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ルークの一日 前編

( ̄(エ) ̄)<ルークの外伝クマー


(=ↀωↀ=)<レイ? (リアルで)寝てるよ

 □【三重衝角亜竜】グランシュバルテア・グロリアス・フォルトロン


 私の名はグランシュバルテア・グロリアス・フォルトロン。

 偉大なる地竜王、その第167子である竜だ。

 私の場合は父となる因子が純竜のものではないため、亜竜として生れ落ちた。

 上位種でない竜の常として、出生後は独力で生きてきた。

 生後間もない私であっても下等生物は敵ではなく、食にも生にも困ることはなかった。

 しかし、人間に捕らえられてしまったのは恥辱の極みと言えるだろう。

 あまつさえジュエルの中に閉じ込められ商品扱いされたのは憤怒の極みだ。

 お陰で今の主に出会えたので幸運の極みとも言えるが……。

 ああ、そうだった。

 今の私には生まれ持った名ではなく、主から賜った名があるのだ。

 私の真名はグランシュバルテア・グロリアス・フォルトロン。

 現在はマリリンと呼ばれている。

 主がつけてくれた美しさの極みと言ってもいい名だ。

 しかし主から賜るならばたとえ「三本角太郎」などの名でも輝いて見えるだろう。

 さて、今日は主と私のとある一日について語るとしよう。


 ◇


 私と主の一日は日の出より少し早い時間から始まる。

 主がその時間に起きるので、【ジュエル】の中の私もその時間に起きるのだ。

 ちなみに私の住居兼待機場所でもある【ジュエル】には収納以外にもいくつか機能がある。

 まず、内部の生物を回復させる機能。回復魔法ほど劇的ではないが入っているだけで緩やかに傷が癒えていくし、飢えや渇きとも無縁だ。

 次に時間停止機能。持ち主の設定によって内部の時間を止めることもできる。

 【ジュエル】の中に入れたときの状態で固定するか否かを選択できる。

 どちらにも利点があり、前者は致命傷などを負ってもその場で放り込んでしまえば回復手段を得られるまでそのままにしておくことができる。後者は【ジュエル】の中にいても今のように周囲の状況を察知できるため、緊急事態に即応できる。

 主の設定は後者がメインだが、私が大鬼から毒を受けたときなどは前者の状態で格納していただいた。

 素早い判断は理知の極みであり、それが私を助けるためとあれば優しさの極みである。

 そんなわけで主が起きると【ジュエル】の中の私もそれを察して起きる。これは主がこの世界で夜を明かしたときは常にそうだ。

 主は<マスター>であるので別の世界に行かれることがある。

 そのときはジュエルの中の私は主が戻られるまで時間停止状態になる。

 体感では主が別の世界に行かれた次の瞬間には昼夜逆転していた。


「おはよう、マリリン」


 主は朝起きると私にそう声をかけてくれる。お優しい。

 ちなみに、右手の【ジュエル】の中にはもう一体、反対側の左手の紋章にはもうお一方おられる。

 しかし主は彼らにはこの挨拶をしなかった。

 なぜか。

 まだ就寝中だからだ。

 主の起床に合わせて起きているのは私だけなのだ。

 左手の紋章の中に居られるバビロン様は<エンブリオ>……つまりは主の分身なので問題ない。

 しかし“アレ”は主の配下の身でありながらまだ惰眠を貪っているらしい。弛みの極み。

 これだから鳥は……。


「ご飯はもう少し待ってね、マリリン」


 しかし、バビロン様と“アレ”が寝ているからこそ、早朝のこの時間は私と主の二人きりとも言える。

 そう考えると喜ばしくもある。

 主は洗顔や歯磨き、髪すきなどの身支度を整える。

 それらを終えても、すぐには朝食に向かわない。

 ここからが主の日課だ。

 主は手鏡を取り出すと、その鏡に自分の顔を映す。

 それから口だけを動かした。

 声は出さずに、口だけを動かし、何かを無言で喋っている。

 それを鏡に映して自分で見ながら、確かめている。

 主のこの日課が何なのかは私も知らない。

 何かの訓練だとは思うのだが、何の訓練かは私には皆目見当がつかない。


「やっぱり意味のある言葉は何語でも口の形が同じ……自動で<Infinite Dendrogram>の言葉に翻訳されている。それもまだ完全には覚えてないから、こっちで読唇術を使い物にするにはもうちょっと掛かるかな」


