第四十三話 ベルドリオン
□■カルディナ某所・【テトラ・グラマトン】――昨日
なぜラスカルとマキナがウィンターオーブに赴いたのか。
その発端はマキナ……【瑪瑙之設計者】からの申し出だった。
「それで、お前が言っていた無視できない情報とは何だ?」
「【ベルドリオン】。大昔に【覇王】に壊された決戦兵器についてです」
「……決戦兵器なら俺が回収したものと同格だろう? それをどうにかできる【覇王】は本当にティアンか?」
「私も本人を見たことがないので何ともわかりませんね!」
管理AI、フラグマン、そして
そうした指し手を自認する者達でも読み切れなかった……規格外の中の規格外達が戦争で潰し合っていたのが三強時代だ。
しかし、その頃のマキナは<遺跡>の中で機能停止していたので詳細は何も知らない。
「さて、【ベルドリオン】は歴史上唯一破壊が確認された決戦兵器です。まぁ、正確にはつい先日カルチェラタンでもう一機……ワンペア? 破壊されちゃったんですけど」
「…………」
決戦兵器三号【アクラ・ヴァスター】の<遺跡>からの出撃、そして破壊。
何かと<IF>と縁深いシュウ・スターリングの弟がやってのけたことであるため、ラスカルも複雑な表情を浮かべた。
(兄はゼクスやガーベラを“監獄”に入れてこっちの予定を崩し、弟は俺が未回収の決戦兵器を破壊か。新メンバーのローガンを倒したのも弟だったな。全くもって俺達とは相性の悪い兄弟だ)
なお、脱獄したゼクス達にもレイが関わった結果、さらに予定と運命がズレているが今のラスカルは知る由もない。
「それで?」
「壊れていてもご主人様なら何とかできるので回収しない手はありません」
「……残骸があるとしても、破壊した当人である【覇王】は回収しなかったのか?」
かの【覇王】は先々期文明の遺産にも関心を持っていたはずだ。
今は海洋国家の土台となっているグランバロア号とて、元は【覇王】率いる侵略国家が発掘・修復していた先々期文明の超大型船である。
「ええ。私もそう思ってたんですけど……これ、件の戦いの伝承です」
そう言って、マキナはかつての戦いについての記録を翻訳した紙をラスカルに手渡す。
『天が裂け、地が割れ、巨人が出ずる。
その巨人、【覇王】と【猫神】を弑さんと輝く両手を振るう。
【覇王】の軍、立ちどころに消え去る。
されど、【覇王】は消えず、【猫神】は絶えず。
【猫神】の群がる爪、巨人に膝を突かせる。
【覇王】の振るいし斧、虹の輝きと共に巨人を断ち割る。
砕けた巨人、霞の如く消え失せり』
「…………ん?」
その英雄と怪物の戦いとしてよくある内容の伝承を見て……ラスカルは疑問を覚える。
「決戦兵器はモンスターじゃないだろう。なぜ
モンスターは光の塵となり、その身をリソースに変えて消滅するのが“化身”襲来後の世界の法則だ。
だが、ベルドリオンは兵器であってモンスターではない。
残骸を晒すことはあれど、光の塵となるのは道理に合わないことだ。
「暴走ゴーレムのようにモンスター化していたのか? だが……」
決戦兵器と銘打たれたモノが暴走して
そんなラスカルに、マキナは「そう。そこなんです!」と頷いた。
「【ベルドリオン】は転移現象を武装に変換した兵器でした。亜空間に削り飛ばすことで、あらゆる防御や強度を無意味にする矛にして盾ですね」
転移魔法。多くの<マスター>が欲し、しかし叶わず嘆く技術の筆頭。
自然魔力の暴走で時折発生するくらいで、技術として扱えた者は王国の【大賢者】……先代のフラグマンなど数えるほどだ。
だが、【ベルドリオン】は先々期文明の……初代フラグマンの切り札たる決戦兵器。
それを可能とする理由としては十分だ。
「まぁ、色々あってサイズは肥大化しましたし、予定していた仕様にもできなかったようですが……サイズアップしたからこそできることもあったんです」
「それは?」
「『特定地点への空間転移』」
マキナの言葉に、ラスカルが目を瞠る。
それが意味することの大きさを、正しく理解したからだ。
「【ベルドリオン】は自身の損傷が一定値を越したとき、“化身”から未発見且つ最寄りのプラントの整備ドックに自らを転移させる
「なるほど……」
ラスカルは頷き、【ベルドリオン】の機構を手に入れる重要性を把握した。
特定の場所への
「ちなみに脱出した後はドックで修復と改良フェイズに移行、パワーアップしてから再戦を挑むというギミックです」
「改良? なら、そいつは三強時代から六百年以上も改良に悩んでいるのか?」
