第七話 先駆者
日間一位を記念した本日二度目の投稿です。
21:00に投稿された前話をまだお読みでない方はそちらをお読みください。
□<墓標迷宮> 【聖騎士】レイ・スターリング
『ひっく、ひっく……』
あたかも呪いの武器のようにすすり泣くネメシスを片手に、俺は<墓標迷宮>の内部を歩いていた。
あれから【ゾンビ】を十二体、【スケルトン】を三十体、加えて【ホーンテッド・スピリット】というモンスターを五体仕留めた。
その成果でレベルも2上昇して7になっている。HPも1000の大台に乗った。
『腐ったニクがー……ウジがー……』
【ゾンビ】との戦闘はスプラッタームービーの様相を呈し、ネメシスの正気度をガリガリ削っていったようだ。
救いがあるとすれば【ゾンビ】の経験値が【スケルトン】より多かったこと、【ゾンビ】より【スケルトン】に遭う確率の方が高いことだ。
何より倒したらドロップアイテム以外は残らずに消えるのが助かる。
そうじゃないと肉片と体液でネメシスと俺の装備はひどい有様だったはずだ。
『うぅ、まさか御主に嗜虐趣味があるとは思わなんだ……』
「別に趣味でやったわけじゃない。必要だっただけだ」
『……妙にフルスイングが多かった気がするが?』
「気にするな」
アンデッドなためか身体構造が脆く、打撃で派手に粉々になる。
見た目はスプラッターだが大剣フルスイングは効果的な攻撃と言えよう。
洋ゲーみたいな爽快感もちょっとあった。
ちなみに【ゾンビ】の呻き声より粉々になった肉片が付着してしまうネメシスの悲鳴の方がよっぽど大きかった。
それも途中から慣れてしまってBGMだった。
ゾンビゲーの主人公みたいにちょっとハイになっていたかもしれん。
「っと、さっきの戦闘で対【スピリット】系モンスターに用意した【ジェム】も半分使っちまったな」
【ゾンビ】や【スケルトン】は自力でどうにでもなる。
しかし【スピリット】だけはそうもいかなかった。
【スピリット】は、幽霊とか人魂の類のモンスターだ。
特徴としては物理攻撃が全く効かないことが挙げられる。
加えてHPではなくMPやSPを減らし、状態異常を付与する攻撃を使ってくる。
それが俺にとっては最悪の相性だった。
俺は攻撃魔法スキルを習得していないので手も足も出ず。
霊体に通る可能性がある《復讐するは我にあり》もMPやSPの減少分までは倍返しできない。
ちなみに可能性がある、と曖昧な表現をするのはまだ実証できていないからだ。
それに《復讐するは我にあり》はネメシスの固有スキルのため攻略サイトには何の情報もなかったしな。<エンブリオ>関連は大体そうだ。
この<墓標迷宮>に【スピリット】が出るという情報をwikiで見た時点で、対策は必須であるとわかっていた。
だから、ここに来る前に対抗アイテムは購入しておいた。
【スピリット】対策で用意したのは他のゲームでもよくある使い捨ての攻撃魔法アイテムだ。使用すると聖属性の光の槍が相手を攻撃するという定番のもの。
【スピリット】には効果覿面で、この階層の【スピリット】なら一発で倒せる。
【ジェム‐《ホワイトランス》】というこの小さな水晶の形をしたアイテムは、店で一個1000リルほどの値段で売っていた。
一回の攻撃で一万円と考えると高いかもしれないが十個ほど購入した。
直前に【許可証】を購入していたので金銭感覚がずれていたのかもしれない。
「さて……」
ここまでの探索で【ジェム】は五個使用した。残りは半分。
帰りの行程を考えればそろそろ引き返すべきだ。
だが……。
『ここまでのドロップでいくらくらいになるかのぅ』
それが問題だ。
【許可証】の分までペイしようとは思わないが、【ジェム】の分は稼いでおきたい。
そうでなければここで継続してレベルを上げるのがきつくなる。【全身鎧】の売却金だっていつかはなくなるのだから。
しかし【ゾンビ】や【スケルトン】の類はドロップアイテムを落とすことは落とすが、あまり売れそうなものを落とさない。
ボロボロの衣服やら骨の欠片やら何に使うんだという話だ。
アンデッドのお約束として使っていた武具アイテムでも……と言いたいが、この階層の【ゾンビ】や【スケルトン】は服を着ているだけで武器を持っていないので無理。
