第四十九話 過去が未来を繋ぐ
(=ↀωↀ=)<本日……というか日付変わったけど四話目
(=ↀωↀ=)<間に合いました……
□■<北端都市 ウィンターオーブ>・周辺砂漠地帯
「くたばりやがれェ!」
右腕のテナガ・アシナガに【応龍牙】を握りしめ、迅羽が【ベルドリオン】の胸部装甲……【フーサンシェン】を格納した部分を切りつける。
刃が強固な装甲に傷をつけ、僅かな亀裂を作り……しかし内部に届くことなく逸れていく。
「チッ……!」
今の【応龍牙】は、そのスキルを発揮していない。
《龍神装》はおろか、連戦によって枯渇気味のMPとSPでは通常の強化すら施せない。
それは他の者も同様だ。
「【IG】! まだ使える武器は!」
『最大兵装の《ドラゴニック・バーン》があるがチャージ中だ。何より、あれは近距離武装。この距離では足にしか当たらん。熱量兵器である以上、狙うなら精密機械の詰まった胴体部だ。奴が体勢を崩してから使用したまえ』
「そんな都合のいいタイミングが、……あ!」
【ホワイト・ローズFB】の弾薬は尽き、
「……ッ。ここでもエネルギー問題が尾を引くか」
【ヴィドス・グランゼラ】も転移を封じた《救命之星》を維持しながら使用できる武装には限りがあり、その火力は【ベルドリオン】を貫くには至らない。
だが、火器にエネルギーを回して支配を弱めれば、その瞬間に【ベルドリオン】は離脱するだろう。そうなればご破算だ。
『っ……!』
さらには再起動したラピュータも地上から砲撃しているが、元より対地攻撃に偏った武装編成であるために火力を発揮しきれていない。
『再浮上可能まであと十分……!』
「じゅう!? こっちはその半分足らずで切れるぞ!?」
グレイの言葉に、今も【ベルドリオン】の動きと最大の武装を拘束しているグリムズから悲鳴が上がる。
「グリムズ! なに弱気になってるの! もっとガッツ出してよ!」
「レイド戦でクロックダイル使えなくなってる湿った地雷女はサポートに集中しろや!? さっきからデカブツが拘束担当の俺潰そうと探してんだから幻欠かすなよ!?」
「…………」
「『地雷って湿っても爆発するんじゃない?』。創造主様、流石に暢気すぎます」
マイペースか混乱かの判断は彼ら以外できないが、<童話分隊>にも余裕はない。
『《
そして、この場で余力のある最後の<マスター>……ベルドルベルは最大火力としてパーカッションの必殺スキルによる攻撃を敢行している。
放たれた振動波が【ベルドリオン】の右足に叩きこまれ、その装甲に大小の罅を作る。
だが、それも崩壊には至らず内部構造へのダメージも抑えられている。
『……くっ! 出力不足か……! ならば……』
ベルドルベルには最後の手段がある。
それは【奏楽王】の奥義、《ファイナル・オルケストラ》。
九割のHPを代償とし、一度だけ音楽スキルの効果を十倍にする。
それを用いた《獣震楽団》ならば、構造を破壊しきれるかもしれない。
(だが、一度きりの手だ……。使うならば、どのタイミングで……!)
今このときか、それともラピュータが浮上したときか。
いや、それを待てば拘束が解かれてしまう。
そのようにベルドルベルが思案しているとき……。
「ベルドルベルさん!」
『……! ユーゴーか!』
彼に声を掛けたのは、かつて同じクランで肩を並べ、同時期に離脱した<マスター>……ユーゴーだった。
『なぜここに……』
『あなたの奥義と必殺スキルで奴の体勢を崩せますか!?』
二人は共にフランクリンの計画に主要人物として参加した<マスター>だ。
それにフランクリンの妹であるユーゴーと、フランクリンを観察するためにクランに入ったベルドルベルはクランにおいて接点を持っている。
だからこそ、ユーゴーはベルドルベルの強さを把握していた。
『……打つ手があるんだな』
『はい!』
『……分かった。任せてもらおう』
かつてクランメンバーとして同じ戦いに身を投じた若者の言葉に老人は頷き、指揮棒を構える。
『――《ファイナル・オルケストラ》――』
そして自らのHPをスキルへと変換、自らの楽団を強化して、
『――――《
先にはなったものとは桁違いの威力で、【ベルドリオン】の罅割れた右足に振動波を放った。
砕けかけの表面装甲は塵となり、第二装甲を破砕し――
『――Oooo――!』
一〇〇メテル超の巨体が、音を立てて傾いでいく。
『今だ! 駆け上がれ! あの【尸解仙】がつけた傷から全熱量を叩き込む!』
『無茶振りを……だが、やるしかないんだろう!』