もう【覇王】がいなくなった後も、再戦のために自らを再設計しているならば難儀な話だとラスカルは考えたが……。
「いえ、恐らくは
マキナは『それ以前』の問題だと述べた。
「【覇王】の攻撃による損傷があまりにも強力で、緊急脱出の閾値を超えるのとほぼ同時に致命傷を負ってしまったんじゃないでしょうか?」
「……テイムモンスターで度々ある現象だな」
【ジュエル】にはHPが一定値を下回ったら自動的に送還する機能を持つモノが多いが、あまりにも致命的なダメージを受けた場合は戻す前に死ぬ。
決戦兵器の安全マージンをぶち抜いて破壊した【覇王】の恐ろしさが垣間見える。
「そうして、直しようがないほど壊れたまま……【ベルドリオン】はどこかの整備ドックに収容されたと思われます」
「どこかの……か」
ここまでの話で、マキナが言わんとしていることをラスカルは察した。
「そのドック、見つけたんだな? ……ああ、それでウィンターオーブか」
「はい」
――ウィンターオーブでちょっと
この話を始める際にマキナが述べた言葉だ。
つまりは、そういうことだろう。
「うちの回収事業あるじゃないですか」
「ああ」
それはラスカルが武器商人の傍ら行っている事業。
先々期文明由来品……主に用途不明のジャンクの回収業者だ。
表向きの代表はラスカルではなく一般のティアンだが、いくつかの街に買取所がある会社だ。
《鑑定眼》でも何が何だか分からないジャンクをそれなりの金額で買うため、それなりに<マスター>やティアンにも好評である。リアルで言えば金を買取る店に近い。
無論、その目的はラスカルのデウス・エクス・マキナで活用するためだ。
ユニットへの組み込み、リペアしての販売、あるいはジャンクが多く発見された地域から新たな<遺跡>の発見など、使い道は多い。
「その事業の網に【ベルドリオン】の残骸と思われる部品が掛かったんですよ」
その残骸は砂の中に埋まっていたものが偶然発見されたらしい。
持ち込まれたものの考古学の知識を持つサポートメンバーでも詳細不明だったので、ラスカル……マキナにまで回ってきた。
そして、マキナはそれを自身が機能停止する前に設計中だった【ベルドリオン】のものとすぐ理解したのだ。
「その部品の見つかった場所……【覇王】との戦闘した場所が分かりましたので、そこから最も近い未発見のプラントを精査した結果……」
「ウィンターオーブだった、か」
「はい。それ以前に発見されておらず、施設が壊れてもいなければ、ですけど。という訳で行った方が良いと思いますよ?」
「…………そう、だな。カルディナには“墓暴き”もいる」
“墓暴き”のカリュート。
先々期文明産アイテムからのリバースエンジニアリングで知られ、今のカルディナの機械技術の根幹を担う人物。
そんな輩に決戦兵器を回収され、転移の機械的再現を可能とされてしまえば……どれほどの障害となるか。
(仮にこちらが天地で目的を果たしても、最悪……カルディナの【地神】が本丸まで転移で詰めてくるか。……仕方ない)
こうして、見逃すわけにはいかない重要アイテムの存在を急に知らされたラスカルは、予定を変更してウィンターオーブへと回収に向かうことになったのである。
無論……その予定の中に自らの天敵と言える<神話級UBM>の存在はなかったが。
◇◆◇
□■<北端都市 ウィンターオーブ>
機械仕掛けの巨人の出現を、この地で生存している全てのモノが見た。
燃える街から見上げるユーゴー達。
天空の城から見下ろすグレイ達。
砂漠の先から見やる迅羽達。
そして、災禍の中で生存する数多の力無き住民達。
誰もが、巨人を見て理解する。
これがウィンターオーブを襲う災禍の中で最大最悪の存在なのだ、と。
その中にあって、笑みを浮かべるのはただふたつ。
「あちらは首尾よく動いたようね」
『獅子面』が仕事を果たしたことに安堵するザカライアと
『――
――特大の『玩具』をプレゼントされて喜ぶフーサンシェンだ。
◇◆
『あれは……!?』
「……
砂漠を割って街の近郊に出現した【ベルドリオン】にユーゴーは驚愕し、ラスカルは自身の嫌な予感が的中したことに舌打ちする。
「……スキャンデータを比較」
【フーサンシェン】捜索のために展開していた観測ブイに搭載された機器が【ベルドリオン】のデータを収集し、マキナの登録しておいたデータと突き合わせる。
遠目にも大きな破損が見受けられる【ベルドリオン】だが、問題は機能として『何』が破損しているかだ。
(頭部の思考中枢と、胸部の動力炉が完全破損している?)
