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エピローグ 休日の終わり

 □アルター王国第二王女 エリザベート・S・アルター


 気がつくと、わらわはマリーにおんぶされていた。

 さっきまでは夕ぐれと思っていたのに、いまはすっかり日がしずんでいる。


「あ、目が覚めましたか?」

「うむ。……わらわはどうしておんぶされておるのじゃろう?」

「疲れて眠っちゃったんですよ。今日は沢山遊びましたからねー」


 そうかもしれない。

 あんなに心ゆくまであそんだのは、生まれてはじめてだったのじゃ。


「もうすぐギデオン伯爵の邸宅に着きますよ」

「ならばそろそろわらわのあしであるくのじゃ。おんぶされたままではおうじょのいげんをしめせないのじゃ」

「はい」


 マリーのせなかはなごりおしかったけれど、おりてじぶんの足であるく。

 ギデオンはくしゃくのていたくは、もう見えている。


「ここまででいいのじゃ。あとはわらわだけであるいてかえる」

「そうですね、ボクがこれ以上近づくと衛兵に詰問されてしまいそうですし」

「マリー」


 わらわはマリーの目を見て、決意して言う。


「ありがとう」


 それはわらわのきおくにあるかぎり、はじめてのことばだった。

 きっとだれかに言ったことはなく、言うきかいもなかったことば。


「どういたしまして」


 マリーはそういってほほえみ、なぜか今はマリーがつけていたあのキツネのおめんをわらわにかけた。


「ボクも、こちらでのいい思い出になりました。……いつかまた、会いましょう」

「うむ! また……ぜったいにまたあうのじゃ!」


 こうして、わらわのギデオンでの休日は、いっしょうの思い出になる休日はおわった。

 はくしゃくのていたくにもどったあと、わらわをさがして走りまわっていたらしいリリアーナらに、とてもとてもおこられた。

 けれど、リリアーナの目にはなみだがあって、きっと、本当にわらわのことをしんぱいしてくれていたのだと、今はよくわかった。


「ごめんなさい」


 そう口にしたら、なぜかとてもおどろかれてしまったけれど。


 今日一日でわらわの何かがかわったとすれば、それはきっとマリーのおかげだとおもう。

 かわったわらわにはもくひょうがある。

 いつか姉上と、それにテレジアもいっしょに、このギデオンでふたたびかんこうすること。

 そのためにまず、とどこおっていたこうむの山に立ちむかうのじゃ。


 ギデオンの休日 End Ⅰ


 ◇◇◇


 □アルター王国法衣伯爵 アルザール・ブリティス


 夜半、私は一人、王宮内の書庫で作業をしていた。

 半年前の戦争の後、領地を返上してからはずっとこうして書類と数字の整理を続けている。

 それが今の私の仕事だからだ。

 もっとも領地を運営することと比べれば私一人に割り当てられる仕事は軽いものだ。

 だからつい、まだ手付かずの仕事もこなしてしまうのだが……今日は仕事に集中し過ぎたようだ。

 ここの灯りはマジックアイテムによるものなので、燃料代は掛からないが……それでもそろそろ切り上げた方が良いだろう。

 私がそう考えていると、


「アルザール・ブリティス伯爵」


 誰かが、私の名前を呼んだ。

 声の方を見ると、そこには一人の女がいた

 黒い男装をして、屋内であるのにサングラスをかけた不審な女。

 暗殺者か刺客の類と考えるのが自然。

 だが、私にはそうとは思えなかった。


「決闘都市ギデオンでのエリちゃん……エリザベート殿下の一件についてお話があります」

「……聞きましょう、お客人」


 そうして彼女は話し始めた。


 第二王女の家出。

 ギデオンでの暴漢との騒動、眼前の女性との出会い。

 ギデオンの街での観光。

 そして、他の貴族――恐らくはギデオン領の利権目当ての輩――の雇った暗殺者との戦い。


「そうですか、そんなことに……」


 随分と……奇妙な形に転んだものだ。


「ボクは最初、あなたが事件の黒幕だと思いました。暗殺者も何もかもあなたが手引きしているのでは、と」

「なぜ、そのようにお考えになられたのですかな?」

「あなたはこのギデオンに接したブリティス領の領主であり、先代のギデオン伯爵とは犬猿の仲として知られていた。そして……つい先日、戦争で後継者だった一人息子を亡くしています」


