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第四話 【絶影】<????>

( ̄(エ) ̄)<ブックマーク一万件突破&評価者数500人超えクマー!!

(=ↀωↀ=)<わーい! 大台だー!


読者の皆様ありがとうございます!

ご期待に沿えるようこれからも頑張ります!

 □■???


 夕暮れの街を私達は並んで歩いています。

 手を繋いだ私達は、姉妹か親子にでも見えるでしょうか?

 私のアバターであるマリーがそもそも私の娘のようなものなので、少し不思議な気分です。

 そうして歩いていく過程で、私はとある人通りの少ない道を選びました。

 理由はここを通るか通らないかで十数分は目的地、ギデオン伯爵の邸宅への到着時間が変わるから。

 あるいは……。


「止まれ」


 後ろから制止の声をかけられて振り返ります。


 直後、何かが首を通り抜けました。


 身体が少し揺れた後――首は胴体から離れて落ちました。


 ◆◆◆


 ■職業暗殺者集団<死神の小指>頭目 【兇手デッドハンド】ルゥ・ジエン


「ターゲットの確保完了」

「付随人物の殺傷確認」


 俺の視界の中で、首を落とした<マスター>の女が光の塵になって消えていく。

 ターゲットの第二王女も、眼前の光景にショックを受けたのか気絶している。


「ふん、<マスター>だぞ? 死ぬわけでもないだろうに」


 <マスター>連中はいつもそうだ。

 致命傷を負わせても死体は消えて、三日もすれば何食わぬ顔で出歩いている。

 さらには規格外の力、<エンブリオ>までも使役する。

 <マスター>同士でネットワークがあるのも厄介だ。

 貴族や資産家からの依頼を受けて殺人を実行する我々であっても、“死なない”相手を狙うのは面倒であり、普通ならば無視する。

 しかし、今回のターゲットである第二王女の傍に<マスター>がいたことは逆に都合が良い。


「“証拠”は用意してあるな」

「奴が王女と連れ立って街の中を歩いていた様子は記録済みです。王女を殺害した後に匿名でこの“証拠”を提出すれば、あの女は“王女誘拐殺人犯”として国際指名手配になります」


