第四十二話 プレゼント
□■<北端都市 ウィンターオーブ>・市街地
ユーゴー・レセップス達の動かす【ホワイト・ローズFB】。
ラスカル・ザ・ブラックオニキスの駆る【サードニクス】。
そして【フーサンシェン】の操る【グラディウス】十機。
この世界において屈指の機動兵器同士の市街戦。
一対一対十から十の内の二体が落ち、一同士が共闘して二対八になったこの戦い。
そして、このマッチアップになった時点で両者の優劣は傾き始めていた。
『――――』
一つの意志の下に稼働する【グラディウス】は携行武器の
魔力式大砲である銃槍は【フーサンシェン】の供給するエネルギーを変換し、上級奥義クラスの火球弾幕を形成。二機の機動兵器を殲滅せんとする。
だが、二機はどちらもその弾幕に対応する。
【FB】は重装甲と防御スキルの併用で火球を正面から弾き飛ばしながら距離を詰め、最前列の【グラディウス】にブレードを突き立て――ミサイルの連打で屑鉄に変える。
先刻のような神業的な回避は使わない……【
【FB】とは対照的に、【サードニクス】は弾幕の回避に注力する。
【器神】による耐久力回復が封じられた現状では、被弾は【サードニクス】のシビアな機体バランスを崩しかねない。
ゆえに機体の推力を発揮し、大ジャンプで石造りの建造物の屋根へと跳ぶ。
「貴様らがもう回復しないというなら、懐かしい手の一つも使わせてもらおうか」
ラスカルは言葉と共に、【サードニクス】の内部カーゴから複数のアイテムボックスを投下する。
ボックスは自動的に展開し、内部からは無数の球体――プロペラや脚が付いた機械が飛び出す。
「【アノイエンス・ドローン】――Go」
数十機のドローンはミサイルとは違う複雑かつバラバラの軌道で散らばり、それぞれが【グラディウス】へと接近していく。
【グラディウス】の纏う【フーサンシェン】のオーラが命のない機械を操るべく動くが、【サードニクス】同様【器神】のスキルでその干渉を弾かれる。
機械ならざる生体部品のあったマキナと違い、完全な機械であるドローンの支配権を【フーサンシェン】は【器神】から奪えない。
そして隙を突いて【グラディウス】に接近したドローンが――接近した端から自爆する。
かつてマキナ……【瑪瑙之設計者】と出会う前のラスカルが得手とした、遠隔無人兵器による特攻戦術である。
「
対<マスター>にも有効な火力を持たせた自走爆弾によって損傷し、動きが鈍った【グラディウス】を【サードニクス】の砲撃が狩る。
即座に回復される状況では自身のリソースを消費するだけのドローン戦術だが、ユーゴーの存在によって有効な戦法となった。
堅牢なユーゴーが前衛を務め、ドローンが敵の動きを阻害し、ラスカルが後衛で撃つ。
即席のチームアップだが、彼らは【グラディウス】に対して有効な戦術を採っていた。
(押しているな。その最大の要因は……相手の強みが潰れたことか)
機体そのものはユーゴーとラスカルが上。武装面は同格。
【グラディウス】の強みは【フーサンシェン】から齎された異常な再生能力だった。
だが、それが潰えたことで……相手は戦術レベルから破綻し始めている。
(あの兵器を使っている<UBM>。恐らくは昔からこのスタイルで戦ってきたらしいな。……この
次々に大破して行動不能に陥る【グラディウス】を確認しながら、ラスカルは悟る。
相手はドローンやこちらの砲撃の被弾が異様に多い。
(いくら被弾しても、灰にしなければ回復する。そんなバフを手駒全てに掛けられるのなら……多少のダメージなど気にするわけもない)
数百年前、町を一つ滅ぼして産声を上げたときからの【フーサンシェン】のパターンは一つ。回復でゴリ押したスウォーム戦術からの略奪だ。
回復し続ける『玩具』で動くものを壊し、死体や兵器を自分の『玩具』に加えながら攻め続ける。
損耗をあってなきものとし、相手の戦力を奪い続ける。
それは非常に恐ろしい戦術ではあるが……欠点もある。
(回復を封じれば損耗が著しく拡大する。何より回復を前提としてきたせいで……回避動作が拙い)
だからこそ複雑に迫るラスカルのドローンを回避できず、それによって動きを制限されれば【FB】と【サードニクス】の火器で屠られる。
戦術の根幹を奪われた結果、二が減らぬままに八ばかりが減り続ける。
(これもユーゴー・レセップスのスキルあればこそか。しかし……なるほどな)
【グラディウス】と優勢に交戦しながら、ラスカルの思考は今の味方……本来は敵であるユーゴーの能力考察に傾けられる。
(『傷を癒やし、HPや耐久度を治す』行為に対してのみ制限を掛けている。エラー除去はやはり対象外か)
《実りの戒め》で機体の再生は封じられているが、侵食を除去する作用は有効のままだ。
(未完ゆえに完全じゃない……いや? むしろ、『与える』ことを阻み、『取り除く』ことは対象外、か?)