【IG】の要求に応じたユーゴーの手で、白い機体は傾斜する巨人の身体を疾走する。
『このくらい、さっきのさばくにくらべたらたんきょりそう、だよ』
『ああ! やってみせるさ!』
キューコのエールに応え、ユーゴーは超重装の機体を操って進む。
その動きはこの日に戦い始めたときよりも上達が見えた。
ウィンターオーブでの実戦を経て、少しずつ馴染んでいる。
あるいは、
そして【ホワイト・ローズFB】が駆け上がり、巨神の腰にまで到達したとき――。
「――――あ」
誰かの呟きと共に――――巨人の右腕を拘束していたクトーニアンが千切れた。
◇◆◇
□■<北端都市 ウィンターオーブ>・郊外
この戦場で<マスター>達が護ろうとしているティアン達。
彼女達のいる場所に現れたのは、かつてスペクトラル・ローグと呼ばれていた男。
この戦場における、最後の『獅子面』。
それは上書きされたザカライアの人格に則り、行動していた。
<マスター>達が激戦で掛りきりになり、ティアン達を守る余裕を完全に失くしたタイミング。《五感迷彩》でターゲット達に肉薄し、ジョブを切り替え、最終奥義で全員を殺す。
【龍帝】だろうと守り切れない。
不安要素の市長の娘も、先代同様に【邪神】覚醒のきっかけとなりうる姉もここで死ぬ。
特に後者は【龍帝】の心も害し、<黄河内乱>をより凄惨にする引き鉄になりうる。
その任を負ったザカライアであれば、殺さない理由がない。
それゆえに『獅子面』は彼女達の傍で――
彼女達を守ろうとするツァンロンや【グリム・レッド】も間に合わず。
その直後に――――
手を打ち合わせた体勢のまま、『獅子面』は硬直している。
やがて……。
『ありえない……』
その口から言葉が……この世界の言語ではないものが漏れる。
『こんな、バカな、そんなケースが、「……これ以上はやらせん」』
しかしそれは、上書きされた人格にはありえないことだ。
『ルシファーで上書きされた人格が戻る、なん、て……もう記憶も人格も消去されていたのに! 「……これ以上、悲劇を……繰り返させん」』
狼狽する言葉に、強い意志を宿した言葉が続く。
それはまるで、別の人間が同じ口で喋っているような奇妙な光景で……。
『まさか……まさか……!?』
そのとき、『獅子面』は理解する。
自らの致命的な失敗を。
最終奥義での自爆。
『獅子面』はザカライアとして当然の戦術を用いた。
いつもの『獅子面』ならばそうする戦術を。
レベル0のいくらでも代わりの利くティアンでの常套戦術を。
だが、彼は……スペクトラル・ローグは無力ではなかった。
一つの力を頼りに、世界の敵と戦っていた男だ。
『ぐ、あ……ローグ家の、サイコメトリー……!
人格と記憶を上書きし、ジョブの力や特典武具の使用権までもコピーするルシファー。
だが、<遺跡>の認証を彼の指紋と虹彩で通ったように、肉体というハードそのものは変わらない。
そして最終奥義の動作の際に、彼は自らの肉体の記憶を読み取った。
他ならぬ自分の肉体。他の何よりも記憶を読み取る効果は強い。
その結果が、これだ。
上書きされたザカライアの人格と、記憶から復元された本人の人格。
二つの人格が一つの肉体で稼働している。
そして蘇った人格が、最終奥義の炸裂を遅らせていた。
両者の間での、主導権の取り合い。
「……消えるがいい、悪魔よ……」
だが、その鬩ぎあいも長くは続かない。
最終奥義……自滅同然の力の発動体勢に入ったことで、身体は傷ついていく。
傷つけば、上書きされた人格の力は弱まる。
そして人格同士の形勢は傾けばあっという間だ。
主導権は徐々に市長へと移り……。
『こんな、こんな……失態、をぉぉぉぉぉお……!?』
ザカライアの人格は自らのミスを悔いる言葉と共に消えていった。
後に残ったのは、自身の身体を取り戻したローグ市長の人格だった。
「お父、様? 今の出来事は……?」
「……エイリーン、怖がらせてしまったな……」
怯える娘に穏やかな笑みを向けながら、ローグ市長は優しく声を掛ける。
だが、娘の怯えは止まらない。
なぜなら……。
「ローグ市長、お身体が……!」
彼の身体は今も、崩壊し続けている。
そう、ザカライアの人格が消えたところで、最終奥義は既に発動してしまっている。
この空間に満ちる真珠色の光が彼を癒やしているが、身体の内から破裂するような傷が刻まれ続けていく。
炸裂のタイミングを遅らせたところで、《
「早く、治療を!」
「……その必要はありません。この命は既に手放したも同然。……捨てる場所も決めました」
「……!」
