第十六話 今の危機と過去の夢
本日二話投稿の二話目です。
前話をお読みでない方はそちらからお読みください。
□復讐乙女 ネメシス
《カウンターアブソープション》で【ゴゥズメイズ】の一撃を防いだ直後、振り抜かれた巨大な拳がレイの身体を捉えた。
大剣の私を握ったまま、レイは真横に殴り飛ばされる。
森の木々を通り抜けて、十メートル以上も、砕けた木の葉のように宙に舞う。
その光景は、レイの記憶にあったトラック事故のようで。
あのとき、<超級殺し>の手でレイが初めて死んだときのようで。
『レイ!!』
私が呼びかけてもレイは応えない。
既に意識を失っている。
そして意識を失ったレイの体が、樹木に叩きつけられようとして。
「ッ!」
私は武器化を解除して人の姿に戻り、レイの身体を抱きかかえて瞼をきつく閉じる。
それから僅かな時も経ず、私の背中に強い衝撃と痛みが走った。
激突した樹木を揺らし、土の上へと落下する。
「クッ……あ……」
地面に落下した後も抜けない痛み。
私よりも体格の大きいレイと樹木の間に挟まれた衝撃で、肋骨に罅が入ったようだ。
だが、レイに今の痛みはないはずだ。
ならば、構わない。
「レイ!」
呼びかけるが、レイは目を覚ます気配がない。
ステータスを確認すればHPは一割を切り、状態異常には【気絶】と共に無数の【骨折】が表示されている。
レイのアイテムボックスから【HP回復ポーション】を取り出し、レイの体に振りかける。
HPは僅かに回復したが、状態異常は一つも消えていない。
傷が深すぎる。
それに【ポーション】の類は振りかけるよりも飲用するのが最良だが、意識を失ったレイは【ポーション】の瓶を口元に近づけても飲んではくれない。
「……許せ!」
私は【回復ポーション】を口に含んでレイの口内に流し込む。
繰り返し三度。一瓶分の【ポーション】全てをレイに飲み込ませる。
やがて内側から効果を発揮したためか、レイのHPが三割程度回復し、【骨折】も軽度のものは回復した。HPの減少も止まっている。
意識は未だ戻らないが、一先ず生死の境は越えたようで、息をつく。
しかし……後でレイの顔をまともに見られるのだろうか?
「……今はそんなことを考えている場合ではない!」
まだ窮地から抜け出したわけではない。
こちらに迫ってくる地響きと威圧感は、【ゴゥズメイズ】の接近を予期させた。
もしも今、【ゴゥズメイズ】に意識のないレイが見つかれば、確実に殺される。
そう、殺されてしまう。
「やらせぬ」
やらせて、たまるものか。
私のマスターを、レイを、あんなモノに殺させはしない。
「……レイ」
今も意識を失ったまま、樹木の根元で横たわる我がマスター。
私はその頬をそっと撫でて……背を向ける。
「少し、時間を稼いでくる」
私は御主を信じている。
あの<超級殺し>に負けた後の夕焼けで、私達は誓い合った。
あのときはお互いに弱く、抗えなかった。
だから、今度は二人で強くなって勝とうと。
今も、二人で戦える。
きっと、御主はすぐに目を覚ましてくれる。
だからそれまでの僅かな時は、私が稼ぐ。
そうすれば、御主と私は勝てるはずだから。
「……往くか!」
私は右手首から先を黒い刃へと変化させる。
少々小振りだが、武器としての強度はレイに使われているときと大差ない。
そして、【ゴゥズメイズ】がレイの姿を見つけるより早く、迫りくる奴の前に姿を現した。
「お前を行かせはせぬぞ、【ゴゥズメイズ】!!」
『DHISSSSIIIIUAAAAAAA!!』
【ゴゥズメイズ】の全身の顔にある眼球が、私の姿を捉えている。
私の中のカウンターに反応なし。今はあの【大死霊】の怨念で動いていない。
つまり、より短絡的に、私という生者を狙ってくるということ。
私はそれの相手をして、レイが目覚めるまでの時間を稼ぐ。
「疾ィ!」
私は右手の刃を頼りに、【ゴゥズメイズ】を攻撃する。
やるべきことはレイがやっていたことの焼き直しだ。
攻撃し、相手の攻撃を引きつけて、避け続ける。
【ゴゥズメイズ】はタフネスとパワーこそ脅威だが、スピードはさほど速くはない。だから私でも回避は出来ている。
しかし、レイよりも明らかに劣る部分はある。
大きな違いは、私の刃でまるでダメージを与えられないことだ。
《銀光》を纏わない刃では奴の身体に浅い切り傷をつけるのが関の山だった。