 その通りだ。

 それは紛れもない、ただの事実だ。


「あなたのご子息は当時十五歳。元服を済ませていたため王国貴族としてあの戦争に参陣しました」


 そう。息子は戦争に参加して、当たり前に死んだ。


「このときに、どう思ったでしょうね。あなたは」


 ジッと、サングラス越しに私を見る彼女の視線を感じる。


「あなたの息子とは違い、ギデオン伯爵家は名代となる息子は元服していなかったため参陣しなかった。結果として代理の武官が死んだだけ。そしてブリティス伯爵の手元には後継者も領地もなくなったのに対して、ギデオン伯爵は先代の死後も当代に引き継がれ、領地も今の王国の中で最も隆盛にある。あなたはどう思ったでしょうか?」


 彼女は言葉を切り、息を吸ってから一息に言う。


「“ギデオン伯爵家には豊富な財を産む領地がある。未来を託した息子もいる。私だってこれまで懸命に王国に尽くしてきた。だのに何故だ! 何故私には何も残っていないんだ!”」


 そう言って舞台演技のように……いつかの写しのように、彼女はそう言った。


「あなたがそのように思っても、無理はありませんね」

「……見てきたように言う。君とはこれまで会ったこともないだろう」

「情報から伝わる人物像で台詞を考えるとこうなったもので」


 そうか、それは中々優れた想像力だ。

 言葉の内容までほぼ合っている。

 たしかに私はそう思い、実際に一人の部屋でそのように慟哭したことも、あった。

 なるほど、そこまで考え至ったのならば、私が黒幕であると考えても、当然か。


「然様。私は全てに怒りを向けていた。無策の王が臨んだ戦争によって息子が死んだ苦しみゆえ王族に、息子の傍にありながら何も守ってはくれなかったゆえ近衛騎士団に、そして、私が無くした全てを持ち続けるゆえあのギデオンに……怒りを向けていた」


 だから、その全てに復讐する算段をつけた。

 それは……。


「けれど、あなたは自分のその感情が逆恨みであると理解していた。怨恨を向けるのも間違いであると、“半分は”考えていた」


 ――ああ、そこまで分かられているのか。


「違いますか?」


 確認するように、彼女は私に問いかける。

 私はそれにどう答えるべきか。

 選んだのは……ただ自身の心情と事実を述べることだった。


「…………私は王家にも、近衛騎士団にも、ギデオン伯爵にも、復讐するかを悩んでいた。しかし君の言うようにそれが逆恨みの筋違いであるのは分かっていたのだ」


 それでも、何もしないわけにはいかなかった。このまま止まるには、無念が大き過ぎた。


「だから天に任せることにした」

「そうでしょうね。だからあなたは不確実な計画を立てた」


 彼女は指を三本立てて示す。


「ポイントは三点。エリちゃんにギデオンの楽しさを吹き込んだときに彼女が公務を放り出して邸宅から抜け出すか。近衛騎士団の任務を妨害しても、その上で彼らが任を全うできる集団か。そして、前の二つが上手く行ってエリちゃんがギデオンを出歩いても、無事に済むような良い治世の街になっているか。これらのいずれかがクリアされているのならば、彼らは自分同様真っ当に勤めを果たしており、自分に降りかかった全ての結果はただ自分に原因がある……そう考えたのではないですか?」


 その通りだ。

 三人の王女の中でも奔放なエリザベート殿下に、ギデオンのことを誇張して伝えた。

 ギデオンでの近衛騎士団の護衛任務に支障が生じるようにあえて間違えた書類を差配した。

 その二点によって、“王女が邸宅を抜け出す確率”を上げた。

 私がしたのはそれだけだった。


「全てに問題があったときのみ、王族のエリちゃんに害が及び、近衛騎士団とギデオン伯爵の責任問題になる。あなたは全てに復讐を果たしたことになる」


 私の念が逆恨みであるのか、それとも彼らに因があったのか。

 それを天に問うた。


「計画とも言えない代物ですし、必ずしも彼らに原因があって起こる事態でもありません。……それでも九割方は成りかけましたけどね」

「だが、終着はしなかったのだろう?」

「ええ、王家にとっても、近衛騎士団にとっても、ギデオン伯爵にとっても……エリちゃん自身にとっても、今回の件は『我侭な王女様が家出してギデオン観光を満喫した』くらいの話でしょう」

