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第八話 【女衒】と淫魔

□王都アルテア<廻る仔馬亭> 【聖騎士】レイ・スターリング


 <墓標迷宮>に潜った翌日の午前十時。

 チェックアウトの時間になったので俺は眠い目を擦りながら宿屋を出た。

 眠いのは明け方までネメシスを磨いていたためであり、当のネメシスは寝ている。

 今のネメシスは人間形態でも武器形態でもなく、俺の左手の紋章に入っている。

 今までネメシスは出ずっぱりだったが、本来<エンブリオ>はこうして<マスター>の紋章の中に入っているものらしい。

 当然といえば当然だ。

 そうでなければ兄などは常にガトリング砲や戦車を持ち歩くことになるだろう。物騒すぎて職務質問不可避だ。

 ネメシスは性格から可能な限り外に出ているが、今は泣き疲れ、眠るのを優先している。

 余程昨日のZ指定ゾンビ祭りが堪えたのだろう。

 しかしその甲斐もあってレベルは12まで上がり、新たなスキルを二つ習得した。

 習得したスキルは二つで、《聖騎士の加護》Lv1と《瞬間装備》だ。


《聖騎士の加護》Lv1:

 戦闘中に敵から受ける物理攻撃・魔法攻撃によるダメージを10%減少する。騎士系統以外のジョブに転職すると効果がなくなる。

 パッシブスキル。


《瞬間装備》:

 収納状態の武器を一瞬で装備する。それまで装備していた武器は代わりに収納される。

 使用すると次回使用までに五分のクールタイムが必要。

 アクティブスキル。


 《聖騎士の加護》は常時発動の防御スキル。

 物理魔法問わず受けるダメージを10%カットする優れもので、【聖騎士】の代表的なスキルらしい。

 MP消費もないしパッシブスキルであるので、使用をオンに設定しておけば常時発動するようだ。

 もう一つの《瞬間装備》は仕舞ってある武器を瞬時に装備するスキルだ。

 例の四次元カバン――アイテムボックスに収納している武器を取り出す手間なく装備できる。

 こちらは【聖騎士】由来ではなく、武器をある程度使っていると覚えるスキルらしい。

 《聖騎士の加護》は騎士系統以外に転職すると効果がなくなること、《瞬間装備》は一度使うと五分のクールタイムが必要になることに注意しなければならないだろう。

 ……まぁ、そもそも《瞬間装備》に関しては代えの武器を一つも持っていないわけだが。

 ネメシスがそのあたりうるさいし。


『ぐーぐー、他の武器への浮気はゆるさぬーぬー……』


 ……寝言?


 ◇


 街に出た俺が最初に行ったのは、昨日フィガロさんが言っていたことについて調べることだった。

 フィガロさんは明日には南のPKテロが何とかなっていると言った。

 疑うわけではないがその結果を確かめるべく情報収集をした。

 結果は、フィガロさんの言っていたとおり。

 南にある<サウダ山道>のPKテロが終息したらしい。


 そればかりか、他の三箇所のPKテロも収まっているという。


「南はともかく、他もか……」


 俺が死んだ<ノズ森林>もだ。

 南はタイミングからしてほぼ間違いなくフィガロさんが何とかしてくれたのだろうが、他も同じかというと……違う気がする。

 もう少し情報を集めてみようとすると、


「あ、レイさーん。こんにちはー!」

「ん?」


 聞き覚えのある声が通りの店先から聞こえた。

 誰であろう、あのPKに遭う前に知り合ったルークがそこに立っていた。

 今日は土汚れもなく端正な顔を綻ばせている彼は、なぜかその店――ティアンが経営する商店――の制服を身につけている。


「……こんにちは、っていうか何をしているんだ?」

「スキル習得も兼ねてアルバイトです」


 話を聞くと、適職診断の結果でルークが決めたジョブは商人系統と従魔師系統に属するものだったらしい。

 だから商店で働くと様々な商人スキルを身につけられるそうだ。

 なるほど、狩場が使えなくてもこうしてスキルを増やすことは出来たのか。


「それで何のジョブになったんだ?」

「【女衒ピンプ】です!」


 ぴんぷ…………女衒ぜげん

 おい、何で【女衒】なんてジョブがあるんだ。

 未成年をそのジョブに就けていいのか。

 そもそも何で【女衒】が適職なんだ。


『……淫魔を連れていたからじゃ、ないかのぅ』


 収納状態のままのネメシスは眠そうにそう言った。

 なるほど一理ある。

 しかしこのキラキラした顔、ルーク自身は【女衒】の意味を理解しているのだろうか?


