第一話 【記者】マリー・アドラー
( ̄(エ) ̄)<本日より数日は外伝クマー
□【記者】マリー・アドラー
「これが明日のイベントのS席チケットだ。三人分で代金は30万リル、即金だぞ」
「はいはーい」
私はティアンのダフ屋が差し出したチケットが本物であることを《真偽判定》と《鑑定眼》のスキルで確認し、代金を支払います。
三人で使う用途にと、昨日プールしたお金からの支払いです。
「毎度あり。お客さんも運がいいねぇ、そのボックス席でうちもラストだったぜ」
「やっぱり人気なんですねー」
元々の販売価格の三倍でも完売するって相当です。
「そりゃあそうだろう。何せ明日のイベントは中央闘技場でも初めてのことだからな」
「そうでしょうねー。なにせ、<超級>同士の戦いですから」
手元のチケットには<超級激突>とイベントのタイトルが銘打たれています。
それは明日の中央大闘技場での興行のメインイベント。
<超級>の戦いを間近で観戦できる超レアイベントです。
出場するのは二人の<超級>。
中央闘技場の絶対王者として有名なアルター王国の<超級>、【超闘士】フィガロ。
今回のイベントのために招かれた武仙帝国黄河の<超級>、【
<マスター>でも有数のビッグネーム同士の決闘が見られるとあって、この話題はプレイヤー、ティアン問わず盛んに話されています。
現役稼動人数が数十万人にも上る<Infinite Dendrogram>でも、<超級>は百人もいません。
それゆえ、<超級>同士の戦いが見られる機会は早々ありません。
先の戦争ではアルター王国側が全員不参加で実現しませんでした。
フィガロが戦う姿は闘技場でよく見られますが、相手は上級までの<マスター>やティアンであり、<超級>と試合を行ったことはありません。
同じく王国の<超級>では、かつてあの毛皮……もとい【破壊王】が“魔法最強”とも称されるカルディナの【地神】や<グランバロア七大エンブリオ>の一角と交戦したという噂もあります。
しかし、それも人気のない山中や大海原のど真ん中でのことだったらしく、目撃者はほとんどいなかったそうです。
だから、今回のイベントは<超級>と<超級>の戦いがどれほどのものかを間近で見る良い機会なのです。
イベント席のチケットが完売するのも至極当然。
公的な販売は二週間前だったそうですが、その際は十分もたずに売り切れてしまったそうです。
「…………」
これ、もしもフィガロと迅羽のどちらかがボイコットしたらどうなっちゃうんでしょうね?
阿鼻叫喚ですよね?
……私も他人事じゃないですね。
このチケット買うのに預かっていた報奨金の大半使っちゃいましたから。
どうか明日のイベントが大過なく実施されますように。
そしてレイとルークの二人が喜んでくれますように。
「それではー」
「オゥ。また何か欲しいチケットがあったらうちにきな!」
私は明日のイベントが無事に開催されることを神様に祈りながら、ダフ屋を後にしました。
◇
時刻は午後三時過ぎ。
さて、これからどうしましょうかね。
【記者】としては明日のイベントまで特にしたいことがありませんし、もう一つの仕事も今はありません。
ちょっとフレンドリストをチェックしてみると、ルークくんはログアウト中でレイはギデオンにはいないようでした。
他のフレンドはアルター王国にいません。
観察がてらの暇つぶしに臨時パーティでクエスト受けようにも、【記者】では普通門前払いされます。
経験値ボーナスがあっても【記者】は戦力になりませんからね。
レイはよく入れてくれたものです。
やることもないので四番街のバザーを《鑑定眼》使いながら冷やかし歩きです。
ここではたまーに掘り出し物が転がっていたりしますが、今日は特に目ぼしいものがありません。
そのまま四番街を歩いていると、昨日のクエストで出会ったアレハンドロさんの店舗が見えてきました。
ご挨拶でもと思いましたが、何やら店内が非常に混雑しています。
聞こえてくる声からすると、どうやら先ほど設置されているガチャからMVP特典が排出されたそうです。
時間が経った今も二匹目のドジョウを狙ってガチャに並ぶ人が多く、引きも切らない大盛況のようです。
MVP特典は私も二つしか持っていませんし、たしかに魅力的です。