(だとすれば、回復以外のプラス効果に焦点を当てた派生があっても不思議じゃない。たとえば……バフの禁止か。《
必殺スキルはエンブリオの切り札だが、徐々に効果の上昇や追加が為される場合はままある。ラスカルのデウス・エクス・マキナとて、限界値が増していった類だ。
(……ユーゴーの必殺スキルは、間違いなくエミリーと相対した経験から生まれている)
コルタナとエルトラーム号で二度遭遇、交戦している。その影響は顕著だ。
今のユーゴーはエミリーの天敵になるだろう。リソースで自らの身体を再構成するエミリーは、このスキルで完封される恐れが強い。
そして、そのスタンスからしてもユーゴーはいずれ再び相対しなければならない天敵だ。
この地球ならざる世界でエミリーがどれほど人を殺そうともそれで
本来であれば、手を組むことなどない両者。
「…………」
それでも今は、自らの天敵を倒すためにエミリーの天敵の力を利用する。
『あと一機!』
【FB】の外部スピーカーからユーゴーの声が届く。
互いに倒し続ける内に、そこまで追い詰めていた。
(あの機体、宝の持ち腐れだったな)
【サードニクス】と同格の武装を持つ機体だとしても、戦術が破綻すればこうなる。
回復能力がなくとも、パイロットが同格であればもっと苦戦したはずだとラスカルは考えた。
『――――』
それでも、【グラディウス】側も勝負を捨ててはいない。
最後の一機がブースターの出力を最大にし、【サードニクス】に接近する。
そしてその機体の放つ輝きは、明らかにこれまでを大きく上回っている。
戦場を視れば、他の機体からは輝きが完全に消え失せてただの残骸となっていた。
(大破して動けなくなった機体の
集められたリソースを魔力に変えて、機体の性能を最大限に発揮している。
過剰出力は機体に多大な負荷をかけ、回復能力を発揮できずに機体が自損を始めているがそれにも構わず動く。
最後の【グラディウス】はドローンを突破し、跳躍し、ランスを【サードニクス】に突き込む。
そのまま零距離砲撃までも見越した動きを見せて……。
「――奇遇だな」
――ランスが【サードニクス】の胴体に届く前に空中で縫い留められた。
止めたのは【グラディウス】の腰部を噛みしめる……首を伸ばした機械竜の顎。
それは狙撃形態のために備わった
ランス以上の間合いを得た【サードニクス】は敵機に喰らいつき、
――腰部に噛みついたまま零距離砲撃を敢行する。
その火力に耐え切れず、機体の中心に大穴を空けられた【グラディウス】は上下に分断されて地に落ちる。
そこに追い打ちのようにドローンが群がり……連鎖爆発によって最後の【グラディウス】は何も為せない残骸へと変貌した。
『カリュートさんの機体は、これで終わりか』
ユーゴーがそう呟き、ラスカルも息を吐く。
ドローンの損耗。弾薬の消費。口内砲撃機構の破損。
だが、カルディナの介入手段にして、【フーサンシェン】の最大戦力だっただろう【グラディウス】は全滅させた。
あとは【フーサンシェン】本体を見つけて叩くのみ。
「…………」
だが、ラスカルの顔色は優れない。
(宝の持ち腐れというには……逆だったか)
今の攻防で、ラスカルは理解する。
スペックだけならば自身の機体に準ずる兵器が発揮した過剰な出力。
しかしそれは、【フーサンシェン】がここに寄越した分のエネルギーでしかない。
そのエネルギーですら、機体は耐えられずに自壊しかけていた。
【フーサンシェン】が兵器を持て余していたのではない。
機体の方が【フーサンシェン】の力を受け止め切れていなかったのだ。
『
『もしも【フーサンシェン】の全力を使える機体があれば』。
それは、どれほどのものか。
そして折悪しく……ラスカルはその『
◆◆◆
■???
