第0話 <Infinite Dendrogram>
なろうでは初投稿です。
楽しんで読んでいただければ幸いです。
※この回は説明とログイン時のチュートリアルシーンが主になっています。
ストーリーとしては序章を先にお読みになっても問題は然程ありません。
(=ↀωↀ=)<設定説明多くて読みづらいとは言われてますがご容赦をー
□2043年7月15日
2043年7月15日。
ゲーム史に残る名機が世に生まれて60年経った年に、一つのゲームが発売された。
ゲームのタイトルは<
製作者がどのような意図を込めたのか、「無限の系統樹」と名づけられたそのゲームはダイブ型VRMMO(バーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンライン)――仮想のゲーム世界にプレイヤー自身が入り込んでプレイする……夢のゲームであった。
人がダイブ型VRMMOに夢想した期間は半世紀近くになる。
2000年代、ダイブ型VRMMOは漫画やアニメーション、あるいはゲーム内ゲームの媒体で取り扱われ始めた。
それら創作物の中でダイブ型VRMMOは夢のゲームとして待ち望まれ、ヘッドセットにより視覚と聴覚の没入感を高めた擬似VRは2010年代ごろから発表された。
そして五感全てを網羅する完全なダイブ型VRMMOは、2030年代から少数ではあるが発売された。
少数なのは開発難易度の高さと莫大な開発費が理由であり、先進的技術力と資金力のあるメーカーしか手を出せなかったからだ。
あるいは手を出しても完成にまで至らなかった。
いずれにしろ、ダイブ型VRMMOは少数しか世に出なかった。
そして、完成して世に出た少数も……すぐに落胆された。
最初のダイブ型VRMMO<NEXT WORLD>は、発売と同時にユーザーの失笑を買った。
「現実と寸分変わらぬリアリティ」を喧伝していたが、リアリティに乏しく、五感が常に違和感に苛まれる拙い再現力だった。
「これぞグラフィックスの新世代」と謳いながらも、実際には従来のゲーム機と大差ないCGだった。
「ダイブすれば別世界に没頭できる」ともあったが、実際には普通のゲームと同じく現実の環境に左右されてしか遊べない。
極めつけは「安全安心の設計」を保障しながら、プレイ中やプレイ後に健康を害して病院に運ばれる被害者が続出した。
これらの事情から、最初のダイブ型VRMMO<NEXT WORLD>は売上と評判、さらには健康被害者との訴訟でも大敗し、開発会社は倒産した。
<NEXT WORLD>についてあるレビュアーは次の言葉を作品の感想とした。
「夢のゲーム機は作れたが、夢を作ることは出来なかった」、と。
それからもいくつかダイブ型VRMMOは開発されたが、成功と言えるゲームは一つも作られなかった。
<Infinite Dendrogram>が発売されるまでは。
<Infinite Dendrogram>は、発売まで一切の情報が出なかった。
人知れぬまま迎えた発売日に、全世界のTVメディアやネットワークで発表を行ったのみだ。
発表で<Infinite Dendrogram>のメーカーは売りとなる四つの要素を提示した。
一つ、完全なるリアリティを保障。
五感を完璧に再現する。ただし痛覚はONOFFが可能なので安心してプレイいただける。
二つ、単一サーバー。
仮に億人単位でも全プレイヤーが同じ世界で遊戯可能。
三つ、個別選択可能なグラフィックス。
現実視、3DCG、2Dアニメーションの中からどうやって世界を見るかを選択できる。
四つ、現実時間とゲーム時間の乖離。
ゲーム内では現実の三倍の速度で時が進む。
発表は情報を目にした世界中のユーザーの度肝を抜いた。
そんなことが可能なのか、と。
どれだけの予算と技術を使えば実現できたのか、と。
そして失笑した。「誇大広告を出すならもう少しリアリティを出せ」、と。
全世界同時中継というインパクトのある発表であったが、内容があまりにも荒唐無稽だった。
そのため、元々ゲームに触れない層も含め99.9998%の人々は信じず、嘘と決めつけてゲームを買おうとはしなかった。
しかし、残る0.0002%の人々は「嘘みたいだけど本当なら……」、「試してみよう」、「俺は信じる」とゲームショップの店頭に赴き、購入した。
