第三十五話 前口上
(=ↀωↀ=)<今回長くなったので二話に分けて連続更新
(=ↀωↀ=)<二話分だけど別日にはしたくなかった
□■【未確認飛行要塞 ラピュータ】・シェルター
「《
翼神子の名乗りを受けた直後、桔梗は新たな式神を呼び出した。
『轟ォァ!』
『KYU……!?』
それはゴリラに似た猿人型の式神であり、壁役でもある物理攻防に秀でた個体。
巨大な両腕で桔梗に食らいついていたキュルルを引き剥がし、壁際に投げつけた。
その後の剛健童子は再び桔梗が襲撃されぬように傍で護りながら、翼神子の呼びだしたグリム・レッドと睨み合っている。桔梗が『自身の護衛』をプログラムして呼んだためだ。
そして桔梗本人は、翼神子を見ている。
「……意外な人物が出てきたものですね」
【召喚姫】、天空院翼神子。
突然現れたその人物の名を、桔梗は当然のように知っていた。
彼女が就いた【式姫】と対をなす西方の召喚師系統超級職。
何より、彼女自身がレジェンダリアのトリプルランカーとしても知られている。
「トリプルランカー。それぞれ何位だったでしょうか?」
「いま何位かなんてあまり意味はないわ。王国のトリプルと違ってコロコロ変わるもの。決闘上位、討伐中位、クラン下位と大雑把に覚えておけばいいわ」
レジェンダリアの決闘一位は【超力士】バルク・ボルカン。
討伐一位はティアンの特殊超級職【妖精女王】。
クラン一位はHENTAI……もといLS・エルゴ・スム率いる<YLNT倶楽部>だ。
ならば彼女はそのいずれにも届かない程度である……と判ずるのは早計だろう。
レジェンダリアは特殊性が高く、単純な強弱で論じられない手合いが多い。
何より、彼女が決闘ランカーであるということが一つの事実を示している。
(私と同様、
いわば同系統にして同格以上の強者。
そんな相手を、甘く見れるはずもない。
「ついでにもう一つ……いえ、
翼神子は桔梗の目を見ながら、言葉を重ねる。
「私のエンブリオは【盤符賦闘 フォルトゥナ】。召喚媒体となるカードとカードホルダーがセットのルール・アームズ。能力特性はハイリスクハイリターン」
「……何を?」
桔梗は『なぜ突然手の内を明かし始めたのでしょう』と疑問に思う。
だが、それに構わず翼神子はフォルトゥナから
「第一スキル、《ドローステップ》。私は一分間に一枚ずつ、ホルダーから
「ランダム?」
「このスキルで引いた召喚媒体から呼び出すモンスターの性能は倍化する。ただし、《ドローステップ》によるドローは強制かつ連続。引ける召喚媒体がホルダーに無くなったとき、フォルトゥナは二十四時間機能停止する。《ドローステップ》を効果終了する場合、私は全ての召喚を解除しなければならない」
それを聞いた桔梗は、翼神子の左腕、円形盾型のホルダーに注目する。
残り枚数は三十枚少々。最長でも三十分程度で翼神子は戦闘不能に陥る。
……もっとも、そこまで長引かせる気は桔梗にもない。
どちらかと言えば、桔梗も短期決戦型だ。
「……?」
そして、不意に気づく。彼女がスキルの説明を行ったと同時に、翼神子の隣に立つグリム・レッドのステータスが上昇したことを。およそ全ステータス一割の上昇、といったところだ。
だが、不可思議だ。グリム・レッドは今ドローされたものではない。
ドロー効果が強制連続発動ならば、老婆の姿で長時間活動していたグリム・レッドは《ドローステップ》の効果で引いたものですらないため、強化対象外のはずだ。
では、なぜ今強まったのか。
(そもそも、何で説明しているのかしら?)