「……ありがとう」


 彼女の言葉を聞き、私の口からは意図せぬうちに、礼の言葉が出ていた。


「なぜ御礼を?」


 なぜ礼を言ったのか、考えるよりも先に、心が発していた。

 けれど、少し考えてみても、やはり礼に至った。


「あなたという御仁が運良く殿下の御傍にいて命を救ってくださったお陰で、納得できたからだ」


 そう、今回の事件での巡り合わせ。

 それが、私にとっての答えになった。


「ただ、運が悪かったのだ」


 息子が死んだことも、領地の窮状も、全ては……その一言に尽きるのだ。

 王国の誰かが悪いわけではない。

 私以外の誰に原因があるわけでもない。

 ただ、運が悪かっただけなのだ。


「この結果は誰を恨むものでもない。息子は戦争に出て、運悪く死んだ。領地では運悪く、流行り病が起きた。誰が悪いわけでもなかった。……そのことを納得するのに、私は随分と、義にもとることをしてしまった」

「そうですね。エリちゃんの命をサイコロ代わりにしたのはボクにも思うところがあります」


 ああ、エリザベート殿下に、間接的にとはいえ害を為そうとしたのだ。

 殿下は奔放ではあれど本質は優しい御方。

 そんな彼女を、試金石にしたのだ、私は。


「けれど、言ったでしょう? 今回の件は誰にとっても『王女様が家出した』だけなんですよ」


 だから、この一件については誰が罰されるものでもない。

 ただ、エリザベート殿下がお小言を受けて終わりだろうと、彼女は言った。


「だがそれでは……」

「反省するのならこれからはエリちゃんに償うつもりで仕事頑張ってください。手始めにこれで」


 そう言って、彼女は私に三束ほどの書類を投げ渡した。


「これは?」

「エリちゃんに暗殺者を送り込んだボロゼル侯爵の、不正の証拠や記録をひとっ走り集めてきました。書類の整理中に発見したとか何とか理由つけて、懲らしめてあげてください」


 驚いた。

 これは本来、貴族家の隠し金庫などで厳重に保管されているような代物だ。

 彼女は、王女を守った後にすぐさまボロゼル侯爵領に赴き、これを入手してこちらに来たらしい。


「じゃあ、ボクの用件は済みましたので、これで帰りますね」

「待ってください。あなたは、何者なのですか?」


 私が尋ねると、彼女は少し微笑んで――こう言った。


「通りすがりの記者さんですよ」


 そうして彼女は、靄が風で流れるように、影が日向に消えるように、立ち去ったのだった。


 EndⅡ


 ◇◇◇


□■ 【記者】/【絶影】マリー・アドラー


 エリちゃんとの一日から明けて翌日、私はギデオンでも人気店と噂の喫茶店のテラス席で突っ伏していました。


「……しんどい」


 原因は明白。昨日の疲れが残っているのです。

 チケットの取得、エリちゃんとのデート、エリちゃん狙いの暗殺者の掃討、下手人であるボロゼル侯爵の不正証拠集め、ブリティス伯爵とのお話……これ全部昨日一日でやったんです。しかも後ろ三つは日が暮れてからですよ。

