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第二話 【王女】エリザベート・S・アルター

 □【記者】マリー・アドラー


 状況を整理しましょう。


 散歩しました。

 女の子が誘拐されそうなので助けました。

 懐かれました。

 衛兵に捕まりそうになりました。

 女の子攫って逃げました。

 女の子は実はこの国の第二王女だったのです。

 整理完了。


 このままだと要人誘拐と未成年者略取のコンボで重罪人確定コースです。

 どうしましょう。


「下手すると“監獄”送りですね……」

「“かんごく”?」


 “監獄”。

 それは<Infinite Dendrogram>内で重犯罪を重ねたプレイヤーが送られる隔離施設です。

 ここで言う重犯罪は主にティアンに対しての犯罪行為であり、プレイヤーがプレイヤーに対して行うPK行為などは含まれません。

 含まれても困ります。

 “監獄”については内外の行き来は完全に不可能で、そこに送り込まれて出てきたプレイヤーは一人もいません。

 内部に送られたプレイヤーが掲示板に書き込んだ情報によると、“監獄”内部にも各種設備やダンジョンがあり<Infinite Dendrogram>を楽しむことはできるようです。

 しかし、外界へと出ることは叶わない。

 場所も判明しておらず、統一サーバー方式の<Infinite Dendrogram>において唯一の隔離サーバーではないかとも推測されていますが真相は不明です。

 なお、“監獄”へは重犯罪を犯しただけでは送られません。

 重犯罪を犯して指名手配になると、指名手配された国でセーブポイントが使えなくなります。

 セーブポイントはアルター王国の噴水など各国の各市町村にあるもので、デスペナからの復活時は事前に登録しておいたセーブポイントから復活するのが常識です。

 だからセーブポイントがない状態でデスペナルティを受けると、次の復活時には“監獄”に飛ばされるそうです。

 それ自体はある意味では当たり前の処置ですよね。

 <マスター>は<Infinite Dendrogram>内で見れば不死身ですから。

 何度死んでも復活して犯罪を繰り返す、なんてことをさせないための抑止力はシステム的に必要でしょう。

 指名手配ですので名前と顔と罪状は把握しなければいけないみたいですけど。

 ちなみに一つの国で指名手配されても、別の国でセーブポイントを登録していた場合はそっちの国でなら復活できます。

 俗に“高飛び”とも呼ばれていますね。

 また、強力な<マスター>だと他の国で罪人でも、自国の戦力として抱え込まれたりすることもあるそうです。

 ただし、あんまり重大な犯罪だと国際指名手配として一気に七ヶ国全てでセーブポイントが使えなくなりますけどね。

 これまで数件しか前例がありませんけど。


 ちなみに王族誘拐とかやらかしたら一発で国際指名手配です。


 どうしましょう。

 モクモクと綿菓子を食べている王女様の顔を眺めながら考えます。


「む、どうした? わらわをぎょーしして。なにかついているか?」

「綿菓子が少々」


 つまんで自分の口に入れました。

 うん、甘い。

 さて、一先ずは先ほど掛けた《偽装》と《幻惑》のコンボがあります。そう簡単には彼女が王女であるとは気づかれません。

 《気配操作》で私達の存在感を薄くしてもいいんですけど、そこまでやると強い人には逆に異常だと気づかれます。

 だから今のままでいいでしょう。


 さて、事の問題は何で王女様がこんな街中をウロウロしていたか、ですね。

 衛兵の皆さんも探していたようですし、お忍びで観光でしょうか。

 そんなところまでローマの休日です。

 ギデオンの観光名所に真実の口とかあったでしょうか?

 それこそあの映画みたいに右手を真実の口に差し込んで……あ、駄目だ。

 嘘つきの私が右手入れたら本当に食いちぎられる。


「なにやらさきほどからかんがえこんでおるのじゃ?」

「ええまぁ、観てる人からするとコメディなことを少々」

「こめでぃ?」


 話をどうしてこんなところに王女様がいるのかに戻しましょう。

 ここは手っ取り早く本人に探りを入れてみるのがいいですね。


「あ、そういえばまだお互いの名前も知りませんでしたねー。ボクは【記者】のマリー・アドラーです」

「うむ! マリーか! わらわはエリザベート。このくにのだいにおうじょなのじゃ!」

「…………」


 ……本人に隠す気が皆無でした。

 え、でもお面で顔隠して……あれってただ単にお面被りたかっただけなんです?


