「それはもう! 戦争が終われば私は合併した新たな<編纂部>の長に収まり、リアルでの広告収入もウハウハですからね!」


 彼を連れてきたアット氏曰く、「あいつは人間としてはダメだが有能だ。利益が重い内は裏切らない。そして今は皇国が勝つよりも王国に勝ってほしい立場だ」とのこと。

 ルークも「……『自分の利益だけは裏切らない』という言葉に嘘はありません。それに性格に難はありますが、有能なので切り捨てられません」と述べていた。

 実際、彼のビフロストのお陰で俺もルークもここに辿り着けたので、悪くも言えない。

 しかも、もしものときには本日分の転移で俺達を王都に退避させる役目も担っている。

 <デスピリ>メンバーが死力を尽くして倒したチーム・イゴーロナクと同じく、フラッグの生残に大きく関わる人物。人格面はともかく非常に重要な存在なのだ。

 ……戦争後も付き合い増えるんだろうけど疲れそうだなぁ。


「そしてフラッグの数でリードを取った今! もはや勝ったも同然! この施設が陥落することなどまずありえますまい! <超級>の扶桑月夜もいますしね!」

「フラグ立てるのやめません?」


 あと<超級>二人でガードしてたラピュータが昨日墜落したそうですよ?


「ハッハッハ。堅牢なシェルター! 無数の先々期文明産防衛設備! 【獣王】にも有効な<マスター>! 扶桑月夜のデバフ! <月世の会>や<暗黒舞踏会>の戦力! こちらの勝ちフラグばかりですよぉ!」


 ……やばい、俺もさっき似たようなこと考えたけど急に物凄く不安になってきた。

 この人がいるだけで負ける側に立っているような気分になる……。


「おまけに皇国の戦力についての情報提供も行いましたからねぇ。<宝>こそどこの誰が護っているか分かりませんが、攻守共に王国有利と言えるでしょう!」

「…………」

「とはいえ何かあったときにはまた王都に転移させますのでご安心を! それではブレックファーストをいただいてきますよ!」


 パレード氏は笑顔で食堂の方へと去っていった。

 俺の方はその場に立ち止まったまま、彼の言葉について少し考えている。


「……<宝>か」


 皇国の<砦>は落ちたが、護っていたのは【魔将軍】だった。

 <命>はイゴーロナクでもスプレンディダでもなかった以上、可能性が高いのは西方最強にして皇王に最も信頼されている【獣王】だろう。

 <命>が【獣王】、<砦>が【魔将軍】。

 だとすれば、残りの一つである<宝>を持っているのは……。


 ◆◆◆


 ■王国某所


 王国の、とある平原の一角。

 一見して、そこには何もなかった。

 だが、一定以上近づけば……光学迷彩によって隠された巨大な異形が姿を現す。

 生物と工場設備が融合したような異形の銘は【魔獣工場 パンデモニウム】。

 【大教授】Mr.フランクリンの<超級エンブリオ>である

 今、自らの機能によって隠蔽された要塞工場の中で、二人の人物が対面していた。

 一人は白衣を着たマッドサイエンティスト然とした人物、フランクリン。

 もう一人は……人間範疇生物ながら人ならざる小動物の姿をしたベヘモットだ。


「おはよう。十分休まったかい?」

Thanksおかげさまで


 このパンデモニウムは皇国側でも特に重要な者達にのみ知らされた拠点でもある。

 先々期文明由来の治療設備が運び込まれており、地の利がない王国において彼ら彼女らの治療を担う場所だ。

 ベヘモットはここでケイデンスとの戦いでの消耗……単純なステータス消費ではない疲労を癒やしていた。

 元より、ケイデンスに使わされた必殺スキルのクールタイムが明けるまでは全力で動けない身であったため、パンデモニウムで休んでいた形だ。


「それにしても、こうして話すのも久しぶりだねぇ。前はVRチャットで話したりもしてたけど」

『…………』

「まぁ、結局は彼周りのあれこれで私と閣下の仲がこじれてやらなくなったねぇ」


 最初にローガンがルーキーだった頃のレイに負けたフランクリンを煽り、後にフランクリンが同じくレイに負けたローガンを煽りつつ彼の敗北動画をアップした。

 そして二人が直接対決に及んだことで、完全に決裂したと言える。

 同じ陣営に所属するものとしての浅い協調関係もそこで途絶えた。


「内ゲバ紛いの展開。君や皇王には迷惑かけたと思ってはいたよ。止められてもやめなかっただろうけどね」

『……あなたも彼も人間ができていなかったのよ。わたしも、人のことは言えないけれど』

「おや」


 珍しく、英語のスラングではなく人の言葉でベヘモットがフランクリンに言葉を返す。

 その声にはわずかに残念さが混ざっている。

 人付き合い……人として人と付き合うことが嫌いな彼女としては、親友であるクラウディア以外では数少ない交流の場ではあったのだ。

 同じ陣営の<超級>という程度の括りであり、仲が良いとは言えなかったが……それでも他の人間よりは同族意識もあった。

 好きではあるが敵のシュウと、嫌いではあるが仲間のフランクリン達。あとは多少縁のあった【冥王】。クラウディアの関係者以外のベヘモットの付き合いはその程度なのだから。

