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第十話 《地獄門》

本日二話投稿の二話目です。

前話をお読みでない方はそちらからお読みください。

□■【高位操縦士】ユーゴー・レセップス


 ◇◆◇


「ユーゴーはさ、カテゴリー別性格診断って知ってるかなぁ?」


 今からリアルの時間で一ヶ月ほど前。

 クランに加入したばかりの私は、クランオーナーにそう尋ねられた。

 このとき、既にクランはドライフ最大の規模であり、戦争での活躍もあって予算人材共に潤沢だった。

 加入を希望する<マスター>は引きも切らず、構成人数は千人に迫る勢いだった。

 私は<Infinite Dendrogram>を始めて一月も経っていないルーキーであり、同時期に加入した<マスター>の一人でしかなかった。

 しかし一方で、リアルでのこともあってオーナーには目を掛けられていた。クランにもオーナーの誘いを受けて入った形だった。

 そんな事情もあって、<Infinite Dendrogram>でもこのようにオーナーと会話を交わすことは多い。


「語感からすると、血液型別性格診断に近いものですか?」


 そう答えたものの、率直に言えば私は血液型別性格診断を信じていない。

 私自身は生まれもった血液型で性格人格がある程度定められると語るよりも、日々己が何者であるか心がけることを好むからだ。

 己の性格人格は、己がどうありたいかで決めれば良い。

 リアルでも、こちらでも変わらない事柄の一つだと考える。


「血液型かー。私あれ根拠薄弱で嫌いだけどねー。やっぱ性格診断するなら血液じゃなくて脳みそ見なくちゃ。ま、それはそれとして」


 クランオーナーはアイテムボックスからホワイトボードを取り出した。

 マーカーも持ち、ホワイトボードに何事かを書き込んでいく。

 解説好きな人物であるので、常に持ち歩いているらしい。

 同時に陰謀好きでもあるので、思いついた計画の説明で使用するためという理由もある。

 その陰謀が笑い話で済めば問題はないのだけれど……。

 この人は往々にして、自分達は笑えても被害者には悲劇でしかない計画を立てる。

 それを苦く思う自分はいるけれど……止められる自分はいなかった。

 ……話を戻そう。

 オーナーはホワイトボードに<マスター>を表す人型を描き、横に<エンブリオ>のカテゴリーを列挙した。


「<エンブリオ>って卵の第0形態で<マスター>の行動や人格、その他諸々のパーソナルを観察して、それから第一形態になるじゃない? だからさ、逆説的に<エンブリオ>のTYPEで<マスター>の性格が分かるんじゃないかって話」


 なるほど。

 <エンブリオ>自体が<マスター>のパーソナルに起因するため、血液型で診断するよりも確度は高い。


「リアル時間で一年前くらいに流行ったんだよねー。私も自分なりに纏めてみたんだよ。ただ<上級エンブリオ>より上だと色々とイレギュラーな話も多くて特定できなかった。“私の<エンブリオ>”みたいに同種がいないオンリーワンのTYPEもいたしね。結局、ある程度の確度をもって検証できたのは基本のカテゴリー五種の内の四種とある一種についてだけだ」


 オーナーが列挙したカテゴリーにはアームズ、ガードナー、キャッスル、テリトリー、+αと書かれていた。


「オーナー。基本のカテゴリーの中でチャリオッツがありませんが」

「あー、チャリオッツねー。イマイチ判然としなかったんだよねー、あれ。だから入ってないよ」


 それは残念。

 私にとっては特に知りたいカテゴリーの一つだったのだけれど。


「じゃあ、簡単に説明するよ。

 アームズは勇気のある人、傷つくことを恐れない人が多い。猪突猛進、バカ、人情家、熱血漢。言い方は色々あるけどね。

 ガードナーはその逆で、臆病な人、傷つくことを恐れる人、寂しがり屋、あるいは誰かに守ってもらいたい人かな。

 この二つは大体イメージどおりって感じじゃない?」


 たしかに。

 武器型と護衛型。その性質を考えれば納得のいく性格だ。

 武器以外のアームズもそうなのかは気になるところではあるけど。


「キャッスルは内向的、優しい、職人肌、丁寧、協調性がある、あたりかな。

 テリトリーは支配欲が強い、ストレスを溜め込む、自分ルールがある、独善的、一匹狼。

 ちなみに私の<エンブリオ>の最初のカテゴリーはキャッスルだったよ」


 なるほど。

 人によっては反論の余地があるでしょうね。

 特にオーナーがキャッスルというあたりに。


「複数のカテゴリーを併せ持つハイブリッドもいるから確かとは言えないけどね。基本カテゴリーについてはこんなところ」

「それでオーナー。その+αのカテゴリーは何ですか?」

「メイデン」


 その言葉に、僅かに目を見開くのを自覚する。


「TYPE;メイデン。稀に発生するレアカテゴリー。カテゴリーとしての特徴は二つ。必ず他のカテゴリーを一つ併せ持つハイブリッドであること。そして基本形態が人間であるということだ。人型モンスターのガードナーではなく、人間そのものだということ」


