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第三話 ガチャ

 □決闘都市ギデオン・アレハンドロ商店 【聖騎士】レイ・スターリング


 ガチャという販売方法は、俺が子供の頃から当然のようにあった。

 好きなアニメやゲームのガチャに向かい、100円玉を入れてレバーを捻る。

 するとランダムで色々な玩具が手に入る。

 何が手に入るかわからないからこそ楽しい。

 子供の頃の微笑ましい思い出だ。


 さて、これがゲーム上のガチャとなると話が変わる。

 かつてソーシャルゲームと呼ばれるジャンルがあった。

 携帯端末やPCブラウザで遊ぶことができ、基本無料をうたったものが殆どだ。

 武具防具を身にまとうファンタジー、モンスターの育成、ロボット部隊の編成、アイドルのプロデュース。ソーシャルゲーム内でも色々なジャンルがあった。

 が、それらのゲームで高性能の武具防具やモンスター、ロボット、アイドルを手に入れるには追加で課金する必要がある。

 その手段の最たるものが課金ガチャ、というものだ。

 一回あたり300円程度でガチャを引き、ランダムでアイテムをゲットできる。

 ただしアイテムにはレアリティがあり、最高レアリティのものは排出確率が非常に低い。

 そしてレア度に比例して性能も高まる。

 ユーザーはゲームに勝つため、他者に誇るため、あるいはアイドルを愛でるためにガチャを引く。引きまくる。

 しかしデータである。いくら当たりを引かれても運営はまったく懐が痛まない。

 それでいてユーザーはハズレを引くたびに当たりへの欲が増し、さらに金をつぎ込む。

 結果として基本無料だけど月十万注ぎ込むという話がいくらでもあった。百万という猛者もいる。

 かつて本当にあった話だ。

 恐ろしい話である……。

 

 ◇


 で、それに比べたら、今目の前にあるガチャはリアルマネーではなくリルだし、ちょっとくらい引いてもいいんじゃないかな?


「……つまりこれまでの思考は全部言い訳かマスター」

「だって引きたいし」


 ガチャ回したりカードのパック買ったりするの大好き。

 さて、件のガチャである。

 形こそ俺の知っているガチャと同じだが幾つかの点で異なる。

 まず、入れる金額が自由であるらしい。

 ガチャの前には小さな行列ができていたが、100リル硬貨を入れて回す者もいれば1万リル金貨で回す者もいる。

 説明書きによると、ガチャの景品にはSからFのレアリティがあるらしい。

 Cランクで入れた金額と等価値のアイテム。

 最低のFランクで入れた金額の1/100の価値のアイテム。

 最高のSランクでは100倍以上の価値のアイテムが出るらしい。

 投入金額は最低100リル、最大で10万リルだ。

 ローリスクならローリターン、ハイリスクならハイリターンというわけだ。


「けど、このシステムは商品管理が大変そうですね?」


 レジで清算を済ませてから店員さんにガチャについて尋ねてみる。すると店員さんからは予想外の答えが返ってくる。


「それがそうでもないのです。このマジックアイテムを管理しているのは私どもですが、これの景品や投入された金銭には関与しておりません」


 どういうこと?


 店員さん曰く、このガチャは元々<墓標迷宮>から出土したレアアイテムであるらしい。

 効果としては説明書きにある通り、金銭を投入すると100倍から1/100の価値の範囲でアイテムを排出するというもの。

 このガチャは、他にも幾つか出土した記録があるそうだ。

 中には分解して中の景品を取り出そうとしたものもいたらしいが、苦労して開けても、中身は空っぽであったらしい。

 どうやら金銭を供物としてどこかから景品を召喚しているらしい。

 もちろん一度投入した金銭を取り出すことも出来ないので、商売としては成立しない。


「客寄せとしては十分役に立つと旦那様はお考えになられたので、こうして店舗に設置しているのです。その日に当店でお買い物なさったお客様だけ引ける取り決めもありますしね」