「あの、王女様がどうしてあんな路地に?」

「うむ! ギデオンはとてもたのしいまちだときいておったのじゃ! なのにきんじゅうはそとにだしてくれぬ。だから“ものみゆさん”のためにこっそりぬけだしてきたのじゃ!」


 あ、本人的には本当に観光だった。

 しかも本名と立場を名乗るあたり身分を隠してお忍びする気はなく、普通にそのまま遊ぶつもりだったらしい。

 ストロングスタイルです。


「それは中々の大脱走ですね」

「うむ、“たいみんぐ”をみはからったのじゃ」


 ……そのくらいで王女が脱走出来るものですかね?

 仮にその通りだとしたら、大丈夫ですかこの国。

 ……大丈夫なわけないですよねー。

 この前の戦争からこっち斜陽ですし。


「きょうはおもいっきりはねをのばすのじゃ! それで、の」

「何でしょうか?」

「じつはさっきもみちにまよってしまったのじゃ……。だから、マリーにあないしてほしいのじゃが……」


 それであんな路地にいたんですね。

 さて、私に道案内して欲しい、ですか。

 このまま彼女と一緒にいると誘拐犯として捕まってしまいそうです。

 けれど捕まる心配よりもこの可愛い世間知らずの王女様を放置する方がよっぽど心配の度合いが大きいのです。

 ……何点か気になるところもありますしね。


「いいですよ。お引き受けします」

「ほんとうか!」

「ええ、ボクは嘘なんて言いませんよ」


 すみません、今嘘つきました。


 ◇


 まずどこに行くか王女様に尋ねると「たのしいところじゃ!」と非常にシンプルな答えが返ってきました。

 この決闘都市ギデオンで最も盛況な観光地と言えばまず間違いなく闘技場ですが、もれなく血生臭いので幼女連れだとちょっと躊躇われます。

 まぁ、血生臭いと言っても、闘技場内部の結界設備の効果で匂いは観客に届かないんですけどね。

 死ぬほどのダメージを負った選手も試合が終われば無傷になりますし。

 便利でご都合主義な結界です。

 ちなみに設定上、この結界設備を備えた闘技場は王国人の手で拵えたものではありません。

 大昔からこの場所にあった十三の闘技場をそのまま流用し、それを基準に街を造ったという設定です。

 致命傷もなかったことにできる結界なんて魔法でも科学でもオーバーテクですし、再現できてしまうと色々悪用利きそうですからね。

 運営もそう考えて再現できないロステク設定にしたんでしょう。

 そういうロステクは多いです。先々期文明とかグランバロアが調べてる海底遺跡とか。


 さて、闘技場はアウトなのでその闘技場の近くの大広場へと王女様を案内しました。

 ここも先ほどの大通りと同様に屋台村が並んでいますが、それだけではありません。

 大道芸や楽曲演奏、絵描きや占い師など様々なパフォーマーが集まっているのです。


「おお! ここはおまつりか!?」

「人が集まりますからねー。色々な芸が見られますよー」


 玉乗りやジャグリングといった定番から、<マスター>達が<エンブリオ>を駆使しながらやっているショーなどもありました。

 中でも目を引くの……あるいは耳を引き寄せるのは楽曲の演奏ですね。


 それは四人組……いえ一人と三体による楽曲演奏でした。

 鳥の顔を模した帽子を被って指揮棒を振る男性と、弦楽器を弾き鳴らすケンタウロス、管楽器を吹き鳴らすケットシー、打楽器を打ち鳴らすコボルド。

 そんな異色の楽団です。

 演奏しているのがたった三体でありながら、まるで大規模なオーケストラが演奏しているかのように聞こえるのが不思議です。

 周囲を歩く人々は勿論、一部のパフォーマーもその演奏に惹かれて動きを止めていました。


 ええ、とてもいい演奏です。

 演奏しているのは何故かマ○ンガーZのオープニングをオーケストラアレンジしたものでしたが。

 小学校や中学校の合奏コンクール、あるいは甲子園の応援みたいです。


「とてもちからづよいせんりつなのじゃ」

「そうでしょうねー」


 鉄の城ですし。


「あれはじんばぞくとモンスターのがくだんか?」

「いえ、恐らくはTYPE:レギオンの<エンブリオ>ですね」

「れぎおん?」


 TYPE:レギオンは主に基本カテゴリーのガードナーから進化した上級カテゴリーの一つです。

 特徴としては複数体のガードナーを同時展開すること。

 この“複数体”というのがレギオンの面白いところです。

 例えば「我ら○○四天王!」的な四体一組の少数精鋭パターンでも、数百体の大群パターンも等しくTYPE:レギオンにカテゴライズされています。

 質と量のどちらであるかは関係ないわけですね。

 この楽団は質を重視したパターンでしょう。

 私の<エンブリオ>であるアルカンシェルもレギオンですが……あれの場合はどっちのパターンに近いのでしょう?

