第二話 クマとクエスト
( ̄(エ) ̄)ノ
□王都アルテア 中央通り噴水前 レイ・スターリング
リリアーナとの出会いと初めてのクエスト受注から少しして、俺は兄との待ち合わせ場所である中央通りの噴水へと辿り着いた。
ちなみにあのとき自動で受注されたクエストの詳細を見ると、リリアーナの妹を探すのがクエストなのだが、難易度:五は通常レベル51以上の人がパーティで受けるものらしい。
間違いなく俺では手が出ない。そもそもなぜ始めたばかりの初心者にこんなクエストが回ってくるのか。
とりあえず兄に相談しよう。そう思ってこの噴水にも急いできたのだが……。
件の噴水の前では、
『Welcome 弟』
と書かれた立て札を持ち、二メートル近いサイズの……“クマの着ぐるみ”が鎮座していた。
「……なんだあれ」
まさか、でも、いやいやまさか……だがしかし。
待ち合わせ場所は合っている。
弟を待っている人物はそう多くはないだろう。
弟のキャラクターネームが分からないし、リアルのネームを書くわけにもいかないから『弟』と立て札に書いてあるのも分かる。
しかし……。
「何で着ぐるみ?」
あれに話しかけるのは勇気がいる。
ていうかさっきからNPCかPCか分からないが子供が集まっているし。
子供はクマの頭や膝の上に乗ったり、腕にぶら下がったりとえらく懐いている。
このままだと埒が明かないので、意を決し話しかけることにした。
「すみません、お尋ねしますが……」
『はいはいクマクマ』
何がクマクマだ。
「椋鳥修一さん……っつーか兄貴ですか?」
『いかにも。よう、玲二』
……間違っていて欲しかったよ。
『合流できてよかったぜ。じゃあ行くか』
クマ……もとい俺の兄、椋鳥修一はそう言って立ち上がった。
それと周囲に群がっていた子供達に、俺のとはデザインが違う収納カバン――つーか腹部分に貼ってあるポケットからお菓子を取り出して配っていた。
ドラちゃん気取りか。それならネコか、せめてタヌキだろうに。
「わーい♪」
「クマさんありがとー!」
お菓子を受け取った子供達はきゃいきゃいと喜びながら去っていった。
かくして俺と兄だけが残り、兄はどこかへと歩き出した。
兄は歩きながら話し始める。
『まずは自己紹介な。ここでの俺の名前は『シュウ・スターリング』だ』
「こっちはレイ・スターリングだよ。つーかやっぱ被ってるか」
苗字になっている鳥の英名が使い易すぎるため、身内でキャラ作るときは八割スターリング姓になる。
『で、どうする? まだ<エンブリオ>も孵化してないみたいだし街の案内でもするか? ついでに装備揃えるなら金は無利子で貸しておくぞ』
「あー、それなんだけどさ」
俺は兄に先ほど請け負うことになったクエストのことを話した。
『ほー、あのリリアーナからのクエストか。俺も受けたことないな』
「ていうか何でレベル0の俺にあんなクエストが?」
『この世界はリアルなんでな。クエストの発生は偶発的なことも多い。クエストのために事件があるのではなく、たまたま起きた事件のためにクエストがあるんだ。狙って出せないことは多々あるし、狙ってないことをする羽目になるのも多々ある。ま、良い洗礼だな。……この世界の人間のリアルさも実感出来たろ?』
「ああ、あまりにリアルだったので現在も『俺が今話しているのは兄貴本人ではなく兄貴の振りしたNPCじゃないだろうか』と疑心暗鬼に掛かっているくらいだ」
『そんなことないクマ。信じて欲しいクマ』
「クマ語尾やめい」
中の人を知っているから想像して何とも言えない気分になるし。
『ハッハッハ。ちなみにリリアーナってこの国では1,2を争う人気者だぜ。プレイヤーとティアン混成のファンクラブもあるくらいだ』
「ファンクラブあるんだ……。あと、“てぃあん”って何さ?」
『プレイヤーじゃない人間。ま、NPCの総称とでも覚えておけばいい』
「へー……。つまりNPCもファンクラブ活動してるのか」