 と呟いていたが、言葉の意味は分かっても意図が分からず疑問の極みだ。

 人間範疇生物の共通言語に何か問題があるのだろうか。

 私には分からなくとも聡明な主のことだから深いお考えがあるのだろう。


「お待たせマリリン。ご飯にしようか」


 ジュエルの中の私にそう笑いかけてくださる。

 ジュエルの中でなければ尻尾を振っているところだが、私が尻尾を振ると宿が倒壊するかもしれない。


「おはようルークー! ごはんだねー!」


 と、ここで左手の紋章からバビロン様が飛び出してくる。

 どうやら食事時なのでお目覚めになられたようだ。

 加えて、


『Kiee(……腹ぁ減った)』


 どうやら“アレ”も食事目当てで目が覚めたらしい。

 “アレ”――【クリムズン・ロックバード】のオードリーが。


 ◇


 主は私とオードリーを【ジュエル】に入れたまま、バビロン様と共に北門から街を出た。

 昨日、主のお仲間と共に通った<ネクス平原>。

 主は<平原>でも街にほど近い場所にアイテムボックスから取り出したシートを敷いた。


「《喚起コール》、マリリン、オードリー」


 そして主は【ジュエル】から私とオードリーを呼び出した。

 どうやら今日は皆揃って食べるようだ。

 街を出たのは、街の中では私やオードリーと一緒に食事をするのは困難だったのが理由だろう。

 私の体躯は馬車よりも巨大であるし、オードリーも重量はともかく体積では同程度だ。


「ピクニックみたいだね」


 主はそう言ってシートに座り、宿で受け取った弁当や我々の分の食料を取り出す。

 主の右隣にはバビロン様が座り、私とオードリーはお二方の正面に腰を下ろす。私とオードリーの図体が大きいこともあって不恰好だが、四名で輪になっている形だ。


「今日はいい天気だね。こっちは空気も良いし、何だか眠たくなりそうだよ。……むにゃ」


 主はそう言いながらサンドイッチを食されている。その所作も絵になっており、それだけで魅了されるかもしれない。

 少しうつらうつらなさっているのは、昨日は色々あってお疲れなのに今朝も早くから起きたためだろう。


「宿屋のお弁当美味しいねー」


 バビロン様はそういいながら、手元のサンドイッチに赤い調味料を山のように降りかけながら嗜まれている。

 ……それ、宿屋の味つけは関係あるのでしょうか?


『KIIE,KIIE,KIIE,KUUU』


 オードリーも何事かを鳴きながら食事をつついている。

 ちなみに鳴き声を人間の言葉に翻訳するとこうだ。


『Fuck、Fuck、Fuck、マジFuck』 


 下品な言葉だった。


『気に食わねー、マジ気に食わねー』


 次いで、こちらをわざとらしくチラチラと見ながら何かをぼやいている。


『何が気に入らない?』


 ぼやかれ続けても鬱陶しいので尋ねると、オードリーはこう返答した。


『飯は上手い、景色はきれー、ご主人マジ目の保養、でも一点だけ気にいらねー』

『……それは?』

『横のドンガメが臭い』


 …………ほぅ?