 そりゃあね、私は超級職ですよ。合計レベルが500を超えていますよ。

 ステータスも純戦闘型の超級職ほどじゃないけど滅茶苦茶高いですよ。AGIは五桁いってるし超音速で動けますよ。スーパーなウーマンですよ。

 でもHPと体力は違うし、MPSPと精神的な疲れもまた違うんですよ。眠いし。

 でもゆっくり眠るわけにもいきません。

 今日は待ちに待ったイベント<超級激突>の当日です。レイ達との待ち合わせもありますから、うっかり寝こける訳にもいかないのです。


「レイ、か」


 彼に初めて会ったのは【ノズ森林】、それも私が……マリーが殺し屋として活動していたときでした。

 私が殺し屋異能バトル漫画の主人公であるマリーをロールプレイし、彼女を実感するにあたって絶対に欠かせなかったのが……殺し屋として人を殺す行為です。

 けれど、この<Infinite Dendrogram>においてティアンは生きた人間と同じように、知性をもって生きている。

 そんな相手を殺し屋として殺すのは、流石に躊躇われました(昨日の暗殺者みたいな連中は別とは考えていますが)。

 そこで私が選んだのは殺しても死なない<マスター>専門の殺し屋という道です。

 ティアンとは違い蘇りますし、そもそも本当に命を喪われるわけでもありません。

 ロールプレイとして殺害するのに問題がない相手だったと言えます。

 そんな訳で、天地で【隠密】、【影】など隠密系統職の修行を積み、試練を達成して超級職の【絶影】になった私はPK専門の殺し屋として仕事を続けていました。

 ちなみに隠密系統を選んだのは漫画のマリーと戦闘スタイルが似ていたからですね。彼女にも作中で変装や分身はさせていましたし。

 仕事の達成率は高く、また実行していく過程で今まで知らなかった“暗殺の描き方”を学んでいくことも出来ました。

 リアルと<Infinite Dendrogram>、両方の実益を兼ねたいい仕事でした。

……万人単位のティアン無差別殺傷で国際指名手配された<超級>、【疫病王】がターゲットだったときは死ぬかと思いましたが。

 何とか倒して、“監獄”に送ることは出来ましたが。


 レイと出会ったのは直近の仕事、【ノズ森林】での初心者PKでのことです。

 依頼人が誰かは私にも分かりませんでしたが、腕を買われて随分と高い金額を提示されたものです。

 私としては無差別且つほとんどは初心者という内容に多少の忌避もありましたが、逆に言えばそういう類の暗殺はこれまでやったことがありませんでした。

 また、イントゥ・ザ・シャドウでも“暗殺者集団の未熟な徒弟達を一方的に蹂躙する”展開の話があったことを思い出し、「これもマリーを動かす一助になるかもしれない」と物は試しに殺ってみることにしました。

 そうして、私は<ノズ森林>に入ってきた<マスター>を一人残らずターゲットとして殺傷する仕事を請け負って……狙ったターゲットの中にレイがいました。

 そのとき、私は彼に興味を抱きました。

 まず、初心者でありながら私の<エンブリオ>の攻撃を一度受けても生きていたこと。

 二度目を防ぎ、三度目までも気力で弾いたこと。

 最終的には《黒の追跡》と《青の散弾》を混ぜた弾丸生物によってデスペナルティとなりましたが、重要なのは結果ではありません。

 それらの行動の際の、彼の表情と感情が重要でした。


 眼前の死(デスペナルティ)に抗うとき、彼は生きて(・・・)いました。


 ええ、それは生きています。

 私だって生きています。

 けれどそういうことではありません。

 彼は真剣に生きのびようとしていました。

 この<Infinite Dendrogram>の中で。

 本人が自覚しているかどうかは不明ですが、彼はこの<Infinite Dendrogram>において、ゲームの中において、真剣に生きていたのです。

 私のように長い期間この<Infinite Dendrogram>の中にいた結果、そうなるプレイヤーはいます。

 某宗教団体のように初めから<Infinite Dendrogram>をゲームと考えずに入る層もいます。 

 けれど彼は違う。

 初心者の、ルーキーで……それでいて私がこれまで見た数多のプレイヤーの中でもとびきり真剣に、生きていました。

 それがとても興味深く、「ひょっとすると彼を見ていれば私に足りない何かが埋まるのではないか」、「私の中のマリーが動き出すのではないか」、……そんな予感がしました。


 その後、私はデスペナから復帰したであろうレイを探しました。

 途中、なぜか戦艦に乗った毛皮……もとい【破壊王】に襲撃を受けて<ノズ森林>が消失するという事件もありましたが、私はレイと彼の<エンブリオ>であるネメシスちゃんを見つけました。

 ルーク君と話していた彼らに、通りすがりを装って声を掛け、その後もパーティメンバーとして潜り込みました。


 そうそう、この間も私のジョブはずっと【絶影】でしたね。

 隠密系統のパッシブスキルに《隠密隠蔽》というものがあります。

 メインジョブに隠密系統を据えていても隠密系統のジョブのレベルを省いたジョブが表示され、メインジョブとして他に習得しているジョブの中で一番レベル高いものが見えるようにする、という効果ですね。