結果は……自律稼働のために必要なコアと大型動力炉の破損だ。
機体のフレームや駆動系は残っているがあれでは動くはずもない。
今のベルドリオンは自動運転車からエンジンとコンピュータを外したも同然の代物。
それだけならば、ただのスクラップ。
だが……。
「ッ! ……転移機構は無事、か」
【ベルドリオン】が【ベルドリオン】たる由縁だけは、残っていた。
「ユーゴー・レセップス! 警戒しろ!」
『……、あれが何か知っているのか?』
「先々期文明の決戦兵器だ! 奴に使われれば【
『了解した……!』
二機の機動兵器は状況の悪化を阻むべく、轡を並べて災禍の中心へと駆け出そうとする。
二人は知らないが、現時点では【フーサンシェン】よりも二人の方が【ベルドリオン】に近い位置にいる。
ゆえに【フーサンシェン】に先回りすることも可能であり、ラスカルならば機能停止している【ベルドリオン】を問答無用でデウス・エクス・マキナに格納することも可能だ。
それは<IF>が巨大な戦力を手に入れる結果ではあるが、最悪の結果ではない。
ラスカルとて、手に入れることよりも『使われない』ことを優先してのことだ。
二人は共に本来は敵同士であるが、今この場で最悪の災厄を退けるためにすべきことを理解していた。
だからこそ……。
「――行かせないわよ」
――最悪を望む者は彼らの頭上より舞い降りる。
いつの間にか、【サードニクス】の上部装甲に人間が一人立っていた。
長い髪を機上で風に流しながら、しかしその右腕を機体装甲に押し当てる。
そして……。
「《
本来は周囲一帯の大地を揺らす天変地異の奥義魔法を、機体に直接叩きつけた。
放たれた極大の衝撃は堅牢な装甲を粉砕し、機体フレームを圧し折り、パイロットにまでもダメージを徹す。
機体の制御を失った【サードニクス】は……慣性のまま石造りの建造物へと飛び込んで擱座した。
「…………」
それを為した下手人は、直前で機上から跳んで地面へと降り立っている。
その下手人を……ユーゴーは知っている。
『ザカライア、さん……』
それは、ユーゴーと共に調査へ臨む人員としてこの街に来た者。
その正体は議長直属の工作員であり、この街で起きた事件の実行犯。
<メジャー・アルカナ>オーナー、【震王】/【迷彩王】ザカライア。
「見違えたわね。ユーゴーちゃん」
ユーゴーも知る美女と見紛う青年は左腕を失くしていた。
だが、より失くしたのはその『表情』だろう。
「あなたがこんなにも
周囲に散らばる【グラディウス】の残骸を見ながら、ザカライアは言う。
彼の顔に昨日ユーゴーの前で見せていた優しげな微笑は微塵もなく……敵の命を冷徹に狙う暗殺者の貌がそこにはある。
『……っ』
そんな彼に臆する気持ちはユーゴーにもある。
だが、問わねばならなかった。
『……ザカライアさん。今回の事件は、カルディナが起こしたんですよね?』
「…………」
ザカライアは答えない。
自分の分身がやっている証拠作りのように、記録されれば面倒だからだ。
だが、『違う』と言わない……《真偽判定》を避けるその沈黙はもはや肯定だ。
『なぜこんなことを……?』
「ねぇ、ユーゴーちゃん」
そしてザカライアは『フッ』と昨日のように優しげな笑みを浮かべ、
――超音速機動で距離を詰めて《瞬間装備》した
『馬鹿者』
超速振動する致命の刃の刺突を、咄嗟に操作を奪った【IG】が回避する。
同時に弾幕を張り、ザカライアの接近を阻む壁とした。
『相手が仲間面をしていたからと油断するな。あれは殺しに特化した人間だぞ』
『…………ッ!』
虚を突いた刺突を回避されたザカライアは驚くこともなく、射線から身を躱す。
「
ザカライアは立体的に動きながら、ただユーゴーの息の根を止める瞬間を狙い続ける。
「重要なのは自らの役割を果たせるか否か。相手の『どうして』を気にしたところで、自分の役割は変わらないわ」
ザカライアは問答ではなく、ただ己の言葉を述べる。
それは親切心や仏心ですらない。
言葉を発しながら、振動操作で音の発生点を誤魔化し続けるジャミングの一種。
「私の役割は決まっているわ。機械蒐集能力を持つラスカルちゃんは墜とした。あとは……【フーサンシェン】の天敵になってしまった貴方を殺すだけなのよ、ユーゴーちゃん」
やがて彼の発する
「――だから死んでちょうだい」
――音の発生源と全く異なるところから【FB】の胸部装甲を貫いた。
To be continued