『
【フーサンシェン】は自分を捜す者達から隠れながら、街の中で『玩具』を増やしていた。
順調に増えていた『玩具』だが、今しがた質の良いものが壊れてしまった。
そのことに『あーあ』といった思いは抱くが、怒りや悲しみとは無縁だ。
形あるものはいずれ砕ける。自分の器さえも、かつて砕けた成れの果て。
自身は止まったモノ、壊れたモノの中でも動かせるものを動かして遊べればそれでいい。
『
『玩具』を壊したモノを『玩具』として欲する気持ちはあるが、それをするには他の『玩具』が脆すぎる。
何より、欲しているのはユーゴー達の機体に限らない。
空に浮かぶ城も欲しい。
天を駆ける龍も欲しい。
この街の外の玩具も欲しい。
懐かしい黄河でも『玩具』を集めたい。
数百年ぶりの自由を得た【フーサンシェン】には欲しい『玩具』が多すぎる。
その欲求は、結晶像の器から光となって溢れ出している。
多くの力を注いだ【グラディウス】が倒されたところで、その輝きに翳りはない。
先々代【龍帝】の時代から封印されていた珠の<UBM>とは思えない状態だ。
否、そもそも……【フーサンシェン】は例外だ。
その器は虚空の彼方より現れた未知の鉱物であり、エネルギーを取り込む性質を持つ。
だが、取り込まなかったところで鉱物は鉱物であり、その内にあるエレメンタルとしての本体も損なわれることはない。
存在としてのタイムスパンが他の<UBM>とまるで違うこの怪物は、数百年の封印を経ても
まして、黄河の宝物庫から持ち出された時点でエネルギーの流入は再開している。
【フーサンシェン】は飢えるどころか、全盛期同然に満ちている。
衰弱状態だったもう一体の神話級――【オオイミマル】や、分割封印された<イレギュラー>――【アルメーラ】や【ヘイロン】とは訳が違う。
何より、【フーサンシェン】は統率者。
肉体の強度は砕けた結晶に過ぎず、ジョブ無しの人にも劣る非力さ。
だが、そうした強さを一切持たぬ身でありながら、溢れる力と付与能力のみで神話級に名を連ねる異常の怪物。
その力の総量は数多の神獣を凌駕する。
『
ウィンターオーブでのこれまで起きた戦闘の中で、否、かつて先々代【龍帝】と相対した時代ですら、【フーサンシェン】の総力を注げる『玩具』は存在しなかった。
人の死体も、人の作りし機械も、【フーサンシェン】の力を持て余す。
ラスカルが破った十機分の光を集約した【グラディウス】とて、あれ以上の力は発揮できなかっただろう。
ゆえに、【フーサンシェン】が求めるのは彼の本気に応えられる『玩具』。
そんなものが都合よく転がっている事態など起きるはずもないが……。
――それが策謀の先にあるならば話は別だった。
◆◆◆
■<北端都市 ウィンターオーブ>・地下――<遺跡>
ウィンターオーブ領内の地下には、先々期文明の<遺跡>が存在する。
ローグ市長の過去視によって発見され、ジョブに就いていない……議長に視られない部下達の手で極秘の内に稼働させていた。
カルチェラタンがそうであったように、先々期文明のセキュリティは<マスター>や今の時代のティアンを敵と見做す。
だが、ローグ市長は先々期文明の知識を読み取り、『最上級制御コード』をはじめとする手順を踏んで自らを管理者として登録した。
それによってパワードスーツの量産が可能となり、さらには最奥のブロックで
