第十七話 《逆転は翻る旗の如く》
本日二話投稿の二話目です。
前話をお読みでない方はまずそちらからお読みください。
□<ネクス平原> 【聖騎士】レイ・スターリング
見知らぬ赤いウィンドウが現れた直後に、ネメシスが光の粒子になって解けた。
だが、ネメシスは――全く異なる形となって再び俺の手に舞い戻った。
『跳べ! マスター』
ネメシスの声。
俺はその声に応じ、地を蹴って【ガルドランダ】から横っ飛びに距離を取ろうとして――【ガルドランダ】を彼方に置き去りにした。
「!?」
気づけば俺は二○メートル以上も跳んでいた。
驚きは自身のありえない跳躍に対してであり、掌中のネメシスの姿に対してのものだった。
今のネメシスは人ではなかった。
大剣でもなかった。
それは“槍”。
それも、柄の先に斧の刃がついている“
斧の刃の反対側からは黒い光が流れるように溢れ出し、見ようによっては軍旗にも見える。
装備ウィンドウには
「ネメシス、お前、どうした?」
『どうした、と言われてものぅ。私も気づいたらこうなっていた』
粒子になっている間は意識がなかったのだろうか?
『だが、一つ分かることがある』
「それは?」
『私は第二形態に進化したらしい。先刻より強い力を私の中に感じるぞ』
進化。
<エンブリオ>の最大の特徴であり、無限のパターンの力を与えるもの。
あの赤いウィンドウにも、たしかに緊急進化がどうのと書かれていた。
あれはそのためのものだったのか?
けど、ルークのときはそんなもの出ているようには……。
「……まぁ、それは今考えることでもない、か」
今は一つだけ考えればいい。
『『CoaaaaaaaAAAAA!!』』
俺という獲物を見失い、そして再度発見した【ガルドランダ】は両肩で吼える。
「ところでネメシス」
『何かの、マスター』
「強い力と言うが……どの程度だ?」
そう尋ねた瞬間俺はネメシスが不敵に笑う姿を幻視した。
『あの糞鬼に勝てる可能性がある』
「上等だ」
可能性がある。
「勝てる」と断言しないその物言いに、初めて会ったときを思い出した。
けど、それでいい。
奴に勝てる可能性があるなら。
ルークとバビ、マリーのために、命の危機にあるティアンの人達のために、俺が成すべき役目を果たせる可能性があるのなら。
あとはそれに賭けて全力を尽くすのみ。
「じゃあやろうぜ、【ガルドランダ】」
ゴブリンとの乱戦に始まり、お前にやられ、お前の頭を潰し、お前に追い詰められ、今再び勝ち目を得た。
もうお前のカラクリは分かっている。
これで最後だ。
俺は黒旗斧槍を大上段に構え、首なしの大鬼に吼える。
「最終ラウンドの――始まりだ」
◇
黒旗斧槍を一回しして、俺は【ガルドランダ】に斬りかかった。
【衰弱】によりステータスダウンが起きているはずだが、疾走する速度は【快癒万能霊薬】の効果で万全だった時より遥かに速い。
それどころか【酩酊】によってフラつくはずの視界はいつもより多くのものを捉えている気さえした。
【ガルドランダ】の指が欠けた右腕は振るわれるが俺はそれを紙一重で擦り抜け、過ぎる瞬間に手首を斧の刃で切り裂いた。
皮を裂き、肉を切り裂き、骨まで達した。
断裂した腕の血管から赤黒い血が噴出する。
「えらく調子が良いな」
進化してネメシスの武器としての性能や補正も上がったのだろうが、それにしたってさっきまでと違いすぎる。
これなら何とかなるか……っと、危ない。
俺は【猛毒】に罹ったままだ。
油断したらHPは削れるばかり、……?