専用の機器の価格が日本円にして1万円前後という、破格を通り越して暴挙と言うほかない値段設定も後押しした。
彼らは「ま、嘘でも一万円だしな」とゲームを購入し、プレイした。
そして彼らは<Infinite Dendrogram>が本物であると知った。
リアリティに呆然とし、グラフィックに歓喜し、ゲームからログアウトしてから時計を見て驚愕した。
全てが真実だった。
夢のゲーム機が現実となった瞬間だった。
発売日の翌日、世界が発売日プレイ組の口コミに騒然とする中、メーカーから第二の発表があった。
それはゲームの内容についてのもの。
発表のプレゼンターであった男性、<Infinite Dendrogram>の開発責任者を名乗るルイス・キャロルはTVやネットの画面越しにこう言った。
「昨日は主要素の説明で終わってしまいましたので、本日はゲームシステムを説明させていただきます」
「既にプレイを始められた方はお気づきと思われますが、<Infinite Dendrogram>にはある特徴があります」
「それは真の意味で無限の可能性とオンリーワンを提供するというものです」
「数千を超えるジョブの組み合わせ、スキル構成、そしてそれらよりもなお明確なオンリーワン」
「<Infinite Dendrogram>では、プレイヤーの皆様それぞれに<エンブリオ>がプレゼントされます」
「<エンブリオ>は皆様の行動パターンや得られた経験値、バイオリズム、人格に応じ、無限のパターンに進化いたします」
「色違いでもパーツ違いでもなく、固有スキルも含めて真の意味で無限のパターンに」
「それこそが――<Infinite Dendrogram>です」
「そう、<Infinite Dendrogram>は新世界とあなただけの
その言葉が、ダイブ型VRMMO<Infinite Dendrogram>が一大ムーブメントとなる最後の切っ掛けだった。
◇
□2045年3月16日 椋鳥玲二
俺、
緊張している、自分でもそう実感できる。
我ながら大袈裟とも思うが、一年半越しでついにこのゲーム、<Infinite Dendrogram>をプレイできるのだから緊張もする。
「長い、道のりだった」
発売当時は高校二年の夏、これから大学受験に向けて頑張るぞと気合を入れたところで発表・発売されたこのゲーム。
恐らく当時の高校二年、三年生だったゲーム好き学生は俺のように絶望したはずだ。
高校受験のときも思ったが、どうして受験シーズンに限ってこんなに面白そうなゲームが出るのだろう、と。
しかしそれも遂に変わる。
都内の大学には無事合格。
大学入学を機に一人暮らしもスタート。
今ならば、今ならば思う存分ゲームを出来る!
引越しは昨日完了し、手伝ってくれた家族ももう帰っている。
そして今日の朝、開店直後の時間帯にゲームショップに直行し、<Infinite Dendrogram>を購入した。
発売から半年間は本当に品薄でプレミア価格もつき放題だったらしいけど、さすがに一年半も経った今は普通に買えた。
ちなみにうちの兄は発売日に買っていた口だ。
この一年半、「早く一緒にデンドロしようぜー」と電話してくる兄が恨めしいやら羨ましいやら……。
だがそんな思いも今日までだ!
「……いざ!」
意を決し、パッケージを開ける。
箱の中から現れたのは、ヘルメット型のゲーム機と解説書だった。
解説書を読んでみると、ヘルメットを被りスイッチを入れるとゲームの世界には入れるらしいと分かった。
他にも映像や時間について色々な説明が書いてあるが、凄いとしか言いようがない。
本当、どうしたらこんなゲームが作れるのだろう。今の技術水準より十年二十年単位でレベルが高い気がする。
しかし物怖じもしていられない。
解説書にあるとおりにヘルメットを頭に装着し、推奨姿勢として描かれている図に従いベッドの上で仰向けに寝転がる。
そして俺はゲームのスイッチを入れた。
瞬間、視界が暗転する。
◇
「はーい、ようこそいらっしゃいましたー」
気がつくと自室ではない空間に俺はいた。
部屋の内装は木造洋館の書斎を思わせる。
目の前では見知らぬ猫が、作りの良さそうな木製の揺椅子に座りながら俺に話しかけている。
……猫?