これが動物系のモンスターなら毛皮なり牙なり売れそうなドロップアイテムを残すのだが……まぁ仕方ない。
「もう少しだけ進んでみよう。まだ次の階層への階段も発見していないし」
ひょっとするとその過程で宝箱でも見つかるかもしれない。
ダンジョンなのにこれまでそういうものを全く見ていないし。
『了解した。……ところでマスター』
「何だ?」
『帰ったら約束通り磨いてもらうからの』
「はいはい」
アンデッドの体液や肉片は消えてもやっぱり気分的には良くないらしい。
◇
探索続行を決めてから五分後、俺達はそれを見つけた。
地上からこの階層に降りるときに使ったのと同じ意匠の階段だ。
その先は第二階層へと続いているのだろう。
「これがあるなら、一階はここで終わりか」
『ボスは居らなんだのぅ』
「五階層毎に配置されているそうだからな」
<墓標迷宮>の様相は五階層でワンセットだ。
地下一階から五階はアンデッドの巣窟で、終点にはアンデッド系のボスが配置されているらしい。
ボスは数体のボス候補からランダムで出現するそうだ。
ボスを倒すと六階への道が開放され、六階からは植物モンスターの巣窟となり、以後はその繰り返しだ。
ちなみに十一階から十五階は獣系モンスター、十六階から二十階は鬼系モンスターという風に出現するモンスターのタイプと強さが変わっていく。
攻略サイトの情報は四十五階まで記述されていたが、そこはドラゴンの階層であるらしい。
四十五階層のボスは非常に強力で突破者がいないため、未踏領域と呼ばれている。
未踏と言うが、正確に言えば攻略サイトの運営者やwikiに書き込んでいる人間の中に攻略した者がいないらしい。
四十六階以降を知っていてもアドバンテージとして情報を隠している人もいるのかもしれない。
まぁ、今は行けない場所のことを考えても仕方ないか。
今日のところはここで帰ろう。
しかしこのダンジョン、経験値はちょうどいいがやっぱり出費が厳しい。
レベルが上がれば下の階層にいく必要もある。
そうなると【ジェム】一つでは下の階層の【スピリット】を倒せないかもしれず、出費が嵩む可能性がある。
どうしたものかな……。
『マスター』
考え事をしていると、ネメシスが声を掛けてきた。
それは注意を促す声音だった。
「どうした?」
『階段から誰か上がってくるぞ』
言われて、階段に注意を向ける。
耳を澄ませていると、カツンカツンという足音が階段の下から反響している。
モンスターは階層を移動できないそうなので、これはプレイヤーだろう。
ダンジョン探索に来た他のプレイヤーが帰還しようとしているらしい。
しかし不可解なことに足音は一つだ。
俺のように低階層でのレベル上げが目的ではなくダンジョンの探索が目的なら、パーティを組んでいそうなものだ。
疑問に思っていると、カツンカツンと聞こえていた足音が、不意に止まった。
――次の瞬間、階下から“何か”が伸びた
それは恐ろしい速さだった。
階下との距離があったからそれが迫ってくることだけは察知できた。
気づいたときには目の前にあった。
驚異的な速度でやってきたそれは、明らかに俺への攻撃であった。
「『《カウンターアブソープション》』ッ!」
スキル名を俺とネメシスが言い終えたとき、それは展開された光の壁に激突していた。
それは鎖だった。
先端にピラミット型の突起が繋がったそれは防がれてなお威圧感を発し、《カウンターアブソープション》の壁がなければ一撃で俺の頭部を粉砕していたことを予感させる。
『この、威力……!』
ネメシスが苦しげに声を上げる。
デミドラグワームや銃弾の化け物の一撃を防いだときにもこんな反応はしなかった。
つまり、この一撃は、あれらを超えている……!
『これ、以上、は……!』
これまであらゆる攻撃を防いできた光の壁に少しずつ罅が入り……、
「ッ!」
壁が砕ける直前に、鎖が階下へと巻き戻った。
しかしてそれが意味することは、
『二撃目が来る! 備えろ!』
次なる攻撃への予備動作。
それを感じ、咄嗟に後方へと跳んで距離をとる。
しかし、どうする。
《カウンターアブソープション》のストックはあと一回あるが、あと一回だけだ。
次の攻撃を防いだら後がない。
どうする……!