『運営曰く“人間と同レベルに思考力と人格がある”そうだからな。普通普通クマ』
本当にこのゲームは、高度過ぎて空恐ろしい。
『ところでそのクエストだが、詳細ではどこを探せとか出てなかったか?』
「何も。だからノーヒントで人探しって言ってもどこをどう探せばいいのかわからなくて」
強いて言えば手がかりはこのメモ書きだけど。
『ふーん、ちょっとそのメモ書き貸してみ』
「どうぞ」
兄貴はメモを受け取り、そのまま中身を読むでもなく、ひっくり返してメモの裏面を俺に見せた。
【おねえちゃんへ
レムのみがおみせになかったからとりにいってきます。
むしよけのおこうももっていくのでだいじょうぶです。
たのしみにまっててね。
ミリアより】
「これって」
『慌てていたんだろう。妹の残したメモの裏に連絡先書いて渡したわけだ』
俺も今の今まで気づかなかった。
メモが書かれた紙はいわゆる羊皮紙で、裏が透けてないからだろう。
「レムのみってのは?」
『【レムの実】。この辺りの高級特産物の一つだ。メチャクチャ美味い果物と思えばいい』
「とる、ってことは自分で探しに行ったってことか」
ミリアーヌは中々行動力のある子供らしい。
『この近辺でレムの実が取れる場所は二箇所。一つは王都内にある果樹園。現実の果樹園と同じように有料の収穫体験もやっている。ただし収穫には籠一つにつき5000リルの参加費が要る』
ゲーム開始時の資金全額じゃないか。
高いわ。
『もう一つは南門を出てすぐの<旧レーヴ果樹園>だ』
「<旧レーヴ果樹園>?」
『色々あって昆虫型のモンスターが生息しまくって破棄された果樹園だ。今でも多くの果樹が自生しているが、同時に魔物の巣窟と化している』
「……虫除けのお香云々ってのはつまり」
『そういうことだろう』
行動力がありすぎる……。
「安全な方の果樹園行けよ!」
『子供に5000リルはきついだろう。市場価格の一つ50リルでも厳しいだろうに』
「だからって……」
『ちなみにその<旧レーヴ果樹園>だが、スタート地点に程近い場所に立っているせいで初心者用だと勘違いしたプレイヤーが真っ先にぶっ殺される、所謂トラップダンジョンとして名高いな。別名『初心者殺し』』
最悪だ。
今気づいたが、俺と会ったときのリリアーナは旧果樹園を目指していたんだろう。
あのとき「じゃあもう中に」と言ったのは、南門から入ったばかりの俺がミリアーヌに会っていない以上、妹がもう果樹園に入ってしまっていると確信したためだったわけだ。
『ま、何にしてもこのクエストクリアを優先しようぜ。時間が経つと失敗するタイプな気がするしな』
「え?」
『言ったろう。この世界では偶発的に事件が起きるしリアリティも高い。だから……旧世代ゲームみたいに『プレイヤーがクリアするまで無事』なんて保障は皆無だ』
「いや、でも」
『第一陣としての経験を言わせて貰えば、過去に英雄と呼ばれた賢者や騎士団長、この国の王様まで死んだ例もある』
「…………」
『それでも、<Infinite Dendrogram>の世界は支障なく回る。リアルだからな』
想像する。
もしもあの写真の子が魔物に襲われて、無残に死んでしまったら。
想像すると嫌な気持ちになるし、リリアーナのことも考えるともっと気分が沈む。
NPCなのはわかっている、けれど……。
「それは、後味悪いな」
『だろ? だからクリアしようぜ。ハッピーエンド目指してな』
顔の見えないクマの着ぐるみではあったが、兄がその内側で笑った気がした。
かくして、<Infinite Dendrogram>初心者の俺は兄とパーティを組み、初めてのクエストに挑む。
攻略対象はクエスト難易度:五【探し人―ミリアーヌ・グランドリア】
行く先は初心者殺しのトラップダンジョン<旧レーヴ果樹園>。
目指すは……ハッピーエンド。
クエスト、スタート。
To be continued
3/9です。