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第三十八話 雲外蒼天 Ⅰ

(=ↀωↀ=)<本日連続更新


(=ↀωↀ=)<まずは一話目

 ■<ドラグノマド>某所・数日前


「事の全てが思惑通りに回れば、戦争の三日間で私達の念願は叶う」


 それは、ザカライアがウィンターオーブに派遣される前のこと。

 彼はカルディナの首都で、ある人物と対面していた。

 否、それは対面ではない。

 その人物の前に、ザカライアは臣下の如く跪いている。


「そうならない可能性があるということですね。奥方の予知を以てしても?」

「ああ。今の彼女の力は不完全だからね。この世界そのものが鎖になって彼女を縛っている」


 <遺跡>から発掘した設備を活用した、『管理者』の耳目を晦ますための部屋で二人は会話を続ける。

 ザカライアの口調は<メジャー・アルカナ>のメンバーや仲間(手駒)達の前、独りのときですら続けていた女性口調(演技)ではなく、彼本来の……今となっては唯一人の人物にのみ向けられる言葉遣いだ。


「世界最高の……いや、それすら凌駕したスーパーコンピューターにゲームサーバーだけやらせているようなものさ。無駄が多く、制限も多く、彼女自身にストレスも掛けている。恨むべきは彼女という『悪魔()』をこの世界に縛った<無限職インフィニット・ジョブ>なのだろうが……」

「…………」


 概念とゲーム用語の組み合わせのような言葉だが、ザカライアは何も言わない。

 それらが真実だと彼は確認している。

 なにせ、リアル(地球)で一度は彼らの夢が挫かれた一端がソレなのだ。

 彼女と彼らは同じ相手……同類に煮え湯を呑まされている。


「ともあれ、彼女の縛りを解き、契約を果たさねばならないよ。人の枠を超えた者達が人界に干渉するならば、人もまた同等の力を持たねば野望の一つも抱けまい?」

「仰る通りです。アトゥーム様」


 アトゥームと呼ばれた男……ファトゥムは彼の言葉に微笑む。


「君と彼には昔から迷惑を掛けるね」

「……私は(・・)この身も、真実の命も、貴方の為に捨てたところで迷惑などとは思いません」


 伏せながら本心でそう述べる。

 ザカライアの思想の核は忠誠心だ。ファトゥムがザカライアを友と呼ぶため、彼も普段はその願いのままに振舞っているが……本質は従者なのだ。

 内も外もファトゥムの友を気取るこの場にいない人物……今はクランオーナーの地位をザカライアに預けた男とは、心構えが違うと自負している。


「ありがとう。さて、これから君やカルル達にお願いする作戦は実を言うと次善策でね。この三日間で世界が終わらなかったとき(・・・・・・・・・)の布石になる」

「はっ……」

「彼女の予知の邪魔となるウィンターオーブの排除。黄河大乱の前準備。親しい人間の喪失による【邪神】の軛の破壊、あるいは奪還のための生餌。為そうとすることに対して送り込める戦力が少ない(・・・)のは心苦しいけれど……」

「ならば、私が万軍となり、目的を果たしてみせましょう」

「うん。期待しているよ、ザカリー」


「――我が忠誠を(It’s )御覧ください(Show Time)


 そうして、カルディナの秘匿<超級>ザカライアは……彼の忠誠の全てを捧げた主の言葉を胸に陰謀の地へと発ったのである。


 ◇◆◇


 □■<北端都市 ウィンターオーブ>・郊外


 『獅子面』はザカライアの人格と知識と技術、戦闘力を乗せた集団であり、それぞれがザカライア本人と同じように動く。

 違うのは与えられたタスクと体格、そして立ち位置(ポジション)

 複数体を一つの戦場に送り込む場合、ザカライア本人とほぼ同じ体格で特典武具を複数装備した個体……仮称『獅子王』が中心となり、他の『獅子面』は損耗しても構わない駒として活動する。