 その考えは正しく、ガチャ目当ての客が他の商品も買っていく好ましい流れができているそうだ。

 アレハンドロさんは経営者としてやり手らしい。


「ちなみにどうやって手に入れたんですか?」

「前の持ち主が破産した後に放出されたものを購入されたそうです」

「……ちなみに前の持ち主の破産理由はもしかして」

「…………ご想像の通りで」


 どうやらこのガチャを回し過ぎて破産したらしい。

 アレハンドロさんがこのガチャをあくまで客寄せ道具として利用しているのはその辺の事情もあるのかもしれない。

 こういうものに熱くなると際限がないからな。

 けれどまぁ、俺もこのガチャに興味はある。

 説明してくれた店員さんにお礼を言って、行列の最後に並ぶ。


「それで、御主はいくら注ぎ込むつもりなのだ?」

「10万、ぐふっ」


 ネメシスに問われたので答えたらボディーブローを食らった。

 中々いい角度で入ったので体がくの字になる。


「御主、さっきガチャに突っ込んで破産した話を聞いてもそんな大金を使う気か!?」

「でもほら、一回10万リルは高いかもしれないけど上手くすれば高額アイテムが当たるらしいし」

「ゴミが当たる流れだと思うがのぅ」


 それはそれで後の笑い話のタネだ。


「……フゥ、後悔するでないぞ」

「応」


 やがて俺の順番が回ってくる。

 10万リル硬貨などないので、1万リル金貨10枚を1枚ずつ投入する。

 ……これ上限が10万でなく100万だったら100枚入れなきゃならんのかな。

 金貨を投入し終えてレバーを回すと、カプセルが排出される。

 カプセルを開けると中のアイテムが開放されるらしい。

 カプセルの表面には「C」と書かれている。

 等価値のアイテムが当たったらしい。まあまあだな。

 俺はカプセルを開封する。



【【墓標迷宮探索許可証】を手に入れた】



 手の中のアイテムとアナウンスに、俺は膝から崩れ落ちた。


「おおぅ、おおぅ……」


 【墓標迷宮探索許可証】から「お・ま・た・せ」という幻聴が脳内に聞こえた。


「手持ちとダブったのぅ」


 たしかにこれも10万リルだけど、だけど……。 


「ルーク……あげる」

「折角当たったのにいいんですか?」

「うん、これ、一人一つでよくて、俺もう持ってるから……」


 しかも俺は【聖騎士】だから一つだって要らんし……。


「あ、ありがとうございます。……えーっと、今度一緒に探索行きます?」

「それもいいかもな……」


 俺、あそこ一階までしか入ってないし。

 …………さて、気を取り直して。


「ワンモア」

「少しは懲りぬか!?」

「いや! 流石に二回連続で【許可証】はない! 今度はいけるはずだ!」

「それは負ける人間の思考だ!」


 ネメシスの反対を押し切って再び行列に並んで二度目の挑戦。

 今度も10万リルを投入する。

 装備を購入する分も考えればこれがラストチャンス。

 神様仏様お願いします、とこんなときだけ祈りながらガチャを回す。

 はたして結果は。


「?」


 カプセルは排出された。

 が、その表面に書かれたレアリティ表示はSからFのいずれでもない。


 X、と書かれている。


 これはどういう意味だ?

 これはSより上なのか? それとも実は×(バツ)でFよりも価値が下なのか?

 分からない。

 ただカプセルにはアルファベットの他に、「広い場所で開けてください」という注意文も書かれている。

 店員さんに尋ねると、馬車など大きくスペースをとるものが当たるときにはこのような注意書きがあるそうだ。

 この中身はかなりのサイズらしい。

 加えて、「X」などというレアリティは店員さんも見たことがないという。

 当たりと考えていいのだろうか。

 まぁ広い場所で開けろとある以上、店内では開封せずにカプセルのままアイテムボックスにしまっておこう。

 しかしガチャを引き終えて少し冷静になった頭で考えてみよう。

 ガチャが一回当たり10万リル。

 そして俺の新装備が全部合わせて11万リルだ。

 ………俺の新装備一式とほぼ同額と考えるとガチャ一回が高くついたな。

 レア度から見ると損はしてないはずなんだけど。


「10万リルで二回も回すからだ」


 返す言葉もない。

 さて、俺が清算を済ませた頃、ルークもガチャを回していた。

 どうやら俺がやっているのを見て興味が沸いたらしい。


「……でも俺と同じで10万リルも突っ込まなくていいんだよ」


 ハズれたら申し訳ないな、と思いながら見ていると……。

 見ている、と……………………え?