「お邪魔します」
戸惑いもあるが、まずは挨拶を返してみる。
「うん、いいねー。礼儀正しい人好きだよー」
猫はペラペラと日本語を話す。
しかしなぜかその語尾は常に伸びていた。
「ここはゲームのログイン画面みたいなもの?」
「大体合ってるよー。ここは入り口ー。ここで色々設定してもらってから<Infinite Dendrogram>に入ってもらうんだよー。あ、僕は<Infinite Dendrogram>の管理AI13号のチェシャだからー。よろしくねー」
管理AI……なるほど、道理でファジーな受け答えをするはずだ。
管理AIは、現行のスーパーコンピュータを丸々己の脳とする人造の電脳知性だ。主な用途はその名の通り管理であり、一体いれば小国のデータベースやネットワークを高速、且つ完璧に管理できると言われている。
その管理AIで13号ということは、他にも12体は同じレベルの管理AIがこのゲームの管理に携わっているのだろう。
「よろしくお願いします」
「よーしー。じゃあまず描画選択ねー。サンプル映像が切り変わるからどの方法が良いか選んでねー」
猫……チェシャがそう言うと周囲の風景が一変した。
書斎から広々とした空間……どこか中世ヨーロッパ風の町並みになっている。
そこには多くの人々が歩いていたが、一定周期でその姿が切り替わっていた。
いや、姿ではなく見え方が切り替わっている。
現実に見るような姿からCGの姿に、CGからアニメに。
アニメーションはレンダリングされたCGアニメーションではなく、TVアニメみたいだ。
「……いや、これどうやってんの?」
「視覚で捉えた映像って結局は脳の処理を通るからねー。やりようはあるのー。という訳でこんな感じで見え方変わるんだけどどれにするー? あ、後でアイテム使えば切り替えることも出来るよー」
「そのままで」
何となくゲームに慣れるまでは普段どおりの見え方がいいと思ったのでそうした。
アニメとして見えているのに触覚があるってどういう感覚なのかも気になりはしたけれど。
「オッケー」
その言葉と共に景色は元の書斎へと戻った。
「次はプレイヤーネームを設定してもらうねー。ゲーム中の名前は何にするー?」
「レイ・スターリングで」
これは俺が以前からゲームではよく使っている名前だ。
まぁ、単に苗字を椋鳥の英名にして、名前をもじっただけ。
「じゃあそうするねー。次、容姿を設定してねー」
チェシャがそう言うと、目の前にのっぺらぼうのマネキンと、沢山の画面が現れた。
画面の中には「身長」、「体重」、「胸囲」などの言葉と共に並んだスライド式のバーや、目や鼻が収まった画面がある。
「これは……」
「そこにあるパーツとスライダー使って自分のゲーム内での
と言われたものの……。
あまりにもスライダーとパーツが多すぎてどこから手をつけていいものか。
「ゆっくり悩んでいいんだよー。こっちは現実の三倍の時間があるからさー。……あー、でも前にログインとログアウト繰り返しながら地球時間で一ヶ月かけて作った人いたなぁ……」
凄まじい努力と集中力だ。俺にはそこまで出来そうもない。
それに素人が作成するにはあまりにモデリングが細かすぎてこのままではどうしても不出来なものになる。ゲームではなく本物の人間の顔を作れと言われているようなものだ。
ならば。
「現実の姿をデフォルトにちょっと弄るってできますか?」
「できるよー」
チェシャはフリフリと尻尾を振った。
するとマネキンだったものが俺そっくりになる。
「あとはこれをベースにいじればオーケー」
「サンキュー」
あとはわりと簡単だった。
目の色を変えたり髪を金髪にしたり、ちょっと身長足したり、他の設定をそのままに顔つきのベースとなる人種を変えてみたりする。
……そういえばリアルの俺の顔をアニメやCGにするとどうなるのだろう?