 指揮も捨て駒も、ザカライア本人が持ち合わせた技術と経験(・・)の範疇だ。

 そして、彼らは冷静に相手の戦力を把握している。

 これまでに投入した『獅子面』によって、本作戦における最大の強敵である<超級>迅羽の戦力を可能な限り削ぎ落した。

 頼りの<超級エンブリオ>も残るは右腕分のみ。

 装備の多くは破損。攻撃魔法も【符】も枯渇寸前。

 それ以外は、<超級激突>で【超闘士】フィガロに敗れた際に用いられた【応龍牙】のみ。

 MPとSPを注ぐほどに攻撃力と貫通効果を増す最高ランクの武器。シンプルだが、シンプルであるがゆえにこの盤面を覆す奇策にはならない。

 どれほどの攻撃力があろうと振るうのは迅羽自身であり、テナガ・アシナガの伸縮速度では迅羽が害される前に『獅子面』を全滅させることは難しい。

 伸ばせば隙もできる。それこそ、かつての戦いでフィガロがそうしたように、振動ナイフで最後の腕を斬り落とすことも可能だ。

 迅羽の戦力は分析が済んでいる。

 敵の<マスター>が二名増えたが、それとて問題ない。

 上空にいた者は撃ち落とし、それが展開したテイムモンスターも問題なく倒せる。

 もう一人、迅羽の傍に立つ女の<マスター>については……。


 ――既知情報アリ。

 ――“トーナメント”九日目のファイナリスト、地雷使いの【高位幻術師】ソニア。

 ――ランダム性を高めた振動・動体感知の地雷能力。


 “トーナメント”という開かれた戦いで見せた力は、知る者には知られている。

 『ソニアがいる』と判明した時点で、地雷という手札も割れる。


 ――対処一。四方に散った後、超音速機動で接近すれば二度目の起爆前に殺傷可能。

 ――対処二。広域に振動波を発生させ、敵も含めて起爆位置を完全にランダム化させる。


 AGI型超級職の速度と【震王】の魔法を併せ持つ『獅子面』にはどちらも選べる。

 そして、『獅子面』が選んだのは両方。『獅子王』が周囲の砂漠を微細に揺らしている間に、四体の『獅子面』が肉薄するという戦法だった。


「…………へっ」


 そのように『獅子面』達が思考し、動き始める中で……迅羽もまた動く。

 迅羽は既にテナガ・アシナガを失った生身の左手を、自らの口内に入れる。

 そうして指先に摘んだのは、歯……ほどの大きさの小型アイテムボックスだ。

 暗殺者などが口内に仕込む類の代物である。

 しかし、暗殺者ならざる彼女があんな場所に仕舞い込む理由は一つ。

 自分の命より先に(・・)落とさないためだ。

 即ち、アレが彼女の切り札、あるいはその布石となるもの。


「――始めるか」


 迅羽が指先でアイテムボックスを押し潰すと、周囲に無数の【符】が舞う。

 まだ《爆龍覇》のための【符】を残していたのかと『獅子面』達が警戒するが、『獅子王』はその装備によって舞い散る【符】の正体に気づく。

 それは視認によるものではなく、発せられるエネルギーで察したものだ。


(魔法用のものではない?)


