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第八話 命の重さ

(=ↀωↀ=)<…………

( ̄(エ) ̄)<…………


※残酷な描写あり

 □【聖騎士】レイ・スターリング


 ◇◇◇


 俺達は路地裏でレベッカを助けて、そのまま彼女の弟を助けるためにゴゥズメイズ山賊団のアジトに向かった。

 だから、突入した時点での俺はゴゥズメイズ山賊団のことをほとんど知らなかった。

 「子供を誘拐して殺す外道」程度の認識だ。

 俺は何も知らなかった。

 だが、このときに連中の所業を予め知っていても……きっと結果は変わらなかっただろう。

 単に、早いか遅いかの違いだったはずだ。


 ◇◇◇


 ユーゴーの【マーシャルⅡ】が使用した【スモークディスチャージャー】の白煙は砦の内部にまで浸透しており、俺は見咎められることなく入り口を通過し、そこから繋がる通路に到達した。

 白煙が充満した屋内ではどこに何があるかは判らない……というケースにはならなかった。

 このスモーク、俺が目を凝らすと透けて見えるのだ。

 恐らく使用者であるユーゴーのパーティメンバーには視覚阻害効果を発揮しないのだろう。

 どういう理屈でそんな選別ができるのかは不明だ。


『さて、中に入ったものの内部構造はわからぬからのぅ』


 俺とネメシスは隠密行動で言葉を発さず、念話で相談しながら通路を進む。

 時折、迎撃に出ようとする山賊とすれ違うが、連中には俺達が見えていないらしい。


『マスター、子供はどこにいると思う?』


 二階より上で窓に面していない部屋のどこか、あるいは地下があるならば地下の可能性が高い。


『なぜだ?』 


 連中からすれば、誘拐した子供達を一階に置くと逃げられる可能性が上がる。

 また、二階より上も窓に面している部屋は違う。

 壁にびっしりと蔦が這っていた。あれを伝って逃げられる恐れがある。

 消去法で地下か上だ。


『ならば地下であろうな』


 理由は?