 そう言って、部下は記録用の映像水晶を取り出した。

 偽の物的証拠ならば《真偽判定》で潰されるが、これは紛れもない本物。心配はない。

 あの女は《幻惑》スキルを使って王女の見た目を誤魔化していたようだが、あれは生物の精神に働きかけるスキル。無機物には無意味だ。

 ステータスの表示を改竄する《偽装》も掛けていたようだが、そちらはカメラの映像には関係ないからな。

 それに、俺のように【暗殺者】として熟練し、《心眼》と《看破》を会得した者にも効かん。

 未だ下級職に留まる部下達では見破れなかった点からすると、かなりレベルの高い《幻惑》だったらしいがな。

 なぜ一介の【記者】が《幻惑》と《偽装》スキルを有していたのかは不思議ではある。

 だがあれらは戦闘行動に関連しないスキルであるし、【記者】以外のジョブで習得したものを使用したのかもしれんな。


「王族殺しともなれば国を問わず即日指名手配される。そうなれば奴が蘇るのは“監獄”の中」


 あそこへ逝けば死人も同じよ。


「順調ですね」

「ああ、無力な女子供を相手にするだけなのだから、予定より随分楽なものだ」


 本来ならば近衛騎士団との戦闘や、邸宅に侵入しての毒殺を敢行する必要があった。

 しかしどういう訳か王女自身が独りでに邸宅を抜け出し、さらにスケープゴートまでも付随していた。

 これは正に僥倖と言える。


「ボロゼル侯爵にも良い報告が出来る」


 そんな俺の独り言に、


「ふぅん、ブリティス伯爵じゃなかったんですね」


 ――部下の声ではない応答が風に流れた。


 直後、ショックで失神した第二王女を抱えていた部下が、両手足から出血し、悲鳴を上げて倒れる。


 見た。部下は両手足の腱を断ち切られている。

 見た。気絶していた第二王女の両目はしっかりと見開かれている。

 見た。第二王女の右手には――禍々しい意匠の短剣が一本握られている。


 知った。こいつは第二王女などではない――敵だ


「殺せ!」


 俺の指示を受け、その場にいた八人の部下達が一斉に毒物を塗布した短剣を投擲する。

 だが、第二王女の姿をした敵手は背後へと跳躍。

 両手足の健を切られて倒れかけていた部下の背後に回りこみ、盾代わりにする。

 短剣は全て盾にされた部下に突き刺さり、そいつは悲鳴を上げる間もなく絶命した。


「酷いことをしますねー」


 死体を盾にしながら、奴は言葉を繋ぐ。


「でも、無垢な子供を殺そうとする外道の一味ならば……落命しても仕方ありませんね」


 死体を投げ捨てて敵が姿を現したとき、その姿は第二王女のそれではなくなっていた。

 王女の金髪とは全く違う、夜を溶かしたような黒髪。

 ドライフやカルディナで時折着用される“メンズスーツ”なる衣服の上下。

 既に日も落ちようとしているのに、顔に掛けられたサングラス。

 身長体格すらもまるで違う。こちらは明らかに成人。

 右手の短剣と、頭に斜めに掛けられた狐面だけが第二王女のときと同一。


「それにしても、体格が大幅に違うと《変化の術(・・・・)》はSP消費に問題ありますねー」


 そしてその顔は、先刻首を切り落として殺したはずの<マスター>のものだ。

 左手の甲には<マスター>の紋章が輝き――掌中には“拳銃”が握られていた。


「貴様は……!」

「おやおやどうしました? 幽霊でも見たような顔で」


 何故生きている。

 何故化けていた。

 こいつは【記者】ではなかったのか。

 再度、《看破》スキルを使用して奴のステータスを覗き見る。


 マリー・アドラー

 職業:【記者】

 レベル:32(合計レベル:33)


 …………見た。やはりこいつは【記者】で、合計レベルも30程度だ。


「何です? ジロジロ見るのは失礼ですよ?」

「生き返ったのは、<エンブリオ>の固有スキルか?」


 それならば、すぐに復活したのも納得がいく。


「死んでないのにどうして生き返る必要があるんです?」

「……本物の王女はどこへやった。いつ入れ替わった」

「入れ替わるも何も、この路地に入ったのは最初から」


 言葉の途中で、路地脇の建物内で待機していた部下の一人が奴の背後に飛び降り、奴の首を切り落とさんと刃を振るう。

 首に刃が入ったと思った瞬間、奴が光の塵になって消えた。

 同時に刃を振るった部下が昏倒して地に伏した。


「最初からボクだけです」


 奴の声はまた別の場所から聞こえていた。

 それは今の奴が飛び降りた建物の屋上。

 しかし、奴の姿はまたも様変わりしていた。

 身体には“黒い靄”がかかり、その姿は曖昧で正しく見えない。

 唯一判るのは、頭部に狐面を被り、左手に短剣を持ち――右手に奇怪な拳銃を握っていることだ。


「…………!」


 発動させたままの《看破》。

 そこには先ほどとは全く違う情報が見えていた。


 ■■■・■■■■

 職業:【■■】

 レベル:■■■(合計レベル:■■■)


 名前が、見えなくなった。

 職業も、見えなくなった。

 ステータスも覗くことができない。

 これは、【暗殺者】として修行を積んでいた頃に体験したことがある。

 自分の《看破》より遥かに高いスキルレベルの《偽装》が掛かったときの見え方だ。

 だが、暗殺者系統上級職【兇手】を極めた俺の《看破》のスキルレベルは最大の10。

 それよりも、高度な《偽装》?