「「「!?」」」


 その衝撃を、きっとルーク以外の全員が共有しただろう。

 俺も、ネメシスも、店員さんも、他の客も、一様に驚愕した。

 ルークの手にしたカプセルは、虹色だった。

 もうそれだけでもレアアイテムなんじゃないのかという、虹色の鉱石で出来たカプセル。

 その表面には大きく――「S」と書かれていた。


 ――ファーストトライで超大当たり引きやがった。


「あ、レイさん! なんだか当たったみたいです!」

「お、おめでとう!」


 びっくりし過ぎて声が上ずってしまった。


「ルークー、早くあけよー」

「う、うむ! 一体何が当たったのか早く確認するのだ!」


 バビはマイペースに、ネメシスは乗り出し気味にそう言う。

 10万投入しての100倍当たり、つまりは最低でも1000万リル相当のアイテム。

 俺達だけでなく、他の客や店員も遠巻きにこちらをガン見している。

 ルークのカプセルには注意書きがなかったので、その場で開封している。


「【断詠手套 ヴァルトブール】……?」


 ルークの呟きに、首を傾げる。

 そのネーミング方式は俺の持つ【瘴炎手甲 ガルドランダ】と似ている。

 しかしそれらMVP特典は<UBM>を倒さなければ手に入らず、他者への譲渡も出来ないはずだが。


「……わぁ」


 ルークは手袋――【断詠手套 ヴァルトブール】の性能を見ているようだが、そのルークの顔が引きつっている。

 ルークのこういう顔は初めて見るかもしれない。


「ルーク、どんな装備だったんだ、これ」


 【断詠手套】は肘までを覆う長手袋で、蒼色の皮素材に金色の金属で文様が描かれている。

 ただ、問題なのはその尋常でない威圧感。

 また、ルークだけでなく周囲の客の何人か――恐らく高レベルの鑑定スキル持ちの<マスター>やティアン――の顔も引きつっていること。

 一体どういう代物だこれ。


「結論から言うとですね、これは<UBM>のMVP特典です」

「マジか」

「ええ。あ、ちょっとここからの話は別の場所で」


 ルークはそう言って俺を店の外に出る。

 俺はアレハンドロさんに一言お礼を言ってからルークの後を追う。

 横目で窺うと、ガチャの行列の盛況さが増しており、各人の投入金額も10万リルでほぼ固定になるなど、ガチャの勢いが過熱している。

 どうやらMVP特典が出る可能性もあると判明してヒートアップしてしまったらしい。 

 ……どうか破産する人が出ませんように。


 ◇


 で、ルークについていって入ったのはルークがとっていた宿の一室だった。

 余程人に聞かれるとまずい何かをルークは知ったらしい。


「結論から言うと、これはもう持ち主のいないMVP特典です」

「どういうことだ?」


 ルークの説明はこのようなものだった。

 まず、通常MVP特典は持ち主にしか扱えず、譲渡も出来ない。

 しかし例外はある。

 それは持ち主がティアンであり、死亡した場合だ。

 その場合、MVP特典はどこかに回収され、神造ダンジョン深部の超レアドロップになるか……今のように高額を投入したガチャの景品になるらしい。


 ……ここまで聞いて、俺も何がまずいのか判った。


「これが知れ渡るとティアン殺しに走る奴が出る可能性があるのか」

「はい」


 MVP特典持ちのティアンがどれだけいるかは知らないが、そいつらを殺して僅かでもMVP特典を手に入れる可能性を上げようとする<マスター>が全くいないとも限らない。

 ……少なくとも、自分達がその引き金になるのは御免だ。

 ルークがこのことを衆目で話さなかったのもそのためだろう。


「でも大丈夫か? 鑑定スキル持ちにそのことまで見られたんじゃ」

「いえ、この説明はアイテム自体ではなくアナウンスの形で出ましたから。誰も知らないはずです」


 なら良かった。

 まぁ、よくよく考えればそこまでのリスクを冒す奴はいないだろう。

 ティアン殺しで指名手配されるのに、そうして浮いたアイテムを得られるのが自分とは限らないのだから。


「性能はこんな感じです」


 ルークが俺に【断詠手套】の性能を表示するウィンドウを見せた。


【断詠手套 ヴァルトブール】

 <古代伝説級武具エンシェントレジェンダリーアームズ

 “魔術師殺し”と謡われた人頭獣スフィンクスの概念を具現化した宝物。

 持ち主の魔力・技力を増大させると共に、精神系状態異常と攻撃魔法への強い抵抗を与える。