「第二スキル、《アンティルール》」
桔梗の疑問を他所に、翼神子はさらに説明を続ける。
「自分の『敗北条件』と負けたときの『ペナルティ』を提示することで、条件とリスクに応じて召喚モンスターの性能を引き上げる」
だが、そこで先ほど粉砕童子に倒されたリッターの消滅から一分が経った。
『――!!』
槍の根によって壁に縫い留められていた粉砕童子が解放され、再び標的を叩き潰すために動き出す。
その標的は、事前設定したエイリーンのままだ。
『自衛以外では桔梗の指した者を攻撃する』。
そのシンプルな一文が式神たる粉砕童子に与えられた唯一のルールだ。
今度は加減すらなく、全速で標的を殺すために動く粉砕童子。
「『敗北条件』設定。エイリーン・ローグとエリザベート・S・アルターが死亡した場合、私もデスペナルティとなる」
しかし粉砕童子の突撃は、グリム・レッドによって止められる。
『ッ!』
『GURURU……』
先刻までは粉砕童子の方が圧倒的に高いステータスを持っていたが、今は比肩している。
それは、グリム・レッドのステータスが大幅に上昇したからだ。
条件とリスク……それも死に直結するリスクを背負ったことで得た力。
筋骨隆々とした鬼の如き戦闘型式神と多重強化された擬態型人狼。やや押されながらも、本来であれば叶わぬはずの相手に人狼は互角に近い力で抗っている。
(なるほど。召喚媒体はランダムと言っても、多重強化があればどれが出てもある程度は戦えるということですね)
見れば翼神子は先程引いた一枚に加え、この間にさらに一枚召喚媒体を引き抜いている。
あの二枚から出てくるモンスターは、グリム・レッドが受けている強化に加えてドローステップの強化も乗ることになる。
「第三スキル、《オープンルール》」
そして翼神子は三つ目の説明を重ねる。
「フォルトゥナのスキル情報を交戦状態の他者に開示することで、開示したスキル数に応じて召喚モンスターの性能を引き上げる。この強化は《ドローステップ》の発動中、継続して適用される」
そしてグリム・レッドが重ねて三度の強化を受け、粉砕童子を膂力で完全に並んだ。
「なるほど。先ほどからの説明は強化を狙ってのものですか……」
第一スキルの説明時点から第三スキルによる強化が段階を踏んで掛かっていたのだろう。
第二スキルのときだけは、第二スキル自体のバフもあった。
そして、これ以降召喚されるものは第一も含めた全てのバフが掛かる。
「三重バフ。……あぁ、召喚師系統のスキルもありますね」
リスクを負った多重バフによる性能強化。
それが天空院翼神子のスタイルだ。
(同系統にして、
【召喚姫】と【式姫】は共に魔力を用いてモンスターを呼ぶジョブの最上位。
だが、二人のビルドは対極と言っていい。
ランダムに手に入る召喚モンスターを扱う順番までもランダムにして、その不自由さゆえに力を得る翼神子。
素材とリソース次第で自由に創造できる式神という存在を、莫大なリソースで無理やりに成立させる桔梗。
似て非なる道を歩みながら、到達点は近い。
「《召喚》:【サンライトシルフ】」
そして説明を終えた翼神子は、後続のモンスターを召喚する。
それは体表から光を発する女性に似たシルエットのエレメンタル。
その輝きでグリム・レッドを照らした直後、グリム・レッドの力がさらに増幅され、粉砕童子の狼牙棒を自らの握力で潰す。
『!?』
『GAA!』
武器破壊に気を取られた粉砕童子の顔面を、グリム・レッドが爪で薙ぐ。
その一撃は粉砕童子の顔を隠していた紙の面を破り、顔面に大きな傷を残す。
大ダメージを受けた粉砕童子がたたらを踏み、グリム・レッドがさらに畳みかける。
「あらあら」
そんな自分の式神……かつての主君を素材にした作品の劣勢を、桔梗は冷静に見ていた。
「
「フルモンスターにならざるを得ないデッキだもの。当然、殴る以外の選択肢がある召喚モンスターも採用するわ」
「といっても、月一のガチャと特典でしか増員できないから選ぶのにも限度はあるけれど」と翼神子は愚痴のような呟きを零した。
「戦闘用ではないモンスターでこれですか。侮っていた訳ではありませんが、
「あまり見立ては間違っていないと思うわよ。私は三位に挑戦したことないもの」
「それはどうして?」
「考えてみて。レジェンダリアの決闘でトップを目指しても、最後は決闘中に脱衣させてくるプロレスラーが相手になるのよ?」
「……なるほど」
翼神子がモンスターをある程度揃え、スタイルを確立した頃にはもうバルク・ボルカンがチャンピオンになっていた。
それゆえ、彼女は上を目指すことを諦めた。
そも、装備を外されてしまう時点でフォルトゥナのスキルが全て使用できなくなり、利点が潰れる。相性も結果も翼神子にとって最悪だった。
「三位以内になると公式試合の相手がほぼ固定されてしまうし。だったら四位の方がよほど色んな相手と決闘ができるじゃない」
「一理ありますね。私の友人も似たようなことを言っていましたよ。『一位を殺せるまで鍛え上げてから』、と」
「ふふふ。良い友人がいるのね」
「ええ。いつも楽しく
お互いのモンスターと式神が血みどろの戦いを繰り広げているが、翼神子と桔梗は戦いの渦中にないかのように笑い合っている。
「そう。私も
翼神子は微笑んだまま召喚媒体をもう一枚引き、それを桔梗に見せながら……告げる。
「――ルールを守って楽しく
「――ええ、まったく。こんなに楽しいのは天地を出て以来ですね」
ここまでが前置き、前口上。
両者のどちらも実力の片鱗だけを見せていた。
ここからが本気の――
To be continued
(=ↀωↀ=)<次話は22時更新