昨日は偶々【ガルドランダ】に遭遇してレイがMVPになりましたが、普通はそこまで上手くいきません。
まず探しても出会えませんし、逸話級の<UBM>でも強敵です。
<上級エンブリオ>持ちの上級職でもパーティを組まないと危険ですし、ソロでやるなら超級職になっておきたいところです。
伝説級や古代伝説級ともなると超級職でも返り討ちにされたりしますからね。
やっぱりMVP装備を得るのは難しいのです。
上級職で<下級エンブリオ>のレイがほぼソロで倒せたのは彼とネメシスの能力が上手くはまり、その上でいくつかの幸運に恵まれた結果でしょう。
ネメシスの能力は戦闘とカウンター、加えて“
弱点が三点ほど見受けられますが、そのくらいのバランスは仕方ないでしょう。
閑話休題。
何にしろ、お店がこんなに混んでいてはご挨拶にいってもご迷惑でしょう。
伺うのはまた日を改めてですね。
私は「100万トんだぁぁぁぁぁぁアバババババババッバ!?」という絶叫を聞きながらその場を後にしました。
◇
ブラブラと当てのない散歩を続けて「もうこうなったら暇つぶしに可愛い女の子か男の子のいるお店にでもいこうかなー」などと考えていると、耳に留まる音がありました。
それはまだ幼い女の子の声で、何かを叫んでいます。
それは建物と建物の間の奥まった路地の先、曲がり角の向こうから聞こえてきます。
気になってしまい、私は声の方へと近づいていきます。
そうして曲がり角からちょっと顔を出して様子を窺うと……何ともお約束の光景が広がっていました。
四人ほどの柄の悪そうな男が、まだ十歳になるかならないかという女の子を囲んでいるのです。
女の子はクルクルと巻いたロール(いわゆるドリル髪)付きの綺麗な金髪でしたが、顔には何故か和風の狐のお面をつけています。
「このガキも攫っていくぞ。身なりのいいガキだ。金になる。売り飛ばしても良さそうだ」
男の一人はそう言って女の子の手首を掴みます。
「はーなーせー! ぶれいものー!」
女の子は必死に抵抗していますが、非力な女の子の力では抗えそうにありません。
テンプレです。すっごいテンプレです。
これでホイホイ出ていくと逆に恥ずかしいレベルにテンプレです。
でも登場しちゃいましょう。
「少々お待ちをお兄さん方。いたいけなロリっ子をどこに連れ込むおつもりで? ガチで事案発生ですかねー?」
曲がり角から飛び出し、そこにいる面々に声を掛けます。
「何だテメエは!」
「通りすがりの記者さんですよ」
質問に回答してから改めて男達の顔を見回します。
「露骨な犯罪者顔ですねー。不健全な顔の持ち主は大人しくロリっ子を離してゴーホーム。それとも留置場直行ですかー?」
少し煽ってみると、案の定コメカミをひくつかせながら男の一人が殴りかかってきました。
「【記者】だぁ!? 舐めやがって! てめえも……」
「ホイッと」
その右手首を掴み、殴りかかってきた相手の勢いをそのままに一本背負いで投げ飛ばします。
男は石畳に勢いそのまま叩きつけられたので失神しています。
やっぱり柔道の存在知らない人にはよく効きますね。受身取れませんし。
武術の心得があったりステータス高かったりすると初見でも駄目なんですけどね。
こいつら素人に毛が生えたレベルのチンピラです。
「こいつ! 【記者】なのに戦闘を……!」
「嫌ですねぇ。【記者】でも人間くらい投げますよ、人間ですし」
そもそも私は……これは言わなくてもいいですね。
それからはあと三回繰り返し。
結果としては誘拐未遂のチンピラ四人が路地に転がることになりました。
「フッ、またつまらぬものを投げてしまった」
「すごいのじゃ! つよいのじゃ!」
気づけば助け出した金髪の少女が私を見上げています。
お面越しに見える碧い目がなんだかキラキラしていました。可愛い。
「ち、畜生! 舐めるんじゃねえぞ!」
チンピラはフラフラと立ち上がってこっちに向かって来ようとしますが、
「おい! そろそろ集金の時間だ! 遊んでんなよ!」
路地の外からチンピラの仲間らしき男がチンピラ達に声をかけています。
まだ仲間がいたのですね。
五人組のチンピラ……あー、これがヒーローなら見応えあるのにチンピラだとありがたみないです。
それに集金ってヤクザの下っ端か何かなんです?