 ・装備補正

 MP+[着用者の合計レベル]×10

 SP+[着用者の合計レベル]×10

 精神系状態異常耐性+100%

 攻撃魔法耐性+100%


 ・装備スキル

 《断詠》

 《???》 ※未開放スキル


 おお、強い。特に耐性が強い。

 要するに精神系状態異常や攻撃魔法への防御力が倍になるということだ。


「で、その装備スキルはどういう効果なんだ?」

「面白いですよ。範囲内の準備段階にある魔法系スキルのキャンセルです」

「ほう」


 準備段階ってどういう意味だ。


「例えば相手が魔法を唱えているときや魔法の発動待機中に使うと、その魔法を消せるみたいです。発動準備時間のないスキルや、放たれた後の魔法には干渉できないみたいですけど」


 魔法使いの天敵みたいな効果で、それでもかなり使える場面が多そうだ。

 唱えた端からキャンセルされるんだろ?

 魔法職は一対一では何も出来なくなるぞ。

 ……しかもルークにはルーク本人以外にバビにマリリン、オードリーがいる。

 

「それを元々持っていたのはティアンらしいけど……なるほど」


 恐らく、【断詠手套】の元である<UBM>の【ヴァルトブール】は、魔法職を倒すことに特化していたのだろう。

 そのため、“魔法なしで強い”類のティアンに撃破され、そのティアンも何らかの事情で亡くなったために今こうしてルークの手に収まっている。

 大体はこれで筋が通るな。


「しかしルークよ。御主も大概運が良いのぅ」


 俺もちょっと思った。

 マリリンの件、オードリーの件、そして今回の件とルークは幸運に恵まれている。

 やっぱりこういうのも日頃の行いが大事なのだろうか。


「でもレイさんも当たっていたじゃないですか」

「あ、そういやこれがあったな」


 Xレアリティのカプセルを取り出す。

 中身が馬車か何かだったら屋内で開けるわけにもいかないので、これからまた北門の外に出て開けてこよう。


「開けに行くけどルークも来る?」

「いえ、それがさっきからアナウンスが出ていて、一度リアルに戻らないといけません」

「ん? 【来客】とか?」

「いえ、【空腹】、【睡眠不足】ですね。昨日からずっと篭って狩りをしていたので。ご飯もこっちでしか食べていませんし睡眠はとっていません」

「飯食って風呂入って寝てろよ!?」

「あはは……そうします。明日の約束には間に合うように起きますね」

「養生しろよー」


 ルークがログアウトしたので俺もルークの部屋を出る。

 しかし寝食忘れて狩りに没頭するとはあいつも中々に廃人だな。

 やっぱりあいつも学生で春休み中だから無理なプレイもできるんだろうか?

 

 ◇


 ルークの宿を出た後。“広い場所”として思いついたのが今朝と同じ<ネクス平原>だったため、俺達は北門に向けて歩いている。


「のぅマスター。そろそろ昼飯時ではないかのぅ」

「あ、そういえばそうだな。どっかで飯食ってから北門出るか」


 カプセルを開封したらそのまま狩りに行くかもしれないし。

 お昼時なのでどこの飲食店も繁盛していたが、比較的空いていた一軒を選んで中に入る。

 空いている理由が料理のまずさじゃないといいなぁ、と思いながら店内に入ると、あるものが目に入った。

 それは店主に詰め寄っている一団だった。

 揃いの白いフルプレートメイルを装着し、アルター王国の紋章を描いた外套を羽織っている。

 写真らしき紙を見せながら何事かを詰問している。

 ああ、客がいなかった理由はこれか、などと考えながら彼らの様子を観察する。

 詰問している人物は非常に焦った表情をしており、店主に掛ける言葉も荒々しい。

 彼は必死な形相だが、店主の方は困った顔をしながら首を振っている。

 次いで、一団の中心付近にいたらしい彼の仲間の女性が彼を宥めて……あ。

 見知った顔だ。


「リリアーナ?」

「あれ? レイさんですか?」


 アルター王国近衛騎士団副団長【聖騎士】リリアーナ・グランドリア。

 焼け落ちた<ノズ森林>の近くで会って以来だったが、この決闘都市で俺達はバッタリと再会した。


『……トラブルの気配がするのぅ』


 念話で伝わってきたネメシスの縁起でもない言葉と共に。


 To be continued


次は明日の21:00に更新です。

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