 どっちもいけますからね。


「あれも<エンブリオ>なのじゃなー」

「はい」

「わらわは<エンブリオ>とはたたかうものだとおもっておったのじゃ」

「<エンブリオ>は心の在り様とも言います。だから全てが戦いのために生まれるわけでもありませんね」


 実際、戦闘に無関係のスキルしか保有しない<エンブリオ>も相当数いる。

 <マスター>のパーソナルや経験を反映しているのだから、そういうこともあるでしょう。

 しかしそれで言えば……私の<エンブリオ>は殺傷に偏りすぎていて、心の在り様は一体どうなっているんだと自嘲してしまいますが。


 王女様は演奏を終えた楽団に拍手と共におひねりを投げて、他にも色々見て回ります。

 ソフトクリームを食べたり、金魚みたいなモンスターをすくってみたり。

 それらは日本のお祭りでも見慣れた光景で、市井の身からすれば何でもないことです。

 けれど、王女様はとても……とても楽しそうに笑っています。

 私にとっては何でもないことが、彼女にとっては宝物であるという風に。


「つぎはえかきじゃ! わらわのすがたをかいてもらうのじゃ!」

「肖像画の類は普段も描かれているのでは?」

「うむ! だがあれはかたがこる! それにわらわにあまりにていない! わらわはあんなにこわくないのじゃ!」


 なにやらトラウマを持っておられる様子。

 子供の目から見た肖像画ってそういうものかもしれませんね。音楽室にあるベートーベンとか、バッハの第三の目とか。

 っと、いけない。


「王女様、絵を描くのならばボクが描きますよ」


 今の王女様は私が《幻惑》を掛けていますからね。

 絵描きに任せたら全く違う顔の絵が仕上がってしまいます。


「む? マリーはえをかけるのか?」

「はい。これでもそこらの【絵師】には勝っている自信がボクにはあります」


 非戦闘系ジョブの一つ、【絵師】には《絵画》スキルがあります。

 これは「自分の思ったとおりに線が引けて絵が描ける」、技術面のサポートを得られるスキルです。

 しかし逆を言えば、元々絵が描けるなら《絵画》スキルなんて要りません。私もその口ですね。

 余談ですけど《絵画》や《料理》のように、プレイヤーが現実から“持参した”技術とセンスで代用可能なスキルをセンススキルとも呼びます。

 センススキルには他にも【探偵】の《推理》スキルなるものがあります。

 そちらは事件の物証や手がかり、使われたトリックがどんなものか分かるようになります。

 そちらもやっぱりリアル名探偵なら要りません。

 まぁ、リアル名探偵のプレイヤーなんてお目にかかったことはありませんが。


「兎に角、絵ならボクに任せてください。可愛く描きますよ?」

「うむ! ならばまかせるのじゃ!」


 王女様は広場のベンチに座り、背筋を伸ばして私を見ています。

 その佇まいを見ていると、やっぱり王女様なのだなと実感します。


「お任せをー」


 私はアイテムボックスからスケッチブックと絵筆を取り出します。

 開いたページには昼前に描いたレイのイヌミミ半裸妄想スケッチがありました。

 ……何枚かめくって間違っても王女様には見えないようにしましょう。


 それなりに気合を入れて描いたので色付けなしでも十分ほど掛かりましたが、絵は問題なく描けました。

 似顔絵ではありますが、肖像画がお気に召さないようなので写実画は避けて、私のいつもの画風です。


「こんなところでいかがでしょう」


 そう言って、私は彼女の隣に座って描いたスケッチを見せます。


「おぉ! とてもかわいいのじゃ! これがわらわか!」

「はい」


 元が可愛らしいので可愛いキャラクターにしても違和感がなく、イラストにするのは楽でしたね。


「マリーはすごいのじゃ! あっかんはたおせる! かべははしれる! それにえまでかけるのじゃ!」

「いえいえそれほどでも」

「このえもやっぱり【きしゃ】だからできるのかの?」

「ああ、違います。絵を描けるのは【記者】だからではありません」

「それではどうしてえをかけるのじゃ?」


 私がどうして絵を描けるのか。

 それは……。


「ボク、向こうでは漫画家だったんですよ」


 To be continued


次の投稿は明日の21:00です。

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