『悪党が子供を誘拐して閉じ込めるなら地下に決まっておる』


 …………なるほどと言うべきか否か。

 可能性はあるし、行ってみるべきか。

 そう思考して進んだ先には十字路があった。直進と左折、そして右折方向を覗き込む。

 右の道の先には地下へと降りる階段があり、俺達を招くように口を開けていた。

 俺は右側の通路へと選択し、階段から地下へ向かう。


「……ッ!」


 階段に一歩足を踏み入れたとき、奇妙な臭気が地下から漂ってきた。

 どこかで嗅いだことがあるが思い出せない、あるいは思い出したくない匂いだ。

 しかし進まないわけには行かない。

 俺は意を決し、階段を降りていく。

 地下への階段は、床も、壁も、天井も当然のように石造りだ。

 天井は意外と高く俺の身長の倍以上はあり、通路の幅はそれよりもさらに広い。これならネメシスを振るうにも不都合はなさそうだ。

 しかし度々人が通っているであろう床以外の場所、天井や壁には濃緑のコケが生えており独特の湿気も伴っていた。


『陰気臭いのぅ』


 地下だからな。

 しかしこのコケと湿気は……どこかから地下水が漏っているな。


『元々が廃棄砦のようだしのぅ』


 こんなところに長時間子供を置いていたら体壊すぞ。


『そこで子供の体調に斟酌する連中なら誘拐などせぬし、殺しもせぬだろう』


 それもそうか。

 たしか現実では、誘拐した相手を丁重に扱って身代金をせしめるビジネスがあった気もするが、ここの連中はそうではないだろう。

 俺達が倒した下っ端連中とあの馬車の連中を見れば分かる。

 子供の命を何とも思っていない。

 連中の言動を思い出すと、胸糞悪くなる。


「……ッ」

『ところで気づいておるか? マスター』


 “何に”気づいているかをネメシスは言わなかった。

 言われなくても、俺も気づいていた。


「階段を降りたあたりでな。やっと、どこで嗅いだかを思い出した」


 俺は念話ではなく、口に出して答える。

 もう、隠れる必要がなくなったからだ。

 通路の先にいる“何か”は、既に俺達を捕捉している。


『いるのぅ……』

「ああ」


 周囲は壁に設置されたわずかな灯りに照らし出されている。

 石の床、壁、天井、コケ。

 漂う湿気の匂い、篭った空気の匂い、“血の匂い”、“腐肉の匂い”。

 この匂いは嗅ぎ覚えがある。

 あの<墓標迷宮>で一晩中嗅いだ匂い。

 即ち、


『オオアァアアァアオオオ……』

『………………カラカラ』


 “アンデッド”の匂いだ。

 骨に張り付いた腐った肉から汚汁を垂らして呻きながらこちらににじり寄って来る【ウーンド・ゾンビ】。

 肉すらなく、カタカタと顎の骨を鳴らしながら接近してくる【シビル・スケルトン】。


「…………」


 <墓標迷宮>で幾度となく倒したモンスターと同種だ。

 同種だが、決定的な違いがあった。

 数ではない。今のアンデッドの数は数十にも上るが、その数よりも重大な違いがそれらにはあった。

 強さではない。

 きっと戦えばあの<墓標迷宮>で戦ったアンデッドよりも弱いだろう。

 違いは、それらが“何者の成れの果てか”、だ。


「……巫山戯(・・・)るな」


 俺はその光景に、巫山戯るな、と心の中で何度も繰り返した。


『むごいのぅ』


 眼前の光景に、俺は噛み締めた奥歯を軋ませ、アンデッドを怖がるネメシスさえも怖がるより先に哀れんでいる。


 俺達の前に立つアンデッドは、小さかった。


 俺と比べれば……“半分ほどの身長しかない”。


 そんなアンデッドが、通路を埋め尽くしていた。


 彼らが元々何であったのか……それは言うまでもない。


「胸糞悪い……」


 小さなアンデッド達は両手を伸ばして、こちらへと近づいてくる。

 各々の手にボロボロの武器を手にして、侵入者である俺達に向かってくる。

 サイズを除けば、それは<墓標迷宮>と同じ光景だ。

 だが、人の死体を基にしたアンデッドは……最初からアンデッドとして作られたものとまるで違った。

 その姿に、胸のうちに収まらないほどの感情を掻き立てられる。


『フン、山賊団の中に《死霊術ネクロマンシー》の使い手がいるようだな。殺した子供らの再利用というわけか』

「大丈夫か、ネメシス」

『ハッ。怯えるより先に……この姿ではないはずのハラワタが煮えくり返っておるわ』

「俺もだ」


 眼前のアンデッドを見据えたまま、俺は考えた。

 この子達を救う手はあるだろうか、と。

 答えは、ない。

 そもそも死人を蘇らせる手段があるのなら、先の戦争で重要人物を何人も喪ったこの国で行われていないはずがない。

 ならばそんな手段は存在しないか、国でも手が出ない方法なのだ。

 今の俺が持ち得るはずもない。


「なぁ、ネメシス」

『何か?』

「アンデッドが死んだら、どうなる?」


 神造ダンジョンの<墓標迷宮>で戦ったアンデッドは、誰かの死体ではなく作り物だ。

 しかし眼前の【ウーンド・ゾンビ】や【シビル・スケルトン】は、<墓標迷宮>のそれと名前こそ同じでも、かつて命だったものだ。

 ならば、この子達の魂はどうなるのだろう


『わからぬよ。躯だけを利用されているものもいれば、魂を入れられたものもいる。あれらを滅した後に魂がどうなるか、私には分からない』

「そうか……」

『だがな、アンデッドとしての苦痛を終わらせてやるべきだとは思う』

「……ああ」


 子供のアンデッドとの距離は詰まり、五メートルほど。

 灯りに照らし出された【ゾンビ】の中には、生前の顔の面影を残す者もいた。


「…………」


 俺は一度だけきつく瞼を閉じる。


 再び瞼を開けると……左手の甲を彼らに突き出した。


「ごめんな」


 俺は、左手の【瘴焔手甲】から《煉獄火炎》を放射し、数十のアンデッドとなった子供を焼き払った。


 細い骨は、薄い腐肉は、微かに残った髪の房は、超高温の火炎によって一瞬で燃えていく。


 彼らはその一瞬でHPを失って崩れ落ち、アンデッドではなく遺体として燃えていく。


 黒い煙が立ち上るが、それは天井沿いに一階へと流れ、白い煙幕と混ざっていく。


 俺が火炎放射をやめると、彼らはそれ以上燃えることもなく、火葬された遺骨となった。


【<適正合計レベル帯アンデッド>の条件に該当するモンスター討伐数が100体を超えました】

【ジョブ条件【聖騎士】&累計討伐数条件【条件該当モンスター討伐数100体】をクリアしたため、アクティブスキル《聖別の銀光》を習得しました】


 スキル習得を伝えているらしいアナウンスが現れるが、俺の心に喜びも、驚きも、微塵もなかった。

 ただ、胸の内側が重いだけだった。


「…………」


 俺はゆっくりと手を合わせた。

 墓前でそうするように……子供達の魂の冥福だけを願い、祈った。

 不意に、炎熱で生じた気流のためか……地下の通路に少しだけ風が吹いた。


[あ り が と う]