『亀など見当たらないぞ? 頭の軽そうなニワトリならいるがな』

『こんなグレェトな羽毛のニワトリがいるかボケ』

『私にも偉大な角がある。鳥目だとそんなところまでも見間違えるのか?』


 私とオードリーは互いに人間範疇外生物……所謂モンスターの言葉で応酬しながら、睨み合う。

 このような口舌合戦は昨日、オードリーが主にテイムされ、私が回復してから、【ジュエル】の中で何度も繰り返している。

 内容は主にお互いの身体的特徴、種族的特長についての罵詈雑言だ。

 なぜそのように言い争うかといえば、お互いを心底嫌い合っているからだ。

 きっと主は何も知らなかったのだろうが、これは仕方のないことだ。

 なぜなら……私を含めた地竜種とオードリーらロックバードを含めた怪鳥種は種族として仇敵同士だ。

 歴史上、何度も種族間の生存闘争を行ったことがある。

 犬猿の仲、とでも言えばいいのか。

 よく聞くエルフとドワーフの仲の悪さの数十倍は種としていがみあっている。

 生理的嫌悪の極み。


『Fuck。ご主人はマジ最高なのに何で同僚にこんなドンガメがいるかねぇ。マジ失せてほしいわー』

『生憎と、主のしもべとなったのは私が先だ。出て行くなら貴様だろう』

『アタシの前のカシラにワンパンKOされた雑魚に先輩面されて言われてもなぁ』

『そうだったな。お前は不潔極まる毒鬼の尻を背中に乗せていた尻軽だった』

『雑魚で役立たずの白ドンガメ』

『頭も尻も軽い赤ニワトリ』

『『…………』』


 ――殺すか


 眼前の鶏肉に対して殺意が沸いてきた。

 気配から察するに赤ニワトリも同じ考えだろう。

 私は伏せていた足を伸ばし、大地を踏み締める。

 私達の殺気に気圧され、周囲の木々から鳥が空へと飛び立った。

 小動物の類も逃げ出している。

 これから始まるのは亜竜と怪鳥の死闘。

 飛び立たれれば不利、その前に一撃で翼を圧し折る。

 私の爪が大地を蹴立て、奴が両翼を広げて決闘が始ま……。


『やめようねー』


 寸前で、制止の声が入った。

 それはバビロン様の声であり、今は人間範疇外生物の言葉で話していた。

 彼女は口の前に人差し指を一本立てた「お静かに」のジェスチャーをしながら小声で言う。


『ルークが起きちゃうからー』


 見れば、いつの間にか主はバビロン様の膝に頭を乗せて眠っていた。

 昨日の疲れが出て眠ってしまったようだ。

 このまま戦えば主の安眠を妨害することに……。


『……ひとまず勝負は預ける』

『Fuck。だがまぁ、ご主人の気分を害するわけにはいかねえ』


 主が最優先。

 それが私とオードリーの間での数少ない共通認識だった。


 ◇


 結局、私とオードリーは食事をしながら周囲を警戒し続けた。

 主の安眠妨害と敵対生物の襲撃を防ぐためだ。

 もっとも大半の生物は先刻の私とオードリーが放った威圧によって逃げおおせているが。

 主は三十分ほどして目を覚ました。

 短い仮眠だったが、スッキリした顔をなされているのでもう大丈夫だろう。


「今日はどうするのー?」


 バビロン様のご質問に、主は答える。


「まずは女衒ギルドに顔を出してみようかな。ちょっと会いたい人がいるから。それからテイムモンスターのマーケットを巡ってみるよ」


 今日は主の所属する職業ギルドに向かわれるようだ。

 それと、どうやらまた後輩が増えるらしい。


『今度は鳥以外でお願いします』

『亀もやめときましょうぜ、ご主人』


 主は《魔物言語》のスキルを持っていないので通じないだろうが、私とオードリーはそんなことを呟いてしまう。


「そうだねぇ。陸はマリリンが、空はオードリーがいてくれるから、次は海かな。だから鳥ではないと思うけど、ひょっとしたら亀にはなるかもね」


 主がそう言うとオードリーはガックリと両翼を落とした。

 良い気味だ。


『『…………あれ?』』


 ◇


 ギルドについての私が知っていることはまだこの国の法と理を深くは知らぬ主と同程度だと思われるが、それでも確認のために思い起こす。

 ギルドとは様々な職業や技術に関する組合であり、国や民間から受注した依頼、クエストを整理し分配するためのものだ。

 なお、ギルドへの参加・登録は<マスター>でも<マスター>ではない人間範疇生物――ティアンでも行える。

 ギルドの大分類として二種類が存在する。

 冒険者ギルドと職業ギルドである。

 冒険者ギルドは採集やモンスターの討伐、あるいは昨日の主達のように運搬など、実力があれば技能はさほどいらない様々な依頼を取り纏め、実力の見合う希望者に割り振るための組織である。