 それらの【符】は迅羽自身のMPとSPを【符】の中に充填したもの。

 しかし、魔法を構築する仕組みがない。

 迅羽の身体に戻す仕組みすらなく、あれでは中身をばら撒くことしかできない。

 だが、『獅子面』達はその時点で迅羽へと一斉に駆け出す。


 直後――ばら撒かれたMPとSPを【応龍牙】が吸い始めたからだ。


 膨大な力を武具に吸わせる様は、かつてギデオンで天敵を撃ち滅ぼした者に似ている。

 そも、莫大な魔力を運用した切り札など、『獅子面(ザカライア)』はファトゥムで見慣れている。

 ゆえに油断もせず、リスクを負ってでも即座に殺すべきだと判断した。

 その場に留まって力を込め続ける迅羽を、刃で、魔法で、確実に抹殺せんと。

 地雷による複数体被弾のリスクを避けるために散開し、各々の軌道で彼らは迅羽へと迫る。


『――――!!』


 『獅子面』の動きを阻むように樹木の巨人が体を広げた。

 それは腕を広げる……などというものではない。

 砂の下に潜らせていた根という根を地上の広範囲に露出させ、迅羽達のいる一角を枝葉の壁で護ろうとしているのだ。

 巻き上がる砂と枝葉が、迅羽達の姿を隠す。


『…………』


 だが、『獅子面』達はそんなことは意に介さない。

 樹木の隙間を掻い潜り、体表を駆け登り、枝の密集が薄い部分を魔法で貫き、妨害されない角度から疾走する。四者四様に【ネザーフォレストギガス】の護りを容易く突破する。

 この程度のモンスターで四体の<超級>を止められるはずもない。

 四体は突破した勢いのまま、迅羽を抹殺せんとして……。


 ――唐突にその進路をズラす。


 見えている迅羽達ではなく、何も無い一点に向かって疾走する。

 『獅子面』達が目指す場所には一見何もなく、迅羽とソニアのいる場所とはまるで違う。

 だが、彼らは確信をもって駆けている。


『…………』


 彼らがそこを目指すのは『獅子王』がそこを指差したからだ。

 『獅子王』はレーダーの特典武具を持つがゆえに、相手の罠を既に看破していた。

 【高位幻術師】には《シャッフル・ミラージュ》という奥義がある。

 映像だけでなく音や気配までも本来ある位置とは違う場所へ移す強力な幻術だ。

 恐らくは先ほどの【ネザーフォレストギガス】の出現に合わせて位置を変え、幻術で欺瞞していたのだろう。

 だが、『獅子王』の特典武具までは誤魔化せない。

 レーダーは二人の本当の位置をハッキリ捉えていた。

 ゆえに多少の時間稼ぎにしかならなかった。


 『獅子面』達の動きを他所に、『獅子王』の振動波に揺らされた砂漠の一角……誰も巻き込めない位置でクロックダイルが起爆した。

 これで、地雷さえも彼らを阻めない。

 もはや、一心同体の殺意を止めることは不可能。

 迅羽が準備している何かは未だ構築段階。傍らのソニアは焦燥の顏。

 そして四体の『獅子面』は肉薄して各々が振動する刃を振るい……。


 振るわれた刃は二人がいるはずの空間――『獅子王』の指し示した位置を空振り(・・・)した。


 『獅子面』達が面の奥で僅かに目を見開きながら『獅子王』を視る。

 その『獅子王』は指差し続けながら何事かを述べており、超音速機動を止めて静止した彼らに遅れながら音速の言葉を届かせる。

 『そちらではない。この姿も幻術だ(・・・・・・・)』、と。


 ソニアの《シャッフル・ミラージュ》の対象は自分達だけではなかった。

 彼女達の位置を指し示す『獅子王』の姿もまた、本来とは違う位置に移していたのだ。

 ゆえに、『獅子面』達の動きも食い違った。

 これはザカライアのルシファーの欠点の一つ。

 人格の完全コピーであるがゆえに、トップダウン式のコントロールではなく各々がスタンドアローン。連携機能も備わっておらず、人間同士がそうするように言葉や動作で連携するしかない。