「……、……?」
だが、構えていても次の攻撃は来なかった。
階段の方から鎖が飛んでくる気配はなく、代わりに先ほどの階段を上る足音が再び聞こえ始めた。
『マスター……どちらにする?』
ネメシスの問いかけの意味を俺は理解している。
すぐさま背を向けて逃げ出すか、上ってくる何者かと対面するか。
今の一撃で分かる限り、相手との力量差は歴然かつ絶望的。
いつかのリベンジを誓ったあのPKよりも差があるように思う。
できるなら戦わずに済ませたい。
しかし、背を向けた瞬間にまた鎖が飛んでくる可能性が脳裏をよぎり、構えたまま動けない。
なら、逃げるのはやめよう。
迷っていてはどちらを選んでも上手くはいかない。
賭けるのは一点。
相手が姿を現したら次の攻撃も無効化して、二発分のダメージをまとめて倍返しにする。
当たるのか、その一撃で倒せるのかは分からないが、それしかない。
ネメシスもまた覚悟を決めたらしく、俺と気持ちを合わせる。
そして階下からの足音が大きくなり……その人物は姿を現した。
青年で、年齢は俺より何歳か年上のようだ。
顔立ちは整っているが目つきは細く、俗に言う糸目。
最大の特徴として、その青年は奇妙ないでたちをしていた。
俺がつけている【ライオット】シリーズと同じく軽装の金属鎧を着込んでいながら、下半身にはなぜか袴を穿いている。
足は金属製のグリーブを履き、両手には先ほどの鎖を三本ずつ持ち、全ての指に指輪が嵌り、頭には羽飾りのついた帽子を被っている。
極めつけに蒼いロングコートを肩から着流すように羽織っている。
一つ一つはおかしくないのだが、全体のコーディネイトを見ると奇妙としか言いようがない。
ゲームではよくある「性能の良いものを選んで着ていたら見た目が変になった」感じだ。
性能が良いと思った理由は、それぞれの出来が素人目に見てもわかるほど素晴らしいからに他ならない。
その奇妙な人物は俺を一瞥し、
「……やっぱり人だった」
と言ってため息をつく。
そして、
「てっきりランダムポップのボスモンスターかと思って攻撃しました! 申し訳ない! ごめんなさい!」
「……え?」
体をくの字に折って俺に謝罪したのだった。
◇
俺と奇妙な装いの人は階段のある部屋で話すこととなった。
ネメシスも変身を解除している。
ちなみに部屋にはその人が置いたモンスター避けの結界アイテムが使われていて安全だ。
話してみて分かったが、この人は別にPKとかではないらしい。
それは嘘ではなさそうで、口調や態度から「どことなくいい人そう」という印象を覚えた。
で、そんな人がなぜ俺を攻撃したかというと。
「つまり、俺をモンスターと間違えた、と」
「うん、このダンジョン、たまに脈絡もない出方をするボスがいるから。……本当にごめんね」
どうやら彼は階下から上ってくる際に自分の様子を窺う気配に気づいたらしい。
見上げると逆光になったシルエットがあり、その姿が人に見えなかったので様子見で攻撃を仕掛けた、ということだそうだ。
……右手が肩の辺りから黒大剣モードのネメシスと絡まってるからなぁ。シルエットだとそうなるかもしれない。
「一階でもボスモンスターが出るんですか?」
「ランダムポップは深い階層ほど確率は高まるけど、浅いところでも可能性は0じゃないね」
……攻略サイトの情報、【聖騎士】の入場の件に続いてまたも見逃していたらしい。
「レベル上げの最中に遭遇しなくてよかった」
「レベル上げ? 何でまたこんなところで。合計7か……レベル低い間は初心者狩場の方が実入りいいし楽じゃないかな? 【聖騎士】みたいだから【許可証】は買わなくていいだろうけど」
……買っちゃいましたけどねー。
あと俺のレベル見えてるんですか?
「知りませんか? 今、初心者狩場の方がテロで使えないんですよ」
「テロ?」
「はい、初心者狙いのPKテロが起きていて、<Infinite Dendrogram>の時間で三日前から」
「……五日前からこっちに潜っていたから気づかなかった」
ネットのチェックとかもしてなかった、とその人は言った。
「五日間ずっとこの<墓標迷宮>におったのか!? 何しに!?」
「ちょっとしたマラソンかな。ソロで潜れるだけ潜って、帰ってくるんだ」
やりこみプレイみたいなことをしている。
装備やさっきの攻撃でわかったけどかなりレベルの高い人らしい。
「今回は何階までいけたんですか?」
俺が興味本位で尋ねると、
「四十八階まではいけたよ。前回より一階だけ記録更新だ」
目の前の青年はさらりと、ありえない階数を口にした。
「…………え?」
攻略サイトの猛者がパーティを組んで到達したのが、地下四十五階。
その攻略サイトの猛者達でも到達できなかった未踏領域に、単独で行って生きて帰ってきた?