 職業ギルドとは、各職業の人間で集まり、その職業の人間にしか出来ない専門的な依頼を取り纏める組織である。例えば【騎士】や【聖騎士】なら騎士ギルド、【商人】なら商業ギルド、といった具合だ。

 主は【女衒】であるので女衒ギルドに所属している。

 依頼の内容は職業の名の通り、女性の斡旋がほとんどだ。仕事内容自体は私と主が出会うことになったモデルの斡旋など様々ではある。


 さて、その女衒ギルドだが、どうやらこの国の女衒ギルドの本部は王都ではなくこのギデオンにあるらしい。


「ルークは誰に会いに行くのー?」

「キャサリンさんって人でね、王都で【女衒】になったばかりの頃に色々教えてもらったんだ。商店でアルバイトして《鑑定眼》スキルを取るといいって教えてくれたのもその人なんだよ」

「王都でそんな人と会ったっけ?」

「丁度バビが眠っているときだったからね」


 主とバビロン様は和やかに話されながら歩いておられるが、彼らの歩くこの地域は決して和やかではない。

 ギデオン八番街区。

 時計の文字盤で七時と八時の間に当たる区域だが、どうも治安はあまり良くないように思える。浮浪者の姿はあるし、露骨に堅気ではない者もちらほらと見えている。路地裏から足だけ突き出して倒れているのは酔漢か、あるいは死体か。