 だからこそ、実際の部隊指揮のように欺瞞情報(・・・・)が差し挟まる余地がある。


『…………』


 『獅子王』も含めた『獅子面』達が不快そうに目を細める。

 ソニアは幻術一つで二度彼らの行動を遅延させたのだ。中々に使い方が上手い。

 あるいは、『こういう局面で使える戦術』として予め何者かに仕込まれていたのか。

 『獅子面(ザカライア)』は自らの主人(ファトゥム)に近しい人物の使う手とどこか似た気配を感じたが……ひとまずその疑問を収め、戦術を切り替える。

 映像も音も欺瞞された状態では正確な位置を判別して突くのは難しい。

 ゆえに、『獅子面』達は集合したその位置で背中合わせとなり、四人で四方八方に自らの掌を向ける。

 相手の位置が不明であれば、全方位に衝撃波を放つ。

 方向を分担して射程距離重視の衝撃波を放てば、仕留めることは叶わずともどこかで命中し、ソナーの要領で『獅子面』達も位置を掴める。

 そして明らかになった真の居場所に向けて、『獅子面』は駆ける。

 もはや幻術での時間稼ぎはできず、迅羽も間に合わない。

 何事かを為す前に彼女達はここで終わる。

 それは予測であり、結論。覆す力は彼らにはない。

 ゆえに……。



『――ザカリー。止まってくれ』

 ――『獅子面』を止めたのは力ではなく、言葉だった。



 『獅子面』達の脳内に耳慣れた言語で響いたのは、『獅子面』……ザカライアが唯一敬愛するファトゥムの声。

 それを発したのは<童話分隊>に属するモンスター、【コーラス・インセクト】のジミニー。

 レジェンダリアにおいて危険視される催眠を得手とする魔蟲。

 本来ならば集団で催眠を行うが、単独でも声を聞かせる程度はできる。

 『獅子面』は<マスター>ではなくティアンであるがゆえに精神保護もない。

 彼女は『獅子面』達の思考を読み、その中で最も大きな比重を占めていた人物の声と言語で静止の号令を掛けたのだ。

 それもまた、対人戦において有効だろうとグリムズが考案していた戦術だ。

 その効果は……覿面だ。

 同じ心と記憶を持つがゆえに、『獅子面』は一体残らずその場で停止した。

 アスマとジミニー、そして戦術を授けたグリムズもここまでとは思わなかっただろう。


『――――』

 しかしそれは虎の尾を……獅子の尾を踏む行為だった。


 静止の直後。チャチなトリックに気づいた『獅子面』達全てから、それまでと比較にならない殺気が発せられる。

 自らの主を騙られたこと。偽の命令で足を止めてしまったこと。

 そのどちらもが、『獅子面(ザカライア)』の怒りを際限なく高めていく。

 そして同じ心を持つがゆえに、『獅子面』は位置取りも作戦もなく、一斉に――ジミニーへと殺到する。

 優先順位は既に切り替わっている。

 目先で切り札を用意する強敵よりも、許されざる怨敵の抹殺を優先していた。


『ひっ……』

「……!?」


 アスマによってジミニーが【ジュエル】に引き戻されるが、それは標的をアスマに変えるだけの行いだ。

 【ジュエル】を砕き、引きずり出し、主従諸共惨殺する。

 その意思で五体の獅子が砂漠を駆ける。

 それを決断した『獅子面』達は……。



「――皮肉な話だな」

 ――今度は脳ではなく耳で、誰かの声を聞く。



人間(ティアン)を人間扱いしなかった奴の敗因が……人間だったこと(・・・・・・・)、なんてよ」


 『獅子面』達は面で隠してもなお感じられる怒気を漲らせていた。

 勝敗よりも譲れぬものがあって強い怒りを抱いたのだと、余人にも分かるほどに。

 マシーンではなく、洗脳でもなく、ザカライア(人間)と同じ心を乗せたがゆえの欠点。

 心を持つ人間だからこそ、決して踏み行ってほしくない領域に踏み込まれれば激怒し、優先順位を誤ることもある。

 あるいは機械のように冷徹であれば、彼らにその失態はなかったかもしれない。

 だが、彼らは人間であり、対する迅羽達も人間だった。

 互いに譲れぬもののために心が体を動かした。


 それゆえに迎えたこの瞬間は――運命を超えた人の必然。



「だから――オレ達の勝ちだ」

 この間隙に――彼女の手が勝利に届く。



 幻術は既に解かれている。


 ――否、もはや隠すことが叶わなくなり、自然崩壊している。


 迅羽の周囲にばら撒かれた【符】は全て中身を吸い尽くされ、燃え尽きている。

 そのリソースの全ては、彼女が<エンブリオ>越しに掴んだ短剣に吸われていた。


 ――否、それは本当に短剣だっただろうか。


 武器だったはずのそれの表面には血管が浮かび、脈打っている。

 まるで生物のように鼓動を鳴らし、熱を発するその『牙』は、いつしかテナガ・アシナガと一体化し始めている。

 迅羽の周囲で彼女の右腕が鎌首をもたげる様はまるで大蛇。


 ――否、その存在が大蛇(・・)程度で収まるはずもない。


 その存在の発するオーラは、生物の規格を超えている。


「【応龍牙】」


 【応龍牙 スーリン・イー】。MPとSPを注ぐほどに力を増す特典武具。

 <超級激突>という大舞台で迅羽自身がそう述べた。

 だが、彼女は“地雷”の迅羽。見せ札と思考の罠を巧みに使う実力者。

 嘘ではないが、全ての真実も話してなどいない。

 『MP(魔力)SP(魂力)を注ぐほどに力を増す』。

 それと同じ性質……同じ過程(・・・・)を経て至る力がこの世界には在る。

 即ち――。



「――――《龍神装・雲外蒼天》――――」



 To be continued

○《龍神装》


(=ↀωↀ=)<なぜ《竜神装》と字が違うのかというと


(=ↀωↀ=)<使用者の種別によって変わるため


(=ↀωↀ=)<AEのは【竜王】だったから《竜神装》


(=ↀωↀ=)<今後、魔獣由来で使う者が出れば《獣神装》になると思われる

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