そう言う市長の視線は、拘束された巨人へと向けられていた。
これから何をするつもりなのかを、ツァンロンだけは察してしまった。
「殿下。最期に、伝えねばなりません」
そうして自らの死に場所を決めた市長は、遺言のように言葉を発する。
「議長達は、第三王女を……【邪神】として目覚めさせようとしています」
「な!?」
それは、『獅子面』が遺したもの。
上書きされたの記憶から拾い上げた、議長の計画。
ザカライアが悔いた最大の失態である。
「そして、王国の<マスター>……
「!?」
明かされた情報は……これまで秘匿され続けた議長の切り札さえも詳らかにした。
それこそが、『
「早急に、王国へとお伝えください……。世界が、議長に……
「まってくれ!? どういうことなのじゃ!? テレジアが、【邪神】……!?」
彼の告げた衝撃の事実をエリザベートはまだ呑み込めない。
妹の真実に混乱する彼女に申し訳なさそうな視線を向けた後、彼はこの場に佇む人狼を通し、使役する者へと頼むように視線を向ける。
ほどなくして人狼は頷き、ローグ市長は安堵したように微笑む。
最期に、彼は再び自らの娘へと向き直る。
「エイリーン。お別れだ」
「お父様……私、私は……!」
「本当は屋敷で別れたときが最後だと思っていた……。こうしてもう一度会えてよかった」
そうして、ローグは右手を差し出す。
それが彼女達一族……親子にとって何より雄弁な会話となるから。
やがて二人は手を握り合い……離した。
「後は、頼む。伝えるべき人に、伝えるべきことを」
「…………はい」
別れを告げた彼は、娘に背を向けて……体に残った超級職の力で駆け出した。
破裂しそうな身体から地を噴き出しながら、超音速で砂漠を駆け抜ける。
そして彼の行く先には傾いて倒れゆく巨人が、自由になった右腕を振るう姿。
自らを上ってくる白い機体に手を伸ばし、必殺の《亜空》で消し飛ばさんとしている。
だが、そうはさせない。
「エイリーン、殿下達……そして、善なる<マスター>達よ……」
超音速で駆け抜けた彼は、白い機体よりも先に右手との距離をゼロとして……。
「この世界の未来を……お頼みします」
巨人の右手首に接触し、
「――《
――【震王】の最終奥義を炸裂させた。
◇◇◇
□【装甲操縦士】ユーゴー・レセップス
死を覚悟した。
迫る必滅の右手に、自身と姉さんの機体の消滅を幻視した。
けれど、その瞬間は現実にならなかった。
右手が私を捉えるよりも先に、誰かがその右手に辿り着いた。
それが誰かは分からなかったけれど。
誰かの左手には、<エンブリオ>の紋章はなくて……。
その誰かは、まるで自らを爆弾とするように砕け散った。
破壊と衝撃が機体を揺らす。
けれど、私を、私の心を揺らしたのはそんなものじゃなくて……。
「いまの、人……」
誰かは分からない。
けれど、
『足を止めるな!!』
叱咤する言葉と共に、【ホワイト・ローズ】が動く。
動かしているのは、【IG】だ。
動揺する私に代わり、最後の操作権で機体を前に進ませている。
『――OooOOo――!?』
巨人は呻いている。
爆発を受けてのけぞり、右腕も一時的に離れている。
けれど、右腕は健在だ。
誰かの爆発は右腕を破壊できなかった。
体勢を立て直せば、再び振るわれるだろう。
――だけど今は、この時間は。
――見知らぬ誰かがわたしを護るために。
――いいえ。
――
「ああああああああッ!!」
喉が張り裂けるほどに叫びながら、私は再び操縦桿とフットペダルに力を込める。
もう【IG】の補助は切れている。
けれど、私は進む。
多くの人の手助けと、献身を受けて、私は進む。
ここで、悲劇を終わらせる役割を果たすために。
『パイロット君ッ!』
「白いの!」
『ユーゴー・レセップス!』
『ユーゴー!』
「行っちまえッ!」
「止まらないで!」
「…………進め!」
「『進め!』なのです!」
『ユーゴー……!』
みんなの……この事件を終わらせたい人達の声が聞こえる。
立場も何もかも違うけれど、この悲劇を終わらせる目的は一つだった戦友達。
その中で偶々、私がこの場に決着の手段を持って臨んでいる。
だけど、本当にこの事件の結末を……未来を決めたのは私じゃなくて。
きっと……命在る限り戦い続けた誰かだった。
『――――
辿り着いた場所。
装甲の亀裂から見えた<UBM>は無邪気そうにこちらを見上げていて……。
「――――《ドラゴニック・バーン》!!」
――――放たれた熱線は……水晶の身体を跡形もなく焼き尽くした。
To be continued