 けれど、その程度でも……彼女が彼女として話す相手として認めている。


『それより、わざわざ朝一番に話に来たのは、お互いの狙いについてだと思うけど?』

「ああ。話が早いね」


 フランクリンはメガネを押し上げて、普段から浮かべていた笑顔の振り(ロール)を消す。


「私はこの戦争でレイ・スターリングを落とす。絶対にね」


 自身の最弱にして最悪の宿敵と決着をつける。

 それは、フランクリンにとって戦争の勝敗以前の問題だ。


『…………』

「ああ、ご心配なく。預かり物の()は護るわ。乱戦で折れないように、そして邪魔が入らないように……ちゃんと三日目まで大人しくしていたでしょ?」


 そう言って視線を明後日の方向に向けた。

 パンデモニウムの壁に阻まれているが、その先には切り札である【MGD】がある。

 そして機体の内部……【MGD】の戦闘中でもフランクリンに傷一つ負わせなかったコクピットには、彼女が預かった旗……<宝>のフラッグがある。


 そう。皇国のフラッグ、最後の一つを護っているのはフランクリンだ。

 結局のところ、皇王は自国に以前から所属していた三人にフラッグを預けていたのである。

 戦力としても、信頼としても、それがベストだと判断した。


「二日間で情報も集まったし、そろそろ動くわ。邪魔が入らない形でやりたかったけど……彼のクランも結構落ちたようだし。特に、ギデオンで痛い目に遭わせてくれた<超級殺し>とかね」


 この三日目まで、フランクリン自身がろくに動かなかったのはそれが理由である。

 また、レイを率先して潰しに掛かるような真似もしなかった。

 『一度盤面に立ったのならば、どうせ最後の最後までしぶとく残っている』。

 あれはそういう存在だと誰よりも彼女が知っていた。

 盤面に立つ前に細工もしてみたが、まぁ意味はなかったのだろう。ただの嫌がらせであり、正体(リアル)を知ってしまったがための衝動的な行動だ。

 振り返ると、自分でもかなり動転していたのだと理解できる。

 そして相反するようだが、まだ冷静でもある。

 少なくとも『リアルで殺さずにこちらで圧し折る』程度の分別はある。


「もっとも、あの事件での最大の障害(・・・・・)は残っている」

『…………』

「という訳で、事前に協定を結んでおきたいのよ」


 そしてフランクリンは確信している。

 いま会話しているベヘモットもまた同じような目的がある、と。

 親友のための勝利も目的だろうが、同様に、同等に、ぶつかりたい相手がいる。


「そっちは兄の方でしょう?」

『…………ええ』


 レイ・スターリングとシュウ・スターリング。

 奇しくも、二人の宿敵は兄弟同士なのだ。

 全く以て、妙な繋がりを持ってしまったものだと自嘲する。

 だが、ベヘモットがシュウを相手取ってくれるならば、フランクリンとしては助かる。

 あの事件、最後の最後に盤面をひっくり返したのはあの男なのだから。

 そしてベヘモットとしても、講和会議で自身に一矢報いたレイを失念しない。

 自分自身の決着のために、スターリング兄弟をセットで相手にしたくないのは両者共通。

 

「お互いがお互いの宿敵を引き受ける。可能なら離れた戦場で。それでいいかしら?」

『もちろん』


 ゆえに、二人の協定は一切の異議なく結ばれた。


「同じ考えで安心したわ。……とはいえ、お互いにとって最悪に邪魔な駒がまだ盤面に残っているけれど」

『――【女教皇】』


 扶桑月夜にかつて負わされた屈辱と損失を思い返し、ベヘモットの足に僅かに力が入る。

 小動物の足元で、パンデモニウムの床が割れた。


「お互いの宿敵と雌雄を決しようというタイミングで、彼女ほどのノイズは他にいないわね。圧縮デバフや最終奥義で勝敗がコロコロ変わりそうだもの」

『…………』


 ベヘモットは言葉こそ返さなかったが、内心ではほぼ同意している。

 ある意味、単に強いフィガロよりも性質が悪い。

 特にベヘモットにとっては致命的だ。

 カグヤのデバフが彼女にも抗えないものであるのは講和会議で知っている。

 ましてやシュウとの戦いにおいて、彼に一時的にでも動きを止められることがあれば……今度は圧縮したデバフをぶつけられて全能力を致命的に低下させられる。

 そうなれば、望んでいた戦いにはならない。

 大抵の干渉は二人の戦いにとっては意味のない誤差だが、扶桑月夜は違うのだ。

 ベヘモットは、シュウとの戦いの趨勢を左右するようなモノは挟みたくない。

 そしてそれは、同様の願いを持つフランクリンも同じ考えだった。


「三日目はそこが最初の分岐点。彼女が落ちるのを待って動くのか、落ちなかった彼女を落とすのか」


 自分達の宿敵と望む形で、万全の状態で戦えるか否か。

 彼女達にとって、最終日最初の戦いはそれなのだ。


「まずは……彼らが彼女を倒すことを期待しましょうか」

『…………』


 フランクリンの言葉に、ベヘモットは黙したまま……頷く。

 フランクリンやローガンほどの括りも繋がりもない者達。

 されど、王国優位の盤面を覆すために動き出した……三人の男達を。


 To be continued

○フラッグ


王国

<命>:レイ・スターリング

<砦>:カルチェラタンの<遺跡>

<宝>:不明


皇国

<命>:ベヘモット

<砦>:地下空洞(破壊済。後の<フィガロ山>)

<宝>:Mr.フランクリン



○ヴォイニッチ


(=ↀωↀ=)<レイ「格好は怪しく恐ろしい雰囲気だったけど」


(=ↀωↀ=)<本日の『おまいう』案件である



○更新頻度


(=ↀωↀ=)<執筆作業が三つ並行してるので


(=ↀωↀ=)<WEB更新は基本週一になるかと思われます


(=ↀωↀ=)<そのペースは守りたいです

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