 だからボクのレベルは【記者】(ともう一職)のものしか見えていませんし、ステータスも相応に見えるはずです。

 パーティメンバー相手には隠蔽の解除も出来ますが、レイのパーティに潜り込むことが目的だったので解除はしませんでした。


 ……そのことについて、【記者】の経験値増幅のパッシブスキル《ペンは剣よりも強し》をどうするかの問題がありました。

 ええ、本来なら話は簡単です。

 【記者】にジョブチェンジすればそれでパッシブは発動します。

 しかしメインジョブを隠密系統から切り替えれば、合計レベルの隠蔽が解除されてしまいます。

 それでバレたら目も当てられません。

 だからジョブは【絶影】のまま、一定時間パーティの経験値を増幅するアイテムをこっそり使って同様の効果を得られるようにしていました。

 高いんですけどね。

 三十分の効力で十万リルはかかります。

 けど、そのくらいの出費は負うべきだとも考えていました。

 ……初心者狩りでお金貰ってしまいましたし。

 振り返ると罪悪感が大きいので「やらなきゃよかった」と思うと同時に、やらなかったらレイを見つけられなかった訳で、複雑です。


 そうしてパーティメンバーとして共に行動し、旅をして、あの戦いが起きました。

 ゴブリンの群れ、そしてその長だった【大瘴鬼 ガルドランダ】との戦い。

 【ガルドランダ】は強い<UBM>でした。

 <UBM>にも人間同様に資質のようなものはあります。

 【ガルドランダ】は私がこれまでに倒した二体よりもレベルは低いようでしたが、その潜在能力は相当のものだと見込めました。

 そして低いレベルであっても、初心者のレイやルーク君と比べれば遥かに強い怪物です。

 何せ逸話級の<UBM>であっても本来は<上級エンブリオ>の<マスター>が必要になります。

 それですら勝算は五割前後なのです。

 そんな存在と相対して、<下級エンブリオ>でフルメンバーですらないパーティではまず勝ち目はない。

 可能性がない。

 あるとすれば、私が化けの皮を脱ぎ捨てて闘うしかなかったでしょう。

 けれど、私はそれを選択しませんでした。

 闘えば正体がバレてしまう……それも選択の理由ではありましたが主要因ではありません。

 見てみたかったのです。

 あの森と同じ。

 自分の力を遥かに超えた勝算なき強者に対して、レイがどう行動するのか。

 それが見たかった。

 私は【記者】でも出来る範囲のことだけを行いました。

 純粋な彼の行動と、その結果を見るために。


 そして、彼は私のちっぽけな期待や予想を……上回りました。

 逃げ出さない。

 ティアンであっても人々を見捨てない。

 強大な力に打ちのめされても、目論見を逃しても、決して諦めない。

 最後の最後まで可能性を模索し、掴み取り、あの【ガルドランダ】を打倒したのです。

 私も最後の最後に少しだけ手を出してしまいましたが、それは瑣末なことでしょう。

 あの瞬間、全てを尽くして【ガルドランダ】に勝利した瞬間のレイ。

 彼の姿を見たとき、胸が高鳴りました。

 この<Infinite Dendrogram>において、“生きている”彼。

 そうして思いました。

 これからも彼を見ていきたい、と。

 【記者】として、漫画家として、マリー・アドラーとして、私として、彼を取材し続けたい、と。


「取材云々以前に、気に入っちゃったんですけどねー」


 正直に言えば、私の正体も話してPKしたことを謝りたい。

 普通に友達になりたい。

 けれど。


「……レイとネメシスちゃん、ボクへのリベンジを当面の目標にしてるんですよね」


 ギデオンまでの道のりでも、ギデオンでの打ち上げでも、彼は言っていました。

 最初のデスペナの話と、その相手――私に対し「いつか必ず勝ってみせる」という意気込み。

 聞いている身としては背中に冷や汗が流れ続けていました。


「ここで打ち明けてしまうと決意に水を差すことになりそうですし……お二方のモチベーション下げたくないんですよね……」


 私が【破壊王】に倒されたかもしれないと思っていたときのネメシスちゃんの反応を見れば、私へのリベンジに対する熱意は相当なものです。

 それに何より、レイは真剣に目の前の物事を突破しようとするその姿が一番格好いいのですから。

 だから今は二人の目標を邪魔せず、いつか二人が強くなった頃合いを見て再び正体不明のPKとして登場し、勝負しましょう。

 そのときは、お二人のお望みどおり。全力全開の真剣勝負で。


 そんなことを考えながら、私は通りの向こうから歩いてくる見知った<マスター>と<エンブリオ>……私の思い人たちに手を振るのでした。


 EndⅢ & To be continued


次回の更新は22:00です。


(=ↀωↀ=)<三章?

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