「……【女衒】ってどんなスキルがあるんだ?」

「今持っているのはこんなスキルです!」


雄性の誘惑メール・テンプテーション》Lv3:

 性別♀の人間、モンスターに状態異常【魅了】を付加。

 相手の精神耐性(MP、SP、《精神耐性》スキルの合計値で決まる)が低いほど成功率が高い。

 性別♀の魔物の場合、低確率で従属テイム可能。

 アクティブスキル。


《女魔物強化》Lv3:

 配下の性別♀のモンスターの能力が上昇する。

 パッシブスキル。


《女奴隷強化》Lv1:

 配下の性別♀の奴隷の能力が上昇する。

 パッシブスキル。


《斡旋:【女衒】》Lv2:

 性別♀の配下が労働で得る対価を増やす。

 パッシブスキル。


《鑑定眼》Lv1:

 アイテムの鑑定が可能となる。Lv1ではレアアイテム以外のアイテムを鑑定できる。

 なお、偽装されたアイテムは見破れない。

 パッシブスキル。


「…………」

『…………』


 【女衒】……何というご主人様スキル構成。

 スキルがLv3と妙に高い。

 何より状態異常【魅了】が恐ろしい。

 ゲームのヘルプによれば、【魅了】は【混乱】という状態異常の上位互換だ。

 【魅了】状態になると魅了させた者を守り、その者の敵に対して攻撃するようになる。

 つまり敵を守り、味方を攻撃してしまう同士討ち状態だ。

 これはプレイヤーも例外ではなく、体が勝手に動いてしまうらしい。


「偏っていますよね? 【女衒】って魔物使いみたいなジョブなのでしょうか?」

「……似たようなものかな」


 女は魔物って言うし。

 ちなみに教えてもらったので俺のスキル構成も見せた。

 ルークは《聖騎士の加護》と《瞬間装備》を見て、「かっこいいです!」と眼を輝かせていた。

 ……素直で良い子っぽいのに何で【女衒】なんだろう。


 ◇


 ルークはちょうどその商店でのアルバイトが止め時だったらしいので、一緒に昼食に行くことになった。

 スキルも習得できたし、最初からPKテロが終わるまでという話で勤めていたので問題ないそうだ。

 しかしこれだけ急に事件が終息して抜けるとなると勤めていた店が少し心配になったが、問題ないらしい。

 何でもルークが店先に立っていた三日間はいつもの五倍は客が来たので、十分儲かって助かったのだとか。

 ちなみに増えた客は<マスター>、ティアンを問わず女性だったそうだ。

 付け加えると、さっきから歩いていて妙に俺達に視線が集まっている。

 もっと言えばルークに女性の視線が集中している。


「凄い美少年だわ……可愛すぎてよろめきそう」

「メイキング凝りすぎじゃない? ていうかどうすればあんな美少年作れるの!?」

「メイキングにしては不自然さがないような」


 周囲の声が耳に入ったのでちらりとルークの顔を見る。


「……ふむ」


 最初に会ったときは戦闘の汚れなどもあり美少年であるというくらいしか思わなかったが、こうして身奇麗にしているときは“絶世の”美少年であると断言できる。

 人によって可愛い、格好いいどちらの評価にも当てはまる顔。

 少年期から青年期へ至る過程の奇跡のような時間が生み出す美少年だった。

 白銀の髪も合わさり、まるで雪の儚さを体現した妖精のようだ。


『……おいマスター。私を初めて見たときより容姿の描写が詳しくないかの?』


 気のせいだ。


「ところでルーク。お前って容姿のメイキングどうした?」

「メイキングですか? スライダーが多くて大変そうだったから、髪の色を変えたくらいですね」


 リアルにいるのかよこの絶世美少年。

 ……<エンブリオ>が淫魔のバビだったのも、ジョブが【女衒】なのも全ては美少年だからかもしれない。

 『【女衒】 ※ただしイケメンに限る』みたいな業界なのだろうか。


「隣の金髪くんとはどういう関係なのかな?」

「そりゃあ、受け攻めでしょう?」

「どっちが受け?」

「金髪」

「金髪」

「やっぱり美少年君の微笑み鬼畜攻めよね!」

「ホモォ」


 なんだか背筋が寒くなる会話が聞こえた気がするが聞かなかったことにする。


「そういえばバビの姿を見ないがどこにいるんだ?」


 ネメシスみたいに入っているんだろうか。


「バビもアルバイト中です。さっき僕が働いていたお店のご主人のお知り合いのマッサージ店で」

「マッサージ店……」


 淫魔のマッサージ店って語感が卑猥すぎる。

 しかし、実際に行ってみると大通りに並ぶ健全な店だった。


「ルークー! 仕事終わったよー!」


 バビはパタパタとルークの傍に飛んでいった。


「あ、レイとネメシスこんにちはー!」

「こんにちは」

「うむ、久しぶりだな」


 ネメシスももう俺の左手から出て人間形態に戻っている。

 バビも加わって四人で通りに面した大衆食堂に入った。

 兄に教えてもらった美味しい店の一つなので楽しみだ。


 ◇


 俺達は店の料理に舌鼓を打ちながら情報交換と世間話の続きをしていた。

 ルークとバビはここ数日NPC店舗で働いていたときの話を、俺達は兄から教えてもらった狩場の情報や<墓標迷宮>の話をした。


「今日ねー、スキル増えたよー」


 どうやらバビの方もルークとは別にスキルを習得したようだ。

 人に近いガードナーの<エンブリオ>は人間と同じように、仕事や修行で学習してスキルを習得することも多いらしい。

 ちなみにバビのスキル構成はこんな感じだった。


小淫魔の誘惑リリム・テンプテーション》Lv3:

 性別♂の人間、モンスターに状態異常【魅了】を付加。

 相手の精神耐性(MP、SP、《精神耐性》スキルの合計値で決まる)が低いほど成功率が高い。


小淫魔の吸精(リリム・ドレイン)》Lv3:

 【魅了】状態の相手からHP、MP、SPをドレインする。


《天使のマッサージ》Lv1:

 【疲労】等の状態異常を回復する。

 微量だがHPとSPも回復する。


 やはりスキルレベルが高い。

 そしてルークとバビは実に相性のいいコンビらしい。

 二人揃うと男女両方に対して非常に高いアドバンテージを持っている。

 ……これ、ルークが【魅了】してもバビがドレインできるとしたらやばいな。

 【魅了】怖い。テンプテーション怖い。○ックブーケ怖い。


「ところでネメシスさんのスキルを見ていて気になったんですけど、《カウンターアブソープション》と《復讐するは我にあり》ってネメシスさんだけでも使えるんですか?」


 そういえば聞いたことがなかった。

 《カウンターアブソープション》は初めて会ったときに使っていたが。


「《復讐するは我にあり》は使えぬ。あれは武器形態となり、マスターに装備されて初めて使えるものだからの」


 使えなかったのか。

 ネメシス自身の追加説明によれば前者はガードナー寄り、後者はアームズ寄りのスキルだと言う。

 ガードナーは独立型だが、アームズやチャリオッツは装備前提のスキルが多いそうだ。

 で、ガードナーの性質もあるメイデンは状況に応じて人間形態のまま戦うのも可能らしい。

 純粋なガードナーには劣るらしいが、今後の戦闘パターンに組み込むのも考えておこう。


「そういえばスキルは聞いたけどルークのレベルって幾つだ?」


 ここしばらくは<墓標迷宮>以外じゃレベル上げできないし、最後に会ったときから考えて5くらいか?


「25です」

「にじゅごッ!?」


 俺の倍以上!?


「ちょ!? この数日どこでレベル上げたんだ? 狩場は使えなかったはずじゃ」


 いや、使っていたってそんなに上がるものか!?


「はい。狩りは出来なかったんですけど、【女衒】ギルドの仕事をクリアしたら経験値を貰えましたから」

「【女衒】ギルドの仕事?」


 なんだそれ?


 俺は知らなかったのだが、何でもジョブに就くとそのジョブのギルドでしか請けられないクエストを受注でき、クリアすると経験値が入るらしい。

 もっとも、商人系や生産系以外のジョブは基本的に討伐や護衛がクエスト内容となるらしいので、低レベルの初心者ではどの道意味がないことだろう。

 俺の場合、実力が伴わないのに上級職の【聖騎士】だから尚更だ。


「なるほど……だが」


 気になることが一つ。


「……【女衒】にしか出来ない仕事?」


 それってもれなくR18じゃないのか?


「僕がクリアしたのは絵画モデルを紹介する仕事でした。これクエストの写しです」

「どれどれ」


【モデル募集 巨匠グランツィアン・バレノー 難易度:六】

 アルター王国が誇る大芸術家グランツィアンが新作絵画のモデルを探しています。

 グランツィアンが納得するモデルを連れてきてください。

 モデルによってはヌードです。

 ※グランツィアンは極めて気難しく、求めるハードルも雲のように高いので注意。


「…………」


 難易度:六って俺がミリアーヌ助けに行ったクエストよりも難易度高いんだけど……。


「で、この依頼でバビを紹介してクリアした、と」

「いえ、最初はその予定だったんですけど」


 ◇


「すみませーん、【女衒】ギルドからモデルの紹介に来たルークというものですがー」

「フン、またあの下半身だけの能無し共の仲間か。お前らときたらブス不細工ばかり連れてきおって。で、どんな……………………」

「あの、どうかなさいましたか?」


「採用―――――!!」


 ◇


「なぜか僕がモデルすることになっちゃって。レベルは上がったしグランツィアンさんも良いインスピレーションが湧いたって喜んでくれたから良かったですけど」

「……うん、良かったな」


 本当に『※ただしイケメンに限る』が多い……。


 To be continued


次は明日の21:00に更新です。


(=ↀωↀ=)<イケメンはリアルチートー


( ̄(エ) ̄)<これがおれの着ぐるみのハンサム顔だ!

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