 その特徴は、私も知っている。


「メイデンはあくまでも人間形態が女性型のときの名称であって、男性型のときはまた違うのだけど……そっちは殆ど見ないからねぇ」

「それで、オーナー……メイデンの<マスター>の性格は?」


「この世界をゲームだと思っていないこと――この世界の命が現実と同じ重さを持つと考えていることだね」


 その言葉に私は息を呑んだ。


「さて、私の推論に対して君の答えはどうかねぇ――ユー」


 その言葉に……私はなんと答えたのだったか。


 ◇◆◇


 遂に砦の内部から出撃した山賊団の頭目は【剛闘士】のゴゥズと名乗り上げた。

 【剛闘士】、【闘士】系の上位職の一つ。

 肉弾戦闘に特化したジョブだったはずだ。

 そしてジョブがあるということは、バケモノじみた見た目ではあるが亜人の範疇ではあるらしい。

 話も通じている。


「やってくれたなぁ、おめえ。かわいいかわいい子分共が全滅しているじゃあねえか」

「その割に、憤っても悲しんでもいないらしいが?」

「だってよぉ、これで子分共の死肉が食い放題じゃあねェか」


 ……この男。


「あまぁい子供の肉もうめぇがよぉ。ビターな大人の肉もたまには食いたくてなァ。知ってるかぁ? 大人は悪人の方が味に苦味が増してうめぇんだぜぇ?」

「生憎と、私は菜食主義者だ」

「へぇ! それでよく健康でいられるもんだぁ。やっぱり<マスター>ってぇのは不死身なだけあって体が丈夫ダァ」


 私が<マスター>だと気づいている、か。


「お前の動きはずぅっと砦から見てたぜぇ。動きが良過ぎら。並のドライフ兵じゃあねぇって一目でわからぁ」

「フッ。ならば部下が全滅する前に出てきてやれば良かっただろうに」

「お前が始末してくれりゃあ手間が省けるからなぁ」

「……なに?」

「実はよぉ、ここはもう引き払う予定だったんだァ。俺ともう一人の頭目だけで別の場所に行く予定でヨォ。そしたら部下もガキも邪魔だからヨォ。全部殺して食っちまう予定だったんだヨォ」


 山賊団の頭目がアジトも部下も捨てていく?

 連中がそんなことをする理由は……何?