「ありえない」


 ありえないが、事実《偽装》を見破れない。

 しかしそれでも、俺の《看破》ならば文字の桁数くらいは合っているはずだ。


「ありえない……」


 だが、今はその桁数が、最大の問題だった。

 ジョブのレベルが三桁。

 少なくとも、50レベルが上限である下級職の【記者】ではありえない。

 最初の表示は《偽装》に類するスキルによるものであり、この表示結果がありうるのは二つしかない。

 俺同様に上級職を限界まで鍛えぬいた者。

 あるいは――


「貴様は……何者だ!!」


 俺が問うと、女は酷薄に微笑んだ。

 まるで、俺が誰何するのを待っていたかのように。



「“――ボクは影”」



 強い思いを込めるように、奴の口が言葉を紡ぐ。



「“君が重ねた悪行の影であり、君自身を闇の中へと引きずり込む――死色の影”」



 先ほどまでのこちらを小馬鹿にした喋り方ではなく、冷徹で芝居がかった言葉の波。



「“Into the Shadow”」



 両手を広げ、まるで演劇の舞台のように、奴はその言葉を高らかに謳い上げた。


「一宮渚著、殺し屋異能(・・・・・)バトル漫画(・・・・・)イントゥ・ザ・シャドウ第一話『影』より引用」


 先刻までとはベクトルの違う意味不明な言葉を発すると、奴の雰囲気は元に戻っていた。

 だが、今も目に見えている《偽装》されたステータスや、今しがた部下を瞬殺した事実が消えるわけでもない。

 俺も、そして部下達も動けず、奴の一挙手一投足に全身全霊の注意を払うしかなかった。


「う、うおあああ!」


 そんな中、一番新入りで最も未熟な部下が耐えかねて飛び出した。

 愚かではある。

 だが、その犠牲で一瞬でも奴に隙が作れればしめたものだ。

 俺はそう考えたが、


「…………」


 女はただ、無言のまま手首から先を動かした。

 スナップを利かせ、リボルバー式の拳銃に装填されていた弾を排莢し、新たに“白”と“黒”の弾丸を装填する。

 そして女は引き金を引く。

 拳銃の銃口はまるで見当外れの方向に向いたままだったが、


『ゲルガガガガガガガ!!』


 奇声を上げながら黒と白の二色に彩られた弾丸に似た何か――バケモノが銃口から飛び出した。

 そして、銃弾ならありえない軌道で曲がり――新入りの体に突き刺さった。


「……………………」


 新入りは崩れ落ち、呻き声一つ漏らさず、指先一つ動かなくなった。

 まるで全身に強い麻酔でも打たれたかのように。

 生きてはいるが、最早何も出来ない。

 女は手首から先を動かしただけで、いとも容易くこれを成してしまった。


「――どうしました?」


 奴が俺たちを見下ろしながら、声を掛ける。


「腰が引けますか? 冷や汗が流れますか? 心臓が動悸してしまいますか? 心が圧し折れそうですか?」


 サングラスと靄で二重に遮られているはずの奴の視線。


「“無力な女子供”相手でなければそんなものですか?」


 だが、その目が冷たい光を発していることは理解できた。


「ボクも人のことは言えませんけどね」


 奴はフゥとため息をつく。


「陸上戦艦相手には逃げの一手を打つしかありませんでしたし……怖がりもしました。この<Infinite Dendrogram>の中でも死ぬかと思った。ええ、ボクだって強い相手は恐ろしい」


 怖い、恐ろしいと言いながらも……女の顔は冷めている。

 ただただ冷徹に、こちらを見下ろしている。


「だからそんなボクに出来るのは」


 そして、


「“無力な暗殺者”をボロ雑巾にするくらいですね」


 宣告と共に、奴は動いた。


 俺達は奴の行動を妨げようとした。

 だが、奴の身体を覆う靄が奴の行動の挙動を隠してしまう。

 何人かの部下は再度短剣を投擲するが、全て短剣で弾かれる。

 そうして奴は靄の中から何かを飛ばした。

 それは導火線のついた球体。


 ――爆弾


 俺と部下達はそれから距離を取ろうとした。

 だが、導火線の火は早く、一瞬で本体に達する。

 直後、猛烈な煙が路地の一角を覆い尽くした。


「!」


 爆煙ではない、煙だけだ。


「うろたえるな! 【煙玉】だ!」


 目くらましが目的の煙幕。

 この煙で俺達の視界を潰してまた仕掛けるつもりかと奴の姿を追う。

 しかして奴の姿を見つけ――それはすぐに煙の中に消えた。

 煙幕の拡大に乗じて離脱する腹積もりか、ならばこちらもソレに合わせる。

 そう考えた瞬間、


 煙幕から“五つ”の人影が飛び出し――その全てが、あの女と同じ姿形をしていた。


「!?」


 《幻惑》……いや、より高度な幻術か!