ちょっと気になる。
いっそ無変更のままでログインして、ゲーム中で切り替えアイテムを手に入れたら試してみるか?
でも流石にオンラインで素顔プレイはなぁ……。
「……やめておこう」
それから30分はかけて俺のキャラクターモデリングは終わった。
「完成、っと」
「オッケー。じゃあ他の一般配布アイテムも渡しちゃうねー」
チェシャは空中に向けて肉球付きの猫の手を振った。
するとカバンが一つ、何もない空間から落ちてきた。
「これがレイの収納カバン、所謂アイテムボックスねー。中は収納用の異次元空間だからー。ついでにレイの持ち物なら入るけどー、逆に言うとレイの物以外は入らないからー」
「なるほど」
便利なカバンだが犯罪には使えないということだろう。
「まー、PKしてからランダムドロップしたのを拾ったり、《窃盗》スキル使って盗んだりすればいけるんだけどねー」
「…………」
何と言ったものか。
「ちなみにねー。《窃盗》スキルのレベルが高い人はこの四次元○ケットみたいなアイテムボックスの中からも盗めるからー。気をつけてねー」
異次元空間にも対応したSFチックな泥棒にどう気をつけろと言うのだ。
「ちなみにそれは初心者用だけど、他にも色々種類あるからー。盗まれにくいのとか、小さいのとか、容量が大きいのとかー」
「ちなみにこれの容量は?」
「サイズは教室一個分くらいかなー。重さは地球換算で一トンくらい?」
「結構入るな。十分だ」
「商人やると足りないらしいけどねー。そういう人は買い換えるかなー」
高一の頃のアルバイトで見た業者の倉庫を思い出す。たしかに教室一つ分ではまるで足りないだろう。
「あ、アイテムボックスの類は全壊すると中身ばらまかれるから耐久度には注意してねー」
「気をつける」
「次は初心者装備一式ねー。レイはどれにするー?」
チェシャは本棚から取り出したカタログを俺に見せる。
そこには色々な武具が一揃いで載っている
和装、洋装はもちろん、中華やインド、中東や南米の歴史的な衣装のようなもの、逆にSF映画のような衣装もある。
「じゃあこれで」
選んだのはインナーとジャケット、ジーンズ、そしてバンダナの組み合わせだ。
どことなく前世紀の名作RPGの男主人公に似た格好だ。
ちょっと時代遅れだけど、兄の影響でレトロゲーもやっていた俺の好みには合致する。
「オッケー。じゃあ初期武器はどれにするー」
カタログの別のページを開く。
木刀や刃を潰した模擬剣、ナイフ、弓、スリング、杖、その他諸々の武器が載っている。
「ナイフで」
衣装に合わせた。
「オッケー。じゃあ装備と武器を……とりゃー」
気合が入っているのかいないのか分からないチェシャの掛け声と共に俺の姿は一変した。
先ほど選択した衣装に切り替わり、腰のベルトにはナイフがぶら下がっている。
おー、チェシャが用意した姿見で見るとモデリングしたキャラに中々似合う。
「そうそう、これ最初の路銀ねー」
チェシャは俺に五枚の硬貨を手渡す。それはどうやら銀貨のようだった。
「銀貨五枚で5000リルねー。ちなみにおにぎり一つで10リルくらいだよー」
そうなると1リルは凡そ10円くらいか。ならば5000リルはそれなりに大金だ。
「最初からこんなにもらっていいのか?」
「うん、そのお金がなくなる前にお金稼げるようになってねー」
以後は金銭的な支援はないらしい。
この金銭は計画的に使わねばならない。
「さて、いよいよだけど<エンブリオ>を移植するねー」
「おお、噂の」
<エンブリオ>。