「なぜそんなことを?」

「教えねえ。それに理由があってもなくても、メイズの奴がそう言ったなら俺はついていくだけサァ」


 もう一人の頭目に主導権があり、この男はその手足、か。

 ……少し、どこかの誰かを思い出す。


「部下共はお前が殺してくれたお陰であとは食うだけ。残りは地下のガキ共と……部下が追加で連れてきたガキ共だぁ」


 ゴゥズの視線は【マーシャルⅡ】の後方にある馬車……その中の子供達へと向けられているらしかった。


「させんよ」


 私は【マーシャルⅡ】を操作し、【バトルナイフ】と【ハンドキャノン】を構える。


「ハッハァ、だろうなぁ。でもよぉ……」


 ゴゥズは体の重心を落とし、


「そんなボロボロのガラクタでぇ、俺様に勝てるわけねぇだろオオオオオオオオ!!」


 砦はおろか大地さえも揺らす怒号と共に、肩を怒らせてこちらに突撃してくる。

 技術も何もあったものではない特攻。

 私は【バトルナイフ】を振り落とすように叩きつける。

 【ハンドキャノン】の爆裂砲弾は通じない。やるなら対物貫通弾でなければ有効ダメージは与えられない。

 そう考え、面積辺りの物理攻撃力で勝る【バトルナイフ】で攻撃を行った。

 狙いは致命傷へといたる部位――頚動脈。

 だが、その結果は。


「効くかァァァァ嗚呼呼!!」


 角でも爪でもない、頚動脈を覆う皮膚・・に【バトルナイフ】が叩き折られた。


「……!」


 直後、ゴゥズの巨体が【マーシャルⅡ】に激突し、コクピットの内部までも激しく揺らした。


「BUMOOOOOOOOO!!」


 重量では【マーシャルⅡ】が数倍はあるはずだった。

 だが、ゴゥズのパワーはその重量差さえも覆す。

 【マーシャルⅡ】を十メートル以上押し込んだ後、胴を掴んで放り投げた。

 一瞬の浮遊感を味わった後、【マーシャルⅡ】は地面に叩きつけられた。


「ガ、ハ…………」


 ハーネスで固定された身体を機器にぶつけることはなかったが、衝撃で肺の中から空気が抜けていく。

 急いで呼吸を整えようとするが、肺に空気が入ってこない。

 レバーを動かして体勢を立て直すのも、上手くいかない。

 壊れたのは【マーシャルⅡ】か、それとも私か。


『ゆーごー』

「フッ、ハッ……見誤った。この牛頭、強いな。上級職の中でもトップクラス……条件さえ合えば超級職を狙えるレベル……」


 もっとも闘士系統超級職である【超闘士】はあのフィガロが就いているため叶わないだろう。

 それでもゴゥズが強いのは疑いようがない。

 <上級エンブリオ>を所持した上級職の<マスター>でも屠れるだろう。

 はっきり言って、【マーシャルⅡ】が万全であっても勝ち目は薄い。

 【マーシャルⅡ】の戦闘力は亜竜クラス。

 私の《操縦》Lv7で140%の性能を発揮できるが、それでもあの男には及ばない。


『ゆーごー』

「ああ、聞こえているさ、キューコ」

『すきる、つかう?』

「…………」


 使うべきか、使わざるべきか。

 私の戦闘力はゴゥズに劣る。

 満身創痍の今となっては余計にだ。

 あの人食いの強者に、【マーシャルⅡ】と私は勝てない。

 しかしスキルを使えば、<エンブリオ>を使えば結果は違う。

 人食いの強者に、だからこそ(・・・・・)絶対に勝てる。

 だが、<エンブリオ>のスキル使用は“計画”まで……。


「ハラがぁ、減ったなぁ」


 その声を耳にして、私は【マーシャルⅡ】の罅割れたカメラアイ越しにゴゥズを見る。

 ゴゥズは戦闘の最中だと言うのに、こちらに背を向けていた。あるいは、奴の中ではもう決着しているのかもしれない。

 ゴゥズは地面に落ちた部下の遺体を物色している。

 そうして遺体から鎧を剥がし、服を脱がし、――その肉に食らいついた。


「うめぇ、うめぇ。中々良い仕上がりダァ。さすが俺の子分だなぁ」


 そう言いながら満足そうに部下の遺体を平らげていく。


「…………」


 その光景に吐き気を催しながら、私は装備ウィンドウとレバーの触感から【マーシャルⅡ】の状態を確認する。

 装甲は七割方剥離、残る装甲もダメージは深刻。

 左腕は完全に動作しない。右腕も動きが鈍い。

 足、まだ動く。

 武装……見れば【ハンドキャノン】が左手首ごと脱落していた。【バトルナイフ】は破損済み。

 もはや【マーシャルⅡ】に打つ手はない。


「残る選択は……」


 スキルを使うか、使わずにここを去るか。

 スキルは“計画”のために使えない。

 明日の“計画”のためにここでデスペナルティを受けるわけにはいかない。

 なら、ここは逃げるか……。

 逃げても、まだレイがいる。

 ひょっとすると彼があのゴゥズも倒すかもしれない。

 だからこのまま私が去っても……。


「食事の後はァ、デザートだぁ」


 そう言ってゴゥズは、腰に下げた袋から何かを取り出した。


「――――」


 それを見た瞬間、私の思考は一瞬、空白化した。

 ゴゥズが取り出したのは、ボール大の物体だった。

 目を見開いた恐怖の表情で、血に塗れた髪を揺らす……少女の生首。

 それをポップコーンでも食すかのようにゴゥズは口腔に放り込んだ。

 口腔に並ぶ鬼の牙は、少女の頭部を容易く噛み砕いた。


「うんめぇなぁ、やっぱり死ぬほど(・・・・)怖がらせた子供の肉は最高だぁ。でもちぃっとすくねえなぁ」


 そう言って、ゴゥズは馬車へと向かっていく。

 その目的が何であるかは明白だった。


 今、目の前で行われた所業と、奴がこれからなす悪行を理解したとき。

 私の頭は、それまでの迷いが嘘のように引いていた。


 代わりに、私の心を占めたのは純粋な――怒り。


『ゆーごー』

「キューコ」


『――スキルを使う?』

「――解るだろう、君ならば」


 私は大破寸前の【マーシャルⅡ】を立ち上がらせた。


「ゴゥズ」


 私の言葉に、ゴゥズが振り返る。


「あぁん? 寝てなくていいのかぁ、<マスター>さんよぉ?」


 寝てなくていいのか?