「御主は……」
「あ、僕の名前はフィガロ。よろしくね」
「俺はレイ・スターリング、こっちは俺の<エンブリオ>のネメシスで、…………あ!」
フィガロ、という名を最初の一瞬は思い出せず……自己紹介をしているうちに思い出した。
フィガロ。
【
それは……アルター王国決闘ランキング、トップランカーの名前だった。
「ランカーの、フィガロさんですか?」
「うん。闘技場はよく使っているからね」
「闘技場?」
「そう、闘技場。大体どこの国にも一箇所はあるものだけど、この国だと決闘都市ギデオンにあるね。闘技場での試合は死んでも死なないし、客の入りによって賞金も貰える。楽しいものだよ」
「死んでも死なない?」
「結界があってそういう仕組みになっているんだ。だから気軽に賭け試合として興行されているよ。他に観光名所もあるし、活気に溢れた街だから一度は足を運ぶのをお勧めするよ」
国が滅亡の危機に瀕していても、人の欲に拠るところは問題なく動いているようだ。
「ギデオンは王都の南の山を越えればすぐだから……あ、でもそうか。初心者狩場がテロで使えないってことは<サウダ山道>も封鎖されてるのか。王都から人が来られないのは……困ったな」
フィガロさんはそう言って少し考えてから、
「よし。じゃあ何とかしよう」
と言った。
「さっき間違えて攻撃しちゃったお詫びもあるからね。南の<サウダ山道>のPKは僕が何とかしてみるよ」
「何とかとは、何かのぅ?」
「…………交渉?」
言葉の後ろに疑問符がついていた気がする。
「多分明日辺りから使えるようになるはずだから、そしたらレベル上げして決闘都市においでよ。僕は大体そこか、このダンジョンにいるから」
「え、はい」
「よし、じゃあ早速行こうかな。あ、これあげる」
フィガロさんはカバンから小さな石を取り出した。
それは俺が使っていたのと同様の【ジェム】だが、色が違い、中に入っている魔法が違うようだ。
「《エスケープゲート》っていうダンジョンからの脱出魔法が入っているから。今日はここでギリギリまでレベル上げて帰ればいいと思うよ」
「え、いいんですか?」
「いいさ。これもお詫びの一環。うっかり初心者の君をデスペナさせていたら僕の沽券に関わっていたしね」
「ありがとうございます」
本当にありがたい。これがあれば今日は帰路を考えずに限界まで狩っていられる。
やっぱりこの人はいい人そうだ。
「それにしても、レイ君とネメシスちゃんはいいね」
「?」
「僕の攻撃、耐えたじゃないか」
「ええ、けどそれはそういうスキルですから」
「ダメージじゃなくてさ。僕が上ってきたとき、折れてなかったよね」
折れてなかった?
どういうことだろう。
「折れない人は好みだよ。気に入った。君のレベルが上がったら闘技場で一戦交えてみたいな」
「そうですね」
フィガロさんの言ったとおりなら闘技場はデスペナルティがないはずだし、それなら純粋にトップランカーの実力にも興味があるので戦ってみたい。
「うん、楽しみだ。後の楽しみのためにもお掃除してくるよ」
「お掃除?」
そう言って、フィガロさんは立ち上がった。
「じゃあ、またね」
「はい、【ジェム】ありがとうございました」
フィガロさんはニコニコと笑いながら手を振って、部屋を出て行った。
◇
「【超闘士】フィガロ、か。なんとも予想外の人物だったのぅ」
「そうだな。兄貴に話を聞いたときはもっと偏屈な人だと思ってた」
たしか戦争への参加を断った理由が「雑な戦いに興味がない」だったし。
それだけ聞くと何だか偉そうだけど、フィガロさん本人の人柄を考えると何か理由があったんだろう。
「よし、それじゃ俺達もやるとするか。フィガロさんから脱出用の【ジェム】ももらったしトコトンやるぞ」
「応。先の一撃と比べればアンデッドなど怖くもなんともないからのぅ」
どうやらさっきの一件で一時的に恐怖感が麻痺しているらしい。
ならば丁度いい。
さっき以上のペースで進められる。
さっきまでは何だかんだでネメシスに遠慮していた。
もう遠慮なしにスプラッター全開でいこう。
「じゃあ狩りの再開だ!」
『ドンと来い!』
◇
数時間後、俺は大剣から戻らないまますすり泣くネメシスを、夜明けまで磨くことになるのだった。
To be continued
次は明日の21:00に更新です。