それがゲームとして<Infinite Dendrogram>の最大の特徴だとは聞いている。
プレイヤーによって真の意味で千差万別化するオンリーワン。アイテムや装備という枠を超えた相棒だと聞いている。
既にプレイしている兄は「もしここまで出来のいいダイブ型VRMMOでなく、ただのMMOだったとしても、<エンブリオ>があればヒットはしただろうな」と言っていた。
「<エンブリオ>の説明はいるー?」
「折角だから聞こうかな」
固有システムのチュートリアルは聞いておくのが正解だと思うし。
「オーケー。エンブリオは全プレイヤーがスタート時に手渡されるけれど、同じ形なのは最初の第0形態だけー。第一形態以降は持ち主に合わせて全く違う変化を遂げるよー」
うん、それが楽しみだ。
やっぱりゲーマーとしてオンリーワンのユニーク要素って言葉は心惹かれる。
「千差万別だけど、一応カテゴリーはあるよー」
「あ、それは知らなかった」
なるべく前情報遮断していたからなぁ。
知るとやりたくてたまらなくなって受験投げそうだったから。
兄からも「面白いよ」という情報しか聞いていない。ひょっとすると兄も俺が受験投げるのが心配で具体的には言わなかったのかもなぁ……。
「大まかなカテゴリーで言うとー。
プレイヤーが装備する武器や防具、道具型のTYPE:アームズ
プレイヤーを護衛するモンスター型のTYPE:ガードナー
プレイヤーが搭乗する乗り物型のTYPE:チャリオッツ
プレイヤーが居住できる建物型のTYPE:キャッスル
プレイヤーが展開する結界型のTYPE:テリトリー
かなー」
「ほぅ」
もう今から自分の<エンブリオ>が何になるかワクワクしてくる。
「ちなみにこれらのカテゴリー以外にレアカテゴリーや、<エンブリオ>が進化すると成れる上位カテゴリーもあるからー。オンリーワンカテゴリーもあるしー。成れたらいいねー」
「そんなのもあるのか! ……あれ? それだとレアな奴になるまでキャラクター作り直しとかする人いるんじゃ」
「あー。このゲーム、キャラの作り直し出来ないんだよねー」
「え?」
「仮にもう一つ機器を買って始めても、その人は一つ目と同じキャラでログインして<エンブリオ>もそのままなのさー。なにせこっちの方でユーザーの脳波データが登録されているからねー」
「…………」
脳波データの登録。
うん、それはちょっと怖い。
「もし仮にリセットできても結局はその人のパーソナルだからねー。同じような<エンブリオ>になると思うよー」
「そういうものなんだ」
「でー。話している間に<エンブリオ>移植完了ねー」
「え? ……おわぁ!?」
気づくと、俺の左手の甲には淡く輝く卵形の宝石が埋め込まれていた。
「それが<エンブリオ>ねー。第0形態はそんな風にくっついているだけなのだけど、孵化して第一形態になったら外れるからー」
つまり今は卵を温めているようなものか……。
「ちなみにこれ、卵のまま壊れることは?」
「しないよー。第0形態で<エンブリオ>に当たるダメージは全部プレイヤーに行くからー」
あー、なるほど。プレイヤーが死んでも<エンブリオ>は無事、と。
「孵化後の第一形態からは普通に傷ついたり壊れたりするけどねー。それも時間掛けて自己修復するけどー」
何となく生物っぽい。
「ちなみに卵のくっついている場所は第一形態になると紋章の刺青になるよー。それがこの世界でのプレイヤーの証明書みたいなものだからー。じゃないとプレイヤーとの見分けつかないからねー」
「へぇ」
いやでもさすがに、人間とNPCを見間違えは……するのだろうか?