 こんな露骨に危険な場所に女衒ギルドの本部はあるらしい。

 加えて、女衒ギルド本部の他にも盗賊ギルドや暗殺者ギルドの施設もあるらしく、この区域はギデオンの中でも黒い地域であるようだ。

 ちなみにそんな物騒なところを主や露出の多いバビロン様が歩いていては危ないのではないかとも思われるが、心配は無用だった。

 なぜなら主の左手の甲には<マスター>であることを示す<エンブリオ>の紋章がある。

 この世界で<マスター>ほど外見と中身の強さが乖離している生物は他にない。

 獲物と見込んで襲えば次の瞬間には影すら残らないというケースは十二分に考えられる、そういう存在なのだ。

 何より<マスター>は致命傷を負っても死なずに別の世界に逃れるだけで、三日もすれば完治してこの世界に帰還する。

 そんな不死身の相手に恨まれでもしたらたまったものではない。

 よって、余程のことがない限り<マスター>と判っている相手を狙う犯罪者はいない。

 いるとすれば自分の実力に破格の自信があるか、愚か者かだ。


 余談の極みだが、このアルター王国を含めた七大国家ではティアンが左手の甲へ紋章を施すことや、「自分は<マスター>である」と偽証することは法律で禁じられている。

 違反者には極刑に代表される厳罰が科されるほどだ。

 <マスター>に人知を超えた力を持つ者が多く、<マスター>を騙って脅迫などの悪事に手を染める者が多かったためにできた制度らしい。

 閑話休題。


 幸いにも<マスター>である主を襲う輩は存在せず、何事もなく女衒ギルドの本部に辿りついた。

 到着した場所はそれなりに規模の大きい建築物だが、見た目には宿屋と酒場の一体化した店にしか見えない。

 一階と二階が吹き抜けになっており、一階は丸テーブルと椅子がいくつも置かれた酒場、二階は宿泊施設になっているように見受けられる。

 しかしてバーテンダーがグラスを磨いているカウンターの一角、リストを手にした男が何らかの作業しているあたりを見ると『女衒ギルド受付』と書かれた看板が置かれている。

 どうやらここは酒場であり、宿屋であり、同時に女衒ギルドの本部であるらしい。


「バビはあっちでごはん食べてくるねー!」


 さっき朝食を食べたばかりだというのに、バビロン様は酒場のテーブル席へと飛んでいってしまった。

 一階の酒場を見渡すとそれなりに人の姿は見える。

 チャラチャラとした男、脛に傷を持っていそうな輩、露出過剰な女。

 しかし左手の甲に紋章を持った者……主と同じ<マスター>の姿は見当たらない。

 主があの【記者】から聞いたところによると、「職業傾向として<マスター>は見栄えの良い職業や格好のいい肩書きの職業に就きたがる」とのことらしい。

 転じて【女衒】という職業に人気がなく、<マスター>で就く者はあまりいないのも道理である。

 さて、そんな訳でギルドの中には今のところ主以外の左手刺青持ちがいない。

 加えて主の若さと神の造詣の如き美貌が組み合わさり、屋内の視線が一身に集中している。


『あぁ? 何うちのご主人にメンチ切ってンだゴラァ。やンのかオラァ』


 ジュエルの中ではオードリーが喧しく、煩わしさの極み。

 と、そんな視線やジュエルの中はどこ吹く風とばかりに主はテクテクとカウンターに向かった。


「すみませーん」


 主が呼びかけると、すぐにカウンターの中で何かのリスト相手に作業していた男が対応する。


「いらっしゃいおぼっちゃん。随分お若いお客様ですねぇ。いえいえ大丈夫大丈夫! うちの店に年齢制限はありませんよ! いつでも誰でも楽しめますとも!」


 男は世間の【女衒】のイメージそのままの不気味なほどにこやかで嫌らしい笑みを浮かべながら口上を捲くし立てている。胡散臭さの極み。


「あ、お客じゃありません。僕も女衒ギルドの会員です」


 主はアイテムボックスから会員証を取り出しながら男に告げた。

 すると男は嫌らしい笑みを消し、普通の表情で応対し始めた。


「あれま、本当だ。<マスター>で【女衒】になるなんて珍しいねぇ。一応他にも二、三人はいるけどあんたが一番若いよ」


 男は主を客だと思っていたときより胡散臭さと嫌らしさが減ったように見える。こちらが素であるらしい。

 それと主を若さで軽んじてはいないようだ。


「会員ってことは仕事の斡旋先を探しているのかい? それとも人員補充?」


 斡旋先というのはバビロン様や私のように配下の女魔物や女奴隷を斡旋する仕事先、クエストの受注のこと。

 人員補充とは金銭を払って女魔物や女奴隷を購入することだ。ちなみにこのギデオンではここ以外にも第四街区のマーケットで購入できるらしい。


「後者です。けどその前に一つお聞きしたいことが」

「なんだい?」


「<マスター>のキャサリンさんはおられますか?」


 その一言を口にした瞬間、ギルドの中の空気が変わったのをジュエルの中の私でも感じ取った。

 カウンターの男は少し驚いた様子。

 問題は酒場にたむろしていた他の【女衒】だ。

 ある者はその名を聞いただけで酒瓶を倒し、ある者は両手で身体をかき抱きながら身を竦ませ、ある者は勘定だけ置いて足早にギルドを後にした。

 ……キャサリンとは何者なのだ?


「キャサリンの知り合いかい?」

「はい。王都のギルドでお世話になりました」

「あいつ、美少年の面倒見はいいからなぁ。殆どは美少年側に避けられるんだが……。あいつならそろそろ顔を見せる頃だと思うぞ」


 美少年の面倒見がいい?

 それは面食い女ということか、しかも女でありながら【女衒】。

 ……もしやこれは主にとって由々しき事態ではないだろうか。

 主は未成年であり、合意なしならセクハラでも“<マスター>の保護”が働くはずだが、誑かされでもしたら……。


『貞操危機の極み、どうやって妨害すべきか』

『……ドンガメが何考えるかはわかるけど誰を好きになるかはご主人の自由じゃねえかな』


 オードリーめ、またドンガメなどと。しかしながら……。


『たしかに、主の恋愛の邪魔をしようとは配下の分を過ぎた言だったか……』

『だろ?』


 今回はオードリーが正論だ。

 気に食わない相手だがこればかりは認めざるを得な……。


『つーわけでアタシはご主人に鳥系亜人の魅力を伝えて少しずつ鳥に好みをシフトさせていくんで』

『待てぃ!』


 誰を好きになっても、とはそういう意味か!