いずれ行われるだろう、議長の謀略に立ち向かう戦力を整えるための設備。
だが、ザカライアの手で解放された【フーサンシェン】により、市内に配備されていたパワードスーツは全て『玩具』となって市民に牙を剥いた。
そして<遺跡>そのものも……。
「し、市長、どうして……」
「…………」
今は『獅子面』の一人と化したローグ市長自身の手で制圧された。
【迷彩王】の力で侵入し、警備兵を殺し、市長の肉体でロックを次々に解除していく。
そう、この『獅子面』は厳重な生体認証を難なく解除できる。中身の人格が何であろうと、肉体の情報は変わらないのだから。
そうして辿り着いたのは、最奥の格納ブロック。
この<遺跡>最大にして……先々期文明屈指の兵器を収めた区画。
「…………」
内部に正規の手順で入室した『獅子面』は、そこに収められたものを見上げる。
それは、機械仕掛けの巨人だった。
人を模した兵器がハンガーに固定されている。
「?」
だが、その巨人が正常な状態でないことは、『獅子面』から見ても明らかだった。
金属製の巨人の頭頂部から胸元に掛けて、巨大な亀裂が走っている。
人であれば死んでいるような巨大な傷だ。
よく観察すれば、左の手のひらも半ばから断たれている。
まるで『何者かに斧を振り下ろされ、左手で庇うもそのまま頭部を割られた』ような痕だ。
「…………」
それ以外に、機体の傷はない。まるで『致命傷』となったその傷だけは直せなかったが他は直したような、そんな有り様だ。
しかし、この兵器は間違いなく『死んでいる』。
このままでは使えないからこそ、上書きされる前のローグ市長もここに格納していた。
「…………」
だが、市長の顏の『獅子面』は構わずにコンソールを操作しはじめる。
地上へ通じるリフトに機体を移し、死んだ巨人の発進準備を整え始める。
なお、『獅子面』はこの<遺跡>に侵入し、兵器を使用するまでの一部始終を魔法カメラで記録している。
これは『証拠映像』作りだ。今後、都市国家連合に加盟している都市国家や諸外国から今回の件について追及された際に、『ウィンターオーブ市長は都市内で危険な兵器を量産・発掘し、他の加盟国を武力で威圧せんとしていた』、『議長の行動はこの危険な陰謀を阻むための仕方のない処置だったのだ』とアピールするためのものである。
カルディナは表向きは秩序と平和の使者のように振る舞う。
先の戦争に介入したとき同様の、
無論、永遠に誤魔化せるとは考えていない。
怪しんだ者達が長期に渡って調査すれば、裏も見えてくるだろう。
だが、問題ない。
今日明日で終わらなくとも、遠からずこの世界は終わる
それまでの期間を誤魔化し、議長が議長としてこの国を差配できればそれでいい。
死んで、壊れて、動かない。
そんな機械仕掛けの巨人に……
そして、自らの『玩具』となった巨人を意のままに動かし、遊ぶだろう。
命在る限り、命を奪い続けて、『玩具』を増やす。
「――It’s Show Time」
人とは違うロジックで動く怪物に、『獅子面』は特大のプレゼントを贈った。
その『玩具』の名は――【
かつて
To be continued
○【グラディウス】
(=ↀωↀ=)<すごくさっくりやられた感もある量産機だけど
(=ↀωↀ=)<この後に改修された奴が正式採用される予定
(=ↀωↀ=)<モビルドールでビルゴ量産する前にトーラス作ってた感じです