私のステータスもレイに及ばない。
加えて私一人で使えるスキル、《カウンターアブソープション》もストックの全てを消費している。
対して、相手の攻撃力はこちらにとって必殺。
武器ならぬ身で受ければ、私の身体は砕け散る。
一手間違えれば、御終いの綱渡り。
それでも私は、続ける。
私が諦めれば、レイが目覚め、共に勝利する可能性は零となる。
それはきっと私もレイも許容できない。
可能性は絶やさない。
私が生まれたときから、この思いは私の中にあった。
きっとレイの内にもあるもの。
これこそが、私とレイを繋いでいるのだ。
◇◇◇
□??? 【聖騎士】レイ・スターリング
自分が夢の中にいることはすぐにわかった。
格好は<Infinite Dendrogram>のアバターのままであるものの、全体的に“もやもや”としており、感覚は明晰夢に近い。
しかしそうでありながら、周囲の様子や自分の状態は自然とよく分かる。
例えば……目の前で“子供の頃の俺”が走っている様もよく見える。
「これは……あのときか」
この夢が、過去の出来事の夢であることも理解できる。
時期も分かる。
二〇三五年の夏……今から十年近く前のことだ。
当たり前だが<Infinite Dendrogram>はまだ発売しておらず、俺も兄も別のゲームで遊んでいた。
当時十六だった兄はレトロゲームと、それから格闘技に傾倒していた。
姉の友人の実家が営む古流道場に通ってメキメキと腕を上げ、いつの間にかU-17……未成年の大会ではかなり名の知れた選手になっていた。
俺はと言えば、兄のレトロゲームに付き合うのが日課で、時折兄の試合を見に行くのが楽しみだった。
試合の日はどこかウキウキしながら試合会場へと向かったものだ。
今のように。
「何だろうなこれ」
<Infinite Dendrogram>のアバターであるレイの姿をした俺が、子供の頃の俺の後について行っている。
『…………』
さらに言えば俺の隣には見知らぬ何かがいた。
その何かは一言で表せばシルエットだった。
真夏の日常風景の中にぽっかりと人型のシルエットが浮かんでいる。
色は赤と黒が入り混じっておりそこはかとなく禍々しい。
日本の夏の日常風景の中を、鎧を着た
誰がどう見てもおかしな光景だったことも、俺がこれを夢だと判断した理由だ。
夢でもなければこんな妙ちきりんな光景もないだろう。
『…………』
「……何か喋れよ、シルエット」
『さ、い、げ、ん』
さいげん……再現?
これ、お前の仕業か?
シルエットは声からすると女性らしいので一瞬ネメシスかと思ったが、どうも違う気がする。
『き、き、た、い』
いや、聞きたいのは俺の方なんだが。
『じ、ゅ、ん、ば、ん』
順番……順番に質問しあうということか?
「……OK」
どうやら意思疎通は出来るらしい赤黒シルエットと、お互いに情報交換をすることになった。
『あ、の、こ、ど、こ、い、く?』
「兄貴が出る大会の試合会場だよ。このときは……」
このときの俺がどこへ向かい、そこで何が起きたのか。
俺はもちろん知っている。
この後に何が起きるのかも。
「このときは、“アンクラ”のU-17大会だった」
『ア、ン、ク、ラ?』
赤黒が不思議そうに首を傾げるが、次は俺の質問だ。
「次はこっちの番。これが夢なら俺はどうなっている? たしか【ゴゥズメイズ】と戦闘中だったはずだが。デスペナか?」
ただ、多分この夢はまだ<Infinite Dendrogram>の中だと思うから、デスペナではない気がする。
『い、き、て、る、……き、ぜ、つ』
気絶中、か。
……おい、それだといつトドメ刺されるかもわからん状態じゃないか。
『ア、ン、ク、ラ、な、に?』
「重量無制限、種目無差別、凶器使用と脅迫行為以外の反則なし、KOとギブアップ以外に決着なしのデスマッチ式格闘大会アンリミテッドパンクラチオン。通称アンクラ」
たしか二〇二七年くらいから始まった人気の格闘技大会。
空手、柔道、ボクシング、キックボクシング、相撲、レスリング、ムエタイ、カポエラ、古流武術、その他諸々何でもありの格闘技漫画じみた競技だ。
その苛烈さから何度も問題視されたけど、今でも人気のまま続いている。
『…………』
シルエットがどことなくワクワクした雰囲気だ。
こいつ格闘技が好きなのか?
それともデスマッチ好き?