『貴様、主をアブノーマルな道に誘い込む気満々ではないか!!』

『アブノーマルじゃねえよ! 愛さえあればノーマルだよ! 雌雄だしさ!』

『ケモナーよりはまだ同性愛の方がノーマルだ! ……何を言っているのだ私は!?』


 正論かと思えばとんだ妄言だったオードリーの発言に端を発し、またも我々の舌戦が始まる。


『ドンガメだって最終的にはそれ狙ってるンだろうが!』

『生憎だが竜種は成長すれば《人化の術》が使えるのだ! 主を畜生道に引きずり込む気は毛頭ない!』

『ずりぃ! ドンガメずりぃ! Fuck!』


 ……付け加えると《人化の術》は純竜ならばデフォルトで持つ者もいるが亜竜にはないし、使えるほど成長する亜竜はあまりいないのだがな。

 だが! 私は成長してみせるぞ、主との愛のために!


『クッ、アタシも《人化の術》を覚えるべきか、それともご主人の好みを変えるべきか……!』


 オードリーは二者択一で悩み始めた。

 後者を選ぼうとしたら全力で妨害する旨を伝えようとしたとき、女衒ギルドの扉が開く音がした。


「はぁ~い♪ みなさん、おはようございま~す♪」


 若い女の声。

 同時に、酒場の椅子が揺れる音が重なる。

 そして聞こえる、【女衒】達の「キャサリン」と呟く声。

 主を誑かすキャサリンとやらが来たか!

 しかし【ジュエル】の中からでは角度的に入り口が窺えない。


「あ、キャサリンさーん」


 主が180度向き直って入り口に向くが、それでもやはり角度的に見えない!


『Fuck! ご主人もうちょっと角度変えて!』


 癪に障るが私も同意見だ!


「あらぁ! ルークくんじゃないの♪ PKの封鎖が解けたのは知っていたけどもうギデオンまで来れたのねぇ」

「はい! バビやパーティメンバーのレイさんとマリーさん、それにこの子達と一緒に来ました!」


 主はそう言って右手の【ジュエル】を掲げてみせる。

 よし! これでキャサリンという女の顔を拝め………………………………。


『『なん、だと……』』


 私とオードリーの声が重なる。

 結論から言おう。

 私とオードリーはキャサリンという女の顔を拝めなかった。


 髪は絹糸に似た細さと艶やかさの長い金髪。

 瞳の色は透明度の高い海に似た深い蒼。

 衣服は裁縫職人のオーダーメイドであろう高級素材をふんだんに使ったデザイン性にも優れた代物。

 爪には自分で施したのであろうネイルアートが達人の域で施されている。

 声はまるで人魚種のように魅力的で美しい。


 身長は2メテルオーバー。

 上腕二頭筋が隆起する腕の太さは馬の首ほど。

 露出した胸元からは乳房ではなく鋼の如き大胸筋が窺える。

 顔の造詣も非常に無骨。

 覇王がいればこんな面構えではないだろうかと想像してしまう。


 私達はキャサリンという女の顔を拝めなかった。

 私達はキャサリンという――筋骨隆々のオカマの顔を拝んだのだった。


「ルーク、この人だれー?」

「この人がさっき話していたキャサリン金剛さん。僕の先輩で凄く頼れる人だよ」

「やだもぅルークくんったら、そんなに褒められるとキャサリン恥ずかしくなっちゃう♪」


 キャサリン金剛に懐いている主を見て風化しそうな心で思った。

 やっぱり同性愛よりはケモナーがノーマルだな、と。


 To be continued


次は明日の21:00更新です。

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