「……調子、良すぎだろ」
【猛毒】によって減少するはずの俺のHPは、今は逆に“回復し続けている”。
身体能力の上昇。
冴える感覚。
HPの継続回復。
まるで、状態異常が“逆転”したかのようだ。
「なるほどな、つまりこれが……」
『然り。これが私の新たなスキル――《
ネメシスによって開かれたウィンドウには《逆転は翻る旗の如く》の名と共に、そのスキルの力が記されていた。
《逆転は翻る旗の如く》:
自身が敵対者から受けた状態異常・デバフ効果を逆転させる。
アクティブスキル。
※敵対者のレベル、保有スキルレベルによる効果増減
※発動時は自動で秒間1ポイントのSP消費が生じる
※消費可能SPがない場合、《逆転は翻る旗の如く》は解除される
※このスキルはフォルムⅡ黒旗斧槍でのみ使用可能
【猛毒】で継続式HPダメージを受ける代わりに継続式HP回復を行う。
【衰弱】でステータス減少を受ける代わりにステータスを上昇させる。
【酩酊】で感覚器官を麻痺させられる代わりに感覚を冴えさせる。
《逆転は翻る旗の如く》は身に降りかかる艱難辛苦を逆転させる身体強化のスキル。
『随分と御誂え向き。御都合のよいスキルではあるがのぅ』
「……そうだな。だが」
あのウィンドウのメッセージによれば、ネメシスが成りえる可能性から最適解を呼び出したと書いてあった。
けれど、あれはあくまでも起きたことを伝えただけなのだろう。
この結果を呼んだのはあくまでも俺の意思だと、なぜか実感できる。
そして、このスキルはこの状況を打開できる可能性だ。
【デミドラグワーム】との戦いでネメシスと出会ったときと同じように。
俺の意思が可能性を呼んだ。
なら……。
「今は……この可能性に全てを賭ける!」
『それは私も同感だな!』
俺を叩き潰そうとする【ガルドランダ】の両腕をかいくぐり更に更に切りつけながら俺は吼える。
【ガルドランダ】の三重状態異常は最悪だった。
だが今はそれこそが俺の力を引き上げ、俺と【ガルドランダ】の間にあるステータスとレベルの差を埋める。
HP回復、感覚強化、身体強化の三重強化を受けた俺と、頭部を失い瘴気という特性すら消失したも同然の【ガルドランダ】。
今ここに両者の戦力は拮抗……否、“逆転”した。
『『CUUUAOAAAAAAA!!』』
優勢と劣勢の逆転に激怒した【ガルドランダ】が闇雲に瘴気を吐き続ける。
しかし呪いの如き紫がかった黒煙も、今の俺とネメシスにとっては煙幕でしかない。
「疾ッ!」
息を吐き出すと同時に【ガルドランダ】の腹を突く。黒旗斧槍の穂先が奴の肉を穿ち、筋肉の先の急所――心臓に触れる。
『『CEEEEAAAAAAAA……!!』』
【ガルドランダ】が苦悶の声を上げる。
やはり、弱点は腹にある!
だが、
「再生している……!」
今しがた刺したばかりの傷が黒紫の煙とともに消失した。
肉だけでなく、心臓につけた掠り傷も再生しているだろう。
『ハッ、急所にだけは再生機能がついておるらしいのぅ』
「ちまちま攻撃しても永遠に倒せないってわけだ」
『いずれにせよ、長期戦は出来ぬがな』
ネメシスの言っている意味は俺も理解している。
現在、俺のHPは《逆転は翻る旗の如く》の効果で継続回復している。しかし逆にSPは現在進行形で減り続けている。このスキルの維持コストだ。
HPと比べて俺のSPはさほど多くない。長続きはしないだろう。
この状況で勝つために、何をすべきか。
再生する心臓。
限られた戦闘時間。
俺とネメシスの力。
答えは一つだ。
「避けずに、奴の攻撃を受け続ける」
『しかあるまいな』
奴からのダメージを蓄積し、もう一度《復讐するは我にあり》を叩き込む。
今度こそ、急所である腹の中の心臓に。
『一つ注意事項がある』
「何だ?」
『この形態、《カウンターアブソープション》と《復讐するは我にあり》が使えぬ』
「《アブソープション》はどの道使い切っているだろう」
『いや。進化したお陰かストック数が3になり、残数も1は残っている。だが、《
つまり、奴に《復讐するは我にあり》を放つには、黒旗斧槍から大剣に持ち替える必要がある。
《逆転は翻る旗の如く》の効果もなくなるということだ。
状態異常に罹った状態で確実に必殺の一撃を叩き込むには……。
「ネメシス、奴の足を潰すぞ」
『心得た!』
機動力を、奪う!