 そうだな、私は寝ていたよ。

 私は今まで寝惚けていた。

 “計画”があるからスキルは使えない。

 “計画”のためにデスペナルティを避けて逃げよう。

 バカバカしい。それでは私じゃない。

 私は、わたし(・・・)が己に課した“ユーゴー・レセップス”という人物像は、そんなものではないはずだ。

 だから私は、わたし(・・・)の怒りを宣言する。


「宣言しよう――私は貴様を赦さない」


 私の宣言に、ゴゥズは笑う。


「ハハァ。所詮遊びで生きている<マスター>さんが言うじゃねえかあ。前にここに来た<マスター>連中もいたがヨォ、そいつらだって結局本気じゃなかったぜぇ。お前らはこの世界じゃ死なないから、この世界を本気で生きていないんだろぅ?」

「然り。私達<マスター>の起点は皆遊戯。けれど、この世界に在るもの、生きる者の声を聞く者もいる。死したかよわき者の嘆きに、悲哀を重ねる者もいる。そこから……己が何者かを、規定する者もいる」


 ゆえに、規定しよう。


 私は、薔薇の棘。


 美しき華と尊い命を散らさんとする悪漢を、刺して貫く薔薇の棘であれば良い。


 それが、ユーゴー・レセップス。


 わたし(・・・)の望む、()の役割。


「知るがいい。貴様は、己が手で人々を殺めた罪ゆえに、今より地獄へ堕ちるのだと」


 規定した役割に従い、ユーゴー・レセップスは悪漢ゴゥズに宣言する。


「――“私の地獄が貴様を滅ぼす”」


 罪の報いを受けさせてやる、と。


「やれるものならぁ、やってみろォォォォオ!!」


 私の言葉に激高したゴゥズが再び突撃を仕掛けてくる。

 今度攻撃を受ければ、【マーシャルⅡ】は完全に破壊され、内部の私も死ぬだろう。

 だが、その結末は訪れない。


「キューコ」


 私の声に応え、キューコが【マーシャルⅡ】の肩の上に降り立った。


「《紋章偽装》……解除」


 カメラアイ越しに、ゴゥズが驚愕した表情を浮かべるのが見えた。

 それはそうだろう、今の奴には見えているはずだ。

 突如として現れたキューコ。

 その左手の甲から、<マスター>であることを証明する紋章が消えていく(・・・・・)のだから。

 そう、キューコは<マスター>ではない。

 キューコという名の<マスター>は存在しない。

 キューコは、いや、彼女の正体は……。


「――往くぞ、“コキュートス”」

『いえす、――“ますたー”』


 キューコが――コキュートスが全身を白と蒼の粒子へと変換し、【マーシャルⅡ】に降り注ぎ、融合し……その姿を変貌させる。

 周囲一帯に一瞬の吹雪が渦巻き、ホワイトアウトを経て消滅する。


 その中心部に、装いを一変した【マーシャルⅡ】が、私と彼女が立っている。


 【マーシャルⅡ】は、全身に透き通った白氷の如き新たな装甲を纏っている。

 両腕と頭部には十字架を模した蒼氷のブレードを携えている。

 内部構造さえも、充填された魔力によってその出力を万全であったときよりもさらに増強した。

 あたかも氷の教会を擬人化したかの如き威容。

 これこそが私の<エンブリオ>。


 TYPE:メイデンwithチャリオッツ――コキュートスの姿。


「ゴオオオオオオオオ!!」


 眼前の光景を目にしても、ゴゥズはその突進を止めなかった。

 正しい。

 油断はなく、恐怖もなく、純粋に戦士としてならば、ゴゥズは超一流だった。

 ゴゥズは本当に強者だった。

 だが、もう終わっている。

 私がコキュートスの力を使うと決心した時点で、人食いの強者であるゴゥズに勝ち目は一切存在しない。

 準備は整った。

 罪人を招き入れるべく、地獄の門は今開く。


『――この門を(Relinquite)くぐる(omnem)者、(spem,)一切の(vos)望みを(qui)捨てよ(intratis.)


 地獄への入り口に記された一文を諳んじて、私はスキルを発動させた。



『《(La Porte)(de)(l'enfer)》』



 ――直後、ゴゥズは絶命した



 To be continued


次回の投稿は明日の21:00です。


( ̄(エ) ̄)<余談クマ


( ̄(エ) ̄)<チャリオッツに多い性格は「演技派」、「嘘つき」、「ノリがいい」、「優柔不断」、「ストレス溜め込む」、「爆発する」クマ

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