「チッ……、今日のところはこれで見逃してやらあ! てめえのツラは覚えたからなあ!」
チンピラ達はそのまま型に嵌りすぎた感もある捨て台詞を残し、五人揃って路地から去っていきました。
「うーん、彼らはテンプレ台詞を吐かなきゃいけない呪いでもかかっているんですかねー?」
キャラクターとしても魅力がない上にテンプレすぎて“使えませんし”、もう会いたくないなーと思いながらヒラヒラと左手を振ってさよならしました。
そうしていると、
「おお、そのひだりてのもんしょうは<マスター>のあかし! <マスター>だからつよいのじゃな!」
私の左手の甲の紋章が目に留まったのか、女の子がさらに目の輝きを強くします。
ああ、視線が眩しい。
「いえいえ。あれはただの柔道技ですので、覚えればあなたもできますよ」
私もちょっとリアルで通って覚えただけですから。
昔、仕事の取材で色々格闘技齧ったのですよね。
今は無職ですけど。
体重増加しましたけど。
「ほんとか! わらわにもできるのか! おしえてほしいのじゃ!」
「いいですよー。まずはですねー」
っと、流石に石畳の道の上で教えるのも危ないですね。
やるなら芝生かフカフカのマットの上がいいので、ちょっと場所を変えましょうか。
などと思っていると……。
「そこにおられましたか!」
「こっちだ! 怪しげな女と一緒だ!」
路地の向こうから衛兵がやって来て、そんなことを叫びました。
怪しげな女とは失礼な。
黒い男物のスーツを着てネクタイ締めて顔にサングラス掛けて顔がにやけてるだけじゃないですか。
すみません怪しかったです。
「いかん! はやくにげねば!」
女の子は私の手を掴んで衛兵と反対方向に駆け出そうとします。
「はて、何でボクまで?」
そう思いつつも、このままだと捕まって何だか厄介事になりそうな気がしたので、逃げることにします。
私の手を引く女の子をお姫様抱っこで抱え上げて――壁に向かって跳び上がります。
私は一瞬で屋根の上に移動し、そのまま屋根を駆け抜けてあの路地から遠く離れました。
◇
四番街の路地から屋根伝いに移動し、人気のなくなった場所で降りました。
「たのしかったのじゃ! まるでかぜになったきぶんなのじゃ!」
「それほどでもー」
女の子はまた目をキラキラさせて、まるで遊園地のアトラクションを楽しんだ後みたいです。
「今のは<マスター>だからか! それとも【きしゃ】だからか!」
「そうですねー。【記者】すごいですよー。空飛んだりビル持ち上げたり地球を逆回転させて時間巻き戻したり出来ますよー」
「すごいな!?」
スーパーなマン限定ですけど。
「ところでお嬢さん、さっきはどうして衛兵に……」
私が女の子に質問しようとすると、どこかから『きゅ~』という可愛らしい音が聞こえました。
音の出所がどこかと言えば、女の子のポンポンです。
「何か食べます?」
「たべるのじゃ!」
一先ず女の子の腹ごしらえをすることにしました。
しかし、このままだとまた衛兵に見つかって騒ぎになりそうなので、ちょっと小細工をします。
手持ちの《偽装》と《幻惑》スキルを使い、女の子の格好を私以外からは金髪でもなく身なりも普通の女の子に見えるようにします。
《真偽判定》や《看破》や《心眼》のスキル持っている人には見破られますけど、ここの衛兵の誰も彼もが持っているわけでもないでしょうしオーケーで。
私の方は……遺憾ですがサングラスを外しましょう。これでサングラスを掛けた怪しい女ではなくなりました。遺憾ですが。
私と女の子は人気のない路地を出て、大通りの屋台村に向かいます。
ここはいつでも屋台が出ている場所らしいので、食べるものもあるでしょう。
「何かリクエストはありますか?」
「いつもはたべないものがいいのじゃ! そうだ! あのくもがたべたいのじゃ!」
雲……ああ、綿菓子ですね。可愛らしいチョイスです。
私は屋台で綿菓子を購入します。
見た目は完全に地球の綿菓子と同じですね。色も白いですし。
強いて言えばキャラクターのラッピングが見当たらないくらいでしょうか。
「どうぞ」
「うむ! いただくのじゃ!」
綿菓子を手渡すと、女の子はお面を外して綿菓子に口をつけます。
「あまくてふわふわなのじゃー」
「ふふ、それはよかったです……ね?」
露わになった女の子の顔は、印象どおりとても可愛らしく、将来は大変な美人になると保証できるものです。
しかしここでの問題は、私がその可愛過ぎる顔に見覚えがあることでした。
アイテムボックスから、収集した情報をファイルしておけるアイテム【情報手帳】を取り出し、記憶に思い当たる箇所を索引します。
それはこの国の要人のリスト。
第二王女エリザベート・S・アルターの項目。
その項目には以前収集した情報が記載されており、同時に顔写真も載っていました。
その顔写真に写っているのは、目の前で綿菓子を楽しむ少女と全く同じものでした。
「これはまた、波乱の匂いがしますねぇ……」
自分が面白案件(厄介事)に首を突っ込んだのを確信します。
「ん? においはあまいぞ?」
しかし今は綿菓子の匂いを嗅ぐ第二王女殿下を愛でることにしました。
……記者と王女様って昔の名作映画みたい、なんてことを思いながら。
To be continued
次回は明日の21:00投稿です。
(=ↀωↀ=)<お気づきとは思いますが外伝タイトルは名作映画のもじりですー