「幻影を潰す! 全投!」

「「「投」」」


 部下達に指示し、一斉に毒薬を塗布した投擲具を乱れ投げさせる。

 正確に狙わずともいい。

 幻影ならばすり抜け、本体ならば防ぐだろう。

 この一斉攻撃で相手の本体と幻影を見分けられればいい。


 しかして、結果は想像とは異なるもの。

 五体の幻影それぞれが全く別の挙動で短剣を振るい、自らに向かった投擲具全てを弾き切ったのだ。


「全て実体、だと!」

「生憎と《影分身の術》には実体があるのですよ」


 《影分身の術》、だと!?

 それは東方の天地固有ジョブの一つ、【忍者】が使うとされるスキル!

 王女に化けていたときのスキルも……そうか!

 奴の正体は……!


「…………!」

「ぬ、ん……」


 配下からも狼狽する気配が伝わる。

 それは影分身のいずれが本物か判らぬため。

 いずれが偽でいずれが真であるか。

 一人の本物と四体の分身で気配は全くの同一。

 本物と“実体を持つ幻”を見分ける術がない恐るべき術。

 そして、そんなものを創り上げる奴の技量を部下達は恐れている。

 あのレベルの桁数が見えていたのは俺だけだ。

 部下達が奴のレベルを知れば、怯えて動きが悪くなる。

 そうなると、俺の(・・)勝ち目が消える。


「怯むな! 数で押して立ち向かえ! 双人一殺!」

「「「是」」」


 号令を受け、部下達が奴と分身を攻撃する。

 一体の分身に、二人組で掛かる。

 常識で考え、分身ならば本体に劣るはずだ。

 それならば部下にも勝ち目はある。

 それにこうして連中の動きを止めていればできることもある。

 そう考えていた。


「レベルが低いですねー」

「そうですね」

「過剰に手の内さらす必要なし」

「アルカンシェルはもう使わないでおきましょうか」

「ラジャー」


 しかし蓋を開ければ二対一の状況でも押され、すでに二人の内の一人が討たれた組もある。

 本体に劣るはずの分身が、【暗殺者】として技巧を会得した部下二人を相手にして尚も上回っているのだ。

 俺と違い未だ上級職【兇手】の域に達してこそいないが、それでも【暗殺者】の技能は修めている。

 それがこうも容易く……。


「<エンブリオ>の有無による最たる違いは、<エンブリオ>の固有スキルだと多くの人は考えます」

「しかしそれはある意味で正しく、間違っています。特殊なスキルならば、<UBM>のMVP特典を取得すればティアンでも持つことが出来る」

「ボクが思うに本当の意味での違いはステータス……そして“成長”の補正」

「<エンブリオ>の補正を受けるからこそ<マスター>のレベルアップは早く、ステータスの成長もより強力に行われる。不死身だから無理も出来ますしね。だから、ティアンとは成長の効率が違いすぎる」

「それこそ、ボクの三年が貴方達の十年二十年を容易く凌駕する程には」


 三年?

 まさか、こんな化け物じみた技量をたった三年で身につけたというのか?