俺は黒旗斧槍を振るい、【ガルドランダ】の足首を二重三重に切りつける。
【ガルドランダ】も反撃で腕を振るうがそれは受ける。
ダメージにHPを削られるが、【猛毒】が逆転した継続HP回復ですぐに治る。
【快癒万能霊薬】が効いていたときのセットとほぼ同じ流れ。
しかし継続HP回復のお陰で、より淀みなく攻撃、被弾、回復の流れを繰り返すことが出来る。
『…………3250、…………3784』
ネメシスが積み上げるダメージカウントを聞くと同時に、視界の片隅のステータスウィンドウでSPをチェックする。
SP残量……53、52。
《逆転》の持続可能時間が既に1分を切っている。
『……4265、マスター!』
勝負を、仕掛ける!
「ズァァッ!!」
俺は煙幕代わりの瘴気を突き抜けて、【ガルドランダ】の足元に飛び込み、裂帛の気合を込めて黒旗斧槍を薙ぎ払った。
旋回する斧刃がこれまでの攻撃でボロボロになっていた【ガルドランダ】の両足の腱を断ち切った。
『『CuqEEEEEEEE!?』』
地響きを立てながら、奴は地面に両膝をつく。
「今だッ! ネメシス!」
『Form Shift ――【Black Blade】!』
手の中で黒旗斧槍が粒子に解け、すぐさま黒い大剣の形に収束する。
同時に、三重状態異常が俺の身に降りかかる。
だが、もう構わない。
あとは、最後の一撃を叩き込むだけだ。
【酩酊】で足元を揺らしながらも俺は駆ける。
跪いた姿勢の【ガルドランダ】に向けて大剣を振り上げ、
『!』
気づく。
黒紫の煙幕瘴気が立ち込めて視界が悪い。
だが、それでもわかるほど奴の両肩に“赤い輝き”があることを。
『CUUUGGAAAAAAAAAA!!』
必殺の火炎。
頭部だけでなく両肩からも吐けたらしい。
しかしそれでも、俺は歩みを止めない。
『《カウンターアブソープション》!』
ネメシスの展開した三度目、進化で獲得した追加ストック分の《カウンターアブソープション》が奴の火炎を遮り、ダメージを吸収する。
このダメージがダメ押しとなり、与えるダメージ量は1万を優に超えた。
これなら、やれる!
『マスター! 今だ!』
火炎が過ぎ去り、光の壁が消失する。
俺は今度こそ奴の腹部に向けて大剣を振るい、
『CUUQAAAAAAAAAAAAAAA!!』
――火炎を吐く直前の、“左肩の”顎を見上げた。
『な……!』
「……ッ!」
こいつ、学習しやがった……!
【ガルドランダ】は必殺の火炎を、右と左で
ネメシスの《カウンターアブソープション》を破るために。
やたらと吐いていた瘴気も、視界を潰して俺達に撃ち分けを気づかせないための布石だった……!
『マスター……!』
俺の両腕は既に大剣を振っている。
奴の腹部に《復讐するは我にあり》を叩きつける軌道にある。
状態異常にあるこの身でも3秒あれば当てられる。
だが、それよりも奴が火炎を吐く方が、早い。
死に瀕するが如く、スローモーションで世界が見えた。
左肩の大顎が開口し、最大の火炎が放たれる――
『ギャギギギギギギッ!!』
――直前、瘴気を突き破って飛来した“弾丸に似た何か”が【ガルドランダ】の左肩に直撃した。
見覚えのあるソレが爆裂し、火炎を放つ直前だった【ガルドランダ】の左肩が誘爆した。
熱波が俺の頬を撫でたとき、
「『《
俺とネメシスの一撃が【ガルドランダ】の腹部……心臓を粉砕した。
To be continued
次は明日の21:00に投稿します。