 俺の耳は、風の音に混じったその声を感じた。

 けれど、それはきっと幻聴だ。

 せめて魂だけは救われてほしいという……俺の願いが生んだ幻聴だ。


『マスター』

「……これ(・・)のことか、ネメシス」


 俺は胸に手を当て、そこに溜まった重みを抱えたまま、ネメシスに問う。


「これが……この気持ちが、あのときユーゴーの言いかけたことか……?」

『……そうだ。メイデンの<マスター>が、心ではこの世界を“ゲーム”だと思っていないなら……この世界の命も存在すると、我々同様に認識しているのならば』

「…………」


『御主はこの<Infinite Dendrogram>においても――“命の重さを実感しすぎる”』


「実感、か」


 命の重さの実感。


「そうかもしれないな……」


 この世界はあまりにリアルで、現実と区別がつかなくて。

 ティアンだって、心を持ち、本当に魂さえも持って生きているように、俺の心は感じている。

 頭ではゲームだと判っていても、一度抱いた心を否定しきることは出来なかった。

 だから【ガルドランダ】のときのように、ティアンでも誰かの命が失われたらひどく後味が悪いと感じている。

 ミリアーヌのときも、その結末を避けようとして俺は動いていたのではないだろうか。

 そして、それはレベッカの弟を救出に来た今も同じ。


 けれど今、俺の目の前にあったのは、無数の結末だ。


 俺は彼らの過程を知らない。どうしてその結末に至ってしまったのかを知らない。

 俺の手は届かなかったし、知りもしなかった。

 ただ、悲劇という一言で済ますには残酷すぎる結末と、それが俺の心に齎す感情だけが在った。

 胸を焼き焦がすような後味の悪さだけが――悲しみと怒りだけが在った。


『御主の世界より命が失われやすいこの世界では……それは如何にも辛いのではないか?』

「…………そうだな」


 今だって、泣きそうだ。

 投げ出してしまいたいくらい、泣きそうだ。

 この気持ちを味わい続けるなら、現実と変わらぬ喪失の悲しみを何度も味わうのなら、<Infinite Dendrogram>から離れる選択をする者だっているだろう。

 きっと、いたはずだ。

 それは今の俺にとっても、衝動的に選びたくなる選択肢だ。


「だけど、俺は……まだだ」


 俺はまだ、折れちゃいない。


 まだ、生きている子供達を救っていない。


 まだ、約束を果たしていない。


 何よりも――この光景を作った糞野郎に、報いを受けさせていない。


「…………」


 俺は視線を、塵へと還った子供達の躯へと向ける。

 その躯の中に溶け残った金属片があり……そこには<Infinite Dendrogram>の公用語でこう書かれていた。


 【メイズ製年少個体利用型【シビル・スケルトン】87号】


 それはタグだ。

 それを付けた奴にとっては、ただのタグだ。

 だが、その言葉と数字が意味するのは……こいつを決して、許してはいけないということだ。

 <Infinite Dendrogram>がゲームであろうと、なかろうと。

 こいつを放っておくことはできない。


「行くぞ、ネメシス。きっと、この先だ」

『……応!』


 俺はネメシスと共に、通路の先へと進み始めた。




 ◆◆◆




 ■ゴゥズメイズ山賊団二大頭目【大死霊リッチ】メイズ


「ん?」


 従属キャパシティの使用量が減少し、私の支配下にあったアンデッドの一部が消失したことを知る。

 消えたのは……ああ、手慰みに作ってから、地下通路に警報機代わりに放置していたゴミか。

 潰されるのが前提の弱小アンデッドだ。消されても惜しくはない。

 しかし地上で侵入者が派手に暴れているのは察知していたが、地下にもいるか。


「ゴゥズ」


 私は地上へと繋がる通信用のマジックアイテムを動かす。


『オゥ』

「地上の按配はどうだ?」

『あと五、六分って所だな。それまでに片付きそうだァ』

「ならば“部下共が全滅した後に”侵入者を叩き潰せ。こちらも地下のネズミを片付ける。それが済んだら引越しだ」

『オゥ。ああそうダ、弁当が沢山出来そうだから死体用のアイテムボックスは用意しておいてくれェ』

「わかっている」


 遺体回収用のアイテムボックスは空のものがいくつもあったはずだからな。

 私の宝物と秘儀を納めたあのアイテムボックスと共に、全て持っていく予定だ。


「侵入者撃退後は門の前で待機していろ」

『オゥ』


 通信を切る。

 地上はこれでいいだろう。

 地上の相手は、下級職一職目の雑魚ばかりとはいえ部下を全滅させうるほどの猛者。

 しかしゴゥズの戦闘力は桁が違う。

 上級職までで到達可能なレベルをカンストし、この国の闘士系統において確実に五指に入る実力者。

 あのフィガロさえいなければ、【超闘士】はゴゥズがなっていてもおかしくはなかった。

 そして私もだ。

 私もまたレベルをカンストした者。

 何より死霊系統においてこの国の最高峰の技術を有し、超級職スペリオル・ジョブに片手をかけている者。

 侵入者がどの程度の連中かは知らんが、<超級>や超級職でなければ恐れるには足りない。

 しかし不思議だ。


「侵入者は、何を目的にやってきたのだ?」


 我々の討伐はもう割に合わないと知れているはずだがな。

 財宝目当てか?

 そうだろうな。カルディナに流した分を除いても誘拐で得た資金は膨大だ。

 一攫千金を狙うなら悪くはない。

 もっとも、そんな命知らずな将来設計をする時点でどのような相手かは知れたものだ。


「さて……<マスター>(ひとでなし)をお出迎えする準備といこうか」


 To be continued


次回の投稿は明日の21:00です。

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