「こっちの質問。再現と言ったが、お前がこれを再現してるのにアンクラは知らなかったのか?」
ネメシスは最初からある程度は俺の記憶を知っていたが。
『き、お、く、……さ、い、げ、ん……、い、ま……、ひ、つ、よ、う、だ、け』
今必要な分だけ記憶から再現している、ってあたりか。
しかし、記憶サーチはできるが<エンブリオ>ではないこいつは……何者だ?
それを直接聞くのもいいが……。
『こ、れ、か、ら、な、に、お、き、る……?』
知らないで再現していたのか。
「あと何分か見ていれば分かる。で、聞くが俺とお前は顔を合わせたことはあるか?」
『あ、る』
あるのか。
『い、ま、は、こ、っ、ち、ず、っ、と、い、っ、し、ょ……』
「何……?」
こっち、とは<Infinite Dendrogram>のことか?
<Infinite Dendrogram>にいる間はずっと一緒……そんな相手はネメシスくらいなものだが。
『こ、ど、も、ひ、と、り、あ、ぶ、な、い……?』
シルエットは子供の頃の俺を指差しながら尋ねてくる。
「危なくはない。十年前でも公道に配置されたセキュリティシステムがあるから誘拐される心配もない」
……セキュリティのガードマシンっていつから普及したんだっけな。
俺が生まれた頃にはもうあった気がするけど。
『そ、れ、で、も、こ、ど、も、ひとり……?』
「夏休み中でも大人には平日だったしな、観戦に行ったのは俺だけだ。……ってこれ質問二回分じゃないか?」
『レイ、も、に、かい、きく』
……こいつ、片言だけど段々会話が上手くなってきてるな。
「どうやったら目が覚める?」
『み、おわっ、たら、おき、る』
「何を見終わったら?」
『レイ、の、ね』
ね……根?
『なんで、いま、の、レイ、なった、か、みる』
「……なるほど」
俺が今のような俺になった理由、ね。
ならば、これから起きる一連の出来事を目にしていれば分かる。
「もうすぐだ」
そう言って俺は目の前を歩く子供の頃の俺を指す。
八歳の頃の俺はもう会場のすぐ近くまでたどり着いていた。
あとは横断歩道を渡れば会場の入り口はすぐそこだった。
八歳の俺は信号が変わるのを待っていたが、このとき隣には俺よりも小さな女の子がいた。
その女の子は子供向けのアクセサリーを髪につけていたが、つけ方が甘かったのか、風が吹いた拍子にそれを落としてしまう。
アクセサリーは転がり、女の子はそれを拾おうとして――青信号で直進していたトラックがそこに来た。
女の子とトラックがぶつかる二瞬前に、八歳の俺は飛び出し、女の子の手を掴んで引いていた。
けれど遅く、弱い。
子供の力は余りに非力で、トラックにぶつかる前に二人で安全圏に逃れるのは不可能だった。
その一瞬で俺がしたことは、単に俺という被害者を増やしただけだった。
そうして、あと一瞬後にはトラックが子供二人を轢き殺す事故が起きる。
その瞬間に、反対側の歩道から飛び出した人物が俺と女の子を抱えて跳んだ。
普通なら間に合わなかっただろう。
女の子が飛び出すのを見て反対側の歩道から飛び出しても絶対に間に合わない。
けれど、その人物は間に合った。
驚異的な脚力で、一瞬で間合いを詰め、女の子を抱えて助けることができた。
誤算は、俺というお荷物。
俺も飛び出していたばかりに、その人物は二人分を抱える手間が必要になった。
そしてその人物は、子供二人を抱えて跳ぶことは出来たが、それが少し遅れた。
覚えている。
一瞬の浮遊感の後、別の衝撃が加わったことを。
俺は抱えられたままグルグルと地面を回った。
その間も、俺は痛みを感じなかった。
俺達を抱えた人物が、俺たちを守っていてくれたから。
悲鳴が上がる。
周囲の通行人達の悲鳴。
逆に俺には言葉がなかった。
出せるわけもなかった。
俺達を助けた人物は、兄だった。
そろそろ俺が来る頃だろうと迎えに来ていた兄だ。
そして事故の現場に居合わせた兄は俺と女の子を救った。
代償は、トラックと接触した兄の右足だった。
誰が見ても分かるほど青黒く腫れ上がり、骨折していた。
兄はこれから大会の決勝戦に出るはずだった。
けれど……大事な試合を前に兄の足は砕けていた。
……何もできないまま子供を助けようとした俺のせいで。
To be continued
次の投稿は明日の21:00です。
(=ↀωↀ=)<今も過去もクリフハンガーですが明日に続きます。
(=ↀωↀ=)<ネメシスとナマニーサンの運命は如何に
( ̄(エ) ̄)<ま、俺は過去話だから普通に生き……ナマニーサン!?
※明日も二本立てで決着です