「あと紋章には<エンブリオ>を格納する効果もあるよー。用事がないときは左手にしまっておくのー。このゲームをプレイする限りはずっと一緒ですのでー。大事に扱ってくださいねー」
「ああ」
まだ俺の<エンブリオ>がどういう風に進化するかは分からないけれど……まぁ、結局はパーソナル次第って話だからなるようになるか。
「よろしくな、相棒」
もちろん<エンブリオ>から返事はなかったが、どことなく輝いた気がした。
「じゃあ最後に所属する国を選択してくださいねー」
チェシャは書斎の机の上に地図を広げる。
それは古びたスクロール型の地図だったけれど、広げ終えると変化が起きた。
地図上の七箇所から光の柱が立ち上り、その柱の中に街々の様子が映し出されている。
「この光の柱が立ち上っている国が初期に所属可能な国ですねー。柱から見えているのはそれぞれの国の首都の様子ですー」
それぞれの光の柱の周囲には、国の名前や説明が光の文字となって浮かんでいる。
白亜の城を中心に、城壁に囲まれた正に西洋ファンタジーの街並み
騎士の国『アルター王国』
桜舞う中で木造の町並み、そして市井を見下ろす和風の城郭
刃の国『天地』
幽玄な空気を漂わせる山々と、悠久の時を流れる大河の狭間
武仙の国『黄河帝国』
無数の工場から立ち上る黒煙が雲となって空を塞ぎ、地には鋼鉄の都市
機械の国『ドライフ皇国』
見渡す限りの砂漠に囲まれた巨大なオアシスに寄り添うようにバザールが並ぶ
商業都市郡『カルディナ』
大海原の真ん中で無数の巨大船が連結されて出来上がった人造の大地
海上国家『グランバロア』
深き森の中、世界樹の麓に作られたエルフと妖精、亜人達の住まう秘境の花園
妖精郷『レジェンダリア』
「おお、おおお……」
正直、どこも行ってみたい。
天地はそりゃあもう安土桃山時代な雰囲気だし。
黄河は中華ファンタジーの香りがするし。
ドライフはロボとかありそうだし。
カルディナのバザールは歩くだけで観光気分になれそうだし。
グランバロアも海が呼んでる男のロマンって感じだし。
レジェンダリアに至っては考えるまでもない。
けれど……。
「アルター王国で」
「オッケー。ちなみに軽いアンケートだけど選んだ理由はー?」
「兄が待っているので……」
「あ、そうなんだ……」
ゲームを買った直後に店先で兄に電話したら「じゃあアルター王国の首都で待ってるから」と言われた。
……うん、待たれているから仕方ない。
ていうかあの兄はなぜアルター王国を選んだのか。
たしかロボとか戦艦とか好きだったはずなのに、なぜドライフ皇国やグランバロアではないのか。
まぁ、これは本人に聞くしかない。
「あとで所属国家変えられるイベントもあるから、気を落とさないでねー」
「うん、ありがとう……」
気を取り直そう。
アルター王国も普通っぽいけどいい国かもしれない。
「じゃあアルター王国の王都アルテアに飛ばすよー」
「あ、ちょっと待った。このゲームって何を目的に進めればいいんだ?」
子供の頃から遊んでいたゲームでは、オンラインゲームでも邪神や魔王を倒すのが設定上の目的だった。
このゲームもそうなのだろうかとチェシャに尋ねると……。
「何でもー」
と、返された。
「何でも、って?」
「だから、何でもー。英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい」
チェシャの口調が変わった。
「君の手にある<エンブリオ>と同じ。これから始まるのは無限の可能性」
間延びした喋りから、語るような口調に。
「<Infinite Dendrogram>へようこそ。“僕ら”は君の来訪を歓迎する」
その言葉の直後、周囲から書斎が消え去った。
机も、書架も、チェシャさえも消失し、俺自身は空に浮かんでいた。
「え?」
眼下には見覚えのある世界の形。
さっきまで見ていた地図と同じ形の大陸を見下ろしている。
やがて俺の体は吸い込まれるように大陸の一点、俺が選択したアルター王国へと向かって――高速で落下していった。
こうして、俺は<Infinite Dendrogram>の世界に足を踏み入れた。
To be continued
本日は序章完了まで一時間おきに投稿します。
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