「巫山戯ている。それでは、我らの修練は貴様ら<マスター>から見れば、愚者の石積みで塔を建てようとするのと同じではないか……!」

「愚者の石積み……アルター王国の諺でしたっけ」

「石を手積みして天にも届く塔を建てようとする男の話。最後は崩れて自分を潰す」

「手積みで塔を立ててしまう人もいるでしょうけどね」

「超級職に至った者はティアンでもいますから」

「けど、その喩えで言うならボク達<マスター>は、重機持ち込みで立てているようなものですからね」


 そもそも土台が違う、と奴等は言った。

 だから人は<エンブリオ>を“才能”や“可能性”とも言い換えるのかと、理不尽さに苛立ち奥歯を噛み締める。

 認められない。

 俺は幼少時から組織で数十年に亘る暗殺の修行と実践を経て今に、【兇手】に至ったのだ。

 そんな<マスター>連中の理不尽を認めてなるものか。

 あの女が私より上でなどあってたまるか。

 俺はアイテムボックスから、切り札である【ジェム―クリムゾン・スフィア】を取り出す。

 それは上級職【紅蓮術師パイロマンサー】の最大魔法、《クリムゾン・スフィア》を封じ込めた【ジェム】だ。

 効果範囲は然程広くはないが、威力は絶大だ。

 今ならばあの女にも当たる。

 なぜなら、部下達が……二人掛かりで分身にも劣る愚かな部下達が、辛うじて動きを制限しているのだから。


「死ね」


 俺が投擲した【ジェム】はあの女と分身、それに部下達の戦いの中心で爆発し――全てを紅蓮に包んだ。


 音もなく、爆発もなく、ただ紅い光と熱量だけがその空間を焼き尽くした。

 女も、女の分身も、戦っていた部下も、既に戦闘不能に追い込まれていた部下も、光に包まれる。

 部下達は驚愕した表情を浮かべた一瞬後に、顔の皮膚が真っ黒な炭に変わり、直後に骨さえも黒い塵になった。


「部下も、最後には役に立ったな」


 紅い光の中で、あの女も全て光の塵になって消えていった。


「フン、なるほど、分身でも<マスター>が消えるときと同じ光が出るか」


 それで最初に首を落としたときの手品の種も割れた。

 連中が全て消えるのは見届けた。

 あとは早く此処から離れ……第二王女を探して抹殺しなければ。


「しかしあの女には随分と手こずらされたものだ。予期せぬ出費も大きい。流石は東方秘伝の上級職【忍者】といったところか。だが最早何の意味もない。結局奴は王女殺しの犯人として“監獄”行きなのだからな。ハハハハ」


 湧き出す愉快な気持ちに久方ぶりに笑いながら、私は“証拠品”となる掌中の映像水晶を弄ぶ。



 ――直後、背中から冷たい何かが身体に差し込まれる感触があった。



「あ、え?」


 掌中から映像水晶が零れ落ち、甲高い音と共に砕けて割れた。


 見下ろせば、私の胸から短剣の刃が突き出されていた。


「はい、油断大敵ー」


 視線を胸元から前方に向けると、そこには消失したはずのあの女が五人並んでいた。


「どうやら【忍者】について間違った情報を得ているようなので、発言に対する訂正が二つ」

「一つ目、【忍者】は下級職です。上級職は【上忍グレーターニンジャ】」

「一つ目補足一、一口に忍と言ってもスタイルによってジョブ系統が分かれています。忍者系統と隠密系統ですね」

「一つ目補足二、忍者系統の【忍者】や【上忍】は派手な忍法を使います。外国人の考えたNINJAですね」

「一つ目補足三、ボクは隠れ潜み、撹乱して敵を討つ隠密系統の【隠密オンミツ】から成長したジョブです」


「――二つ目、私は上級職ではありませんね」


 耳元で、背後にいる“六人目”が囁いた。


「な、が?」


 口から血の泡を吐きながら、私は背後を振り返る。

 そこには、靄を纏った狐面とサングラスの女がいた。


「はいそうです。ボクが“本体”です。煙幕張って《影分身の術》とセットで《隠行の術》を使い、気配をゼロにしていました。あ、分身は全部消されましたけど、《影分身の術》を再使用すればまた出てくるものなので」


 そう言うと女は短剣を引き抜き、私は地面に倒れた。

 倒れた私を、分身の五人と同じ顔の女が見下ろしている。

 しかしその女と五人には明確な違いがあった。

 女には気配がない。

 目の前にいるのに、存在するのに、存在を五感が否定している。

 気配と実体を持つ分身を複数体展開すると同時に、本体の気配を完全な零にする。

 そんな芸当、どうやったら可能に……。


「隠密系統超級職【絶影デス・シャドウ】……<超級殺し(・・・・)>」


 奴は、そう自身のジョブと……一つの名を告げた。


「冥土の土産のつもりもありませんが、それがボクのジョブと通り名ですよ」

「超級職、それに、<超級殺し>だと……!?」


 超級職とは上級の更に先、ジョブの到達点。

 そして<超級殺し>とは、かつて“ティアン最大殺傷者”として悪名を馳せたある<超級>を、<超級>ならぬ身で仕留めた殺し屋につけられた通り名だ。

 <超級>さえも殺す者、殺し屋の頂点としてつけられた異名。


「お、おおお……」


 自分より遥かに年若いこの女が、暗殺者として数十年の研鑽を積んだ私よりも先へ。

 限られた者しか辿りつけない境地に至っている。

 ジョブとして、殺し屋として……私でも足元に及ばぬ頂点に立っている。

 それを知ったとき、先ほどよりもさらに激しい感情と衝撃が私を揺さぶる。


「こんな、こんな無体な現実が……」


 とうに枯れたと思っていた涙が双眸から流れ落ちる。


「無体と仰る」


 女は僅かに苛立ちを滲ませて言葉を発する。


「【兇手】、でしたっけ。たしか人間の殺傷数が一定以上じゃないと成れないジョブですよね。エリちゃんを殺そうとして、部下だってさっき捨て駒にして……。これまでも大勢の人を物言わぬ躯に変えてきたでしょうに、自分がちょっと壁に当たったら泣いてしまう。それはどうかと思いますよ?」


 俺は、俺を見下ろす女の目を見上げる。

 その目にあったのは侮蔑だった。

 見下しているのではない。

 ただ単に、街中で人格に問題のある人間を見て軽蔑するのと同程度に、女の目は俺を嫌悪していた。

 それが何よりの屈辱であり、許せなかった。

 だが、このまま殺されては屈辱を晴らすことも――


「さて、ボクはそろそろエリちゃんを迎えに行かないと。寝かせて隠したままですからねー」


 女は俺に止めを刺さず、踵を返した。


「こ」

「殺しませんよ。直接手を下すのも馬鹿らしい」


 そう言い捨てて奴は分身を消し、立ち去ろうとする。

 俺はと言えば、何を言われたのか一瞬理解できなかった。

 少しの時間を要し、奴が何を言ったのか理解でき――これまでと比較にならない怒りが身を焦がした。


 ――逃がすものか。


 俺は背を向けた奴に気取られぬよう、アイテムボックスからアイテムを取り出す。

 それは先刻使用したものと同じ【ジェム―クリムゾン・スフィア】。

 これほどの切り札を、二つも持っているとは思わなかっただろう。

 俺はすぐさま【ジェム】を起動、このまま投げつけて……奴を爆殺する。

 その後は第二王女を探して必ず殺す。

 思いつく限り惨たらしく、殺す。

 それで依頼を果たせるが、この行動にはもう依頼など関係ない。

 俺をあんな目で見た忌々しい女。

 俺よりも高みにいる女。

 この女が護りたかったモノをゴミにしてやる。

 復活したときに王女が死んだと知ってどんな顔をするか。

 俺は笑いがこみ上げる未来を想像しながら、【ジェム―クリムゾン・スフィア】を投げつけて

 投げつけて……。


「…………!」


 か、体が、体が動か……。


「……!? …………!!?」


 声を出そうとしても、舌も動かない。

 馬鹿な、新入りのようにあの銃で撃たれたわけでもないのに……。


「ああ、そうそう。弾の一種(・・)は先ほどお見せしたように麻酔弾ですけど。似たことはこっちでも出来るんですよね」


 女はこちらを見ないまま、片手で短剣を引き抜いて掲げて見せた。

 それは先刻、私を背後から突いたもの。


「この短剣はスキルにより、遅効性の麻痺毒を刃に流します」


 女はなぜか丁寧にその短剣についての説明を始めた。


「その名も【痺蜂剣 ベルスパン】……逸話級の装備スキルですから、上級職のあなたに自力レジストは難しいと思いますよ?」


 な、に……。


「手は下しませんけど動かれても困りますからね。余計なことをしなければ明後日まで寝転がって官憲に捕まるくらいで済みます」


 女は、最後に声色を変えてこう言った。


「――余計なことをしなければ、ね」


 俺の掌中には、起動済みの【ジェム】があった。


「ぉ、ォォォォォォ……!!」


 俺は叫ぶが言葉にもならず、

 最後までこちらを振り返らないままヒラヒラと手を振る女の後ろ姿を見ながら、


 至近距離で作動した《クリムゾン・スフィア》の直撃を浴び――――。


 To be continued


次回は明日の21:00に投稿です。


( ̄(エ) ̄)<マリーが<超級殺し>だったんだよ!


(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)(=ↀωↀ=)<な、なんだってー!?

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